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箱庭のアルス【縦書き観覧用圧縮版】  作者: フルビルタス太郎
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第一章 王都ギルス

1.

 エラローリア大陸の東側に位置する歴史ある国、フルビルタス王国。その首都である王都ギルスは大陸の東の玄関口であり、古くから数多くの人々や物が行き交う交易の要所として栄えていた。

 市場には各地から集められたさまざまな物が売られ、街中にはさまざまな国の人々が行き交っていた。

「賑やかな街だな」

 アルスは春の陽気の中、賑わう通りを見回しながらそう言った。道の両側にはさまざまな店が軒を連ねていて、店員の威勢の良い掛け声が辺りに響いていた。

「まあな。なんてったって、フルビルタス王国の中心地だからな。まっ、経済規模はパイーチ市の方が大きいけどよ」

 無事、最終試験に合格したアルスとランゼは、ゲセブ教預言者教会のフルビルタス王国内での活動を統括している第二教区に配属される事になった。

 ギルスに到着した二人は、警察庁で、教区長と警察庁長官に着任の挨拶をした後、そのままドラッズ街にある法の猟犬第二教区支部へと向かった。

 ドラッズ街とはギルス銀行本店旧館からギルス中央駅前まで南北約八四一グルードに渡って伸びるフルビルタス有数の繁華街の事である。

 名前の由来は、かつて服や生地を扱うドラッズと呼ばれる問屋が軒を連ねていたことに由来しており、大戦前は何の変哲もない問屋街だった。

 ところが、大戦後に起きた衣服の需要急増の流れに乗って急成長し、今では衣服の他、雑貨や玩具など食料品以外のものはなんでも揃うギルス一の繁華街に成長していた。

 アルス達の職場である法の猟犬第二教区支部は、ドラッズ街の真ん中を横切るようにして東西約四九五グルードに渡って伸びる中央公園付近にある古びた建物の一室にあった。

 耳障りな音を立てる古めかしい扉を開けて中に入る。

 中はどこにでもあるような普通の事務所だった。やや黄ばんだ壁にはポスターやカレンダーが貼られていて、その前に隙間なく置かれた机に向かって数人の男女が窮屈そうに事務作業をしていた。静かな部屋の中にはカリカリ、という小さな音が響いていた。

「あの、」

 ランゼが声を掛けると奥にいた神経質そうな黒髪の男は一瞬、あからさまにめんどくさそうな顔をしたが、すぐに笑顔を浮かべながらこちらに向かってきた。

「はい。なんの御用件でしょうか?」

 男は上っ面だけの作り笑いを浮かべながらそう言った。

「いや、あのですね。俺たちは、本日付でこちらに配属に……」

「あ、君たちがそうなの?」

 男の顔からすっと、笑顔が消えた。

「はい。自分は、ランゼ・フォクスといいます。で、こっちはアルス・ヴィトス」

 ランゼがそう言った後、アルスは軽く会釈をした。

「支部長のイッケルです。よろしく」イッケルは事務的な淡々とした口調でそう言った。「フォクス君の席はそこ。で、アルス君。君はとりあえず、帰ってていいですよ」

「は?なんでだよ」

「ウチはね、補助役はこっちで事務仕事をしてもらう事になっていましてね。で、実行役の皆さんには、仕事がない時は自宅で待機をしてもらっているんです。なにせ、戦うしか能がありませんからね」

「んだとッ、」

 アルスがイッケルに掴みかかろうとすると、横を何かが掠めていった。後ろを見ると壁にナイフが刺さっていた。

「役立たずで悪かったわね」

 不機嫌な女性の声がした。見ると肩と豊かな胸元が露出したブラウスに際どいラインのショートパンツという格好の金髪の女性がイッケルの机にの上に座っていた。年齢はアルスと同じくらいに見え、髪は馬の尻尾のように後ろでぎゅっと束ねられていた。気の強そうな大きな目と柔らかそうなぷっくりとした唇が印象的な女性だった。

「彼女は私が補助役を務める実行役で、イザベラといいます」

 イッケルがそう言うとイザベラは、机の上から降りてアルス達の方にやってきた。背はアルスよりも少し低かった。

「ふーん、アンタ達が落ちこぼれのアルスとランゼ、かぁ……」

 イザベラは二人の顔を交互に見ながらそう言った。

「んなッ!」

「なによ。本当の事でしょ?」

「イザベラさん。彼に街を案内してやってくれますか?どうせ、暇なんでしょ?」

「やーよ」

 そう言うとイザベラは奥へ戻っていった。

「すみませんね」

「あ、いえ。別に。そういう訳だから先に部屋に行っててくれ」ランゼはそう言うと地図とアパートの鍵をアルスに手渡した。「もし、腹減ったらなんか適当に食ってくれ」

「わかったよ」

 アルスはそう言うと外に出ていった。

「ったく、あの女。なにが、落ちこぼれだよッ。まったく……」

 アルスはそう呟きながら階段を降りて外に出た。

「あー、腹立つッ!」アルスはイザベラの顔を思い浮かべながらそう言うと、地面を力強く踏みしめた。「ま、スタイルは良かったけどさ、あの性格じゃ、モテないね」

 そう言うと辺りを見回した。

「そこら辺を見てみるか……」

 そう呟くとアルスは、時間を潰すため周辺の店を適当にぶらぶらと巡った。しかし、特に興味を引く物はなかったので、中央公園まで歩いていってベンチに腰を下ろした。

(どうすっかなぁ……)

 目の前にある黒い四角柱の噴水をぼんやりと眺めながら、これからどう時間を潰すかを考えていると女性の叫び声が聞こえた。

「誰かー、そいつ捕まえてーッ!ひったくりよーッ!」

 声のする方を振り向くと、バッグを抱えながら慌てて走るひょろっとした体型の男の姿が見えた。男はこちらに向かって走って来ていて、その後方には、茶系統の地味な色合いの服を着た銀髪の女性が走っているのが見えた。

「よっ、と」

 アルスは、男が目の前を通った瞬間、足を伸ばして男の足に引っ掛けた。

 男は「わっ」と叫びながら盛大に転び、その拍子に抱えていたバッグは宙に投げ出された。

「何すんだよッ!」

 男はアルスを睨みながらそう言ったが、彼を追っていた女性が追いついて来るとバッグを置いて一目散に逃げていった。

 アルスはベンチから立ち上がるとバッグを拾って、軽くはたいて埃をはらった。それと、腕を掴まれたのは、ほぼ同時だった。

「覚悟しやがれッ!この、泥棒野郎ッ!」

「へっ?」

 男の声と共にアルスの視界がぐるんっと、回った。空から地面、地面から空へと天地が目まぐるしく反転し、地面に背中が叩きつけられたと同時にカラリと晴れた突き抜けるような青空が目に飛び込んできた。


2.

 ひったくりに間違えられて投げ飛ばされたアルスは、近くの交番でその投げ飛ばした男に頭を下げられていた。

「いや、すまねえッ!」

 男は、苦笑を浮かべながらそう言って軽く頭を下げた。年齢は、五〇代から六〇代くらいで、ずんぐりとした体つきをしていた。髪は薄く、さながら絡まり合う銀糸のようだった。

「別に……」

 アルスは、そう言った。彼は、汚い床の上に置かれた木製の折り畳み式の椅子に座っていた。

「ハハハ、相変わらずですね。ウェストフィルドさんは、」

 交番に勤務する若い警官がヘラヘラと笑いながら他人事のように言ったので、アルスは彼をジロリ、と睨みつけた。

「相変わらずってなんだよ?あ?まあ、しかし、ボウズに怪我がなくてよかったよ。ガッハッハッ」ウェストフィルドは豪快に笑いながらそう言った。その言葉は何処か他人事というか、中身のない上っ面だけのように感じた。「……へっへっへ、随分とがっしりしてんな。ええッ⁈」

 ウェストフィルドはアルスの肩や腕、腰の辺りを触りながらそう言った。

「冒険者やってるもんで」

 アルスはそう言った。

「なるほど、なるほど」

 アルスがそう言うとウェストフィルドはうんうん、と頷きながらそう言った。

「でも、よかった。バッグが無事で。キミが取り返してくれたんでしょ?」ウェストフィルドの隣にいた銀髪の女性はそう言うと軽く微笑んだ。彼女はアルスよりも背が高く、年齢も少し上のように思えた。青い瞳が印象的なくりッとした大きな目、鼻と口はくっきりはっきりしていて、それが丸い輪郭の中にぽん、ぽん、ぽんっと配置されていた。まるで、絵の中から抜け出したような印象の女性で、アルスは、こういう女性が好みだった。「ありがと」

 女性はそう言うとアルスの頰に軽く口づけをした。

「べ、別に。じゃあ、俺、もう行くから……」

 アルスが照れながらそう言うと同時にぐぅ…っと腹の虫が鳴った。

「ふふ、お礼にご馳走してあげる。ウエストフィルドのおじさんもどう?」

「へっへっへっ。悪りぃけど、勤務中なんでよ……」

 ウェストフィルドは笑いながらそう言うと立ち上がった。「あら、残念」

 女性はふふっと軽く笑った。

「すまんかったな。ボウズ。まあ、何か困ったことがあったらなんでも言ってくれや。相談に乗ってやるからよ」

 ウェストフィルドはそう言うとアルスに名刺を手渡した。彼の名前はグライト・ウェストフィルドといって、ギルス中央警察署の重犯罪課に勤務する刑事だった。

「ああ、それと」ウエストフィルドは、そう言うと若い警官を睨みながらそう言った。「セルトアよ。なんで、ちゃんと片付けねえんだよ。床も汚ねえしよ」

「あっ、と……。あの、ですね」

「前に言ったよな。掃除と片付けはちゃんとしろって。なんで出来ねえんだよッ!あッ?」そう言うとウエストフィルドは、しどろもどろになるセルトアを厳しい口調で叱りつけた。「出来ねえんなら、やめちまえッ!」

「……後から、」

「今すぐにやれッ!」

「ひ、ひいッ」

 セルトアは、悲鳴を上げると慌てて片付け始めた。

「まったく、世話の焼ける……。それじゃあな。マリアンヌ」

 ウェストフィルドはそう言うと、だっぽ、だっぽ、と歩きながら外に出ていった。その姿は刑事というよりは、その背中には哀愁が漂っていた。

「……偉そうにしやがってッ!クソジジイッ!」

 ウェストフィルドが出ていくとセルトアは、舌打ちをしながらそう言って、机を蹴り上げた。その音に女性とアルスは、体をビクッと震わせた。

「あのオッさんが嫌いなのか?」

「はっ⁉︎当たり前だろ?ったく、あのジジイ。うぜえんだっての。何様のつもりだよッ!」

 セルトアは、苛つきながらそう言った。

「ちょっと、何よ、その態度はッ。あの人がああいうふうに言うのはね、あなたの為を思って言ってるからなのよ?そりゃ、確かに口は悪いけど……」

 女性が、ムッとした表情でそう言うとセルトアは鼻で笑った。

「ハハ、あの正論ジジイに限って、それは、ないないまず、言葉に厚みがねえんだよ。厚みが、」

 そう言うとセルトアは、人差し指と親指をコの字型にした。厚みを示しているようだった。

「でもさ、言われるって事はアンタが悪いんじゃないの?」

 アルスがそう言うとセルトアは、アルスを睨みつけながら舌打ちをした。

「いいか、ガキんちょ。よく聞け、正論もな、行き過ぎれば毒でしかねえんだよッ」

「えっと、どういう意味……です?」

「自分の正義や考えを他人に押し付けるなって事だよッ。おら、仕事の邪魔だ。帰った、帰ったッ。しっしっ……」

「わわっ……」

 アルスと女性は、セルトアに追い立てられながら交番から出ていった。

「ったく、なんなんだよ。アイツは……」

 アルスと女性は、交番を出るとそのままラスフィルド百貨店の方に向かって歩いていった。

「ほんと、嫌になっちゃう。ウエストフィルドのおじさんもかわいそうだわ」

「あのオッさんと知り合いなの?」

「まあね。お父さんの同僚なの。あ、そういえば、自己紹介がまだだったわね」通りを歩きながら彼女はそう言った。「私は、マリアナール・レナーズ。マリアンヌって呼んでね。キミは?」

「……アルス、アルス・ヴィトス」

「アルスかあ……。ふぅん」

「なんか不満?」

 アルスはマリアンヌを睨みながらそう言った。

「ううん。いい名前だって」

「そ、そう。へへ……」

 アルスは、嬉しそうに顔を綻ばせながらそう言った。

「ふふ、可愛い……」

「えっ⁉︎」

「ううん。なんでもない。さあ、行きましょ?」

 アルスはマリアンヌに手を引かれながらラスフィルド百貨店の中に入っていった。

 ラスフィルド百貨店は、元々は王室御用達の問屋で、創業一〇〇年を超える老舗であった。戦前は高級織物を中心に扱っていたが、戦後になると一般大衆向けの商品を中心に扱い始め、更にその数年後には大きく業態転換を果たし、現在ではドラッズ街で一、二を争う百貨店へと成長していた。

 アルスは、マリアンヌと共に八階の食堂街まで行くと奥まったところにある白い鯨という名前のパパラチア料理の店に入った。

 薄暗い店内は黒と茶で統一されていた。窓の手前には薄紙を貼った白木の格子が水平状に連続して配されていて、薄紙を通してまろやかになった陽の光が辺りをぼんやりと照らしていた。

 店に入ると好きに注文して良いとマリアンヌに言われたアルスだったが、何を選んでいいのか分からなかったので、彼女に任せる事にした。

 マリアンヌが店員に何やら聞き慣れない名前の料理を二つ注文すると店員は料理名を復唱して確認した。マリアンヌが軽く頷くと店員は、軽く頭を下げて厨房の方に向かっていった。

「ねえ、アルスってエラローリア皇国の出身なの?」

「違うよ。生まれはフルビルタス王国。ま、その後、エラローリア皇国の孤児院に入ったんだけどね」

「……あ、ごめん」

 マリアンヌは気まずそうな顔でそう言った。

「なんで、謝るのさ?」

「いや、孤児院っていったからさ……」

「気にしてないよ。それよりも、どうして俺がエラローリア皇国の出身だって、思ったの?」

「え、ああ……。キミの言葉に訛りが無かったからよ」

「訛り?訛りなんて無いんじゃないの?なんてたって、世界共通語なんだからさ」

「まあ、そうね。たしかにエラローリア語は世界共通よ?でもね、地域によっては、微妙な訛りがあるのよ?」

 マリアンヌは生徒に教える先生のように聞き取りやすい口調でそう言った。

「そうなの?」

「そうよ。訛りが無いのはエラローリア皇国と帝国くらいだもの。で、フルビルタス王国の訛りは南部と西部と中部で別れてるけど、いずれも語尾を僅かに上げる特徴があるの。わかるかしら?」

 マリアンヌはそう言った。確かに言われてみれば僅かだが、語尾が上がっているように感じた。

(言われてみれば、この前の列車の乗組員もアイツも語尾が上がっていたような……あれ?)

 アルスはふと、ランゼが訛っていない事に気がついた。彼もフルビルタス王国の出身だと聞いていたからだった。

「でも、俺の知り合いはフルビルタス王国の出身だけど、訛ってなかったけどな」

「知らないわよ。そんなの。まあ、直したんじゃないかしら?そういう人もいるから」

「ふーん。あ、でもさ、訛りだけで判断するとエラローリアと帝国のどちらかの出身って事になるよね?なんで、エラローリアだって思ったの?」

「苗字よ。あなたの苗字がヴィトスだから。ほら、向こうって、未だに特権階級以外は地名由来の苗字しか名乗れないでしょ?向こうにはヴィトスって村もあるし、そうなのかなって思ったのよ」

「ああ、ヴィトスなら俺がいた孤児院のあった場所だよ。この苗字も先々月、貰ったんだ。わかりやすいようにって」

 ヴィトスという苗字は、法の猟犬の為の訓練を終えた証として先々月に貰ったものだった。

「わかりやすいって……、なんか変な表現ね?ところで、アルスって何歳なの?」

「一五だけど?」

「一五か……。なんか、そういう風習があったわね。一五で一人前の大人だって」

 マリアンヌが、納得したようにうんうんと頷くと同時に店員が料理を運んできた。

「お待たせいたしました。ミケラデコダワです」

「何、これ?」

 マリアンヌは目の前に運ばれてきた木桶の中を見ながらそう言った。

 木桶の中には、炊いた米が敷かれていて、その上に黒い魚の切り身らしきものが乗っていた。メニュー表によると魚はマグロのようだった。

「何って、マリアンヌが頼んだんでしょ?」

「いや、そうなんだけどさ……。入り口の模型と違うっていうかさ…」

「食べ物の模型なんてだいたいそんなものらしいよ?誇張や単純化をして美味しそうに見せてるだけだって、」

「ふーん、そっか……。じゃ、食べよ?」

 マリアンヌがそう言うと二人は運ばれてきた料理を食べ始めた。

 マグロは、甘塩っぱいタレにしっかりと漬け込まれていて、かなり食べ応えがあった。食感は、ねっとりとしていて、とろけるようなこってりとした後味が飲み込んだ後も舌の上に残り続けていた。

「うふ、おいし……。ねっとりとした歯触りととろけるような感じが…」

「さっきまでは、何、これ?とか言ってたのに?」

「べ、別にいいでしょ?」

 マリアンヌは少し恥ずかしそうにしながらそう言った。


 二人は昼食を食べ終え、会計を済ませると店の外に出た。ちょうど昼時になったのか、食堂街には先程よりも多くの人がいた。

「ごちそうさま」

 アルスは満足げな表情でそう言った。

「こちらこそ、バッグを取り返してくれてありがとう」マリアンヌは財布をしまいながらそう言った。「それじゃ、私はこれで失礼するわ」

「あ、待って」

 アルスは、くるり、と後ろを向いてその場から去ろうとしたマリアンヌを呼び止めた。

「何?」

「えっと、ここに行きたいんだけどさ。俺、こっちに来たばかりだからさ、分からないんだ」

 そう言ってアルスは、ポケットから紙を取り出してマリアンヌに見せた。

「ああ、ここ?知ってるわよ」

 マリアンヌは地図をしばらく見た後、そう言った。

「本当?」

 アルスがパッと顔を輝かせる。

「…….ねえ、さっき、こっちに来たばかりって言ったわよね?」

「そうだけど?」

「なら、私がこの街の観光名所を案内するついでに連れて行ってあげる」

「え、いいの?」

「もちろん」

 アルスは、彼女の案内で市内の観光名所を回りながらアパートに向かう事になった。

 最初は、一番近い市役所の本館に案内された。

 国王が所有していたと伝わる時計をモチーフにした外観は、絵になるらしく、フルビルタス王国の四季を描いた連作版画にも取り上げられているギルスのランドマークともいえる建物であった。

「わぁ、綺麗……」

 アルスは、市役所の一階ロビーのステンドグラスを見ながらそう言った。描かれているのは、ギルスの守護聖人である聖ヨシュアの生涯だった。

 観光客に解放されているのは一階ロビーと右側にある市民画廊だけで、市民画廊では、年に数回、絵画同好会の主催する展覧会が開かれていた。

「でしょ?」

 マリアンヌは得意げにそう言った。

「でしょって……。作ってもいないのに得意そうにしちゃって」

「な、何よ?悪い?それよりも、ほら、さっさと次行くわよ」

 マリアンヌはそう言うとアルスの手を引っ張りながら市役所を後にし、中央病院近くにある小さな商店街へと向かった。そこは、ギルス中央聖堂の門前町だった。

「なんだか寂しい所だね」

 アルスは辺りを見回しながらそう言った。商店街は活気がなく、店も所々閉まっていた。

「ここは、奥にあるギルス中央聖堂の門前町として発展したんだけど、ドラッズ街に客を取られてからはこんな感じなの」

「ふーん」

 二人は商店街を歩きながら奥に見えるギルス中央聖堂に向かって歩いていった。

 商店街にはさまざまな店が軒を連ねていて、門前町らしく飲食店や菓子店が多かった。

「ほら、見えてきた。あれがギルス中央聖堂よ」

 マリアンヌはそう言うと橋の向こうに建つ石造りの門を指差した。周囲には淡い桃色の花をぎっしりと咲かせた桜が生い茂っていて、門の向こうには小さな建物が見えていた。

「あれは、聖ヨシュアの聖人堂でしょ?」

 アルスは目を細めて門の奥の建物を見ながらそう言った。

「知ってるの?なーんだ。残念……。ええ、そうよ。あれはギルスの守護聖人である聖ヨシュアに捧げられた聖人堂よ。そもそもギルス中央聖堂は……」

「この他に建つ医学、農業、学問、武術の四人の守護聖人に捧げられた聖人堂と中央に建つ神と創造主、それに初代国王に捧げられたギルス礼拝堂。この六つを引っくるめてギルス中央聖堂って呼んでるんだよね?」

「何よ、結構詳しいじゃない」マリアンヌは残念そうな表情を浮かべながらそう言った。「まあ、いいわ。さ、中も案内してあげる」

 そう言うとマリアンヌは、一番最初に聖ヨシュアの聖人堂にアルスを案内した。

「奥に見えるのが、ギルスの守護聖人聖ヨシュアに捧げられた聖人堂よ」

 アルスは石造りの門の奥に見える建物を指差しながらそう言った。聖人堂は、赤や緑、青などの色とりどりのタイルと金で華麗に装飾されていた。

「たしか、商人の守護聖人だよね?昔、護符を見たような気がする」

 アルスはそう言った。

「そう。そして、ここは、ギルスの商業の発祥の地と言われてるの。その理由は……」

「……露天商達がここで商売を始めたから、でしょ?あと、その縁で、ギルスの守護聖人になったってのも知ってる」

「なんだ。知ってるんだ」

 マリアンヌはつまらなそうに言った。

 その後、アルスは、マリアンヌに案内されて煌びやかに飾られた他の聖人堂や突き出た尖塔が特徴的な礼拝堂、礼拝堂前に建つ小さな野外劇場、そして最後に山頂にある初代国王のものと云われる古代墳墓とその向かいに建つ聖人堂を見て回った。

 全てを見終わった頃には、すでに日も暮れかけていて、辺りは物憂げな黄金色に染まっていた。

「いや、楽しかったぁ」

 黄金色に染まる長い長い石段を降りながらアルスは満足そうに言った。

「そう?キミ、結構知ってたみたいだったけど?」

「でも、楽しかったよ。誰かとこうやって、遊ぶって経験、あまりなかったからさ」

 アルスはそう言うと満面の笑みを浮かべながらへへ、と小さな声で笑った。それは、少年らしい無邪気な笑顔だった。

「なら良いけど。さあ、早く行きましょう?あの辺りは暗くなると色々と大変だから」

「大変?」

「まあ、行けばわかるわよ」

 そう言うとマリアンヌは、アルスを地図に書かれた場所まで案内した。

「えっ、ここなの?」

 案内された場所は、ギルス中央聖堂から少し歩いた所にある貧民街の入り口だった。近くには、中央病院や中央市場があるなど利便性はよかったが、治安の面でいえば彼女の言う通り、たしかに暗くなると色々と大変なのかもしれない。

「そうよ。地図でいうとアパートは、この奥かしら?」マリアンヌは貧民街の奥を指差しながらそう言った。「じゃ、行きましょ?」

「え?いいよ。ここで、危ないから」

「はぁッ⁈それは、こっちのセリフよッ。いい、キミみたいな子供を」

「あれ、何やってんだよ?」

 マリアンヌがそう言いかけると後ろから声を掛けられた。振り返ると紙袋やバッグ、それにモップにほうきを抱えながら立つランゼの姿があった。

「誰?知り合い?」

「いや、コイツの保護者みたいなもんだけど?何、お前なんかやらかしたのか?」

 ランゼがアルスを見ながらそう言うと、マリアンヌはランゼの顔を覗き込むようにまじまじと見つめた。

「な、なんだよ?」

「別に?ただ、最低だって思っただけよ」

「な、何だとッ⁉︎」

「子供をこんな所に一人で行かせようとするなんて最低、って言ったのよ。保護者失格ね」

「なんだよ。なにも……。いや、そうだな。悪りぃ」

 そう言うとランゼは軽く頭を下げた。

「わかればいいのよ。わかれば。それじゃ、私は帰るわね」そう言うとマリアンヌはアルスの頰に軽く口づけをした。「じゃあね」彼女は、手をひらひらとさせながら中央聖堂の方に向かっていった。

 アルスは、顔を赤らめながら彼女の後ろ姿を見送った。

「なんだよ。ええ、もう彼女作ったのかよ」

 ランゼはニヤつきながらそう言った。

「ばっ、ち、ちげえよ。ほら、さっさと行くぞ?」

 アルスは照れながらそう言った。

「照れちゃって、可愛いねぇ。アルスくんは。まあ、しかし、驚いたね。お前があんな気の強い女が好みとはね」

 ランゼが笑いながらそう言うとアルスは、ランゼの足を思いっきり踏みつけ、ぐりぐりと踏みにじった。

「いってぇぇーーッ!」

 ランゼの悲痛な叫び声が辺りに響いた。


3.

 アルス達は、建物を雑多に積み上げたような貧民街の中を進んでいた。辺りは薄暗く、チカチカと点滅を繰り返す街灯が幾つかあるだけだった。上を見上げると黄金色に輝く空が広がっていた。

「荷物、取られねえように気をつけろよ?」

「ったく、もう少し、マシな所なかったのかよ?」

 アルスは辺りを見回しながらそう言った。

「悪りぃな。勘弁してくれ。もう少ししたらそれなりの所を探すからよ」

 その後、ランゼに付いてしばらく歩いていくと開けた場所に出た。

「おー、ついた、ついた。ここが俺たちの家、六角館だよ」

 ランゼは、そう言うと目の前にある木造三階建ての六角形の建物を指差した。かなり古いようで、外壁の塗装が所々剥がれていたり、割れた窓の内側から板が当てられていたりしていた。

「これ、人、住んでんのか?」

「さあ、どうだろうな」

「おいッ!」

「ハハ。冗談だよ、冗談。そんなに怒んなって」

 ランゼはそう言いながら軋む扉を開けた。外と違って、中は綺麗な円形で、天井には等間隔でぼんやりとした光を放つ頼りない照明が取り付けられていた。真ん中には、螺旋階段があり、それを囲むように各階に一〇の部屋が等間隔に並んでいた。

 二人は螺旋階段を三階へと上がっていった。静かな六角館の中に二人の足音と短い乾いた金属音が寂しげに響いていた。二人の部屋は階段から見てすぐ正面にある三〇九号室だった。

 鍵を開けようとすると扉が内側から開いた。

「わっ!」

「なんだい、帰ってきていたのかい?」

 開いた扉の中から老婆が顔を出した。

「なんだ、脅かすなよ」

 ランゼはホッと胸を撫で下ろしながらそう言った。

「そりゃ、こっちが言いたいね」そう言うと老婆は、アルスの方を見た。「ああ、この子がアンタの相棒って訳かい?」

「まあな」

「ああ、そうそう。言われた通りに掃除はしといてやったからね。感謝しな」

 そう言うと老婆は、階段を降りていった。

「今のは?」

「ここの大家だよ」

 ランゼは、そう言って部屋の扉を開けた。中は大家の言った通り、キレイに掃除されていた。物は少なく、埃除けの布がかけられた家具がまばらに配置されていた。

「ずいぶんと物が少ないんだな」

 アルスは、部屋を見回しながらそう言った。

「まあな。向こうに行ってからは、ろくに帰れてなかったからな」

「に、してはキレイだな」

「さっき、大家が掃除をしたって言ってただろ?頼んでたんだよ。掃除をしておいてくれって、な」ランゼはそう言いながら雨戸を開けた。「まっ、ここまでキレイにしてくれているとは思ってもみなかったけどな」

「なあ、なんで引き払わなかったんだ?」

「さあな、」

「さあなって……。あのな、」

「悪いか?人には他人に言いたくない秘密の一つや二つ、あるもんなんだぜ?」

 ランゼは、そう言うと軽く笑った。

「まあ、そりゃ、そうだけどよ……」

 ランゼの言うことはもっともだった。アルスは、それ以上、何も言うことが出来なかった。

「それよりもメシにしようぜ?色々と買ってきたんだ」ランゼは、手を叩きながらそう言った。「まずは、出来合わせの惣菜だろ。それから、パンに炭酸水に皿にコップに石鹸にタオルにテーブルクロス……」

 ランゼはそう言いながら紙袋から買ってきた物を取り出しながらそう言った。

「さ、そこのテーブルにこいつを敷くのを手伝ってくれ」

 ランゼは部屋の真ん中に置かれたテーブルを指差しながらそう言った。

「わかったよ」

 アルスはそう言った。その後、テーブルクロスを掛け終えると、その上にランゼが買ってきたものを並べた。彼が買って来たのは豆と肉の煮物にロシェという固いパン、ボトル入りの炭酸水だった。

「じゃ、食べるか」

 アルス達は、食事を始めた。

「なあ、ナイフ、ねえか?」

 アルスは、ロシェを持ちながらそう言った。

「ねえよ。さっき見たら全部錆び付いてやがった」

「なんだよ。じゃあ、いいや」

 アルスはそう言うとロシェをひと齧りすると、そこに煮物を乗せて食べた。

「ああ、それと、食べ終わったら、風呂に行くぞ」

「風呂?部屋に付いてねえのか?」

「付いてねえよ。付いてたら月、一八ギルスじゃ住めねえって」

「それって安いのか?」

「まあ、低所得者向け住宅の中じゃ高い部類だろな。けど、これだけの広さでトイレと水道が付いてるんなら安い部類だろうな。エラローリアは、どうなんだよ?」

「エラローリアじゃ、低所得者向け住宅の代わりにゲセブ教の貧救院ってのが至る所にあるんだよ」

「ああ、そういや街中にあったな。て、それって、家賃がいくらくらいかかるんだ?」

「ああ、無料だよ」

「無料って……。そんなんじゃ、経営できんだろ?」

「費用は富裕層や国からの喜捨で成り立ってるから大丈夫なんだよ。まあ、娯楽は制限されるし、奉仕活動も強制されるけどさ、おかげで犯罪率は少ないかな。こっちには貧救院はねえのか?」

「ねえな。戦後の政教分離政策やらなんやらで運営が困難になったのが原因だって聞いた事はあるけどな」

「ふーん。向こうだったら法の猟犬の仕事も楽だったのかもな」

 アルスはそう言うと炭酸水を飲んだ。

「ま、犯罪率が少ないんじゃ、見つけやすいよな」

「あーあ、なんでこっちに来ちゃったんだかなぁ……」

「仕方がねえだろ。組んでる補助役の派遣元に配属される決まりになってるんだからよ」

 ランゼはそう言った。

 アルス達は食事を終えると、近くにある公衆浴場に向かった。

 基本的に低所得者向け住宅には、水道以外の設備が備わっていない。その為、住人は共用スペースにある調理場やトイレ、近隣の公衆浴場、川沿いにある洗濯場を利用していた。

「でっけえなぁ……」

 アルスは、目の前にそびえ建つ建物を見上げながらそう言った。二人が向かった公衆浴場は、異国情緒あふれる三階建ての瓦葺の建物で、一階は石造、二階と三階は木造だった。

「おーい、なにボサッとしてんだよ。置いてくぞ?」

 ランゼがそう言うとアルスは、慌てて彼のいる入り口に向かって駆けていった。

 中に入ると、ランゼは正面にある受付に向かって歩いていった。受付には燕尾服に似た制服を着た女性が二人いた。

「未成年と大人一枚ね」

 ランゼは、女性に五〇ギルス銀貨一枚を手渡し、チケット二枚と釣り銭一〇ギルス銀貨一枚を受け取った。

「無くすなよ?」

 ランゼはそう言いながらアルスにチケットを一枚、手渡した。チケットには『当日限り有効』と書かれていた。

 二人は、受付右側にある細長い通路を歩いて更衣室へ向かっていった。アルスは、ランゼにならって更衣室の入り口で靴を脱ぐと壁際の靴箱の中に入れた。

 靴箱には数字が書かれた扉が付いていて、金属製の取っ手には扉と同じ数字が書かれた木札が差し込まれていた。

「この木札が鍵だからな。無くすなよ?」

 ランゼはそう言うと木札を取った。

「わかったよ」

 アルスは木札を取るとポケットの中に入れ、ランゼの後についていった。

 更衣室の中は広々としていた。壁には、数字が書かれた扉の付いた無駄のない形状の白い棚がずらっと並んでいた。扉には数字が書かれたタグの付いた鍵が差さっていた。

 床には細長い竹が敷き詰められていて、足の裏に当たるすべすべでこぼことした感触が心地よかった。

 アルスは、脱いだ服をくるりと丸めるて棚の中に押し込むと、その上に木札を置いて鍵を閉めた。鍵を引き抜くと付いている紐を手首にくるりと巻きつけ、落ちないかどうかを確認すると、浴場の入り口にある浴布を取って中に入っていった。

「うっわー、ひっれー」

 アルスは、湯気でけぶる浴場を見回しながら感嘆の声を上げた。中には四つの浴槽が置かれていた。まず、真ん中に一番大きな長方形の浴槽があり、その周りを六角形や正方形の小さな浴槽が取り囲んでいた。天井は、板が張られておらず、丸太で組んだ黒い骨組みが露出していた。天井は高く、湯気がグングンと上に登っていくのが見えた。

「だろ?」

「だろって、なんで、お前が得意げに言うんだよ」

「まあ、気にすんなよ。ここは、この辺りじゃ一番大きな浴場でさ、他にも色々とあるんだよ」

「他にもって、ここ以外にも風呂があるのか?」

「いや、風呂じゃなくてさ、食堂や図書室があるんだよ。上の階に」

「へぇ、結構楽しそうじゃん」

「だろ?いい暇つぶしになると思うんだよな。おまけに、一回入場料を払えば、外に出るまでは施設が使い放題。まあ、食事は別料金だけどさ。お前も暇なら、ここに遊びに来てもいいぞ?金は渡していくからよ」

 二人は浴場の隅にある洗い場へと向かった。洗い場には桃色と水色、それに白の三色のボトルが置かれていて、その後ろには鏡があり、その下には蛇口が二つ付いていた。

「使い方は分かるか?」

「バカにすんな」

 アルスは、不満げにそう言った。

「そっちの桃色と水色のボトルは洗髪用だからな?間違えんなよ」

「わかったよ」

 アルスは、そう言った。二人が公衆浴場を出たのはそれからしばらく経った後の事だった。

 公衆浴場を後にしたアルス達は、等間隔に並ぶ街灯に照らされた道を六角館のある貧民街の方角に向かって歩いていた。中から楽しげな笑い声が漏れる酒場の角を左に曲がって、貧民街へと続く路地に入る。二人はチカチカと点滅を繰り返す街灯の明かりに照らされた薄暗い路地を歩いていき、貧民街へと入っていった。

 ちょうど貧民街の真ん中あたりまで来たところで、頭上から悲鳴が聞こえた。

「なん、」

「危ねえっ‼︎」

 アルスが上を見上げたのとランゼがアルスの腕を力一杯、後ろに引っ張ったのはほぼ同時だった。

「ふげッ!」あまりに突然のことだったのでアルスは、勢い余って尻もちをついてしまった。「何すんだよッ!」

 アルスが、そう言うと同時に先程、アルスが居た辺りに空から何かが落ちてきた。ドンッ!という鈍い音と共に周囲に赤い液体が飛散した。

 落ちてきたのは、人間の体だった。性別は男のように見えた。見えた、というのは、首がなかったからであった。体つきから成人男性のものと思われ、右肩のあたりには入れ墨があった。

「なあ、貧民街って死体が降ってくるようなヤベェとこなのか?」

 アルスは顔を顰めながらそう言った。仕事上、遺体は見慣れているとはいえ、流石に首のない遺体には抵抗があった。

「いや、いくら治安が悪いっていってもさ……。まあ、とにかく、警察に連絡しなきゃな……」

 ランゼは、そう言った。警察が来たのは、それからしばらく経ってからの事だった。

 二人はその後、警察に被害者発見の経緯などを事細かに聞かれた。未成年という事もあってか、アルスの聴取はすぐに終わった。

 アルスが、規制線近くのベンチに腰を下ろすと横から「よお、ボウズ」と声をかけられた。

 振り向くと規制線を潜ってこちらに入ってくるウェストフィルドの姿があった。

「ああ、そうか。たしか、重犯罪課だったね」

「おうよ。って言っても、今来たところだけどな。しっかし、ボウズが第一発見者とは、ね。驚いたぜ」ウエストフィルドは、苦笑しながらそう言った。「……それにしても、あんなのを見たっていうのに随分と堂々としてたじゃねえか。え?」

「冒険者って、言っただろ?」

「に、しちゃあ、ねぇ……」

 ウエストフィルドは、細い目でアルスを睨みながらそう言った。

「おーい、終わったぞ」そう言いながら駆け寄ってきたランゼは、ウエストフィルドを見ると「知り合いか?」とアルスに向かって言った。

「昼間、知り合った刑事」

「刑事って、お前。何かしたんじゃねえだろうな?」

 ランゼはアルスの方を見ながらそう言った。

「してねえよ」

「はは、いや。まぁ、彼は何もやっちゃいませんよ。」ウエストフィルドは愛想笑いを浮かべながらそう言った。「で、アンタは?」

「えっと、彼、アルスの相棒で、ランゼといいます」

「相棒?」

「ああ、えっと、法の猟犬ってご存知ですか?」

 不思議そうな顔をするウエストフィルドに向かってランゼがそう言った。

「ああ、法の猟犬ね。知ってるよ。警察なら誰でもね。異端者を裁くっていうアレだろ?」ウエストフィルドは、先程までとは打って変わって愛想のない顔でそう言った。「仕事上、何度か会った事はあるけどよ、アンタらは初めて見る顔だな。新入りか?」

「はい。今日付で配属されました」

「ほーん。そうかい。なら、闇の仕置人ってのも知らねえのか?」

「いや、知らねえけど。知ってるか?」

「いや、初めて聞くな」

 アルスに聞かれたランゼは、そう答えた。

「やっぱり、知らねえのか。まあ、いいや。教えてやるよ。いいか、闇の仕置人ってのは、よ。法で裁けねえ悪人に人知れず死という名の裁きを下す、正義の味方のことよ」

「随分とくわしいんですね」

「へへ、まあ、刑事だからよ」ウエストフィルドがそう言うと彼を呼ぶ声が聞こえた?「おっと、いけねえ、じゃあな」

 そう言うとウエストフィルドは、捜査員のいる方に向かって歩いていった。

「正義の味方、ねえ……。人を殺してるのに、か?」

「まあ、俺たちだって似たようなモンだろ?」

「ちげえよ。俺たちは、異端者を捕まえることが前提だ。武器の使用も相手が成った時に限られてる。そうだろ?」

 ランゼの言葉に対して、アルスは不快そうな顔でそう答えた。

「はいはい。わかったよ。じゃ、あとは警察に任せて帰ろうぜ?このままじゃ、風邪ひいちまうよ」

 ランゼがそう言った後、二人は六角館に向かって歩いていった。


●ギルス銀行設定

 ギルス銀行は、戦後にトルテ銀行とギルス都市銀行の二行が合併して誕生したフルビルタス王国最大の民間銀行である。世界各地に支店があり、現在の預金高は約四億六〇〇〇万イェンで、ギルスに本店が、港町リエージには本部が置かれている。

 堅実な経営方針で知られる。

 本店旧館はギルス都市銀行の本店だった建物で、ギルス市の重要建造物に指定されている。

 なお、ギルティくんというマスコットキャラクターがいる。


●六角館

 ギルスの貧民街にある低所得者向け住宅。部屋数は二十八部屋。家賃は月一八ギルスで、水道とトイレは付いているが、台所と風呂はついていない。その為、料理は別棟の専用の調理室で行う。

 風呂は近所の公衆浴場を、洗濯は街中の洗濯場かランドリーを利用する。


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