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39回目 一人残らず消えてもらう



 詳細な情報を持たせて、治安部隊を送り出した。

 これで北部は安定するし、決戦に向けた戦力が整うだろう。


 まったくいいことづくめだ。何一つ悪いことなどない。


 だというのに、何故か。

 誰もいなくなった部屋で一人、彼は荒れていた。


「……クソが」


 自ら密偵として北部に潜り込み、そこで彼は現実を見ることになった。

 最低の現実をだ。


「貴族の義務がどうとか言うつもりは無い。だが、あれが……人間のやることかよ」


 クレインが密偵として寒村を訪れた時、そこに広がっていたのは。


 ――今までに見てきた虐殺の光景とは違う、また別な側面の地獄だった。


 死肉を漁る浮浪者たち。

 子の死体を抱えて泣き崩れる母親。

 道端に座り、ただ死を待つ老人。


 アースガルド子爵家の統治でこうなったのかと、村人たちに聞けば。


『この辺は昔からこんなんだよ。むしろ良くなったんじゃねぇか?』

『ああ、子爵には感謝しとる』


 そんな回答が返ってきた。


 元の状態がどうだったのかなど、想像したくもない。

 そう考えながら、クレインは情報収集を続けた。


「多少の贅沢はいいよ。貴族の特権だ。だがな……不作で税が減ったから増税する? 無策で飢饉を招いたのに? その決定で何人が飢え死にしたと思っていやがる」


 元々、貧しい地域に重税を課していた。

 不作でも例年と変わらない税を、定額で納めさせていた。


 民から搾取した分。

 それがクレインの接収した、分不相応な財産の出所だ。


 領民たちが餓死しても特に対策は打たず、自分たちだけは高級ワインと豪勢な料理を楽しんでいたらしい。


 その上で、アースガルド家から金が取れそうとなったら。

 彼らは餓死寸前の者まで徴兵して死地に送り込んだ。


 クレインとしては。この時点で既に同情の余地は無いと思っている。

 悪政の尻ぬぐいというだけで気が滅入ったものだが。


 しかし現実は、想像の遥か下を行く。



 苦しむ弱者がいる一方で、未だに強い立場を維持している者たちもいたのだ。


 借金のカタに、貧民を奴隷にしている地主。

 食料の値を吊り上げる商店。

 配給品を接収し、着服していた役人。

 貧しい者を脅して財貨を奪い取り、少しでも贅沢をしようとする元、貴族たちの縁者。


 今も大勢の人間が死んでいるなどと、公式の視察では分からなかったことだが。


 それは当たり前だ。

 視察に来た子爵の前へ、無造作に死体を転がしておくわけがない。


「先行した奴らが埋葬してくれたんだろうが――いや、違う。知っておけてよかった。あんな光景は一秒でも早く、この世から無くなるべきなんだ」


 役人の汚職を除けば、クレインへ提出された報告書の数字に間違いは無かったし。

 彼も領地は、ゆっくりと立ち直っているものだと思っていた。


 しかし紙の上での報告と、実際の風景はまるで違う。

 新しく領地へ加わった地域は、怨嗟(えんさ)と悲しみの声で溢れているのが現状だ。


 現地で何が起きているのかを知ったクレインは以前にも増して、小貴族や取り巻きたちのことを軽蔑していたのだが。


 ともあれ彼は、東伯との決戦時に反乱が起きた原因を探す。

 そして調査を始めれば、すぐに気づいた。


「三千の兵が必要になるほどの民が、一斉に反乱を起こすのは不自然だったんだ」


 新たな領地ではそこら中で餓死者が出て、誰も彼も生きていくのがやっとの生活を送っている。

 元々飢饉が起きていた上に、手ひどい敗戦の直後。

 しかも領主たちは処刑された。


 これで何故、大規模な軍事行動と言えるほどの蜂起が起きたのか。


「煽っている奴がいるんだから、それは終わらないさ。……今にして思えば当たり前の話だ」


 以前までの領主は収入の七割を税で持っていったが、今は税が一割も無い。

 三年後には四割ほどに戻すとして、それでも随分と生活は楽になるだろう。


 食料支援もしているし、前任者に比べれば善政をしているという自負があった。


 前任者の貴族家に恩が無いとすれば。

 戦争で家族を殺された恨みで反乱を起こしたのだろうか。

 最初はそう思ったクレインだが、事実は違う。


 自分の利益になるように民を騙し、裏で利用している者たちがいた。



『私たちが土地の正当な所有者に戻ったから、アースガルド子爵家を追い出せ』



 貴族家の残党からそんなことを言われても、市民たちには真偽が分からない。

 ただ一つ分かるのは、従わなければ殺される。


 逆らった者は財産を没収されて、残党はその金で贅沢な生活を維持しようとする。

 それが現状だ。

 一度負けたくらいでは、旧支配者たちの考えは何も変わっていなかったのだ。


「元々があの状態なんだ。前任者に任せれば何も変わらないなんてことは……当たり前だった」


 各家の当主たちを処分したところで、傍で甘い汁を吸っていた者たちはほぼ手つかずだ。

 襲ってきた人間を返り討ちにしたくらいで、何もしなければ手を下していない。


 地主や庄屋が持つ、王様のような権限は取り上げたが。

 よほどの問題が無ければ、有力者にそのまま土地を治めさせている。


 生き残った者たちの中で、多少でも頭が回る者たちはどうしたのか。

 機会が来るまで大人しく従うフリをするなり、潜伏して姿を隠すなりしたらしい。


 それが東伯が攻めて来る時になると、一斉に牙を剝いてきた。

 反乱の真相はそんなところだ。


「欲をかいて戦争を起こした上に、そいつらの家族まで弱者を食い物にしているんだからな。一体何の冗談だよ、これは」


 特に、処罰されずに残った小貴族の親族たちだ。


 自分の領民だった民衆を反乱の駒に使い、ダメだったらまた次の手を考えるか。と、場当たり的な決断をした者がほとんどだった。



 ダメで元々。自分のモノ(・・)ではなくなった民を使い、計画が成功すればラッキー。



 その考えを元に計画が進んでいることを知ったクレインは、怒りに狂った。


 ヘルメスへ覚えた感情と似た激情に突き動かされ。

 いっそ執念深いまでに、徹底的に敵対勢力を調べ上げたのだ。



 今も食い物にされているのは、クレインが保護した難民であり。

 今では彼の領民となっている者たちだ。


 彼らはもう、クレインが守るべき対象に入っている。


 実際に見なければ、その実感が湧かなかったのかもしれないが。

 調査の過程で餓死した者や、全てを奪われて死んだ者を何百人と見てきたのだ。


「あいつらのちっぽけな自尊心と、身勝手な欲望のために。俺の(・・)領民を犠牲にされてたまるか」


 新しく併合した領地は、一日でも早く復興させる必要がある。

 領主として、クレインには平和を守る義務がある。


 そして一人や二人の代表者を処罰しても、何も変わらない。

 豊かな領地を作り。民の幸せを守るために、彼は残党の皆殺しを命じた。


 反乱に加担していない有力者や、既得権益者たちの恨みは買うだろう。

 一時的にとは言え、領地は荒れる。


 それでも根絶やしを決断したのは、平和のためだ。



「未来のために、あいつらは邪魔なんだ。……だから。一人残らず、消えてもらう」



 クレインとしても、その決断に間違いは無いと信じている。

 誰も飢えない平和な未来へは、血に塗れた道を通ることでしか到達できない。


 だが、義理立てして敵対勢力に付く者もいるだろう。

 必ず、武力衝突は起きる。


「……ああ、最低だよ。本当に」


 それはクレインが避けようとしている、虐殺に近い形で行われるのだ。


 そう考えれば。彼はどうしても心の底に、黒い感情が(よど)んでいくのを感じていた。





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― 新着の感想 ―
通読中です。面白いなぁーと思います。一旦、感想を落とします。 自殺を使ったタイムスリップを試みるのは、最早狂人の発想です。しかも、戻れる保証など何も無い。 作中の描写ではクレイン氏はそこまで狂ってな…
[気になる点] 今も食い物にされているのは、クレインが保護した難民であり。  今では彼の領民となっている者たちだ。 日本語としては「・・・難民であり」の後は「読点(、)」が適切と思います。最近、この…
[一言] クレインは、領主や貴族としては優しすぎるよな…
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