34回目 あの小児性愛者、強すぎるだろ
「あの小児性愛者強すぎるだろッ!?」
クレインは、久々に死んだ。
というか、一度死んでからはまた怒涛のように死亡している。
26回目の人生から31回目の人生では、予想通り南伯からの援軍が間に合わずに単独で迎え撃つことになった。
しかしクレインの予想を遥かに超えて、東伯軍は精強だったのだ。
「というよりも、動員数がどうなっているんだ。3万超えって……」
クレインの領地でも、搔き集めれば1万の兵が確保できる。
しかし新しく取得した北部の領地で反乱が相次ぎ、3000の兵は治安維持に回された。
だから当初の予定通りに7000の兵で迎撃に出てみれば――敵は自軍の約3倍――最初の人生で送られてきた時と同じく、2万の兵士で攻めて来た。
どうにかこうにか策を弄して、天才的な戦術で逆転できないかと思ったクレインだが、敵の兵数が3倍もいれば正面衝突で蹴散らされて、勝負にならない。
騎馬隊で本陣を急襲されて、結局クレインは死に続けた。
だから彼は南伯からの援軍を何とか間に合わせようと、色々と策を考えて実行したものの――
「南伯軍が参戦した瞬間、兵士が1万人も増えるんだからなぁ……。ああもう、どこから出してきたんだよその1万は」
31回目以降の人生では最初から駐留軍を置いてもらう約束を取り付け、3000の兵が間に合った。そこまでは上手くいったのだ。
1万の兵で防衛をして、「耐えている間に南伯軍本隊の援軍を待とう」という作戦を実行したところ――攻め込んでくる兵の数が増えた。
1万の軍と3万の軍が正面衝突すればどうなるか。それはもちろん少数の方が負けて、多数の方が勝つ。
ここ数回は多勢に無勢を体現したかのような、至極当たり前の結果に終わっていた。
「まず、南伯の参戦を知ってからの動きが早過ぎるし的確過ぎるんだ。絶対に間者がいるぞ――というか、ヘルメス商会なんだろうけど」
誰が裏切者かなど分かり切っているので、彼はもう苦々しいとしか形容できない顔をしていた。
しかしそれはそうだ。この状況でヘルメスが支援するとすれば、東伯しかいない。
「ラグナ侯爵家からすれば笑いが止まらない状態だよな。東の方で中堅勢力と大勢力が正面衝突して、勝手に滅ぼし合っているんだから」
今のアースガルド家は銀山での莫大な収入があるし、南伯とも強い関係で結ばれているのだ。防衛に成功すれば、多少は混乱すると言ってもそのうち立て直せる。
むしろ復興特需すらあるかもしれないが、東伯が勝てばどうか。
善政を敷いていた子爵家を無理な理由で滅ぼして、占領した地域で領民からの恨みが頂点に達していれば、戦後は南伯からの弔い合戦も待っている。
「ヨトゥン伯爵家の兵だって大勢死んでいるんだから、激突は必至だってのに……」
戦争をするならばアースガルド領の住民が反乱を起こして、ヴァナルガンド家の軍に襲い掛かる不安を抱えたまま戦うことになる。
領内に留まって防衛戦をするなら足元が不安だし、撃って出たとすれば、背後が不安になってくるだろう。
しかしここで退却すれば、東伯軍は何のためにやって来たのか分からなくなる。
「銀山の儲けは王家に献上しているから、流石に銀山から略奪はできないはずだ」
かと言って子爵家が稼いでいる莫大な財産も、ほとんど全てが食料や設備に化けている。
屋敷を漁ったところで金目のお宝など無く、戦費は大赤字に決まっていた。
そもそも、こんな方法で奪った領地の占領が認められるかは、大いに疑問が残る。婚約が正式に決まったので、南伯の領地に吸収されるのがいいところだろう。
と、クレインが考えれば考えるほど、東伯は損しかしていなかった。
「ああそうだよ、東伯だって損しかしない。だってウチの財産は増えていても、その中に略奪可能な物はほとんど無いんだから」
戦争での利益を何一つ得られずに、恋敵を滅ぼすためだけにノコノコやって来たとすれば。
それこそ恥晒しであり、東伯のメンツは丸潰れだ。
こんな珍事を部下へどう説明するのか。それ以前に、戦後処理はどうするつもりなのか。
クレインには一から十までさっぱり分からなかった。
「仮に東伯が南伯との戦争を回避できたとしても、問題は山積みだ」
ヨトゥン家への慰謝料と王宮への工作に、かなりの金と時間を費やすだろう。それはラグナ侯爵家からすれば、垂涎ものの好機だろうなと彼は呆れる。
「弱体化それ自体と稼いだ時間か。ああ最高だろう。値千金でしかない」
仮に領地を得たとして。言いがかりで滅ぼした地域を治めるのは難易度が高く、そもそも東伯からすればここは飛び地だ。
本拠地から早馬でも片道10日はかかりそうな土地で、しかも間には他の領地を挟んでいる。
こんなに内政難易度の高い地域を立て直すならば、5年や10年はかかるだろう。
その上復興のために金を使ったり、難民のために労力を割いたり治安を維持したりと、物凄い量の仕事が待っている。
首尾よく南伯が領地を引き継いだとしても、当分の間は領地が荒れる。
東伯、又は南伯の資産と行動力を削りつつ、交通の要所にゴタゴタを巻き起こしつつ、しかも敵勢力である第一王子派閥の家を消せるのだ。
「こんなもの、ラグナと手を組んでいるヘルメスが、手を出さないはずがない」
そう結論付けたはいいが、クレインとしても打てそうな手は全部打った。
大規模な反乱が起きる地域を目掛けて、多めに兵を送り、効率的に治安部隊を投入して無駄な兵を減らすこと。
先手を打って、戦場予定地に頑丈な陣地を構築させること。
東伯軍の用兵を先読みして、自軍が有利になる場所に布陣させること。
少ない兵をとことん効果的に運用して、最大限有利になるように立ち回った。
だが、それでも一向に届かない。
野戦では数が多い方が圧倒的に有利な上に、アースガルド領内には城壁がある街が無いので――野戦以外の選択肢が無い。
できても即席の陣地を作り、防御力を上げるまでが限界となる。だからどんな策を弄したところで、正面から粉砕される結果に終わっていた。
「……本当に、何を考えてんだよヴァナルガンド伯爵は。出向組も皆殺しって」
手紙で停戦を呼び掛けたり、王宮から派遣されてきた役人を派遣したりと融和作戦もやってみた。
しかし使者は、あっさりと斬り捨てられている。
王宮から出向してきた人間にもお構いなしで、全力で攻め込んできているのだ。
戦後処理をどうする気なのか、いよいよ本気で気になるクレインだが、前回の人生では目下最大の懸念が見えてきて、やはり苦い顔をしていた。
「まあ一番の問題は、南伯軍が意外と弱いってことなんだが」
ヨトゥン家の領地は豊かな作物が獲れ、南侯との関係も良好。周囲の家も食うに困らず、争いが全く無い地域だ。
つまり南部の全域が、アースガルド領を取り巻く状況と大差がない。
だからか南伯軍の兵士は、「少しいい装備を持った、農家のおじさん」という評価に収まりそうな兵が多かった。
もちろん名門だけあって人材の層が厚く、将はそれなりに有能だ。
しかし兵の気質が、あまり戦いに向いていない。
「それに対するは、異民族との戦争に明け暮れている東伯軍か」
毎月のように小競り合いをして、毎年のように戦争をしている。
末端の兵までもが歴戦の兵であり、心構えと面構えからして全く違う。
両家の軍へそんな分析を立ててから、クレインはため息を吐いた。
「はぁ……うちと同じだ。司令官が有能でも、兵士の質が違う。その上で数も違う」
だから勝ちようがない。
少なくとも正攻法、真正面からの戦争では。
「これをどうするか――おっと、そろそろか?」
そろそろモーニングコールの時間だと察して、独り言を止めた次の瞬間。
メイドのマリーがノックをしてからすぐに、寝室へ乗り込んできた。
「おはようございまーす!」
彼女はクレインがまだ寝ていると思っていたので、当然返事は待っていない。
だが、何度も繰り返してきたクレインは慌てなかった。
「ああ、おはようマリー」
「あれ? 今日は早起きなんですね」
「たまにはそういう日があってもいいだろ?」
クレインは寝坊しがちなので、マリーは「珍しいものを見たなぁ」という顔をしていた。
だが、独り言を言いながら荒れ狂うクレインを見たマリーが、ダッシュで逃げていくという茶番を、もう何十回と繰り返しているのだ。
クレインは卒なくメイドの襲来を切り抜けると、朝食に向かいながら思う。
「……こんなことばかり上手くいくようになっても、仕方がないんだが」
何はともあれリスタートだ。
今回は何を試してみようかと思案しつつ、彼は廊下を歩いていく。




