26回目 ランドルフより始めよ
「頼もう! 仕官に参った!」
午前中に、若い荒武者が一人訪ねてきた。
堂々と名乗りと共に子爵邸の玄関先へ推参した彼は、声を張り上げて来訪を告げる。
「武官を募集していると伺いましたので、売り込みに参りました」
「やあやあ我こそは――」
午後にも知的そうな青年と、どことなく高貴そうな中年の浪人が訪ねてきた。
ここ最近ではこれが日常だ。クレインが追加募集をかけたわけでもないのに、次から次へと仕官希望者が訪れている。
「しかもほとんど暑苦しい! まともな頭脳を持っていそうなのは、午後に来た奴らだけだぞ!?」
「は、はは……類は友を呼ぶと申しますからな」
ブリュンヒルデが仕官希望者たちを選抜している間に、クレインは執事のノルベルトと共に執務を片付けていた。
しかし定期的に新たなる客人の来訪を告げられて、手が止まっている。
「クレイン様ー。トレックさんと、新しい仕官希望者の方がお見えです」
「はぁ……トレックと先に会うよ。希望者の方は応接室に通して、時間を稼いでくれ」
「はーい」
ひょっこり姿を現したマリーが、そのままパタパタと廊下を駆けて行く。
普段なら「はしたない!」と叱るノルベルトも、最近では怒る気力が衰えていた。
「ここのところ、毎日ですな……」
「ああ。もう役職なんて無いんだが」
この状況が生まれた原因の半分はランドルフにある。
彼が仕官に成功してからすぐに、故郷の家族や友人に手紙を書いていた。
「素性の知れない浪人を、こんな待遇で出迎えてくれた」
そんな連絡が友人の友人にまで回った。そしてランドルフの友人は誰もが外向的というか、暑苦しいというか――俗に言う類友が多かった。
この不景気に何の実績も無い平民を、衛兵隊長に迎えて厚遇しているという話が拡散されて、戦力不足を補うために、来た端から人材を登用するようなことをしていれば――
「武官の求人を出していると聞きました! 俺はいい働きしますよ!」
――玄関先からはまた、人材の押し売りを告げる声が轟いてきた。
景気のいい噂が、また噂を呼んで千客万来。今のアースガルド家はそんな状況に置かれている。
「様子見で衛兵隊を増設しようって話だったのに、どうしてこうなったかな……」
「……ランドルフを、いきなり隊長にするからです」
時期は真冬となり、ランドルフを雇ってから2ヵ月ほどの時が経つが、当初は衛兵隊の副隊長としてハンスの下へ配置したのだ。
それからすぐに、そこそこ統率の取れた50人規模の盗賊団が、アースガルド領の北部に現れた。
彼らは小領地が密集している北の地域から流れてきており、クレインに報告が上がってきた時には既に、他領との境目にあった村は焼き払われて略奪が始まっていた。
しかしただの田舎だったアースガルド領に、こんな大所帯の山賊が現れたことはない。
緊張で震える衛兵隊を、総出撃させて対処に当たったのだが――そこでのランドルフの働きぶりは、壮絶の一言に尽きた。
「おのれ狼藉者どもがぁああああああああッッ!!!」
「うおっ!?」
彼は山中に響き渡るほどの雄叫びを上げながら、逃げて行く山賊たちを追撃し、山を二つ越えて怒涛の進撃をした結果、最後の一人まで根絶やしにしてきたのだ。
「首だぁぁああああッ! 首を置いていけぇぇえええええッッ!!」
「ひぃぃいいい!?」
「バッ、バケモノだぁぁああ!!」
最後には付いていける者がいなくなったので、単騎特攻である。部隊を率いて30人討伐してから、単独で15人を討ち取って帰投した。
この戦果にはハンスも半笑いするしかなく、帰って早々にクレインに申し出た。
「クレイン様。新規の部隊はもう、ランドルフ1人でいいと思います」
「ええ……」
ハンス4人分と勘定していたが、どうやら10人分以上の働きができるらしい。
そうと確認したクレインは、早々に計画を変更した。
「確かに出世させるとしても、もう少し段階は踏もうと思ってたよ」
「であれば、何故……」
「だってハンスがさ、あんな猛獣を御せる自信が無いとか言うんだもの」
そうして予定よりも早めに、衛兵隊を分けることになった。分類は治安維持に特化した警邏隊と、盗賊などに対抗するための警備隊だ。
今では街の中がハンスの管轄になり、街の外はランドルフの管轄となっている。
衛兵隊がほぼ全員出動していたので、盗賊を相手に大暴れをしたランドルフの姿は誰もが見ていた。そのためこの人事に対して、特に異議は出ていない。
むしろ「あんな鬼神の下で働けるなら安全だろう」という意見が大半だ。こうしてランドルフは、仕官から二週間足らずで子爵家の軍事責任者にまで上り詰めた。
この英雄譚のような話が「才能ある者は重く用いる」という噂で市井に回った結果が、大量の仕官希望者発生の原因でもあった。
「でも、おかげで盗賊の数は減っただろ?」
「……減りましたなぁ」
大森林に逃げても、山奥まで逃げてもお構いなし。どこまでも執拗に追いすがり、必ず根絶やしにする姿勢を見てか、以前にも増して盗賊は近寄らなくなった。
「それに仕官希望者が来るだけで、治安維持に一役買ってくれる」
「……確かに、効率的ではあります」
手土産と言わんばかりに、盗賊の首を持って現れる武人もおり、それが成功談として広まったのも盗賊の減少に拍車をかけている。
この地に集う武官たちにとって、もう盗賊という生物は、就活のアピールに持参するための獲物でしかない。
そんな山狩りが続いていたため、子爵領内での盗賊はもう絶滅危惧種となっていた。
「ついでに街の治安も良くなったから、いいことだらけだ。何も問題は無い……はず」
「ハンスは畑に顔を出す時間が増えたそうですが」
「そこはまた注意しておくよ」
恐ろしい守備隊がいるのだから、他所の街から来た出稼ぎ労働者もいくらかは行儀が良くなって、街中でのトラブルも減りつつあった。
治安的にも兵力的にも、確実に上向いている。下向いているのは、定期的に仕官希望者の突撃を受けることになった、屋敷で勤める人間の精神面だけだ。
「まあ、ブリュンヒルデのお眼鏡に叶うような人材がいれば雇うとして。まずは商談を済ませてくるかな」
「承知致しました。重要事項以外の決裁は済ませておきます」
「ああ。頼む」
執務室を離れたクレインは、廊下を歩きながらトレックに話す内容を整理していたのだが、途中でこうなった原因を考えてしまい――深い溜息を吐いた。
「……まあ半分は自業自得だから仕方ないか」
仕官希望者が殺到した原因の半分はランドルフだ。しかし責任のもう半分はクレインにあった。というのも彼は、献策大会の際に仕官を断られた者たちにも、仕官の打診を送っていたのだ。
ダメ元で大量の手紙を送り付けたところ――予想に反して――全員が承諾の返事を返してきた。
冬になれば不作の影響で貧乏になり、仕官に応じる者は増えるかもしれない。
そんな予測は間違っていた。
「貰った賞金で生活していけるんだから、受賞者の中に切羽詰まった奴がいなかったんだよな」
やるせなさそうに呟くが、その通りだった。武闘トーナメントの入賞者は皆、数年は暮らしていけそうな金を手にしている。
要は急いで鞍替えする必要の無かった武人が、何人もいたのだ。
しかし今回はトーナメントを開いていないので、巨額の賞金を手に入れた者などはいない。参加者は全員、生活に困ったままだった。
「先に思い出せよ、俺……」
資金繰りに困っているからこそ大会に訪れたのであり、献策大会にやって来た者のほとんどが、あの時点でもう経済的に苦しかったのだ。
しかも大会が開かれたのは8月だ。本格的な不況が訪れる前でそれだった。
「自分で言ってたじゃないか。冬になれば、もっと安く人材を買い叩けるって」
賞金を手に入れる機会が無く、大会があった時期より貧乏になっており、仕官者の待遇は思ったよりもいいと評判になっている。
しかもこのご時世に武官の募集をしている領地など、アースガルド領くらいのものだ。
そういった事情で、子爵家の家臣は武官ばかりが増えていた。
こうしたな条件が揃った結果、クレインが「これは足元を見過ぎか?」と思う求人でも、相手から見れば好条件となったというわけだ。
「本当にダメ元だったのに、ここまで集まるなんてな」
確かにこのまま乱世に突入すれば、武官の価値が上がるかもしれない。
しかし目先の飢饉へ対応するために、どこの領地も抱えていた浪人や傭兵など、生産に関わらない人材はリストラする流れが一般的になっていたのだ。
武人の需要がアースガルド領くらいにしかないので、各地から大量に供給しに来ていた。
要約するとそういう話になる。
「ああ、むしろ、仕官者に対応する事務方がほしい」
そんな願いも空しく、集ってくる人材は脳みそまで筋肉でできていそうな猛者ばかりである。
叶わぬ願いをボヤキつつ、彼はトレックが待つであろう応接室に歩みを進め――
「たのもーう!」
「仕官に参った!」
玄関の方からまた仕官希望者の声が聞こえてきて、右手を顔面に当てながら天を仰いだ。




