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第四十八話 唐突な常識的判断



「誘いを出した分だけでも、過剰に思えますが……」

「そんなことはないさ。人材はまだまだ必要だ」


 獲得に失敗していて、かつピーターとの縁故も無かった数名の武官には、今の段階でヘッドハントの手紙を送っていた。


 身分が高い人間ほど、早い段階から不作による不景気と飢饉の気配を感じ取っている傾向が強かった。

 だから誘いへの返答は今のところ、全員が承諾で返ってきている。


 クレインが各地から人材を引き抜いた結果、人材の価値が高騰して売り手市場になることまで想像できる人間は流石にいなかったのだ。


「まあ、この大会で新規の人材発掘は……正直なところ望み薄だけど」


 クレインは大々的な広告をした上で仕官希望者を募集しているが、仮に数名が獲得に失敗してもお釣りが来る。

 文官は増えたし、武官も過去と比べてプラスマイナスゼロのラインには既に到達しているからだ。


 しかしこの状況は、ノルベルトには全く意味が分からない。


 人材に期待していないのにどうして、大枚を叩いて大規模なイベントをやるのか。

 彼は当然の疑問を口に出した。


「では、何故このような……」

「移民募集のために景気の良さをアピールしておきたいんだ。人材発掘はダメ元ではあるけど、まあ武力はどうしても必要だから」


 過去に仕えていた目ぼしい人材は軒並み再獲得ができそうで、参加者の名簿を見てもブリュンヒルデから不合格を食らった者ばかり。

 今さら仕官者を選抜するトーナメントを開く意味は薄いと、クレインは零す。


 では何故大会を開いたのかと言えば、本命はグレアムを再獲得するためだ。

 実際のところ、彼を獲得することを主目的にこの大会を開いている。


 腕っぷしを活かして一旗揚げるという選択をするのに、今は盗賊しか選べない状態ではあるが、身分や学歴不問の仕官トーナメントの宣伝を南方面に広げて、釣り出そうという作戦だった。


 実際に過去のグレアムはこれで釣れているし、ついでに平民組の武官を一網打尽にできるという目論見もある。

 つまりクレインは今まで秋から冬にかけて採用していた者たちを、夏の段階で集め切るように動いていた。


「まあいいじゃないか。ウチが儲けていると略奪してきそうな輩が、すぐ近くにいることだし」

「……ふむ。北の者どもですか」


 そしてこのイベントに表向きの理由を付けるとすれば、防犯のためだ。

 直情的で居丈高、何をするか分からない豪族のような小貴族たちの領地と隣接しているのだから、保険として武力強化を試みている。

 そんなお題目を掲げての開催となったし、その問題についてはノルベルトも十分に理解している。


「ノルベルトだって、いい印象は無いだろ?」

「ええ、まあ」


 どこぞの家と小競り合いをするから、全軍を援軍として寄越せ。

 そんな無茶な要求をクレインに届かせることなく防いできたノルベルトからすれば、北への懸念はごもっともとしか言えない状況ではあった。


「しかし今後の運営資金はどうなさるおつもりですか? 大丈夫とは、前々から仰っておりましたが」

「商会から借りるよ。今はまだ詳しく話せないけど、返済は簡単そうだし」


 ちなみに前回の人生でマリウスに各地の人材を調べさせた際に、ヘルメス商会のその後についても洗わせている。


 その結果としては王国歴501年の初頭において、北で壊滅、中央と東で大混乱という最中にあっても――まだ健在という事実が明らかになった。


 圧倒的な資金力は伊達ではなく、まず大量の賄賂を積んで中央の火消しがされた。

 次いでラグナ侯爵家に対しても正式に詫びを入れた上で、裏取引で何らかの手打ちがあったとの報告が諜報部から上がっている。


 アレスからの密書でも同じ内容が伝えられたので、商会への致命傷は避けられていたと知れた。


 南では相変わらずの権勢を誇っているし、西ではむしろ勢力を拡大していたのだ。

 東での嫌がらせは効果が大きかったものの、年明けには混乱も収束している。


 以上のような結果を見たクレインは、何を考えたか。

 これはごく単純だ。


「まだまだ余裕だって言うなら、もう少し絞ってもいいよな」

「クレイン様?」

「独り言だよ」


 あの一大包囲網は流石にやり過ぎたかとも思ったクレインだが、結果的にはあれだけやってもまだ揺るがないほどの強敵だ。

 だからついでの追撃として、借入資金を更に上積みする予定で動いている。


 入賞賞金まで含めたトーナメントの開催費用と、武官を不景気前に採用するために加算されたコスト。その他諸々の分だけ借入を増やすと決めた。

 つまりクレインは、ヘルメス商会の資金で全てを何とかする腹積もりだった。


「無理の無い計画かどうか、私も確認したく存じます」

「……そうだな。そろそろ話してもいいけど、まあ今日じゃなくてもいい」


 4月から始まったクレインの暴走をどうにか制御しようと頑張っているノルベルトは、既に胃薬が相棒となっている。

 クレインの紹介で出会ったトレックは薬も取り扱っているというので、定期購入の契約は既に結ばれていたほどだ。


 それはさておき、今回の大会ではやはり賞金額も控えめに設定してあり、引っ越し代と当面の生活費を支給するくらいのものとなっている。


 春先から続く移民の受け入れで市民の不満が少し溜まっていたところなので、ガス抜きがてらに興行を行い、領民も積極的に参加してほしいというのが表向きの理由の一つだ。


「さて、日程は順調に進んでいるな、ランドルフから見て強そうな参加者はいるか?」

「いえ、今のところは」

「そうか」


 新しい人材はいなさそうだと再確認しつつ、武闘トーナメント会場から一旦目を離した。

 そしてクレインは、今回新たに用意された別の舞台を見る。


 これは彼にとっても意外な結果となっているが、民衆には派手なトーナメントよりも、そちらの方が好評のようだった。


「で、残るはここだけだ」

「……最早、何も言いますまい」


 今回の大会では政策提言が削られているが、代わりに「一芸部門」が新設されている。

 特技を持つ人間がいれば、何でもいいからその技能を披露しろという場だ。


 気になる技能の持ち主がいれば子爵家のお抱えとすることになっているが、責任者は人材の抜擢に定評のあるハンスだ。

 ハンスは毎回判定に困っているものの、有用そうな人間がいれば一人残らず召し抱えるという話なので採用基準は緩い。


「吟遊詩人です。歌います」

「……採用」

「王都で役者をしておりました。衣装の早替えをお見せします」

「…………採用」


 潜入調査用に元盗賊を雇ったり、新聞記者を雇ったりと、そこまではノルベルトにも理解が及ぶ範囲である。

 しかし誰彼構わず引き抜いているような有様を見て、財務状況は大丈夫だろうかと気を揉んでいた。


「クレイン様。事前に採用予定者のリストへは目を通しましたが……吟遊詩人など必要でしょうか?」

「必要だよ。使いどころはある」


 将来的にハンスの仕事を肩代わりしてくれる存在もちらほらいるので、死んだ魚のような目で審査を続けるハンスには頑張ってほしいと思いながらも。採用が順調ならばここについても問題は無い。


 進行もハンスに任せておけば大丈夫だろうと、特設ステージで行われるトーナメントに目を戻したクレインは――ここで首を傾げて、ふと思う。

 入れ替わり立ち代わりの試合は行われているが、未だに目当ての人物の姿を見ていないのだ。


「……そろそろ見かけてもおかしくないよな」


 戦斧を振り回して大暴れするグレアムは相当目立つはずだが、眺めていても一向に出てこない。

 もしや何かの間違いで途中敗退したのか。そんな考えが彼の頭を過った。


「出場者名簿はあるか?」

「それでしたら、あちらの仮設本部にございます」


 バルガス他数名の見知った顔が運営本部にいたので、名簿を出すように伝え。

 数分して、名簿を見終わったクレインは呟く。


「グレアム、いないじゃないか」


 そう、今回の主目的であるグレアム。彼はそもそも大会に参加していなかった。

 諜報部はおろか商人との付き合いもまだ無きに等しいので、不参加の理由などもちろん分からない。


「……再調査だな」


 とは言え大会をこれ以上後ろにずらせば内政に支障が出る。

 マリウスが早めに仕官してきそうなところでもあるので、今回のクレインは大人しく時期を待つことにした。




    ◇




 そして催しから二か月後。

 マリウスが加入し、どうしてグレアムが姿を見せなかったのかを調べてみれば――単純なことだった。


 旅費が無い。


 裏事情など何もない。ただの金欠である。

 彼も子分も南へ移住するのに全財産を使い、一文無しの状態なのだ。


 子爵家へ移動するだけの貯金など無いし、賄えたとしてもトーナメントで入賞できなければ野垂れ死に待ったなし。

 優勝したところで賞金は個人の引っ越し代くらいであり、子分たちは置き去りだ。


 仕官ができれば確かに生活は良くなるだろうが、しかしそもそもの話として、貴族が自分たちを雇うとは思えない。

 そんな分の悪い賭けをするくらいなら、日雇い人足の仕事を続けた方がマシだ。


 以上の判断で南に留まっていたと、諜報部が労働者の一人から聞き出していた。


「普通に考えればそうだけど。……どうして急に理性的な判断をするかな」


 今まで散々行き当たりばったりな動きを見せていたグレアムは、ここにきて何故か、唐突に常識的判断を見せたのだ。


「……次は、旅費を出してやるから来いと言ってみるか」


 採用の網を潜り抜けてしまったことに多少落胆してはいたが、失敗してしまったものは仕方がないので、クレインはまた次の手を考えていく。


「残すはグレアムだけなんだ。もう一息、頑張ろう」


 何にせよ今回の流れで進めれば、欠けていた武官たちの回収が滞りなく終わると分かった。

 武官とも文官ともつかない一芸特化の人間も引き入れて、ヘルメス商会からの借り入れ額上乗せにも無事成功しているのだ。


 取り逃がしている主要な人材はグレアムだけとなったので、彼さえ戻ってくれば再び前進できる。

 そう考えたクレインは明るく前向きに、楽天的な思考のまま毒薬を口に放り込んだ。



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― 新着の感想 ―
[一言] 代替人材を探すとかはしないんな。
[一言] 最後のながれるような自殺
[一言] ついに最新話に追いついてしまった。 一話一話が面白い。 更新楽しみにしています。
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