第十一話 リスク回避
「で、何故死ねと?」
クレインが様々な感情を横に置いて先を促せば、王子は少し間を開けてから話す。
流石に言葉は選ぼうとしているようだった。
「貴様の力は切り札となり得る。だが、それがあると知られれば。いくらでも対策は打てるものだ」
「まあ、確かに」
アクリュース王女が強硬手段に打って出て、不意打ちで儀式を行う可能性もある。
例えば北侯と西侯が争うエリアに移動して、兵士の死体で術を発動させるくらいなら、今すぐにでも可能だ。
「知られていないままに最適解を選べること。それが利点だ。誰も知らぬままがいい」
「つまり殿下へ、この話を打ち明ける前に戻れと?」
クレインが聞けば、王子もゆっくりと頷く。
「そうだ。貴様の力と未来のことを知った以上。私の方でそれを前提にした発言や動きが出るかもしれん」
例えば東伯とクレインを同盟させようとした騎士など。王子の配下には、明らかに裏切っていそうな人間が何名かいる。
裏切者と知った以上態度には出るかもしれないし、裏切りを防ぐために行動したくなるかもしれない。
それがリスクということだった。
「アクリュースに関する部分が不透明な以上。私の周りはなるべく、本来から変えぬ方がいいだろう」
「余計な動きをされて、敗北条件を達成されては困る……なるほど」
「そうだ。だから、私が余計なことを知る前に戻れと言った」
クレインの力を知る人間が誰もいない状態であれば、クレインはいくらでも不意を打てる。
だが、秘密を知る人間が増えるほど、力の存在を知られる可能性は高まる。
隠匿すべきという意見は、理には適っている話だった。
「しかし、殿下が殺された時期は東伯と決戦中でしたからね。本来通りに動いたとしたら、恐らく暗殺は防げませんよ?」
「そこは手紙なりで説得すればいい。子爵領へ呼んでもいいだろう」
南伯と手を結ぼうとしている段階で、急に領地へ来いと言うのだ。
味方を増やしましたと言えば聞こえはいいが、良からぬ疑いは必ず出る。
「……できると思いますか、説得」
この話を打ち明けない場合、前々回までと同じになるのだ。
その場合に説得できるか、それは怪しいとクレインは見ていた。
「周囲の間者に説得されて、アースガルド家は裏切ったと吹き込まれて、こちらを信じたとお思いで?」
「……難しくはあるな」
「敵は殿下の近くにいて、いくらでも反論可能。こちらが打てる手は手紙。これで満足に説得できるとは思えないのですが」
ビクトールも洗脳を解くには、洗脳された期間以上の時間を掛けるべきと言っていた。
今でさえ猜疑心の塊だったものを、これから2年も継続して洗脳を受ければどうなるか。
「恐らくこちらの言うことを聞かないばかりか、例えばブリュンヒルデを暗殺に向かわせるとか、ろくでもない策を打ってくるかと」
「一々、否定ができんことを言うな、貴様は」
「それで何度も殺されたもので」
クレインには他の懸念もある。
アースガルド領が過去最大の早さで発展した場合、東側の動きが変わる可能性があるのだ。
王子と北侯だけでなく、早期から子爵家と王子への離間工作を打ってくる可能性もある。
北侯とアースガルド領、そして南伯が手を組み王子と敵対したとなれば、下手をするとクレインたちが反乱軍扱いされるかもしれない。
そこは当然危惧された。
「陛下と北侯の関係にもよりますがね」
「そこは……心配いらぬ。無二の友とまで思っていそうだからな」
クレインとしても、リスクはなるべく取りたくない。
だが、原点を見た結果、多少のリスクを取る必要も出てきた。
アースガルド領の戦力は東伯、東侯の連合軍を前にかなり劣勢ではあるが、北侯もヘルメス商会の妨害を受けて、西侯を相手に優位とは言えなかったからだ。
「決戦に負けて、国が滅亡というのは避けたいしな……」
「実際の戦力比が分からぬ以上、手勢を増やすに越したことはない、か」
諸々の事情から、北侯の力をあまり使わずに対処する必要がある。
援軍をあまり出させずに、北侯は西へ対処させたい。
そう考えれば、自助努力でアースガルド領の戦力を増やさねばならない。
だとすれば王子への対処へ何度も手をかけられないし、最初から協力体制を作れた方が速度は上がる。
「いえ、それは一度置いておくとして。王宮から派遣されてくる役人に殿下の間者がいる以上、何もせずに放置というわけにもいかないので」
「まあ、確かにな」
例えば秘密を明かさない場合で、クレインが王子の派閥に入らなければどうなるか。
人材の派遣を頼まなかったところで、勝手に手を入れることはすぐに予想できた。
「殿下が今までの話を信じて、協力体制が築けるなら。このままでいこうかと」
工作を受けて、アースガルド領の内情に詳しい者が寝返るリスク。
それがあるから洗脳を解こうとしていた面もある。
「それも危うい橋だが……せめて、殴らなかった過去を作ろうとは思わんのか」
「けじめなので、殴ったまま先に進めようと思います」
過激な言葉をぶつけて交渉するだけでは、まともに話ができたかも怪しい。
強気に出ればむしろ、警戒心がどんどん強まっていた。
しかもその前提。時渡りの術について話していない場合、ただの暴言になってしまう。
他の説得材料にも乏しいので、恐らくこの流れ以外で改心を狙うのは難しい。
意図せずして話を信じるという展開になったので、クレインとしては王女以外のリスクは無いのだ。
「そもそもアクリュース王女の影がチラつくのは、502年の秋からです。それまで逃げ隠れしていたということは」
「陛下が、何か手を打っている可能性もあるか」
宰相が真相を知っていたのだから、国王も真相を知っているに決まっている。
いつ知ったかは不明にせよ、捕らえられる寸前で東へ逃れていたことを見ても、対策はある。
「それ以前に、殿下の怪しい動きとアースガルド子爵の時渡り。ここを結び付けられる要素がありません」
術のインパクトが強く、二人の思考がそちらに寄っていたが、実際にはどうか。
アースガルド子爵は、実は過去へ戻り歴史を修正する能力がある。
そんな推理ができる者は、王族以外にいない。
アクリュース本人が見ていれば気づくかもしれないが、当の王女は身動きが取れない。
王子の周囲にいる取り巻きたちは、その術を知らない可能性が高い。
漏れたら一撃で終わる可能性があるとはいえ、限りなく低いリスクだ。
「だが、貴様の利益を最大に取る意味でも。安全策を取るべきだと思うが?」
「それは……まあ」
王子の話は、確実に勝ちを拾うための安全策だった。
この道を選ぶと、最悪の場合は王子が見捨てられるかもしれない。
しかしクレインにとっては安全性が高まる。
「こちらなりの誠意だ。危ない橋を渡る必要もあるまい」
「そうですね。でも、止めておきます」
大した義理も無かったので、見捨てても構わないと言えばその通りな状況だ。
しかし今のクレインに取ってみれば、少し話が変わる。
「何一つ。あいつらのいいようには、させたくないので」
王子の無能な動きには腹を立てたが、ヘルメスやアクリュースから弄ばれたという点では同陣営だ。
何となく、彼を見捨てるのは負けた気がしている。
むしろ王子をいいように使う計画を頓挫させて、「ざまあ見ろ」とでも言ってやりたい気分だった。
「いい方向に転がったので、これはこれで良しということにしましょう」
「この状況を見て、よしと言うか。……まあ、いいが」
王子も、自分がしこたま殴られた理由については納得している。
クレインの打ち明けた事実からすれば、一度殺してみようと言われなかったのが不思議なくらいだ。
だから、彼らはこのまま進めることを決める。
それが結論となった。