11回目 寵愛ってやつを受けてやる
「人の命を、何だと思っているんだ!!」
叫びながら目を覚ましたクレインだが、彼は今回も荒れていた。
彼がこのループに入る前は、少なくとも3年間、何の問題もなく平和に過ごせたのだ。
「ああ、もう……返答をしくじったくらいで首を刎ねてくる危険な殿下に比べれば、ラグナ侯爵の方がいくらかマシな気がする」
3年経って侯爵家が領地を増やした際に、早々に従属関係でも結べばいいのではないか。
そんな弱気な発想が出てくるほど、クレインは嫌になっていた。
しかしラグナ侯爵家の畜生ぶりを見ていれば、靴を舐めても殺されるか、良くても家畜の扱いを受ける可能性が高いだろう。
そう判断したクレインは、従属の選択肢を振り払った。
「ぐぬぬ……。だけど、ここまで死んだんだ。絶対に幸せな未来を掴んでやる」
何より恭順の道を選べば、今までの死も、努力も全部無駄になる。
だからもうその選択肢は、取りたくないとクレインは思っていた。
退けないところまで突っ込んだ賭博師の意地に近いが、何にせよここまで来たのなら、彼にも色々と思うところがあった。
「はいはい、次は人払いね……って、あれ? 銀山の位置は完璧に覚えたけど、他の作戦を結構忘れてきているような」
献策大会で出てきた、使えそうなアイデアは全部で16個あった。
しかし忘れないようにと、枕元のメモに書き込もうとしたところ10個しか出てこず、そもそも幾つかはうろ覚えで細部が怪しい。
「俺の記憶力は、こんなに悪かったかな……?」
クレインも疑問に思いはしたが、これまでに衝撃的な体験を繰り返してきたため、多少記憶が飛んでも仕方がないとすぐに諦めた。
深く考えずに首を振った彼は、次善策を思い浮かべる。
「忘れたものは仕方がない。もう一度献策大会を開けばいいとして――いや、待てよ。第一王子の側近からうちの領地に派遣されてくる人間がいれば、こっちが適当な案を出しても正解に導いてくれるのでは」
この草案に、何か意見は?
そう問うだけで、具体化してくれる未来は何となく見えた。
「あの殿下の下で生き残っているだけで、かなり優秀な人材というのは確定しているからな」
王宮から人材を紹介してもらう約束を、取り付けるところまでは上手くいっている。あとは第一王子と同陣営になり、支援をしてもらう方向に進めればよかった。
「そうだよ。評価基準はかなり厳しめだけど、殿下から見れば俺は優良物件のはずだ」
周囲の家と深い関わりが無く、ラグナ侯爵家の考えには否定的。しかも貴重資源と化している銀の鉱床を見つけて、これから勢力を伸ばしていきそうな家だ。
変なひもが付いていないばかりか、将来性もそれなりにある。できれば味方にしたいと思うことだろう。
「だから何とかして殿下と友好関係を結んで、側近の中から、文官の教育役という名目で誰かを派遣してもらえば用は足りる」
今までの道のりを考えても、そこをゴールにするのが妥当だ。
そう結論付けて、クレインは悪い笑顔を浮かべた。
「じゃあ話は早いな。……見てろよ、第一王子の寵愛ってやつを受けてやる」
「え?」
深く考え込んでいたクレインは、マリーの入室に気づかなかった。
ドアを開けた瞬間に彼女と視線が交錯して、両者の動きは止まった。
運悪くというか、折り悪くというか、最悪のセリフを言った直後にマリーが入室してきたのだ。
「あ、あの」
「私は、何も聞いていませんから」
マリーはクレインを起こしに来ているのだから、ノックの返事は当然待たない。むしろノックをしない日の方が多い。
そして戻れる日の初日が今日なので、事前に教育することはできなかった。
「何も、聞いていませんから」
次回からは寝起きの発言に少し気を付けよう。そう決意した一方で、今を何とかしなければ酷いことになるだろう。
俺は男と男で愛を育む、衆道の人ではない。クレインはそう思いながら、ベッドから立ち上がった。
「いやぁぁああ!? クレイン様が、王子様と、クレイン様がぁぁあ!!」
「待て、待つんだマリー! その話は広まると本当にまずいんだって!」
意外と足の速いマリーは4分ほど屋敷中を逃げ回った。
そして毎度の如く執事のノルベルトに捕獲された二人は、毎度の如くお説教を受けることになる。
◇
三度目となる第一王子との対談。
今までに通った道を軽く流しつつ、クレインはターニングポイントに辿り着いた。
「では北侯、ラグナ侯爵家はどうか?」
「素直な考えを述べたいところですが……申し上げる前に、まずは人払いを」
「人払い、か」
もちろん不満はある。そして目の前の第一王子も、彼らに思うところがあるらしい。
しかし即座に答えれば、殺されると分かりきっているのだ。だからこそ今回のクレインは慎重に対応した。
「王宮の人間は騎士からメイドに至るまで、殿下に忠実だとは思っております。ですが人の口に戸は立てられません」
「そうだな、慎重なのはいいことだ」
王子が目で合図を送ると、微笑み騎士以外の面々は全員退出していった。
クレインの天敵である、最も出て行ってほしい人物が残ったことを残念に思いはしたが、これで準備は整ったのだ。
そこでクレインは改めて、ラグナ侯爵家のことを扱き下ろしにいく。
「名門ではございますが、野心が透け過ぎですね。王都の事情に疎い私でも、ラグナ侯爵家が謀略に一枚噛んでいると容易に推測ができました」
「ほう。どこでそう思った」
今までの王子の発言を振り返るに、この返答で問題はないはずだ。
迂闊なところを見せなければ助かるはずだと、覚悟を決めてクレインは続きを話す。
「毒殺を未然に防ぐ素振りも見せず、混乱に乗じて権力の拡大を図ったのです。それにあの事変で最も得をした家がどこか。考えてみればすぐに分かることでした」
「……ふむ、頭は回るようだ。丸きりの凡夫というわけでも無さそうだな」
ラグナ侯爵家に対して言いたいことを言い切り、第一王子にも気分を害した様子はない。
どうなるかと緊張しながらクレインが答えを待つと、果たしてここでようやく展開が変わった。
「で、奴らは今後どうすると思う」
少し考える素振りを見せた王子だが、今度はいきなり暗殺を命じることなく、クレインと視線を合わせながら、更に質問を投げかけた。
「彼らの野望は留まるところを知らないでしょう。水面下で手を伸ばし、次なる事変を目論んでいると考えております。次に狙われるとすれば、東の可能性が高いかと」
「……上出来だな。貴様の見立ては恐らく正しい」
また少しの時間が空き、やがて紅茶のカップをソーサーの上へ静かに置くと、第一王子は何気なく言った。
「クレイン・フォン・アースガルド。貴様のような男を待っていた」
この言葉を聞いたクレインは、全身で喜びを表現しかけた。
だが、突拍子もないことをすれば殺されるため、すんでのところでポーカーフェイスを試みる。
「ふふっ。私の周辺でも、まだ先のことまで目が向いていない者が大半です。国の中枢におわす殿下が備えてくださるのであれば、私のような下々の者も安心できます」
しかしどうしても頬の緩みを抑えることができないので、逆に微笑むことにすると、一方の王子は苦い顔をしていた。
「持ち上げるな。父上は北侯の陰謀に手を打てず、憂国の士も時を追う毎に削られていく有様だ」
止める手立てが無いことを歯がゆく思っている王子は、しかめっ面で紅茶を飲み干した。そして微笑み騎士はやはり、優しい眼差しを向けながら微笑むばかりだ。
「ここから先は少し込み入った話になるが、退出をするなら今だぞ? ……貴様は後々役に立ちそうだからな。今なら中立でも許そう」
そうは言うが、クレインとしても今さら「中立でお願いしたいです」が許されるとは思えなかった。
帰り道で暗殺されかねないため、ここは乗っておくしかない場面だ。
「いえ、あの家を放置すれば私どもとて、いずれは破滅します。対策を練るに今以上の機会はございません」
そこで会話が止まったものの、今回は剣が飛んでこなければ、不穏な気配にもならなかった。
「……よく回る口だな。まあ、いいが」
憎まれ口を叩いた王子の口元には、微かに笑みが浮かぶ。
難所を突破したと見たクレインは、ようやく先に進んでいけることに安堵していた。