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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

今、残業押し付けましたよね?

作者: もっち

何事も無ければ定時で帰れる!なんて考えていた3時間前の私に「係長と目を合わせては駄目」と言ってやりたい。

あの時、係長と目が合わなければ「月曜の朝イチの会議で必要だからよろしく」と資料をまとめるように言われず定時で帰れただろうと思う。

 休日出勤か残業かで悩み、残業を選んだ事を少し後悔し始めた頃、同僚達は山積みの資料と格闘する私に憐れむような眼差しを向け、そそくさと退社していった…。



 ようやく資料をまとめ終わり時計を見ると9時を回っていた。

 疲れたなぁと思いながらボーッとコーヒーを飲んでいると背後からコツコツとヒールの音が近付いて来て「お疲れさま」と声をかけられた。

 条件反射のように「お疲れさまです」と返事を返し、声の持ち主を確認しようと振り返り驚いた。

 私に資料をまとめるように押し付け早々に帰っていった係長だった。


「こんな時間まで残業してたの?」


「あ、はい。でも、もう終わりました。」


「そっかそっかぁ、仕事押し付けたみたいになっちゃってごめんね」


 押し付けたみたいに?みたいにじゃなくて押し付けたが正解でしょ!なんて考えたけれど言えるわけもないので


「こんな時間にどうしたんですか?」

と、質問するにとどまった。


「ロッカーにコレ忘れちゃって」

私に見えるようキーホルダーの付いた自宅のであろう鍵を振ってみせた。


 いつもキリッとしている係長からは想像のつかない可愛らしい猫のキーホルダーの付いた鍵と係長の顔を交互に見てしまった。


「何よ?猫が好きなんだから良いじゃない!」

 少し頬を染めながら言われても迫力が全くなくて思わず「くすっ」っと笑ってしまった。


「絶対キャラじゃないって思ってるでしょ!」


 さらに頬を赤くしてそう言う係長にドキッとした。もしかして、これがギャップ萌え?

 怖いなぁなんて思っていた係長の意外な一面をを見て、実は可愛い人かもと少し考えを改めた。



 なぜだか二人で会社を出て、そのまま肩を並べて駅まで歩いている。今まで少し怖そうに見えて苦手だったので、仕事以外ではあまり関わらずに過ごして来たのに、世間話をしながら帰ることになってしまった。

「どこに住んでるの?」って聞かれて素直に答えたら、「私、3つ先の駅に住んでいるのよ。」と、ちょっと嬉しそうな感じで言われた。あぁ、これで電車も一緒なのが確定した。逃げたらやっぱりマズイよなって思う私の顔は若干ひきつっていたかもしれない。

 上司と一緒に帰るなんて気が重くなるのに、電車ではすごく自然に隣に座られてしまった。


「休みの日は何してるの?」


「休みの日ですか?本を読んだりDVD借りてきてみたりが多いです。インドア派なので」


「本好きなの?どんなの読むの?」


「そうですねぇ、ミステリーが多いです」


「へぇー、じゃあDVDはどんなの借りるの?」


「話題になってた映画とか、原作の本を読んで気になった映画とかですかねぇ」


「なるほど、覚えとくわね」


 質問責めされて覚えとくと笑顔で言われ、私は反応に困り微妙な笑顔で「覚えなくていいです…」と言うのが精一杯だった。


「お酒はどう?晩酌とかする?」


「家ではほとんど飲まないです。駅前にショットバーが有るんですけど、たまに行くぐらいです」


「ショットバー……ねえ、そこに飲みに行かない?」


「え?今からですか?」


「どんな所で飲んでるのか見てみたいなぁ。それに、仕事押し付けて帰っちゃったお詫びもしたいし」


「いえ、そんな、いいです気にしないでください」


 答えながら、やっぱり押し付けたのかい!と心の中でツッコミをいれた。


「いいから、いいから、遠慮しないでー」


 遠慮してるわけでなく、早く帰りたかったので必死に断った。にも関わらず、当然のように私の後ろに付いて電車を降りて「さっき言ってたお店どこー?」とキョロキョロしている係長を見て、私は観念するしか無かった。



 日付が変わろうかとしている頃、未だに帰れずに駅前のショットバーで係長とお酒を飲んでいた。


「係長…そろそろ止めた方が…」


「なによぉ、酔って無いってばぁ」


「えっと…めっちゃ酔ってますよね…」


「酔って無いって言ってるれしょ!」


「あー、はい、酔ってますね……」


 私はお店のマスターに目配せをした。マスターは私の言いたいことをわかってくれたようで、お水の入ったグラスを出してくれた。



 面白かった本や映画の話をして普通に飲んでいるつもりだった。

 係長ペース早いななんて思っていたら、あっという間にほろ酔いを通り過ぎた状態になっていた。

 係長がお水を飲むのを確認しマスターに指で小さく×を作り会計を頼んだ。

 その気配に気が付いたのか「私が払うー」と言って係長は財布から万札を二枚抜き取りマスターに渡した。

 お釣りを受けとりフラフラとした足取りでお店の出口へと向かったので、慌ててマスターにお礼を言って係長の後を追った。



 駅に向かいフラフラ歩いてる係長の横に並んだ。


「ごちそうさまでした」

 お礼を言うと係長は立ち止まった。


赤い頬、潤んだ瞳で私を見つめている。


あれ?なんだろう?ドキドキする…。


係長の手が私の頬に触れ、私を見つめている。


「無理言ってごめんね、話ができて楽しかったわ…」


「あ…いえ…私も楽しかったです…」


 触れられている頬が熱くて、心臓がドキドキして、なぜ頬を触られてるのかわからなかったし、思考も纏まらずそう答える事しか出来なかった。


「そう…そう言ってもらえて嬉しい…」

そう言った係長の顔が近付いて…え?


あれ?近付いてる??え?え?え?


 私の思考はさらに混乱し、どうすれば良いのか判断できず動けなかった。

 そして、キスされると思って身構えたけれど、予想と違い抱きつかれた。

 ほっとしたような残念のような不思議な感情のまま、係長の体を抱き止めた。


「係長?どうしたんですか?大丈夫ですか?」

ドキドキしてるのを隠すため、必死に平静を装った。


「あのね…眠いの……」


「え?ちょ、ちょっと係長、寝ないで下さいっ」


「うーん…」


「起きて下さい。こんな所で寝ないで下さい!」


「……」

必死に呼び掛けたけれど返事は無かった…。


まさか酔うと寝るタイプだったとは思わなかった。意外な事だらけだわ。さて、寝てしまった係長をどうしよう。家が3つ先の駅にあることはさっき聞いたけど、住所まではわからない。かといって、ここに置き去りにも出来ない。

起きるまで駅前のベンチでとか?いやいや、私も早く家に帰りたい。

 上司をお持ち帰り?いやいや、今日まで仕事しか接点の無かった上司を?なぜ?冗談でしょ?意味がわからない。だけど、完全に酔っぱらってる係長を見て、結局私の家に連れて帰るしかないという結論に至った。

 私は係長の体を少し強めに揺すりなんとか起こすことに成功し、肩を貸し家までの道のりをヨロヨロと歩き始めた。



 手を離すとしゃがみこむ係長を何度も立たせ、1Kの狭い我が家のキッチンを通り、ようやく室内へ辿り着けた。


「係長、水です。飲んでください」

ペットボトルの水をローテーブル置いて声をかけた。


「んー…ありがと…でももう動けない…」

 ぐったりと横になり手をパタパタと振ってそう言われた。


「飲んでください、明日二日酔いになりますよ?」


「だって動けないんだもーん」


 隣に座り覗きこんでもう一度強めに「水を飲んでください」と話しかけた。

 寝転がっている係長は、トロンとした目で私を見上げている。手が私の顔に伸びて来てまた頬を触られた。


「貴女が飲ませて…」


ドキッとした。なにこれ?反則だ。


「…じょ…冗談はいいですから、飲んでください」


 動揺を悟られまいと強めに言ったのに、クスッと笑われた。


「動揺してるぅ」


「動揺なんかしてません!もぉ!いいですっ!!!!!!!!飲まなくて良いいいいから寝てください!」


「はぁい」


 クスクス笑いながらその場で寝ようとしたので、上司を床に寝かせて私がベッドではさすがにダメだと思い「ベッドで寝てください」と声をかけ体を抱き起こした。


「んー」


 抵抗の声を聞きながらベッドに座らせ、このままじゃスーツがシワだらけになってしまうと気が付いた。部屋着に使っているTシャツとジャージに着替えてもらおうと用意したのはいいが、既に寝転がっている…。


「着替え用意しました。スーツシワになるので脱いでください。」


「うん…」


そう答えるとノロノロと着替え始めた。

 目の前の下着姿に目のやり場に困り、なるべく見ないように私も素早く部屋着に着替えた。

着替えたのを確認し「私は床で寝ますので、おやすみなさい」と言うと、一緒に寝ると言い出した。


「私は床で寝ますから、気にせずベッドで寝てください」


「ヤダ」


「あの…ヤダじゃなくてですね…」


「ヤダ、一緒に寝るもん」


「……」


「ねぇー寝ようよー」


「…わかりました……」


 負けた…悔しいけど負けてしまった。普段の係長からは想像もつかない幼い口調に可愛いななんて思ってしまった。実際はただの酔っぱらいなのに…何だか悔しい……。


 ベッドに入り、係長に背中を向けて寝ることにした。動く気配がしたと思った時には背中から抱きしめられていた。背中に体温を感じ、さっきの下着姿を思い出しドキッとした。

ドキドキしていて眠れないだろうと思っていたのに、私はいつの間にか眠りについていた。



 翌朝…正確にはお昼前に目が覚めると、まだ係長に抱きしめられていた。

 絡み付く腕をそっと外し、私はベッドから抜け出した。

 たった数時間一緒にいただけで、今まで知らなかった意外な一面をたくさん発見したように思う。


「おはようございます。起きてください。もうすぐお昼ですよ」


「んー…うん……え?!」


「うわっ…なんですか??」


ガバッと起き上がったのでビックリした。


「あ…え…えっと…あの……ここどこ?」


「私の家ですけど?」


「……なんで??」


「なんでと言われましても…」


「……あ…お酒……ごめん……迷惑かけたよね……」


「いえ、そんなことは…」


無いとは言い難かった。


「私、変なことしたり、言ったりしなかった?」


「…あー……大丈夫です。酔っぱらって気持ち良さそうに寝てただけです」


「なんか微妙な間が……」


「本当に大丈夫ですよ、抱きついたり頬を触ったりぐらいですから」


「えっ?!ごめん、本当にごめん。迷惑かけてごめん」


「いいですって」


「良くない!迷惑かけたお詫びをさせて」


「うーん…そうですねぇ…」


「なんでもいいから」


「あ、今度お酒抜きで美味しいもの食べに連れてってください」


「わかったわ。約束する」


「楽しみにしときますね」


 そう言って笑うと、申し訳なさそうな顔から笑顔に変わった。


 朝食を用意すると言ったのに、これ以上迷惑はかけられないと言って係長は帰ってしまった。

 一人になると寂しく思った。係長と二人でいた時間は自分が思っている以上に心地よかったのかもしれない。


 お酒抜きの食事の約束はきっと社交辞令だろうと思うけど、少しだけ楽しみにしている自分に気が付いた。


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