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理由



次の日、ゼッタは一通りの家事と畑仕事を終えるとおばばのうちに直行した。


おばばのところに客はおらず、すぐに中へ入れてもらえた。

いつものおばばの定位置に、おばばが座っている。

おばばが手招きをするので、ゼッタはおばばの近くに座った。


「ゼッタよ、お前の精霊様は人型だと言ったな。その精霊様の名は何というのじゃ」

おばばはゼッタにお茶を勧めながら何食わぬ調子でゼッタに聞いた。


お茶の湯飲みを受け取るゼッタの手の甲に、まるで新しい装飾品か何かのようにサラマンダーがくっついてお茶を珍しそうに眺めていた。

ゼッタは返事をしながら、サラマンダーにお茶を少し味見させてやろうとする。


「イフリートさん、って言ってた」


「なんと、なんと。ゴホゴホッ」

目を剥いたおばばは分かりやすく驚いて、お茶でむせ始める。

ゼッタは慌てておばばに寄り添うと背中を軽くたたきながら咳を促す。




暫くむせてから息を整えたおばばは改めて驚いた声を出した。


「なんと、まあ。おばばでも聞いたことがある最高位の精霊ではないか。

よいか、ゼッタ。絶対に粗相のないようにするのじゃぞ。精霊様を裏切ったり、粗相をするようなことがあれば村が滅んだりもするが、最高位の精霊ともなれば王都くらいならば簡単に消し飛ぶじゃろうな」


「そんな!

そ、粗相しないように、どうしたらいいのかな」

息を飲んだゼッタはおばばの腕をわしっと握る。


確かにイフリートなら、アレスが蒸発したみたいに街や村を一晩で蒸発させてもおかしくない。

自分がラスボスになるかもしれない以前の問題である。



「常に礼をもって接するのじゃ。あとは話すことじゃ。たくさん話して、真摯に気持ちを伝えるのじゃ。信頼関係があれば、小さな粗相くらいは見逃してもらえる。あと力を貸してもらった時はしっかりとお礼をするのじゃ」


「う、うん。それなら出来そう」


話しかけるのには勇気がいるが、彼は話が分からない堅物でもないし、話が通じない極悪人でもない。

あの赤い精霊に一生懸命話しかけよう、とゼッタは心に誓った。



「それからゼッタよ。お前は知識が全くないじゃろうで言っておくがの、だいたい精霊様へのお礼は契約者である人間の魂の力じゃ。その受け渡しが最も効率よくできるのが口じゃ。お前の精霊様は人型だということじゃが、決して恥ずかしがってお礼をするのを拒んだりはしてはならんぞ」


「魂の力…?」

ゼッタは首を傾げる。


寿命でも取られるのだろうか。

いや、おばばがこんなに長生きなのだ。それは違う気がする。


「王都のハイカラな貴族どもはこれを魔力だなんだと言っておるが、おばばは魂の力と呼んでおるよ」


「へぇ。その魂の力を、受け渡し…口で…?

って、あの、キキキキキキキスみたいになるってこと…?」


「ハイカラな言い方をすればそうじゃのう」


ひぃっとゼッタの口から声が漏れ出た。

「で、でもイフリートさんは、それは契約の時だけでいいようなことを言っていたような…?それで12歳でもないから手、手の甲でいいよって…」



「ゼッタよ。今回お前が手の甲の口付けだけで契約できたのはお前の精霊様が高位だったからじゃと思う。そしてこれから、あちらに力を貸してもらったらこちらの力を返さねば契約は成り立たぬのじゃ」


「…」

おばばの言葉に、ゼッタは黙った。


あの壮絶に美しい顔を想像するだけで、緊張で魂が削られそうではある。







「それから大切なことじゃが、お前は何故精霊と契約したかったのじゃ?まさかとは思うが、なにか、邪な思いなどがあるわけではないじゃろう?」

おばばがずずっとお茶をすすって、カップをタンと床に置いた。


「それは…」

ゼッタはその音に思わずどきりとする。


村一つ任されて精霊に認められたおばばは、流石だ。

もちろんゼッタ自身に邪な思いがあるわけではない。

ないが、ゼッタは邪なものに飲まれてしまう運命にある。


…でもその邪なものになってしまうであろう運命から逃れたい。

村を、周りの山を、たくさんの人を、私とアレスの大切なものを守りたい。





「精霊様はその人間がどんな志を持っていようと、その人間の魂の力の味が好みであったり、力が強ければ契約して力を貸してしまうのじゃ。だから、一応聞いておきたくての」

おばばの細い目が少し開かれた。

口調は朗らかだが、その目がゼッタの一挙一動を決して逃すまいとしていることが分かる。



「私、みんなを守りたくて、力が欲しいと思ったの」

ゼッタは口を開いた。

抽象的な言葉に説得力など皆無なことに自分自身で気づいていた。



「じゃがの、この村はおばばとこの精霊様が守っておる。それにセリカも精霊様と契約できた。

…お前の精霊様の力は皆を守るために本当に必要なのかのう?」


神妙な顔のおばばの言い分が正しい。

村を代々守ってきたおばばたちがいて、村には危険なことなど何も起こっていないのに何故ゼッタが力を手に入れる必要があるのか。

精霊とは無縁の世界に生きてきた無知な子供がいきなり強大な力をもって、心配なのももっともだ。

もしもゼッタが邪に染まり、精霊の力を濫用したら?

もしもゼッタが粗相をしてイフリートを怒らせて村や山が焼き消えたら?

おばばやセリカの精霊じゃとてもではないが、イフリートを止められないだろう。



「おばば、私、ちゃんと責任持ってる。今は言えないけど私来るべきことに準備しなきゃいけない。できるだけのことを…」

ゼッタは、今まで見たことのないおばばの鋭い顔を見てもつれそうになる舌を必死に動かした。



自分の中に記憶があることは言いたくない。

それに言ったところで信じてももらえないだろう。

それにアレスに振られるから、ラスボスになって村を蹂躙しますなんてとてもじゃないが言えない。

もしもゼッタの記憶の存在が信じられた場合、最悪の可能性として元凶であるゼッタは殺してしまおうなんてことになるかもしれない。

アレスには思いを寄せないように頑張るから生かしてと頼んでも、この場で殺されるかもしれない。

おばばのことだから一息には殺してくれそうだけど、それでも、まだ死にたくない。

おばばは村の為にそういう判断ができる人だと思い始めたら怖くなった。


…私だって大切な人を殺し尽くしてしまうくらいなら死にたい。

いや。

やっぱり死ぬのは嫌。記憶がある私は自分にもう少し希望を持っていたい。




ゼッタは、記憶の存在を明かすことなくおばばを説得する方法を懸命に考えた。






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