表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/28

真っ赤な精霊




玉座に座る真っ赤な男性と、その体面で崩れ落ちたように座り込んでいるゼッタ。




「お前は粗相をしてお山のザコ精霊を怒らせたんだぜ。それを俺がとりなしてやったんだ」

目の前の男性がおもむろに口を開けた。

低い声がゼッタの頭に響いてくる。


「と、と、とりなしてくださってありがとうございました。それから粗相してごめんなさい…」

鼓膜が揺られるような振動に、ゼッタは何とか返事をする。

とりなしも粗相も、全く意味が分からなかったがぺこりと頭を下げる。


男性の煮えたぎるように赤い、切れ長の瞳が嬉しそうにゼッタを見ている。

何かを知って確信しているように微笑むその姿は、美しいを通り越して怖い。



「お前、こっちに来て俺に触られろ」

その男性はいきなりゼッタに手招きをした。


拒否することなど、ゼッタは考えつかなかった。

ゼッタはこの光の世界でどうやって立つのだろうと思いながらも、立ち上がり、男性の方へ向かって歩く。


男性とどれくらいの距離を取って立てばいいか分からず、男性の前でしどろもどろになっていると、男性に強引に手を引かれた。

ゼッタの細い手首は男性の引力に成すすべなく従う。小さなゼッタは男性の胸の中にこてんと落ちた。



「お前、やっぱりこれから世界を滅ぼす人間じゃねぇか」

男性はゼッタの頬をつつっと撫でると、愉快そうに笑った。


男性がゼッタの運命について知っていることに、不思議と違和感はなかった。



「…わ、私、将来混沌の闇の残滓と融合しちゃうんですよね」

ゼッタは男性に撫でられるまま、乾いた声で笑う。


ラスボス化回避を心に決めているものの、はっきりと『世界を滅ぼす人間』と呼ばれたら笑いが乾燥してしまうのも無理はない。




「お前、自分の行く末を知ってんのか」

ゼッタが自嘲気味に言ったことには、男性も少し驚いた声を出した。


「はい…誰かの記憶が私の中にあって」

頬を触られているまま、ゼッタはうなずいた。


男性はゼッタが誰かの記憶を持っていることに、何も言わなかった。

行く末を知っているならそれもアリかという顔をして、当たり前のように聞き流していた。






「お前、俺と契約したいか?」

その声のした方をゼッタが見上げると、恐ろしいほどに美しいその男性が笑ってゼッタを見下ろしていた。


「貴方は、精霊…?」

ゼッタは呟く。


…答えはイエスだろう。

この人が人の姿をしているのにあまりに現実離れしすぎて神々しくて、忘れていたが私は精霊に会いに来たのだ。


ゼッタはその美しい男性をマジマジと見た。

精霊に会うつもりでおばばの家に忍び込んだのだし、

確かにこんな燃えるような綺麗な人、精霊でもなければ説明はつかない。





「俺は炎の精霊序列第一位、イフリートだ。お前と契約してやるよ」


イフリートはゼッタを摘まみ、自分の前に立たせた。


「まだチビだが、伸びしろもあるな。綺麗なものは好きだぜ。それにその魔力量。たまんねーな」

イフリートはゼッタの薄い灰色の髪を一束指ですくい、にやりとゼッタに笑いかける。


堪らないくらいの魔力量。

多分これはゼッタがただの村人のまま勇者の帰りを待っていたら、混沌の闇の餌にしかならなかったやつだ。


…私は、勇者の幼馴染で、失恋してラスボスになるためだけの女の子のはずだった。

でも私は、黙ってシナリオに従うだけの女の子にはなりたくない。


目の前の真っ赤に燃える希望。

彼はきっととても強い精霊だ。

きっと、助けてくれる。



猛烈に勇気が湧いて来て、ゼッタは全てに感謝をしたくなった。

力を貸すと言ってくれた刺すように美しい笑みを浮かべたこのイフリートに。

自分の中にある誰かの記憶に。

おばばというシャーマンの存在に。

精霊召喚をしたセリカに。

誠実な両親に。穏やかなおばあちゃんに。優しい村のみんなに。

そして勿論、いつもそばにいてくれるアレスにも。





「どうか契約、してください。私、ラスボスにはなりたくないんです」

ゼッタはばっと頭を下げた。

両ひざにおでこがぶち当たる勢いだ。


「だから契約してやるって言ってんだろ。だからお前からしろ」


けだるげに言うイフリートに、ゼッタはキョトンとする。

イフリートの言い分ではゼッタから契約をしろということらしいが、契約の仕方がわからない。


少し考えて、ゼッタは親指の腹を自らの犬歯に食い込ませ、思い切って引いた。

血の味がする。痛いが、こんなもの赤切れと同じだ。

この手の強力な契約だ、流血する必要があるだろう。

血の契約ってやつだ。

多分これで成立だろう。


ゼッタがずいっと鮮血したたる親指をイフリートの前に突き出すと、今度は彼がキョトンとしていた。

「お前…何してんの?」


「け、契約をしましょう」



「ははははははは!お前、契約って何するか知らねーんだ?そっか、おチビちゃんだもんな。知らねーか」

イフリートは突然声を上げて笑い出した。


「はい、し、知らないんです、何すればいいんですか…」

ゼッタは出鼻をくじかれて、しなしなとしりすぼみになる。


「お前の口から、俺の口にお前の魔力をくれたら契約成立するぜ」






「…っと、キ、キッッッスって事ですよね…」

焦り、右往左往し、目を白黒させ、しどろもどろになりながらゼッタが呟いた。

イフリートは楽しそうにニヤニヤしている。


…や、やり方がいまいちわからないけれど…



ぎくしゃくと固くなったゼッタが、たどたどしくイフリートの美しい顔に近づこうとすると、イフリートの長い腕がゼッタを制した。


「あー、いい、いい。お前まだ12歳でもねーだろ?それにお前ほど魔力がありゃ口でしなくても十分だろうよ。でもよかったな、相手の精霊が俺みたいな人型で美形でよ。お前が年頃になったら何にもなくても俺にキスしてきそうで怖えーわ」


「あの、えっと…色んな形の精霊がいるんですね」

年頃でキス魔の自分自身の想像はできなかったので、ゼッタは他の形の精霊に思いを馳せようと試みた。


「いるね。お前がこれからどういう道を選んで破滅に向かうのか知らねーけど、俺と関わったこの時点で色んな精霊に会えるようになったことは確実だろうな」


破滅、という言葉にグサリと現実に引き戻される。

イフリートという最高位の精霊が契約してもいいと言ってくれて、少し何とかなる気になってしまっていたが、イフリートの言葉がどの道を選んでも破滅に繋がることを明示していることに、うな垂れる。

ゼッタはまだ全然破滅からは遠ざかっていないのかもしれない。



「私…破滅を回避したいとは思っているんですけど、イフリートさんはいいんですか…?

契約の相手が、ラスボスになる可能性があるやつで」


「いいんじゃね?俺お前のこと結構気に入ったよ?」

イフリートは首を傾げて、軽く言った。


「そっか…ありがとうございます。頑張ります」


…これからだ。短いが、あと5年くらいの猶予はある。

記憶の中のラスボスのゼッタは、イフリートと契約していなかっただろうと思う。

少しづつでいい。変えていこう。




「ん」

イフリートが手をゼッタに差し出した。


ゼッタは彼の意図がイマイチわからず、恐る恐るそれを両手で包むように握ってみた。


握手の要領だ。




…本当にありがとうございます。

イフリートさんとも、これから仲良くやっていけますように。私、頑張ります。頑張ってラスボスにはなりません…




「ちげーよ。今日は手の甲のキスで許してやるって言ってんのに、何やってんのお前」

ゼッタは全てのものに感謝を捧げ、志しあらたにイフリートの手を握ったのだが、彼からはゲンコツのようなツッコミが飛んできた。


つんのめったゼッタはすんでのところで体勢を立て直し、無知を恥じながら姿勢を正し、深呼吸をして気を取り直した。


しっかりイフリートの瞳を見据える。


「あの」

「本当にありがとうございます」



そして目を瞑り、


チュシュバッ


イフリートの手の甲に小さく唇を落とした。

高速で。

これだけでもかなり恥ずかしかった。

緊張しすぎて、唇を鋭く鋭利に尖らせてしまっていたかもしれない。










「ゼッタ!!

お前、ゼッタに何してるんだ!!!」





目を白黒させて息を整えるゼッタと、それをニヤニヤと見つめるイフリート。

ゼッタの両手はまだイフリートの片手を掬うように支えたままだ。


そんな中で聞き覚えのある声がゼッタのうしろから名前を呼び、聞き覚えのない吠えるような威嚇の声が叫ばれるのを聞いた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ