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蝋燭



ゼッタはアレスと共に、薄暗い道をたどっておばばの家に到着した。

おばばの家は他の村人たちの家と同じようにごく普通の貧乏木造屋だ。

もちろん警備なんていう人もないし、庭に塀なんてものもない。



2人は音だけ立てないように身をかがめて、おばばの家の側面にある小窓目指して進む。


窓に到達すると、二人で身を寄せ合ってその小窓の隙間を覗き込んだ。


おばばの家の中はすっかり暗くなった外と同じように暗かったが、蝋燭の明かりで辛うじて中の人物が見える。


正装して床に寝かされたセリカを囲むように4つの蝋燭が揺らめいている。

よく見ると、セリカが仰向けに寝ている床には大きな魔法陣のようなものが見える。


目を瞑って微動だにしないセリカの横には、おばばとセリカの両親が同じく目を閉じたまま控えていた。

うすぼんやりとした光しかないが、4人は確かに目を瞑って息をひそめている。





「みんな、目を閉じてるね…」

窓から中を確認し終わって草むらに身を隠したゼッタが呟いて、瞳を鋭く光らせる。


「ゼッタ、もしかしてこっそり忍び込んでセリカの隣に寝ころぼうとか考えてない?」

その隣のアレスがそのゼッタの瞳を覗き込みながら言った。


…考えていました。

アレスはなぜ分かったのだろう。

アレスには精霊と契約したいなんて一言も言ってないのに。



「実は今、僕も同じことを考えた。精霊をこの体に宿せることができたら、強くなれる」

またしても、ゼッタは何も言ってないのにアレスが返事をしてきた。

最近、前よりアレスのそういう勘が鋭くなってきている気がする。

まあ納得はできる。彼の体にはあの勇者の力が眠っているのだ。

勇者の力は規格外だ。


まあそんなわけだから、強くなりたくなくても強くなれるから、アレスは精霊なんて宿らせる必要はない、とゼッタは心の中で苦笑した。




「それにしても、アレスには隠し事はできないなあ…」

ゼッタは小さく息を吐く。

息を吐きながらどうやっておばばの家に忍び込もうかと考えようとした時、


「ゼッタ、ゼッタは別に強くなる必要はない」

ゼッタに寄り添うように身を潜めているアレスが、ゼッタの呟きを遮るように言った。

小さく、しかし強く、前を見据えてそう言った。




…私があれ以上に強いラスボスになったら困るから?


たぶん違う。

だから『なんで』と聞いてはいけないとゼッタの意識が警報を鳴らした。

ゼッタは足元の土に急いで視線を逸らし、何か冗談の一つでもかまして話を逸らせてやろうと頭を必死に働かせる。


しかしその努力も虚しく、


「…僕が守るから」

アレスがいつもより低い声でしっかりとゼッタに言った。

ゼッタは土を見たまま固まった。



…そんなこと、言わないで欲しいなあ。

ピアスの件はまだ何とか耐えられたが、そんな、嬉しいことを耳元で言わないで欲しい。

将来の彼は、あれは小さい時の友人同士の約束だったとのたまうか、憶えていないかのどちらかだ。

アレスは今12歳だ。12歳は大人とは言えないけれど、もう立派な働き手で責任のある仕事だってやっている。

子供といえばそうかもしれないが、そういう言葉を誰かに言うことに責任が伴わないと思っていられるほど子供ではないはずだ。

アレスは、その言葉を掛けられた人がどのような受け取り方をしてしまうか、どのような期待をしてしまうか、考えられないような馬鹿ではないはずだ。




横でじっとゼッタの横顔を見ているであろうアレスにゼッタは何も言えず、ずっと土を眺めていた。


いつまで守ってくれるの?勇者として旅立つ17歳の時までだよね?知ってるよ、ははは。

そうやってポンポン言うから、その気になっちゃったゼッタは貴方の仲間を何人も殺す史上最悪のラスボスになっちゃうんだよ。知ってた?ははは。


…なんて言えるはずがない。

得体のしれない冷や汗が全身を絞り尽くすような気持ちの悪さを味わった後、返事ができずに土を眺めていたのはずっとではなくほんの一瞬だったことに気が付いた。


おばばの家の中から、がたがたッと音がしてゼッタは我に返ったからだ。

複数人が立ち上がり、歩き回り始めた音がする。


ゼッタは草むらからばっと駆け出し、窓から中を覗き込んだ。


おばばとセリカの両親が立ち上がり、汗をかきながら薄く目を開けているセリカを抱えてどこかに運ぼうとしている。

彼らの表情と小さく聞こえてくるねぎらいの言葉から察するに、セリカは精霊の試験に受かったらしい。

明日には精霊召喚の儀式の日時が村人たちに告げられるだろう。



4人はよかったよかったと口々に言いながら、別の部屋へ移動していった。

おばばがセリカに『汗でも拭いてやろうね』と言っていたし、3人は大事をなしたセリカの面倒を見るためにしばらく戻ってこないかもしれない。


そして部屋には大きな魔法陣と、ゆらりゆらめく4つの蝋燭が残っていた。


ゼッタはそれを確認するや否や身を翻して走り出した。


「ゼッタ…!」

アレスの低く押し殺した叫び声を背中で聞く。

ゼッタは振り返ることはしなかった。


おばばの家の角を曲がり、扉を静かに、しかし素早く開けると、試練が行われていた魔法陣が目の前に広がった。

この部屋はおばばが村人の話を聞く部屋でもあるので、床の魔法陣と蝋燭以外は見慣れた部屋だ。



今は、尻込みをしている時ではない。

今は、ためらっている時ではない。

今しかない。



ゼッタは滑り込むようにして床の魔法陣の上に寝転がると、ぎゅっと目を瞑った。

セリカがしていたように。


ぎゅっと目を瞑っていると、ゼッタの固く握った片方の拳に温かい何かがぎゅっと覆いかぶさってきた。

アレスの手だということは一瞬で分かった。

振り払うようなことはしない。

しないし、そんな暇はなかった。

瞼を閉じていて暗かったはずの視界が、太陽を直視しているかのようにまぶしく開きだしたからだ。







光はゼッタのいるその場所を満遍なく満たし、真っ白な、ただただ真っ白な空間を作り上げていた。

真っ白な空間に流されるまま揺蕩っていると、真っ赤なものがすぐ目の前に現れた。


真っ赤な、人の形をしたもの。



ゼッタはその開かれた光の世界で、玉座に寝そべる真っ赤な長い髪の男性に出会った。

髪は長く、気だるげな腕も長く、放り出された足も長かった。

真っ赤で、

鮮血が燃えるように真っ赤で、

沈む太陽が野を焼くように真っ赤で、

言葉にできないほど美しい男性だった。






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