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村長のおばば



「おばば、お願い。私に精霊の加護をもらうやり方を教えて!」


日付は変わり。


大きなゼッタの声が、村長のおばばの家のなかで木霊していた。

ゼッタは部屋の奥に座るおばばにしがみつかんばかりの勢いで詰め寄る。



ゼッタはラスボス化を回避するためにできるだけ、できることはしてみようと決めた。

強くなることも、勉強して知識を取り入れることもしようと決めた。


だが、この村は小さい。

貧乏なこの村にはノートはおろか、紙も鉛筆もない。

どの街からも遠い山奥のこの狭い村には本もあまりない。

畑の手伝いや家の手伝いに明け暮れていたゼッタは、勉強というものをほとんどしてこなかった。


しかし、幸運なことにあの記憶の沼があふれ出てから文字やこの世界の理についての知識が少し身についた。

だから、おばばの家にあった数冊程度の本を読破することができ、アレスをはじめとした村の人たちを驚かせた。

でもそれだけじゃ全然足りない。





「ゼッタよ…

おばばが山の精霊様の加護をいただいたのは12の歳の試練を乗り越えた時じゃった。懐かしいのう。

そうじゃ、おばばの孫のセリカは今年12じゃから試練を受けられるが、この子の母親は試練に失敗して加護は得られなんだ。おばばの血筋でも失敗するのじゃ。お前は試練を受ける前に失敗するじゃろうて」

おばばはうんざりした素振りは全く見せず柔らかい顔でゼッタに返事をした。


「…なんで試験を受ける前に失敗するって分かるの?」

失敗を宣言されてもゼッタはおばばに食らいついていく。


「血筋じゃなあ。おばばの血筋はずっと昔のご先祖様の代からこの山の精霊様に加護を貰っとったから、試練を受ける権利だけは12歳になる村長の血筋のおなご全員にもらえとるんじゃ」


「試練受ける権利はどうやったら貰えるの?」


「分からんのう…おばばはもともと権利を持っておったからのう」

おばばはゆっくり瞬きをした。

考えた事も無い問だったのだろう。


「じゃあ…セリカは今年試練を受けるんだよね?その時に精霊に会うかな?」


「…会うだろうがのう」


「その時どうにかして聞けないかな。権利の手に入れ方」

ゼッタはおばばに懇願する。


おばばの先祖の誰かは精霊と最初に契約している。

権利を手に入れられるのは不可能ではない筈なのだ。

何の知識も力もないゼッタが、今頼れるのは僅かなチャンスだけ。


「無茶をいいよる…ちなみに、ゼッタは今年いくつじゃったかの?」


「11だよ」


「まあ年を聞いたところで、何かが変わるわけではないがな。しばらく見んうちに大きくなったと思ってのう…良い目をするようになった」

おばばはしわくちゃの手で、ゼッタの綺麗な灰色の頭をわしゃわしゃ撫でた。

おばばはもうゼッタの成長に気を取られているようだった。



「セリカが試験に受かって儀式をすることになったら、それに村の皆と立ち会うとよい」


おばばはそう言って、ゼッタを優しく外に追い出した。

ゼッタが精霊と話したいと言うのも、おばばにはただの子供の戯言にしか聞こえていなかったのかもしれない。


ゼッタはしばらくそこに立ったままで、閉められた扉を見ながら考えに耽っていた。




強くなりたい。

うまれてから村を出たことのないゼッタは記憶によって、強い騎士や冒険者、魔法を使える賢者、魔法陣を自在に操る召喚士、信仰を捧げ回復魔法を得たヒーラー、たくさんの戦う為の職業があることを知った。

勇者アレスの将来の仲間たちもそれぞれ強い職業についていたことも知った。

そして彼らは混沌の闇の王を討ち果たしていた。

だから万が一の時、私を飲み込まんとする混沌の闇に自分で対抗できるかもしれないから、ゼッタはできることなら強くなりたい。

しかし戦うような職業についた人なんてこの村いないし、別の冒険者に戦い方を習うお金も、王都まで出向いて師匠を探す余裕も、魔法の呪文が載った本もない。


頼れるのは村を守るおばばというシャーマンだけだったが、ゼッタでは精霊召喚できないであろうという事実を突きつけられただけだった。


だが、もう一度思う。

おばばの先祖の誰かは精霊と最初に契約している。

ゼッタが精霊召喚の試験を受けることは不可能ではない筈なのだ。







「ゼッタ、家にもいないと思ったらこんなところにいた。おばばに何か用?」


前のめりになって考えていたところで、後ろからゼッタに声をかけてきたのはアレスだった。


「アレス…」

振り返ってアレスの顔を見たとたん、ゼッタにいい考えが浮かんだ。

畑から帰ってきたばかりだったのだろう、土で汚れたアレスの手をむんずと捕まえ、人気のない方に引っ張っていく。


「ゼッタ、僕の手土も落としてないから汚い…」

アレスが引っ張られながら弱弱しく身をよじっているが、そんなことはお構いなしだ。




アレスの綺麗な顔を見てゼッタが思い出したことは一つ。

おばばの孫娘セリカはアレスのことが好きだ。

余談だが、だからアレスと仲の良いゼッタはセリカにあまりよく思われていない。

昔、ゼッタはセリカによくいじめられた。

その度にアレスがゼッタを庇うのでそれは堂々巡りだった。

今はみんな少し大人びて、いじめなんてものは無くなったが。

それはともかく。



ゼッタは木の陰でアレスに振り向いて、キッと眉をつり上げた。そしてアレスのその手を改めてぎゅっと握る。

アレスはまだ『ゼッタの手が汚れる』と言ってはいたが、その手はゼッタに手を握られるままにしている。



「アレス、セリカの精霊召喚の試験の日知ってる?」


「そういえば…昨日なんか言ってた気がするな」

ゼッタの質問を咀嚼するようにゆっくりとアレスが答えた。


…流石わたし。

セリカは、好きな人であるアレスに自分の勝負の日を教えて無事を祈るようにお願いくらいはしているんじゃないかという勘が当たった。

しかも昨日、とはなかなかホットな話題のようだ。

タイミングが良かった。

ツキが回ってきているのかもしれない。


ゼッタは心の中でグッと拳を握り締めた。


「確か今日から数えて4日後、陽が沈んだらだったな」

アレスが重要な情報を脳から引っ張り出してきてくれた。


「ありがとう、アレス!」

握ったアレスの両手をぶんぶん振って満面の笑みでアレスに笑いかける。


「いいけど、なんでそんなこと気にしてるの?」

アレスはゼッタの笑顔につられて笑ったあとに、もっともな質問を投げかけた。


アレスの目が訝しげに細められている。

ゼッタはさりげなく目を逸らした。


「うーん…後から教えるから」

ゼッタは教えてしまおうかと少し口ごもりながら考えて、結局事後報告をすることに決定した。




4日後のセリカの試験の日、セリカの為にやってきた精霊と交渉する機会がつかめたら。

試験とはどんなものなのかさっぱりわからないが、もしもセリカに乗じてその精霊に話しかけることができたら。

やれるだけやってみよう。




その日からゼッタは考えうる限りの準備をした。

見た目が綺麗な方が好感度も高いだろうと、髪は念入りに梳いた。

朝一番にやってきたアレスが小さな声で綺麗だと言ってくれたから、それも嬉しかった。

そして思いつく限りの善行をみっちり行った。

精霊だって心が綺麗な人と契約したいだろう。

ちなみにアレスに『村の皆ゼッタに手伝ってもらえて嬉しかったって言ってたよ』と教えてもらえたので、それも嬉しかった。






そしてセリカの試験の当日。

暮れていく赤い夕陽が森の影に半分ほど隠れた頃。

村は薄暗くなりはじめ、村の人たちは思い思いのタイミングで仕事を中断させて家に帰っていく。




『よし、いざッ』


両親の目を盗んで勇み家を抜け出たゼッタは、トイレの小窓から外に抜け出た瞬間目の前にいるものに絶句した。



そこにはアレスが立っていたのだ。

アレスのうしろから真っ赤な夕陽が彼の髪を燃やすように照らし、彼の長い影は記憶で見た勇者のシルエットを模っているように見えた。

意を決して家を抜け出たゼッタはアレスの登場を全く、全く予想していなかったので3度目を凝らし、ごしごし目をこすって、きつく瞬きをした。



「ア…アレス、どうしてここに…お母さんは?アレスも夜一人で出歩いちゃダメでしょ…?」

ゼッタの計画を見透かしたように現れたアレスを見て戦々恐々のゼッタは自分のことを棚に上げて恐る恐る尋ねる。

ゼッタもアレスと同じで夜一人で出歩かないようにと両親と約束させられている。


「お母さんもゼッタを暗くなってから一人で外を歩かせるわけにはいかない、って僕と同意見だよ」

母親の許可を取得済みのアレスの目は、犯人を追い詰めた探偵のように確信に満ちていた。



ゼッタが何らかの理由でセリカの試験に忍び込みたいと思っていたことは、お見通しだったらしい。

さすが…さすが、幼馴染。





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