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薄緑色の石



数日経って、ゼッタの家にやってきたアレスがゼッタに差し出したのは、あの記憶の中でラスボスのゼッタが付けていた薄緑色の耳の装飾品だった。


あの綺麗な石たちはゼッタの予想通り、装飾品に変身していた。



「ゼッタに、つけていて欲しいんだ」

薄緑の石が付いた装飾品を手のひらに乗せて、アレスが小さな声で言う。


「あれ?私、深緑の石を選んだと思ったんだけど…」

自分っぽい色の石を選べというのは、その似合う色の方をくれるということではなかったのだろうか?

このまま受け取れば記憶の中のラスボスのゼッタと同じ装飾品をつけることになってしまうのだが…


「…」

アレスはその質問には返事をしてくれなかった。

恥ずかしくて顔を背けたいのを必死にこらえるようにして、アレスはゼッタの手に薄緑色の装飾品を押し込んでくる。


「ゼッタが僕の耳に穴開けて。僕がゼッタに開けてあげるから」


ゼッタはハイと耳たぶを差し出すアレスの勢いに流されるようにして、

一息にアレスの耳たぶに穴をあけ、

気が付いたらアレスの耳に深緑色の装飾品を着けていた。

主張しすぎない品のあるピアス。

ゼッタがゼッタっぽいと選んだ小さな深緑の石が、アレスの耳たぶにあった。


ゼッタは少し照れ臭そうにしているアレスを盗み見る。




ああ、そういうことかと彼女は思う。


だがゼッタは薄灰色の髪と濃い海色の瞳の女の子なので、誰もこの装飾品をゼッタのようだとは思わないだろう。

本人でさえ、勇者になるころには忘れてしまっているに違いない。

で、きっとゼッタだけはずっと憶えていて、貰った方を大切に大切に肌身離さずつけているのだ。


…いい、いい。大丈夫。

最初から分かって覚悟しているなら、何ともないはずだ。



そうこうしているうちにゼッタの耳にはアレスが穴をあけて、薄緑のピアスをつけてくれた。


「ゼッタ、痛くない?」


「痛くないよ。アレスは痛くなかった?」


「うん、大丈夫」


『せーの』といいながら二人で鏡を覗き込んだ頃にはアレスの血もゼッタの血ももうすでに止まっていて、二人の少し赤くなった方耳のたぶには小さなピアスが付いていた。





「それより、なんでいきなりこれくれたの?」

ゼッタは、長い薄灰色の髪の間で揺れる薄緑色を指し示す。


「いきなりじゃないけど。でもこの石はこのあいだ村に商人が来たその時に買ったんだ」

『ずっとこういうのをあげたいと思ってたんだけど…』とアレスが付け足したのは、聞かなかったことにした。


色はてんでゼッタに関係はない石だったが、ゼッタが自分っぽいと言って選んだ石を自らの耳に穴を開けてつけるというのはどういう意味かと聞いてはいけない。

それで照れながら予想通りの答えをアレスが返してくれたのなら、引き返せないくらい嬉しくなってしまう。





ゼッタは気を取り直し、思いついた事を聞いてみた。


「でも店頭にはこんな綺麗な石おいてなかったよね?」

商人が村にやってきた時ゼッタも彼を訪ねたが、村の茶色い土の上に敷物を敷いて並べられた商人の品物の中に、こんな綺麗な石はおいていなかった。


「…聞いたら、見せてくれた」


「へえ。綺麗な石ないですかって聞いたの?」


「…まあそんなとこ」

アレスは何故かゼッタから顔を逸らしてしまった。




「…ううん?

それより、これ高かったよね?足りないだろうけど、私お給料前借りしてくる」

ゼッタには顔を逸らしたアレスの真意は分からなかったが、お金のことにはっと気が付いて、立ち上がった。


この村は貧乏だ。

もちろん村人もみんな貧乏だ。

いくら綺麗であろうと食べられもしない石なんて買う余裕はどこの家にもない。

加えてアレスの家は父親がいない分、特に貧乏だ。

ゼッタとゼッタ家族にとって、家族同然のアレスの家を金銭的にも支えようとするのは身に染み付いてしまった癖のようなものだった。


「ゼ、ゼッタ!」

慌てたアレスにゼッタは手を引かれた。


「狩りの手伝いをした分と畑仕事の分をグレイおじさんに多めに貰えたし、その、商人の人にもすごく値引きしてもらえたし、そんなことはしなくていい。僕が勝手にゼッタにあげたかっただけなんだ。本当は灰色の石と藍色の石が良かったんだけど」

藍色の髪のアレスが、灰色の髪のゼッタの手をぎゅっと握ったまま少し早口で言った。



確かに最近のアレスは凄く頑張って働いていた。

狩りでも補助しかできない年ではあるが、大人からの評価も高い。

流石勇者の卵と言ったところだろうか。

それにこの村に来る商人はいい人ばかりだが、物凄く値引きをしてくれたと言うのはどういうことなのだろうか。

これも人を引き付ける勇者の卵パワーのなせる業なのだろうか。



「そっか…でももういらないからね。お金があったらアレスのお母さんに何か買ってあげて」


ゼッタがそう言うと、アレスは少し悲しそうな顔をした。

言ってしまってから気が付いた。


頑張って働いてくれた男の子の気持ちを無視してお金を援助すると申し出、更には無神経に『いらない』と言う自分。

将来アレスに裏切られる、と構えてしまった部分はあるものの、こんな悪魔のような所業を無意識にやってのけてしまった。

これが私のラスボスの素質なのかもしれない。



そうだ。

これからも悪魔の所業を積み重ねて『私はアレスなんかに興味はない』とでも言ってやればアレスはゼッタを嫌いになるだろうから、ゼッタの将来は安泰だろうか。



そんなわけない。

アレスを意識しないようにする為に、アレスを傷付けていいというわけではない。

ゼッタを絶望のどん底に叩きこむ主人公である前に、アレスはゼッタの大切な人だ。

いや、一方的に大切な人だと思い続けることになる将来を憂いて言葉を変えよう。

彼は大切な友人だ。もしくは大切な兄妹だ。

その適切な距離を保ち続けよう。

それに、この世界を平和に導く正義の勇者アレスの幼少時代の人格形成は私、幼馴染のゼッタの双肩にかかっていると言っても過言ではない。

…ような、気もする。

それくらい一緒にいる。








「あっ」


…そういえば、ありがとうも言ってないや。




ゼッタは今更気が付いて姿勢を正した。

「アレス、遅くなっちゃったけど、どうもありがとう」


「ゼッタ………

いや、僕こそいつもありがとう」

目の前で姿勢を正して微笑むゼッタに、アレスの深い空色の瞳が返事をした。

ぎゅっ、とどこからともなく現れたアレスの両手が、何か言いたげにゼッタの手を握り締めた。











結局、アレスは何も言わなかったが、

この時ゼッタは、アレスに強く握られた手に、再び悲しさを感じていた。



…主人公のアレスには運命のヒロインが待っているんだよなあ。

彼が最後に手を取る相手は私じゃないってわかってるのになあ。


もしも、もしもこのまま親友の距離を保てないまま、アレスのことを家族以上に思ったまま、勇者として送り出してしまったらゼッタは彼のことを考えずに待つ自信がない。

ラスボスにならないでいる自信がない。




…第一の計画はアレスの事を諦められるように準備する事だが、万一のために第二の計画も早めに開始することにしよう。


そうしよう、とゼッタは拳を握り締めた。






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