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弟子入り


「魔術師の方に、師事…」

つぶやきと共に意味を理解したゼッタは、顔を上げた。




「うちに、そんなお金はありません」




ゼッタが一番に考えたことは月謝についてだった。

ゼッタだって、誰かに師事できたらどんなにいいかと思っている。

だが月謝を払わなければいけないうえに、働き手が一人減るゼッタの家にかかる負担は計り知れない。

そして貧乏が故に無知を貫いて村を壊滅させないために、イフリートがいる。

魔法陣を40個すべて覚え切って、彼に魔力の使い方を教えてもらうのだ。

お金はかからない。

あの人はタダである。


即断したゼッタをまじまじと見たガークは、クククと笑っていた。


「あいつはね、いつもは魔法道具技師やってるんだけどさ。その店手伝ったら寝床と飯も付けていろいろ教えるように言っといてやるから。だから金のことは心配するな」


「えっ?お店を手伝っただけで、布団と御飯も…?

割に合わないものをもらうのは、ちょっと気が引けるというか、あとから罰が当たりませんかね…?」


「店頑張って手伝えばいいんだよ。ゼッタちゃんが客寄せして、売り上げでも上げてやれば大丈夫だって」


「で、でも…もしその方がいいと言っても、私がいなくなったら誰かが畑の面倒を見なくちゃならなくなるし…」


「おうちの事情は何とも言えないが、魔力がコントロールできないままでいるのは、君自身も親御さんもご近所さんも、みんな不安がるんじゃないだろうか、ゼッタちゃん」



優しく、しかし強い口調で話すガークに、ゼッタは「私は自分の精霊に魔力の使い方を教えてもらいますから大丈夫です」とは言えなかった。


確かにみんな不安がるだろうな、とゼッタは思った。


精霊を宿していることはみんなに言えないし、言えたところで村のみんなの目に見えない精霊に教えてもらっていると言い張る魔力暴走前科者は、不安に思われるかもしれない。

村人は皆いい人ばかりだ。

だがゼッタが村のみんなの立場だったら、絶対に怖いと思う。




ゼッタは、これはお金や両親の許可云々の話ではないのだな、と思い始めた。

たぶん、ゼッタは行かねばならない。

村を出なければならない。



…村を出る、か。

村を出たら、お父さんとも離れて、もうお母さんの芋煮は毎日食べられなくて。畑仕事はもう当分できなくて。優しい村の人たちと毎朝挨拶も交わせなくて。

街に行ったら、私は田舎者だからきっと友達はできなくて。アレスみたいに素敵な友達もいなくて。

優しいアレスとはもう毎日会えなくて。

あれ。

もしかして、もしかして。

今私がフェデラルへ行けば私は5年後の勇者の旅立ちを見ることもなく、アレスとは離れてしまうわけだから想いをこじらせることもないし、あわよくばアレスを忘れられるかもしれないし、そうしたら村を燃やすこともなくなる…?



「行きます」


ゼッタは膝の上に置いて握りこんだ両こぶしを見ていた。

そして顔を上げる。


「お願いします。魔術師の師匠を、私に紹介してください」



ゼッタの声に、ガークがなかなかいい返事だと白い歯を見せて笑った。

後ろですべてをガークに任せていたジェリコも、少し驚いたように眉を上げた。

セリカは「バカのくせに魔術師に弟子入りなんて生意気」とばかりに腕を組んでいた。

3人ともなんだかんだ、ゼッタの決意を認めてくれそうな雰囲気だ。


ゼッタの隣で口をつぐんだままのアレスは、反応していなかったが。




「じゃあ、俺らは一旦街に帰って例の魔術師に話しつけてくるか。決まったらすぐだろうから、今のうちにやり残したことやっとけよ、ゼッタちゃん。まあ、フェデラルは遠いわけじゃねぇから、帰ろうと思えばすぐ村には帰ってこれるからそう気負う必要はないけどな」


ガークがパンパンと座布団を叩いて立ち上がった。それに続いてジェリコも立ち上がる。

慌てたセリカも、客人の案内にと立ち上がった。


「あの、ありがとうございます!」

そして最後にゼッタの声がガークとジェリコの背を追いかけた。




きっとガークが見ず知らずのゼッタにここまで世話を焼いてくれるのも、おばばあたりの大人たちに真剣に相談を持ち掛けられたからなのかもしれない。

だが何の関係もない村の為に、しなくてもいい面倒なことをわざわざ請け負ってくれたことに感謝した。


ガークがゼッタを振り返っていいってことよ、と手をひらひらさせながら扉の向こうに消えた。

ジェリコも「ではな」と呟いてそれに続いた。





ゼッタはアレスに送られるようにして帰路につく。


今日は一日休みだからアレスと最後の勉強会でもしようかと思ったのだが、ゼッタの家に着いたとたんアレスはすぐに戻ってくるから家にいてとゼッタに言い残し、どこかへ駆けて行った。

仕方がないので、家の前の道端で一人魔法陣の本を開くことにする。

家には紙も鉛筆もないのでいつものように地面に書いて練習する。


小一時間ガリガリとやっていたら「ホントにのろまだなー、お前は」と言いながらイフリートが冷やかしにやって来た。

外で誰が見ているかわからないので全部無視だ。

空気とお喋りする魔力暴走前科者にはなりたくない。





こうるさい精霊様を無視し続けていたら、いきなり「チッ」と言って消えたので顔をあげたら、


「ゼッタ!なんで外にいるの?」

外で蹲っているゼッタを遠目に発見したアレスが全力で駆けてきた。

用事が終わって、帰って来たらしい。


「あ、アレス。どこ行ってたの?」


「家の中で話そう」

アレスは優しくゼッタの腕をつかんで引っ張った。

ゼッタを家の中へ誘導する。

食卓の椅子に座って話を聞こうか迷ったが、結局ゼッタの部屋へ行くことにした。


小さなゼッタの部屋の小さな小さなベッドにゼッタが腰かけ、アレスは床に座った。




「アレス、用事は大丈夫だった?」


「うん。ガークさんと話してきた」


「ガークさんと?話してきたばっかりなのに?」


「毎月ガークさんたちの予定に合わせて、僕もフェデラルへ行く。ガークさんとジェリコさんに訓練してもらえるよう頼んできた」


「えっ、でも…フェデラルは一日がかりでいくような所だし、それにガークさんもジェリコさんも忙しいんじゃ…」


「…ゼッタ。

多分ゼッタは何とも思ってないだろうけど、僕はゼッタと毎日会いたいと思ってる。

それから、魔力がたくさんあって強い精霊の力も借りられるゼッタを僕なんかが守りたいって言ったって何の意味もないだろうけど、それでも僕はゼッタを守れるようになりたいと思ってる」


アレスがゆっくりと噛み締めるように言った。

逃げずに聞けと言われているような気がした。


「毎日会うことは叶わなくなりそうだけど僕はゼッタに会いたい。ゼッタより強くなれないかもしれないけど、それでもゼッタを守れるようになりたい」


アレスは膝立ちで、ベッドの上に座るゼッタの目を縫い留めるように見ていた。

ゼッタはベリべリと剥ぎ取るように空色の瞳から視線を外し、まつげを伏せる。




アレスは、すごく勇気のある男の子だと思う。

すごく強い男の子だと思う。

こんな風にしっかりと自分の意思を伝えて、目標の為に惜しみなく行動できてしまう。


一時は自分がラスボス化の運命から逃れたように見えて、抗って藻掻いた努力が報われたような気がしたのに、やっぱりこんな風に主人公として生まれた男の子には敵わないらしい。


女の子として、こんなことを言ってくれる好きな人には敵わないし、

ラスボスとして、勇者の運命の強制力には敵わない。




でも敵わないなと諦めたのはゼッタの半分で、もう片方残っている精神力を振り絞ったゼッタがいる限り「嬉しい、毎月会いに来て」とは口が裂けても言わない。




「アレスは村で毎日仕事して、月に一回フェデラルと村を往復して、その上ガークさんたちに訓練までしてもらうつもりなの?」


ゼッタは絞り出すように反対した。

これは本来なら、ちょっと運動神経がいいくらいの男の子には厳しい案件なのである。

アレスは普通の人ではなく将来の勇者なので、彼がやろうと思えばそれくらいできることをゼッタは知っているが、そんな無茶を何も知らない村の大人やガークさんたち、アレスの母親が許すだろうかという意味を込めて質問した。



「ゼッタを探しにフェデラルまで山を下りた時、思ったより簡単だったんだ。疲労もそんなになかった。多分神経が高ぶってただけだろうと思うけど、これからも月に1回、あれくらいなら大丈夫だと思う」


「無茶だよ。しかもそれを一人でするつもりなの?みんなアレスのこと心配する。私もするよ」


「ゼッタ、僕は大丈夫。

皆にはうまく言うよ。もう算段も考えた。それに山の上り下りしてたらきっとすぐに鍛えられる」


「心配だよ。怪我だってするかもしれない、疲れるかもしれない、危ないことがあるかもしれないんだよ」




「ゼッタはそう思う?じゃあそういうのも全部頑張って会いに行ったら、ゼッタは僕に毎月会ってくれる?」


窺うような声だったが、顔には微笑みがあった。

実はアレスはもう、自分が勇者で大抵のことはできると分かっているんじゃないだろうか。

唇を噛んだゼッタは、何も言えなくなって黙った。








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