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提案



「…ふわ」


ゼッタは、目を覚ました。

もう少し寝ると言ってみたものの色々考え始めてしまったから寝られないかと思っていたが、寝ていたようだ。

今は何時だろう、とゼッタはぼんやり瞬きをする。




「ゼッタ、よかった」




目の前で、声がした。


瞬きをもう一度すると、目の前に安心してああと笑ったアレスの顔がはっきりと見えた。

左側を向いて寝たはずなのに体はいつの間にか右に向いていて、右手を彼に握られていた。


「本当によかった」


アレスが心の底から安心したように笑う。



「…アレス、心配してくれてありがとう」

絞り出したようなゼッタの声は、相変わらず掠れてガラガラしていた。


「…うん」


彼はぎゅっとゼッタの右手を握る手に力を込める。




アレスが昨日からずっと枕元にいてくれたことは知っている。

泣きながら待って安堵で倒れるように寝たゼッタの母と、村で事件の後処理に奔走していたゼッタの父に代わりずっとゼッタの傍にいて手を握っていてくれた。


そんなことをされると、嬉しいので辛いのだが。

辛いので止めて欲しいのだが。

でも、うれしい。ありがとう。






ゼッタは自身の気を逸らすようにアレスの頬の火傷に目をやる。


「アレス、それ、火傷、ごめんね。痛かったよね…」


すっ


とゼッタは思わず頬の火傷に手を伸ばしそうになってしまった。



…いや、だめだめ。



軽そうな火傷に見えるとは言っても、加害者がつけたばかりの生傷に素手でベタベタ触るなんて言語道断である。

アレスの整った顔に少しばかりの不完全さが加えられて、不思議と魅力的に見えたその火傷に無意識に吸い寄せられてしまった。


「これくらい大丈夫だよ。

…ゼッタ、触りたい?」

アレスは持ち上げられたゼッタの左手を見逃さなかったようだ。


「いいい、だめだめだめ。触ったら痛いでしょ」


「…じゃあ、治ったら触る?」


「ううん」

ゼッタは首を振る。

そっか、と言うアレスのゼッタを握る手が少し力なく滑ったのは気のせいだろうか。





「首も腕も火傷したんだね…ごめんなさい。あと、助けてくれてありがとう。助けに来てくれたことも」

ゼッタは起き上がる。

包帯が巻いてあるアレスの首と腕を見てから、深々と頭を下げた。



「火傷も、実はそんなに痛くなかったんだ。それより僕は…僕がゼッタを助けることができて嬉しかった」



そう言いながらゼッタの腕に触ろうか逡巡したアレスに気が付いて、ゼッタは「ありがとう、ごめんね」と繰り返し、体をずらした。


アレスに必要以上に優しくされるのを阻止した。


絶望することになると分かっているのに、アレスが傍にいて優しくしてくれると止められなくなりそうだからだ。

まつげを少し伏せたりする、彼の些細な動作にもゆらゆら揺らいでしまう。

ゆらゆらこのまま引力に任せて、好きな気持ちと共に落ちていけたらいいのになとさえ思ってしまう。






「そうだ、ゼッタのお父さんお母さんにもゼッタが起きたこと伝えてくる」

戸惑っているゼッタからふっと目を逸らし、アレスはそう言って腰を上げた。







どやどやと転がるように入ってきたゼッタの両親は代わる代わるゼッタを抱きしめ、代わる代わる言葉をかけた。

両親に潰されるように抱きしめられて今日は仕事はしなくていいからと言い残され、ようやく解放された。


その後のゼッタはアレスが持ってきてくれたふかした芋を食べていた。

本当はおいしいスープでも作れればよかったんだけど、とアレスは呟いていた。

そんなアレスとお芋も美味しいよ、とモグモグ芋を頬張りながらハッと気が付いたゼッタは声を出した。


「アレス、セリカは…?」


「セリカは大丈夫だよ」


「よかった…

それから私のこと、怖がったりしてなかった…?」


「昨日呼ばれて会いに行ったけど、セリカはゼッタに感謝してたよ。今から会いに行く?」


アレスはさっぱりと言った。

ゼッタは戦々恐々と質問したのに、アレスのその答えに少し拍子抜けしてしまう。



「うん、行こうかな…」


少し心が軽くなって、ゼッタは頷いた。


もしアレスが駆けつけて暴走を止めてくれていなかったらセリカも焼き殺していたかもしれないのに、感謝をしてくれていたのか…

ゼッタはそんなセリカにありがとうと言うべきなのか、それでもごめんねと言うべきなのか考えていた。








「貴方ね、何なのあの雑な挑発は!あの時庇おうとしてくれたことは正直本当にホッとしたけど、今から冷静になって考えてみると本当あんな雑な挑発によく犯人も乗ったわよね」


突然訪ねたゼッタに、セリカは開口一番そう言った。

客人用の部屋でそそくさとお茶を出してくれたセリカは、ゼッタが思ったより元気だった。

嫌味もいつも通り。

いやいつもより少しだけ愛情を感じられる気もする。


ゼッタは嬉しく思った。

セリカも無事で、本当に良かった。



「ねえアレス、ゼッタは犯人に向かってこんな不細工見たことないって挑発したのよ!馬鹿よね」


「そうかな」

振り返って笑うセリカに、アレスは不機嫌そうにそう言ってズズッとお茶を飲んだ。




「まっ、あの男が不細工って言われただけで怒るような器の小さい奴でよかったわ」


セリカが小さな声で「助かったわ」と付け足した。

それを聞いてゼッタはおずおずと口を開く。


「…セリカ、火傷とか、してない?」


「してないわよ。アレスたちが助けてくれたしね」


「私、気持ち悪くなかった?」


「別に。あれって魔力の暴走でしょ?貴方が馬鹿だから魔力のコントロールは上手くできないんだろうって納得できるし、それにあんな焼きごて押し付けられたら発狂してもおかしくないんじゃない?」


セリカは『理解してやるから、セリカ自身が発狂したように泣き喚いていたことは他言無用だ』とばかりの鋭い視線をゼッタに向けてきた。

ゼッタは小さく頷いた。



「ま、貴方は馬鹿は直した方がいいわ。そもそも貴方が馬鹿だったから、最初に誘拐犯たちに付け入る隙を与えてしまったんだと思うし」


「それも、ごめん…」


怪しい薬師をノコノコセリカの家に案内してしまったことを言っているのだ。

あの時少しでも怪しいと思っていれば良かったのに、とゼッタは頭を垂れた。


「ホントよね」


ゼッタが益々しょんぼりとして、セリカが大きなため息を吐きながら腕を組む。







ひと段落したところで、アレスが口を開いた。

「そういえば、ガークさんとジェリコさんはまだいる?」


「いるわよ。そういえば、ガークさんがゼッタに話したいことがあるって言ってたわね」

セリカがスッと立ち上がった。


ゼッタは首を傾げる。

ガークとジェリコ…誰だろう。

そんな名前の村人はこの村にはいない筈である。


セリカはスッと引き戸を開けて家の奥へいったん消え、すぐに二人の長身の男を連れて戻ってきた。

二人はどうやら、この村の客として村長の家の客間でもてなされていたようだった。


二人ともがっしりとしていて、良いものを食べてきたような体つき。

そしてシンプルなのに高価そうな装飾品を身に着けている。


アレスが二人を紹介してくれた。


「冒険者のガークさんとジェリコさん。誘拐犯たちを捕まえてくれた」


そうだったのか、と姿勢を正したゼッタはありがとうございました、とぺこりと頭を下げる。

ガークと紹介された方の男が、ふふと不敵に笑いながらアレスに視線を寄越した。

ジェリコと紹介された男は一歩下がったところで静かに頷いていた。




「よろしく、ゼッタちゃん。

君が目を覚ましたら、話をしたいと思っていたんだ」

ガークがゼッタの手をガシッと握り、二カッと笑った。


手を差しだしたまま、初対面の彼が自分に話したいこととは何だろうとゼッタは首を傾げる。

首を傾げたゼッタを何故か満足そうに見て、ガークは続ける。





「それでだ。俺がゼッタちゃんに会いたかったのは、一つ提案がしたかったからだ」


ゼッタの手をようやく放してくれたジークが片手で一を表しながら言う。





「提案とは。

ズバリ、君を俺が懇意にしているフェデラルの魔術師に紹介してやろうか、ということだ。君はそこでそいつに師事するんだ。

君はあの地下の床を一瞬で燃やせるくらいの魔力を持ってるらしい。だから魔力のコントロールの仕方を学ぶべきだと俺は思う。君は魔法陣の勉強をしているらしいが、やはり独学では限界がある。この村にいるとき、また魔力を暴走させてしまって取り返しのつかないようなことはしたくないだろう?」






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