真のラスボス戦
村が燃えている。
私とアレスが生まれて育って、私達が愛して愛された村が燃えている。
神剣の鞘に選ばれ、神剣の使い手となった勇者アレスが混沌の闇を討ち果たし、私たちの村に凱旋した日。
私はアレスに、彼の最愛の人を紹介された。
綺麗な人。
洗練されていて、ただの芋みたいな村娘の私とは大違い。
彼女、アレスの最愛の人なんだって。
最愛の人。
最愛の人。
最愛の人。
ねえ、アレス。
貴方の最愛の人って、私じゃなかったの?
私、勘違いしてたのかな。
うん。
どうやらそうみたいだね。
最愛の人だったら「好きだ」以上の言葉を貰ってるよね。
最愛の人だったら「ずっと一緒にいよう」よりも確かな言葉を聞けているよね。
最愛の人だったら「君のところに帰ってくるから」なんて言って約束を破られたりはしないよね。
目の前が真っ赤な灰色に歪んでいく。
泣いていたら絶望に耐えきれなくなって、体に入ってくる何かに抗えなくなって、
私、おかしいよね。
気が付いたら、泣き続ける私を心配して部屋に入ってきた私の母の首を握りつぶしていた。
片手で。
涙が頬に伝う母の首が落ちて、自分の手を見たら赤い血がそこから湧き出るように零れていた。
アレスは、私のことは好きだったけど、愛してはいなかったのかな。
小さな村の中を世界のすべてだと思っていたあの頃の貴方の、ただの幼馴染の私だもんね。
狭い村で、一生畑を耕して狩りをして平和に暮らすための、生ぬるい恋愛だったもんね。
だから貴方が勇者になって、広い世界を見て、たくさんの人の中から選んだ本当に愛する人には負けて当然だよね。
生死も苦楽も共にした、本気で愛する人を見つけたら、私のことなんてすぐに忘れちゃうよね。
でもね。
私はね。
私は広い世界も知らないし、たくさんの人も知らないけど、それでもね。
それでも、アレスが世界で一番好きなの。
アレス以外に好きになれる人なんて世界にはいないって、断言できるの。
貴方が私を好きだと言って笑ってくれた顔が頭にこびりついて離れないの。
ずっと一緒にいようと言ってくれた貴方の真剣な目が瞼の裏にも焼き付いているの。
君のところに帰ってくるからと囁いてくれた貴方の声が耳に木霊して止まないの。
だから、アレスが私の隣にいない世界はいらないの。
アレスが幸せに笑っている世界を見たいと心の底から思うのに、私だけを不幸にしないでと思ってしまうの。
アレスの幸せの為なら何だってできると心の底から思うのに、私だけを見て欲しいと思ってしまうの。
優しい母を殺し、朗らかな父を殺し、穏やかな祖母を殺す。
血が私の両手に溢れて、止められない。
思いやりのあるアレスの母も殺す。
愉快で親切な村の人たちも全員殺す。
村を、燃やす。
村の異変に気が付き、燃える村の中で自らの母親を探し出したアレスが、潰れて原形をとどめていない母親を抱き起して何か必死に叫んでいる。
私はそれを彼の前に立って見ている。
赤い灰が舞い、村が熱い空気に汚染される中、彼の顔が上げられる。
その業火の如く燃える瞳が私に向けられる。
怒りを湛えた瞳で、涙を零しながら私の名前を呼ぶ。
…どうして、だって?
それも分からない貴方のせいでこの怪物ができたんでしょ、勇者様。
私は勇者アレスのうしろで村の惨事に茫然とし、私の姿に狼狽えている彼の仲間の一人を串刺しにした。
目の前でいとも簡単に血を噴き出して殺された仲間を見て、アレスが絶叫する。
剣を抜く。
アレスは私に斬りかかるが、私はアレスより強かったようだ。
まだ、アレスに斬られることはない。
「あの人たち、アレスの大切な仲間なんでしょ?こうやって一人づつ殺してあげる。次は誰を差し出す?自分たちで決めていいよ。まあ、いらない人順に差し出されるってことになるだろうけど」
私は言う。
アレスは私にとどめを刺せる唯一の人間、神剣の勇者だ。
アレスが真っ先に自分の身を投げ出すことはできない。
彼の仲間は、アレスの為にいらない順に殺されるのだ。
きっと、彼の最愛の人は最後の最後。
でも私よりも先。
私が彼女を殺したら、私が最後にアレスに殺される。
最後に私に刃を突き立てる時、アレスは私になんて言うかな?
最後に一言、何を伝えたいと思ってくれるのかな?
最後に残った私のために何を考えてくれるのかな?
アレス、ごめんね。
私はこの運命から逃れられないみたい。