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火傷




男は奴隷紋の焼きごてから伝って来た炎で、自らの手が赤黒く燃えていることに気が付いて悲鳴を上げたのだった。


「あああああああ…」

冷や汗を流して混乱する男。


「うわああああ!」

ゼッタを抑えつけていた男の腕にもその炎は燃え広がる。




抑えつけていた男の手が無くなって、ゼッタは台から転げ落ちた。

ドシンと音がする。

落ちた衝撃で鼻血が出ておでこにも血が滲む。

足を拘束している布は燃え始めていたが、両腕の拘束は手に巻き付いたままだ。

体を強引に動かしてゼッタが顔を上げる。



ゼッタの息は荒い。



激しい動悸が続き、身が焼かれるように怖い。

息ができなくて何も考えられないくらい辛い。


脂汗を流すゼッタの後ろでは、男たちがてんやわんやだった。



「おい、早く火を消せ!布持ってきてはたいてやる!」

「なんで消えねぇんだ、畜生!」

「ああああああ…!」

「水は!水はねぇのか!」

「このガキがやってんのか?ちゃんと精霊の力は制御してあるはずだろ!?」

「ああああああああ、炎が…!」

「腕が…腕が…!」

「ッ…くそったれ!」


男たちは燃えて爛れる手を必死にばたつかせ、水をかけても布で叩いても消えない火に混乱している。

目が覚めている囚われた子供たちは、その様子を震えながらただ見ていた。



その間にもゼッタの座りこんでいるところから油が広るかのように炎が周りを焼き始める。



怖い怖い怖い怖い

怖い怖い怖い怖い


ゼッタは得体のしれない恐怖が這いあがってきているのを感じていた。

それを収めようと努力するが、ゼッタの理性は働かない。

ちょっと待ってよ落ち着こうよと焦っているゼッタの声は、自分には届かない。


痛いの嫌

辛いの嫌

怖いの嫌

悲しいの嫌

苦しいの嫌


ゼッタは震え始めた。

自分のものとは思えないほどの強い感情を感じる。

自分の意識はどこにあるか分からなくて、たくさんの衝撃的な感情に渦巻かれ窒息しそうだ。

自分ではない別の自分に乗っ取られたような不気味な感覚もある。





天井にも火が移る。

壁にも火が這う。

床にも火が走る。


鉄の檻も、男たちが座っていた木の椅子も、取り落とされた奴隷紋の焼きごても炎に飲まれて溶けかかっている。


このままいけば、すぐにここにいる人たちは奴隷も少女も犯人も、見境なくとろけてしまうだろう。

ゼッタ自身も、少しづつ燃え始めていた。



セリカが嗚咽の混じった声で助けを呼ぶ。

目を覚ました女の子たちが泣き始めている。

犯人の男たちは狼狽え続けている。

ゼッタは遠くなった意識の端でそれらを感じていた。






バン


背後で何かを割るような大きな音がして、誰かの足音と叫び声が聞こえた。

誰かがこの地下の部屋に入ってきている。


「ッ、火が出てる!煙はない…?魔法か?まあいい、攫われた子たちの救出が優先だ!犯人どもは後!」

「…!」

「坊主、お前は来るな。消防隊を呼びに行け!ジェリコはいけるな?一人残らず救ってやる!」

「ああ」



「…ゼッタ!!」

「おいこら坊主、お前は逃げ…!」





遠くで声が聞こえる。

声を上げた誰かが、一直線にゼッタに近づいてくるのが分かる。



来るな来るな来るな

怖い怖い怖い

怖い怖い怖い

痛いのも辛いのも失うのも触られるのも怖い。


だからみんな燃やさなきゃ

みんな燃やさなきゃ




そう自分が思ったのだと辛うじて感じた瞬間、ゼッタの周りの空気が燃え上がった。




しかしゼッタの方に駆けてきた影は一向に怯むことなく炎をくぐる。

その影は座り込むゼッタの元に辿り着いて、燃えるゼッタを躊躇いもなく抱きしめた。


髪が燃えるのも、肌が焼けるのも構わず抱きしめてくれた。

熱いのも痛いのも、怖いのも構わず抱きしめてくれた。

強く、抱きしめてくれた。

そして言う。


「ゼッタ、遅くなってごめん」





優しい声がした。


ずっと聞きたかった声。

最後に思いを馳せた声。



不思議と、何故だかよくわからないけど自分の心臓が鳴る音がする。

ゼッタの心臓が脈打つ音がする。

嬉しくて、ドキドキしている気がするのだ。





血液が巡り始めると、体を満たしていた恐怖がすっと溶けていくような気がした。



「ゼッタ、もう絶対に怖い思いはさせないから」



ゼッタ、とその声に呼ばれると自分はゼッタなのだと思える。

その声で呼んでもらえ続ける限り、ずっとゼッタでいたいと思える。



「ゼッタ、もう離さないから。大丈夫」


ゼッタの鼻血を自分の袖で拭いてくれて、ゼッタに巻き付く二本の腕に更に力を入れてくれた。

優しいにおいがする。

耳に柔らかい毛が当たる。

視界に入る彼の肌が少し焼けているのが目に入る。

痛いに違いない。

なのに、構わずそこにいてくれる。



ゼッタは彼の名前を呼びかったが喉が渇いて舌が動かず、声が出なかった。
















「う…」


ゼッタがまぶしい光に気が付いて目を開けると、自分の部屋のベッドの上にいた。


右手が何やら温かいなと思って右に頭を向けると、ゼッタの右手はアレスの手に包まれていた。

しかしベッド脇の椅子に掛けて毛布を被っているアレスは起きてはいなかった。

ゼッタの手を握ったまま、ベッドに突っ伏して寝てしまっているようだ。

彼の横顔に火傷の跡が見える。


自分が負わせた火傷なのだと、ゼッタはぼんやりと思い出した。


ぼんやり、が段々鮮やかになってくる。


ほんの一瞬だったが、長かった。


ゼッタの肌に奴隷紋の焼き印が触れた時だ。

それを怖いと拒絶した瞬間、肌を焼くはずの焼き印が燃えだした。

それを持っていた男の手にも引火し、ゼッタを抑え込んでいた男の腕も炎に焼かれた。

男たちはゼッタの奴隷紋どころではなくなり、台から落ちたゼッタからは炎が広がっていった。

みんなが泣いたり叫んだりしている時に、アレスが男の人2人と一緒にドアを壊して入ってきた。

それからアレスが一直線に燃えているゼッタのところに来てくれて、大丈夫だと言って抱きしめてくれた。

それからなんだか安心したら、椅子の燃え炭や火傷を残して炎が煙に巻かれたみたいに無くなって、ゼッタは気を失った。

気を失いながらも、アレスの強い腕に抱かれる感覚を感じていた。



鼻の奥が痛くなる。

目の奥が痺れてきて、心臓がぎゅっと絞られる。





ゼッタは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。




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