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奴隷紋




セリカと呼ばれた青黒い髪の少女を抱きかかえたまま護衛の叫び声も無視して門を走り抜け、フェデラルの街に入る。


誘拐犯の無精ひげの男は、足を動かしたまま後ろの様子をうかがう。


切られて喉から血を流している少女に怯んで、あそこにいた冒険者風の男たちは手は出してこなかったし、追手ももういない。

撒けたようだ。

奴らは見た目ばかり立派な冒険者風でも鈍足でチキンだったらしい、と男は胸をなでおろす。



レンガ造りの建物の角を左に曲がり石畳の道を右に曲がり、賑わう商店街へ飛び込む。

街の雑踏に身を隠してしまえたら一息は付ける。


ここにはもう男を不審がる者たちもいない。

なにせ人が多いのだ。

人という人が溢れていて、いちいち個人など認識していられない。

たとえ犯罪者であろうと目立ちはしない。


しかし油断はいけない。

ひと悶着は起こしてしまったのだ、グズグズしていては足が付く。



露店の布屋の布をかっさらってむき出しのセリカに巻き付け、買い物の籠を下げた女性の脇を走り、商人の男にぶつかっても止まらず走り続けることにする。







男はそのまま港の方へ向かって走った。


港の倉庫の一角に、精霊使いの女の子たちが監禁してある。

協力者の奴隷商が貸してくれた倉庫だ。

その奴隷商の手引きで、犯人らは商品たちと共に王都へ向けて出港する手はずになっている。

そして着いた先の王都で奴隷たちを売り、金を山分けすればまたしばらくは遊んで暮らせる。


高級奴隷がらみの商売は本当に良い金になる。

金持ちどもは、珍しい奴隷というものを何が何でも持ちたがる。


男は金のことを考えてフンと鼻を鳴らす。



港に着き、たくさんのコンテナの脇を走り抜ける。

この港はコンテナや倉庫は多く巨大な割に働いている人は少ない。

そして倉庫は港所有の物ももちろんあるがほとんどは個人所有のものなので、頻繁に見回りが来る事も無ければ、倉庫を無断で開けようとするやつらもいない。

逃走経路も確保されているし、この場所は隠れて如何わしいことをするのにもってこいだった。



無精ひげの男は真剣な顔つきに戻ると自分が港の作業員の死角に入ったことを確認して、スッと何の変哲もない倉庫のうちの一つに入り込んだ。

広い倉庫の中には小石の入った袋がたくさん積まれている。

協力者の奴隷商は、カモフラージュの為に表向きは砂利売りをしているのだ。


倉庫内に積まれた袋には目もくれず、倉庫の一番奥へ直行する。

その床には錆た鉄の小さな扉がある。

一見、小さな床下収納があるようにしか見えない。


男はぐったりして暴れることも諦めたセリカを抱えなおし、その地下への扉を持ち上げた。









「ああ、お前無事だったのか。その娘もちゃんと持ち帰ってきて、偉いじゃねえか」

入ってくる者の気配に、無精ひげの男の仲間が顔を上げた。

男を認識すると、ハッと息を吐いて笑う。


「あたりめーだ。これで半年は遊んでても旨い飯が食えるんだからな」




扉に対して広い地下には、監獄のように檻が並んでいた。

その中に入っている者は皆死んだように横たわっている。

無精ひげの男とその仲間が集めた精霊使いの少女たちと、彼らの協力者である奴隷商の商品である獣人の子供が何人かだ。


精霊使い達は皆、両腕は何やら蛇のように不気味な見た目の物で拘束され、口も足も自由を奪われている。

この両腕を縛るものは精霊使いの魔力を減退させ、精霊との意思疎通を阻害する魔具であり、精霊の力を行使することができなくなるという代物だ。

奴隷商が貸してくれた。



「一刻も早くフェデラルを出るぞ。王都行きでなくてもいい。すぐ乗れる船に乗る」

男は布で視界を奪われたままのセリカを空いている檻に投げ入れる。

そしてセカセカと逃走の準備を始めた。


「チッ。フェデラルの近くの村は折角シャーマンが多いのにな」

男の仲間の一人がだるそうに腰を上げ、奴隷を荷物に偽装する準備を始める。


「残りはばばあばかりだ。それよりお前らは危機感が足りなすぎるぞ」


「危機感ならあるさ。捕まっちまったらこいつらを売った金も使えねぇだろ」

男はクフフと息を漏らした。

追手に追いかけられたというのに危機感は言うほどなさそうだ。

その横顔からは、どうせ見つかりはしないと高をくくって既に売った後の金をどう使うか考えていることが見て取れる。





…。

聞き覚えのない人の声が聞こえてきて、ゼッタはぼんやりと目を開けた。

うん、と動こうとするが動けない。

体が痛い、床が冷たくて硬い。

声が出せない、体が動かない…


ハッ。

ゼッタの頭は一瞬で起きた。


あの薬師と一緒にセリカのうちに行ってセリカを呼び出して、それから彼の口車に載せられて少し人目につかないところに連れてこられたと思ったら、誰かに後ろから何かで頭を殴られて、知らない薬を飲まされて気が付いたら今。

鉄格子の内側。


ゼッタの隣の檻の中でもぞもぞ動いている青黒い髪の女の子を見る。

顔が布で覆われているがセリカだろう。


セリカから目を離しゼッタが檻の外に目を凝らすと、男の一人がああだこうだと金勘定をし始めていて、丁度何かに気が付いたひげの男はそれを遮るようにオイと声を上げた。




「おい。こいつらに早いとこ奴隷紋付けるよう頼んどけって俺言ったよな?」


ひげの男は、ぐったりしているシャーマンらしき少女の一人を摘まみ上げている。

少女の肌は擦り傷と青あざだらけだが、奴隷紋は見当たらない。

掴み上げられた少女は力任せに檻に放り投げられて、声にならない叫びを上げて目を覚ました。



「骨は折るなよ、治るまで売れなくなる。俺もお前がそう言ってたのは憶えてるがな、肝心の奴隷商のやつがまだ来てないんだ」

「あ、でも呼びに行ったからすぐ来るはずだぜ」


「ったく…」




苛々しながら準備をするひげの男が、横たわっている獣人のモフモフのしっぽを触ろうと檻に手を伸ばした仲間を蹴り上げようとしたとき、


バタン


扉があけられる音がして、奴隷商を呼びに言った仲間の一人が帰って来た。



「ったくよー。あの奴隷商の野郎、

『聞いたヨー、ヘマして顔バレしちゃったんだっテー?じゃあぼくちゃんも危ないかもしれないじゃン!君らにそこにいる獣人の子たちも任せるから、売り上げはいつも通り折半デ』って言って奴隷紋付ける道具一式押し付けて逃げやがった」


奴隷商の独特な声を真似ながら、ヘラヘラした男が手に持っていた袋を掲げる。

その袋からは特殊な金属でできた焼き印と、アルコールランプのような瓶がゴトンと音を立てて出て来た。


「っ、あいつが逃げるってことはあぶねーってことじゃねぇか…」


「あいつ、いつも危なくなくても逃げてるだろ。でもま、さっさと終わらせて俺らもずらかろうぜ」

「危ねぇのは俺らだってわかってるって。でも最悪、獣人の奴隷どもを追手と戦わせたら余裕で逃げれるしさ」

「おい、獣人でもまあまあいい金になるんだ。そんなのもったいねぇよ」


ヘラヘラした男の呟きに肩をすくめた仲間の男は奴隷紋のつけ方を知っているのか、早速とろける銀の液体の入ったランプに火をつけ、焼き印を熱し始めた。


燃えないものが燃える時に出るような、あり得ない匂いが地下室に充満し始める。


十分に熱された焼き印からは銀色のねとりとした液体が滴り落ち始めた。

この焼き印を皮膚に押し付けられると、それは血に混ざり心臓まで達しその体は誰かに服従しなければ生きていけない奴隷になる。

一生主人という存在を求めるように本能が塗り替えられてしまう。

そんな強い銀等級の奴隷紋だった。





それを見ながらゼッタは思う。

檻の外で蠢いている男たちを見て思う。

自分たちは見ず知らずの胸糞の悪い連中のお金になるためにこれから奴隷として売られて、育ててくれた親への恩返しも村にも貢献することができず、誰かの従いたくない命令にも首を縦に振らなければいけなくなるのか。




自分が奴隷になるのは…億歩譲って自業自得だとしても、セリカがなるのだけは、駄目だ。

セリカが今ここでこんな目に遭っているのはゼッタのせいだ。

ゼッタがセリカのうちに誘拐犯を案内したから。



ああ、と思う。

ゼッタは頭を地面に打ち付けて後悔したいのを必死にこらえる。

理不尽すぎる運命に、叫びだしたくなるのを必死に抑える。

唇を噛んで耐える。







うな垂れながらも、とりあえず奴隷化も回避できる道はあるはずだと思ったゼッタは、頼みの綱であるイフリートに心の中で懸命に話しかけた。





しかし、

助けてくださいと何度唱えても、力を貸してくださいと何度懇願しても、あの低い声は返事をしてくれなかった。

返事をしてくださいとお願いしても、何も返事をしてくれない。



ゼッタの腕にサラマンダーは見当たらないし、もしかして見限られたのだろうか。


一度そう思ってしまうと、そんな気がしてくる。






…はは。

助けてもらえないのかぁ。

ラスボスになる運命も大概だけど、奴隷も嫌だなぁ。

っていうか私、奴隷になってラスボスにもならなきゃいけないのだろうか。

私の人生、あんまりいいことないんだなあ。

こんなことなら、できる時にアレスに思いっきり甘えておけばよかったかなぁ。

はーあ。



ゼッタは、本格的に泣きたいなと思った。







「誰か!ねえ誰か!アレス、助けて!早く助けて!」


ゼッタが涙を零してやろうかと思った時、セリカが絶叫した。

ようやく顔に巻き付いていた布を振り落としたところで、ついでに口を封じていた物をずらした今、声が出せるらしい。



セリカは、男たちが口々に奴隷と金の話をしていることに嫌悪感を爆発させ、その手の銀の焼き印を焙っている光景に恐怖した。

彼女は奴隷紋のことは知識にはなかったが、不穏な話を聞いて戦慄して、不気味な熱い銀の液体の正体に混乱しているようだ。



「誰か、誰か起きて!誰か檻を壊せないの?ゼッタ、ゼッタでいいから起きて!!」

セリカは叫び続ける。

ゼッタは檻の中で懸命に体を揺らし、起きていることをセリカに伝えようと試みる。

声を出すために、口に当てられている物を懸命にずらす。


「ああ、ゼッタ!助けて!」



ゼッタの意識があることを確認して声を上げたセリカを、男たちが一瞥する。

心底五月蠅そうに。

セリカは恐怖にびくりと震えたが、必死の形相で続ける。


「お願いゼッタ!貴方私より強い力を持ってるんでしょう?!」


さっさと黙らせようぜ、と男のうちの一人がセリカの檻の方へ歩いてくる。


「いやだ!アレス、アレス!ゼッタでもいいから!誰か助けてよぉぉ…」


ガチャリ


泣き喚くセリカが伏している檻の扉に手がかけられる。










「ゆ、誘拐犯さん!貴方のこと初めて見た時からすっごい不細工だなあって思ってたんだ!全然モテなさそう!不細工、すっごい不細工!本当にびっくりするほど不細工!」


ゼッタは無我夢中で叫んでいた。


計画も策略も何もない。

ただ、セリカが一番最初に犠牲になるのは本当に見たくなかった。

馬鹿なゼッタに巻き込まれただけのセリカが痛がるところを一番最初に見たくはない一心だった。








不細工だとよと後ろで仲間が笑い声をあげたことも面白くなかったのか、眉をしかめた男が方向転換をして、ゼッタの檻の扉に手をかけた。

どうせみんな奴隷になるのだから一番イライラする奴から処理してやろうと思ったのだろう。

そのまま中に入ってきて、男の太い手がゼッタの髪を鷲掴みにする。

ゼッタは芋虫のようにうまく抵抗できないまま摘まみ上げられた。


そのままゼッタは運ばれ、男の太い腕によって台の上にガンッと押し付けられて肺を圧迫される。


「かはッ」












「そういえば奴隷紋って、胸とか尻とか際どいところに付けた方が喜ばれるよな」

「だけど時間もないし、太ももの内側とかでいいんじゃね?変態貴族様はそれで十分満足するだろ」



ゼッタは台の上で押しつぶされ、体を固定され逃げられない。

熱くて得体のしれない銀の焼き印が迫ってくるのに、体が動かせない。

太ももが露になって、焼き印を受け入れるしかなくなっている。







近づいてくる焼き印が視界の端に見える。

セリカが一番じゃなくてよかったと安堵したのはほんの一瞬で、後はただ恐ろしかった。


恐怖が迫っているのが分かっているのに、無防備に待つしかないとはこんなに恐ろしいものなのか。

時間が過ぎるのが怖い。

あと一秒過ぎたら、柔らかい太ももは抵抗できずに焼きごてを押し付けられて、肉はなすがままに焼かれる。

あと一秒過ぎたら、得体のしれない紋章が太ももに焼き付いてもう一生離れない。

あと一秒過ぎたら、一秒前の奴隷ではないゼッタには戻れない。





ちょっと待ってやっぱり怖い。

結構怖い。

かなり怖い。

無茶苦茶怖い。

お願いだから、身を縮めることくらいはさせて。

無意味でもいいから、手で体を庇うことくらいはさせて。

むき出しの無抵抗でいることが覚悟していたより怖さを何倍も倍増させている。


ラスボスになるくらい怖い。

気が狂いそうになるくらい怖い。

これはもう、発狂した方が楽になれるんじゃないだろうか。

狂った方が幸せなんじゃないのか。





「…ッああああああああああああああああ!」






















と、声を上げたのはゼッタではなく、犯人の男の一人だった。






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