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捜索隊




村の大人たちは大きな松明の明かりを囲むように、村の中心に集合している。


セリカがいない、とセリカの母親がセリカの父親にしがみついて叫んでいる。

ゼッタはどこ、とゼッタの母親がゼッタの父親に抱きかかえられるようにして泣いている。

セリカの母親に大丈夫だからと言う女性の声が聞こえる。

ゼッタの母親にすぐに帰ってくると慰める男性の声も聞こえる。

ゼッタとセリカがいない事への不安や憶測の声が飛び回る。




暗がりに赤い松明で照らされた村人らの長い影がざわざわと揺れて、

ザワザワと夜の闇に声が吸い込まれて無くなっていく。

不吉な夜だ。

こんなに夜が得体のしれないものだと思った日はない。




アレスは背を伝った冷や汗に唇を噛む。








…おばばのうちへ行くために夜抜け出したあの日にこってり絞られたから、ゼッタが自分の意思で夜何処かへ行くことはあり得ない。


何か事件に巻き込まれたとか?

いや、こんな山奥の小さな村でなんの事件?

あり得ないと思いたい。

では山に行って崖から落ちたとか?

ゼッタも山には詳しいし、可能性は低い。

じゃあ山で獣に遭遇した?

ゼッタには強い精霊が付いているからきっと大丈夫だ。

悔しいが奴ならきっとゼッタを守れる。


筈なのに、

じゃあなんでゼッタはいつまでたっても帰ってこない?






ザワザワザワザワと心臓が鳴る。

握った拳が嫌な汗で湿る。

肺が半分しか残っていないのではないかと思うくらい、息ができない。





「アレス、大丈夫だから…ゼッタはすぐ見つかるはず…」


黙ったままのアレスの隣にアレスの母親が寄り添って、なだめるように呟く。

その声にハッと我に返ったアレスは頷く。

しっかりしなければ。











「そういえば、薬師のような出で立ちの男とゼッタが歩いているのを昼間見たぞい」

松明を囲んだ会議で発言した一人の村人の声がアレスのところまで聞こえてくる。


…ゼッタが誰かと?


アレスは声を発した村人がいる会議の輪の中に飛び込んだ。


皆口々に何か声を上げたが、皆の意見をまとめるように大きな声で質問をしたのはおばばだ。

「その薬師に会った者は他にはおらんか。話した者は?」


おばばが見回すと、皆首を横に振る。

その薬師を見た者は発言したその村人一人だけだった。


「俺は畑からゼッタとその男を見たが、そういえば二人が歩いて行ったのはおばばのうちの方角だったな」

ゼッタと薬師を見たと言う村人が少し興奮気味におばばの家の方角を指さしながら言う。

それから彼はさらに身振り手振りを交えながら付け加える。

「ゼッタはその男と普通に喋って歩いてたから特に注意してみてなかったけどよ、多分馴染みの薬師じゃなかったと思うぞい」




「俺らは今日村に薬師が来たなんて全く知らなんだ。そいつがゼッタとセリカをたぶらかした犯人なんじゃねぇのか。どう考えても怪しいぞ」

「薬師がどうして女の子二人をたぶらかすんだよ。薬売りだろう?」

「若い女の子の内臓で薬が作れるとか」

「そんな恐ろしい話聞いたことねぇぞ」

「いいや、俺はあるね。若い女の子の肝で作った薬は若返りの薬なんだと」

「そんなの迷信だろ。そいつはただ女の子が好きなんじゃねぇのか?世の中にはそういう変態もいるって話だし、その薬師もそうだったのかも」

「馬鹿でぇ。そいつは薬師じゃねぇよ。多分、薬師に化けた変態男だ」

「警戒されないように薬師に化けたってか。頭の回る変態野郎だ」

「なら大変だ、早く助けてやらにゃ」

「変態野郎をとっちめろ」


そう口々にまくし立てながら村人たちは立ち上がる。

手には鍬や猟銃を抱えている。


その薬師が怪しいということにほとんどの者は賛成のようだった。




確かにそんな者がいたのならば怪しいな、とアレスも思う。


しかし犯人が変態であるという部分は聞くのも耐えられない。

皆が言うように、普通に身代金誘拐というのはこの貧乏な村相手にありえないので犯人が変態だという筋が一番濃厚なのかもしれない。

こんな小さな村なら大して反撃もできず、泣き寝入りするしかないだろうと思って狙ったのだろう。


アレスは奥歯を噛みしめる。


あの精霊がきっとゼッタを守ってくれると信じたいが、セリカとゼッタだったら間違いなくゼッタが先に犠牲になる。

多分犯人は五月蠅く泣き叫ぶセリカより黙って機会を窺うゼッタの方に気を取られるだろうし、セリカが襲われそうになったらゼッタが身を挺して助けようとする気もする。

そして何より、ゼッタの方が可愛い…そう思ってから、アレスは首を振る。

いやいや、そんなことを考えている場合じゃない。






大人たちは早速捜索隊を編成し始めた。

何人かが固まって小さな隊を作り始める。


アレスもそのうちの一つの隊の中に入りこみ、見知った男性の隣に立つ。


「僕も行きます」


そう言ったアレスの隣にいるのはゼッタの父だ。

アレスを一瞥したゼッタの父は「そうだろうな」と言いたげな顔をしたがそのまま何も言わずに頷いた。


アレスはもう一人前に役に立つ。

そんなアレスに、危ないからゼッタが帰ってくるまで村で大人しく待っていろと言う方が酷というものだ。




5,6人づつの小さな隊があっという間に出来上がり、各々が銃を背に背負い、短剣を懐に忍ばせる。

アレスは銃は持てないので短剣を二つ、腰に下げた。

銃も剣も、夜の山道で万が一獣に遭遇した時の護身用である。





そして各々は山の地図を広げ、村から放射状に分散して捜索することを決めた。


話し合った結果、犯人は昼頃にゼッタとセリカを誘拐してその後すぐに逃げた可能性が高いということになった。

であれば逃走に使えた時間はかなりあったということになるが、所詮山に慣れない人間の足で女の子を二人抱えての逃走、あまり遠くへは行っていない筈。

そして夜は動けないだろうという結論に至った。


対してこちらは周辺の山を熟知している。

山は庭だ。

例え夜でも昼のように動き、雨風が凌げそうなめぼしい洞窟をしらみつぶしに探す。


そして犯人はこの村から一番近い都市、フェデラル目指して逃亡するんじゃないかと考えられることから、フェデラルへ続く道も重点的に探す。

アレスやゼッタの父がいる隊はフェデラルへ続く道で犯人を探す役割を担うことになった。


捜索隊に加わらない女性たちは村に残り、再度村をすみずみまで手分けして見回る。







「行くぞ」

ゼッタの父親がゼッタの母親をぎゅっと抱きしめて大丈夫だと声をかけてから、アレスと隊のメンバーに小さく手招きをして、ザクザクと森に入っていく。

ゼッタが心配でたまらないのは父親も同じなのだろう、山に入った姿がもう見えなくなった。




「アレスも、ゼッタをお願い…」

自分の体を抱えるようにして静かに震えるゼッタの母親にアレスは頷いた。


強く。

そしてアレスはギュッと腰に下げた短剣を握る。

これは狩りで万が一獲物に襲われた時に刺し殺せるように、鋭く研いである。


ゼッタの母親に背を向けると、速足でゼッタの父親を追いかけてアレスも山に入る。





こうして捜索隊はみんな山に入った。






月が薄暗く照らす夜に目を慣らして、山道を小走りに駆ける。

木の根を飛び越え、木の枝をかき分ける。

人が隠れられそうな草むらを照らし、人が入れそうな穴を見て回る。

人が踏んだ足跡はないかと注意深く土を観察し、

折られたり傷つけられた枝がないかにも注意を払う。




アレスのいる隊は結構なスピードで山を下っていた。

痕跡らしい痕跡はまだ見つけられていない。



ザッとアレスが枝と草をかき分けると視界が開ける場所に出て、少し下を見下ろせば都市フェデラルが海岸沿いに広がっているのが見える。

この国の首都でも何でもないが、人が多くて大きな都市だ。

変な形の大きな建物がいくつもあって夜でも明るい。港には船も見える。

遠い山の上からこうして見下ろしても大きく見えるのだから、実際に足を踏み入れたら想像つかないくらい巨大なのだろう。


犯人にその巨大な都市に逃げ込まれたら、もう見つけられなくなってしまうかもしれない。

アレスはその都市に行ったこともなかったが、山に生える木のようにたくさんいる人を想像してみると寒気がする。

だが犯人ではなく、ゼッタのことならばどこであろうと絶対見つけてやる。

何千人何万人と街に人が居ても。



アレスはその巨大な都市を改めて一睨みすると、山の中に戻った。


同じ隊の村人も必死にゼッタとセリカを捜索している。

アレスはそれ以上に必死だったが、ゼッタの父親も鬼気迫る勢いで草をかき分けていた。







ガサッ



「うわああっ、お前は誰だあ!」


突然、同じ隊の村人の叫び声が少し向こうで響いた。

旅人が使う山道で登ってくる誰かと出くわしたらしい。



…犯人か!



アレスはその声のする方にばっと駆け出していく。


アレスの瞬発力とバネには目を見張るものがある。

足で地を蹴り、手で枝を払う。

障害物だらけの山の中で、まるで動物のような走りだ。

まるでゴム毬のように跳ねる。

その身体能力、流石勇者の卵である。



ガサァッ



飛び込んだアレスは、叫んだ村人と得体のしれない相手の間に割って入り叫ぶ。


「ゼッタを放せ!」




いきなり跳び出て来たアレスに目を見張り、大声に反射的に両手を上げた二人の男がそこにはいた。


飛び出てきたのが男の子だと見定めてから、男の一人が困ったように頭をかく。


「おーっと、待て待て待て…俺らは怪しいもんじゃないからさ…」





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