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夢中






そんな感じでゼッタがイフリートに悪戯されたり、アレスがセリカに話しかけられたり、セリカの精霊召喚の儀式があったりする中で、畑仕事、家事、魔法陣の暗記を毎日毎日繰り返していたら、おばばから本を受け取ったあの日から三か月程が経とうとしていた。



ゼッタはその3か月、必死に勉強した。

昼間は仕事があるので、勉強のためにまとまった時間が取れない。

休憩時間を有効活用して勉強し、布団の中でも勉強した。


それから毎日ぼんやりと寝不足が続いて、最近は早く寝ようとすると眠れない。

3か月経って寝不足がようやく顔に現れてきたゼッタを心配したアレスは、暇を見つけてはゼッタの暗記を手伝ってくれるようになった。

ゼッタが地面にガリガリ魔法陣をかいている時に本を見ながら答え合わせをしてくれたり、ゼッタの仕事を手伝ってくれる頻度が高くなった。

アレスもやらねばならないことがあるはずなのに、それをみんな素早く終わらせて手伝いにきてくれるのだ。


アレスに手伝ってもらうと早く仕事が終わるので、魔法陣の暗記に当てることのできるゼッタの時間が増えた。












「ゼッタ、それは完成したやつ?」


日も暮れかかったころ。

仕事を終えたアレスが、同じく仕事を終えたゼッタに近づいて来て声をかけた。

今日のゼッタも畑仕事の後に土に魔法陣をかいていた。


「分かんない。答え合わせしてみないと」

そう言って魔法陣の本を開き、本と地面を見比べてみる。

地面にかかれたゼッタの魔法陣は、いくつかのシンボルが抜けていて完ぺきとは程遠いものだった。


今ゼッタは3つの魔法陣なら完璧に描ける。

だがイフリートに師事する為に、あと37個の魔法陣を覚えきらなくてはならない。


しかしながら、3か月でようやく覚えることができたのが3個。

自分の脳みそのポンコツさに腹が立つ。


「…これとこれが抜けてる」

ゼッタが歯噛みした。

悔しそうに、土にかいた魔法陣に指でシンボルをつけ足していく。


ガリガリガリガリ…


集中しているゼッタに声をかけられないアレスは、静かにゼッタの横顔を見る。


ガリガリガリガリ…


薄い灰色の髪が横から垂れてきたのでゼッタはそれを耳にかける。

形の良い耳が露になり、アレスの贈ったピアスが現れる。


ガリガリガリガリ…


ゼッタの長いまつげが奥に見える。

柔らかそうな頬と小さな顎も横から見える。


ガリガリガリガリ…


ゼッタはアレスが視線を送っていることに気が付かない。


ガリガリガリガリ…


アレスは集中したゼッタが絶対に顔を上げてくれないと分かっていても、ずっとゼッタから視線を外せない。


ガリガリガリガリ…











「…ゼッタは、凄いね」

ゼッタの隣に座り込んでいるアレスが、堪らなくなってため息を吐くようにぽつりと言ったのが聞こえた。

ゼッタが隣にいる彼に振り向くと、アレスの綺麗な顔は沈んでいく蕩けた夕日に染められてすみずみまで真っ赤だった。


「え?なんで?私覚えるのこんなに遅いのに」

ゼッタは地面にかかれた、間違えた魔法陣を手のひらでごしごし消しながら問う。


こんな私が凄いなんて何を言っているんだ。

将来を知っているゼッタから言わせれば、神剣に選ばれし世界でただ一人の勇者になるアレスの方が一兆倍凄い。





「やりたいことを見つけて、努力して」

アレスは、顔を上げたゼッタと目が合ったことに気づくと、パッと笑顔を作った。


「アレスはやりたいことはないの?」


「やりたいことはないけど…夢はあるよ、一つだけ。でも…叶うか不安になってきてる」


「不安なの?」


「僕はそれが一つ叶うだけでいいのに、それが叶わないかもしれないんだ」


「アレス、不安になる必要はないよ。アレスなら叶えられるよ。アレスなら」

ゼッタは少ししんなりしている幼馴染に笑いかける。



アレスの夢が何なのか最近は聞いたことがない。

しかし彼は小さい頃は立派な狩人になると言っていた。

アレスの中に眠る勇者の力が目覚めてない今、彼の夢は今も似たり寄ったりでそんな感じだろう。




「ゼッタは僕の夢なんて、気づいてないと思うよ」

しかしゼッタの微笑みに対抗するように、アレスはしかめっ面になった。

いつもならゼッタが笑った時は、必ずと言っていいほど笑い返してくれるアレスが。




「なにか…怒ってる?」

ゼッタはいつもとは違うアレスの空気感を察して座りなおした。


「えっ、いや、違うんだ。そう見えた?怒ってないよ」

驚いたように言ったアレスが顔を背けて口を手の甲で隠す。

アレスが眉間にしわを寄せたのは無意識だったらしい。


アレスが居心地悪そうに押し黙る。


ゼッタはアレスが言わんとしていることが分からず、ただアレスとの間にある空間を見つめるばかりだ。






暫くゼッタがそのまま何も言えずにいると、アレスが重そうに口を開いた。


「いや、違わない…のかな。こんなこと言ってゼッタを困らせたくないけど、でも最近、正直言うとゼッタがちょっと遠い気がしてた」


アレスが意を決したように打ち明けてくれた。


それを聞いたゼッタがアレスを凝視すると、彼は少し気まずそうに目を逸らす。





ゼッタはふぅっと大きく息を吐く。







「全く、何言ってるの?

確かに私はこれまでにないくらいに勉強してて、覚えが悪いなりにすっごく、すっごく頑張ってると自分でも思うけど、でもそのことにアレスが劣等感を感じることは全くないんだから。アレスは将来すっごく有望なんだから!

アレスがちょっと怒ってるみたいだったから何かと思ってびっくりしたよー」


まったくいらぬ心配だ、と笑ってそう言ったゼッタは思う。


アレスなら。

勇者として生まれたアレスなら。

富も名誉も、愛する人も思いのままだ。

記憶によれば、勇者アレスは田舎の小さな村で才能を見出され、広くて煌びやかな世界を見て回る。

沢山の強い仲間に巡り合い、たくさんの可愛い女性にもチヤホヤされる。

目上の人にも敬われ、王でさえ彼に頭を下げる。

世界を救えるのは君しかいない、と頭を下げられるのだ。


…今はただの村人だから不安なのかもしれないが、将来の勇者アレスが真のただの村人であるゼッタが遠いだなんて、劣等感を感じる必要は全くない。

アレスは将来が保証されている。

勇者になる将来を語ってはあげられないが、声を大にして言おう。

心配するだけ損だと!













「…ゼッタ、ごめん。劣等感じゃなくて、ゼッタが勉強に構いっぱなしで少し寂しいって意味で言った」


「へ?」


勇者に劣等感を持たれるなんて記憶の中のラスボスゼッタは体験したことがないに違いない、と未来が変わるかもしれない小さな予兆に内心ちょっとだけ喜んで油断していたところで、胸ぐらをぐわっと掴まれた気分だ。




「ご、ごめん…」

何を言えばいいか分からない。

とりあえずごめんがゼッタの口をついて出た。


「謝らないで。ゼッタの勉強を応援したいはずなのに僕が勝手に寂しくなって邪魔してるだけだから、僕が悪い」

アレスは少ししおらしくなったと思わせて、引かなかった。


「でももし許してくれるならゼッタの手、握らせて。ちょっと充電させて」



次はぐわっと心臓を殴られた気分だ。

記憶の中のラスボスゼッタは、今のゼッタと同じくらいの歳の時にこういうことを言われたことがあるのだろうか。

残念ながら記憶には詳細な情報はなく、唯一「必ずここに帰ってくる、君に会いに帰ってくる」とアレスがゼッタに言ったというナレーターの証言しかない。

のだけど、今のような甘い言葉をアレスが勇者として旅立つ前日までゼッタに浴びせていたのだったら、彼女がラスボスになっても致し方ないと言うものだ。

勘違いして結婚できるんじゃないかくらいは思ってしまう。




ゼッタが黙って頭の中でぐるぐる考えていたら、いつの間にかアレスに手を握られていた。

ゼッタの手を、大事なもののように包んでくれている。

温かい。



「これからもゼッタの勉強手伝うから。仕事ももっと代わる。だから勉強の合間の空いた時間少しだけ、僕にちょうだい」


ゼッタの手を包んでいるアレスの手に少しだけ力が籠められる。

何か願っているかのようにぎゅっと。


「ゼッタ、駄目かな…?」




「…」

アレスの呼びかけにゼッタは何も言わなかった。


下手に返事をしようものなら、もっと取り返しのつかないような嬉しいことを言われてしまうかもしれない。

冷や汗が流れるのに、心臓がうるさい。


「…」


「…」







「……ごめん。今は隣にいられるだけでいいはずなのに止められなくてごめん。勉強の邪魔してごめん」

ゼッタが黙りこくっていると、アレスがそう言ってゼッタの手を静かに地面に放してくれた。

勉強をしてくれと言わんばかりに優しく解放してくれた。



何も言わないゼッタから目を逸らしたアレスの横顔が少しだけ苦しそうにも見える。











「………ねえアレス」


呼びかけられたアレスがゼッタの方を向く。




「私、頑張るね」


私は返事をしてあげられないからアレスは今少し寂しいのかもしれないけど、こんなつれない幼馴染への気持ちなんてすぐに忘れられる。


…アレス、大丈夫。

貴方の人生で欠ける物は一つもない。


だって貴方のうまれてきた意味はこれ以上ないくらいの栄誉なもので。

その溢れる強さは人々の尊敬を一身に集めて。

みんなから好かれ、真に愛する女性に出会って愛され。

そしてゼッタが自身のラスボス化を防ぐなら、大切な母親と仲間と故郷を失う事も無い。


私は貴方の大事な存在にはなれないけれど、絶対ラスボス化だけは防いでみせる。

貴方の大事な存在を守ってみせる。












「それでね、アレス。一緒に勉強でもしてみる?私、文字なら教えてあげられるし、私が魔法陣を勉強している間にアレスは剣の練習でもしたらどうかな」

ゼッタは雰囲気を変えたくて、大げさに明るい調子で言った。


「私もね、実は叶えたいことが叶うか分からなくて不安なんだ。でも、何もしてない方がもっと不安だから」


「ゼッタ、僕まで勉強するとゼッタの仕事を代わってやれない…」


「ううん。二人で勉強したらきっとはかどるから大丈夫」

アレスを遮ってゼッタは言う。

暗記ばかりのゼッタが二人で勉強してはかどるとは思えないが、それでもはっきり言う。


アレスには勉強か剣の練習をしてもらいたい。

アレスにも何かに集中してもらって、夢中になれるものができればいいと思ったのだ。


「剣の稽古は特に、将来絶対に役に立つから!」


そして、将来の勇者が強くなれれば強くなれるほど良し。





「…そうだね、その通りだ。僕も頑張るよ。努力する」


ゼッタの気迫に引きずられるようにして頷いたアレスの綺麗な空色の目が、強く光を灯した。



羽ばたくような空の色。

アレスの広い広い空色の瞳。

その瞳が強く願ったのならきっと叶えられる。

何であろうと、きっと。


ゼッタがラスボス化するのも防げる気がした。

根拠のない自信が沸いて来て、ゼッタは微笑んだ。






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