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孫娘セリカ




ゼッタが乾いた声にならない声を口から漏らした時、低音が響くような振動が伝わってきた。





『おばば、この子がイフリートと契約したのは悪い事じゃあない。あの方は奔放で傲慢だが、とても高貴で慈愛溢れる方だ。そして優しくて純粋で、強い魂の味が好きだ。長い間人間と契約することなく過ごしてきたあの方がようやく興味を持った人間、人格についてはそんなに心配する事も無かろうと思う』


おばばの横で、木霊のような声を発したのは山の精霊であるおばばの大亀だった。

その大亀の大きなな瞳は見開かれ、ゼッタの内側まで覗き込んでいるように感じる。逸らせない。




硬直しているゼッタが目だけを動かしておばばを見ると、そのしわくちゃの顔から警戒の色が既に消えていた。

当たり前だが、精霊の言葉は説得力が違うようだ。



…助かった、が。

イフリートは買いかぶられ過ぎではないだろうか。

だってあの人、ラスボスになっちゃう私でも別にいいんじゃねって言ってたし。

間違っても慈愛は溢れていない気がする。

加えて私も結構買いかぶられているかもしれない。

私が優しくて純粋で、強い魂を持った人ならラスボスにならないはずだ。

イフリートは私の中の膨大な魔力に惹かれただけというようなことも口走っていたから、イフリートは実は味を気にしないタイプなのかもしれない。

質より量派なのかもしれない。






「…ゼッタよ。おばばもお前が生まれた時から知っておる。それならお前は良い子のまま、そのまま大きくなっていくのじゃぞ」


おばばがうんしょっと姿勢を正して、ゼッタに深く礼をした。

それはゼッタにではなく炎の最上位精霊イフリートに向けられたものだとゼッタは理解した。

ゼッタもどうしたらいいか分からないなりに、姿勢を正しておばばとおばばの精霊に頭を深く下げた。



このおばばが、ラスボスになった自分の手で引きちぎられるところは見たくない。

このまま、人のまま大きくなっていきたい。


ゼッタは深く下げた頭でそう思っていた。




それからおばばがぽつぽつと新たな知識をゼッタに与えてくれた。

精霊の力は精霊自体の力だけでなく信頼関係や、使い手も技量で大きく変わってくること。

もちろんだが、精霊にも得手不得手があること。

精霊は一人の人間としか契約しないが、何体かの精霊を同時に使役している精霊使いもいるということ。

村の外では精霊使いは冒険家の職業でもあって、色々なクエストに繰り出してはお金を稼ぐ職業だということ。

王都には精霊使いだけを集めた学園があること。

そして、精霊を宿したことは時が来るまで両親にも、村の誰にも明かすなということも教えられた。









コンコン。



おばばと話しているとドアがノックされる音がした。


「おばば、ちょっといいかしら?」

おばばの部屋の外と繋がる方の扉ではない方、おばばの家の中と繋がっているドアの方から音は聞こえ、それを追うように声が聞こえた。

そしておばばの返事を待たず、ドアは開けられた。


「セリカよ。おばばの返事を聞いてから開けよといつも言っておるじゃろう」

おばばはドアを開けたのが誰か顔を見なくても声だけで分かっているらしく、振り返ることはしなかった。



ドアの向こうからセリカが姿を現した。

村長のおばばの孫で、ゼッタが勝手に使った魔法陣の正当な使用者であったセリカ。



「おばばは駄目だというと思ったから、すぐに開けさせてもらったわ」

セリカは眉間にしわを寄せた顔でズカズカおばばの部屋に入ってくる。


そしてゼッタの前に乱暴に腰を下ろした。



「ゼッタ、貴方私の為の魔法陣を勝手に使ったそうね。一歩間違えば私達が精霊様の試験を受ける権利をはく奪されるところだったわ」

セリカは大きく息を吸ってからそう言って、ゼッタを忌々しそうに睨む。

この怒りは尤もだ、とゼッタは思って肩を小さくちぢ込めた。


「私に、何か言うことはないの?」

セリカは大きな声をゼッタに被せるように張り上げた。

おばばが『声を押さえなさい』とたしなめるが、セリカは沸騰したように興奮してゼッタを見下ろしてくる。


「ごめんなさい、セリカ」


「あれは遊びで使っていいものじゃないの。精霊様も貴方の軽い憧れだけでお話ししていいようなものではないの。今まで何も勉強してこなかったような貴方が、試験を受けることができたことみならず契約までできてしまうような、甘ったれたものではないの!」

ゼッタの謝罪は無視され、セリカは歯をむき出しにして怒っていた。



昔はアレスと仲がいいという不当な理由だけでゼッタに怒り散らしていたセリカだったが、今回の怒りの理由は尤もだ。

きっとセリカはあの光の間で山の精霊に会って、何度も死ぬような経験を味わったのだろう。

それでも耐えきったからこそ、精霊に認めてもらえた。

セリカは村の子供たちと違って畑仕事や家事の手伝いは何もしない代わりに、いろいろな勉強や辛い修行もしていたのだろう。

沢山努力してようやく契約できた精霊の魔法陣を勝手に使われて何の修行もしてこなかったゼッタが精霊を宿したことに、すぐに折り合いが付けられるわけもないのは頷ける。






「ゼッタ、さっきから聞いていればこの村を守るだの言っているみたいだけど、傲慢よ。貴方のような者に精霊様の力は使いこなせない。村は、村長になる私が守るわ。貴方なんかよりよっぽど優秀な私が守るの。無知で無能な貴方なんて、もうここから出ていきなさいよ」


「セリカ、ゼッタはおばばたちが守らねばならん大切な村人の一人じゃ。ゼッタにはおばばが散々灸をすえてやった。だから声を荒げるのはもうやめるのじゃ」

おばばが、荒れ狂うセリカに穏やかな声をかけた。

しかしセリカの怒りは収まらない。




「畑を耕して家事を手伝うだけの毎日を過ごしてきた、貴方のような無知な子が試験に受かったなんて、精霊様が認めても私は認めない。貴方のような何でもない子がこの村を守ろうなんて、本当によくそんなことが言えるわね。何も分からない馬鹿な人間に力を与えて精霊様は本当に何を考えているの?」


「セリカ…」


「なんでみんなこんな馬鹿な子が好きなのかしら!精霊様も、アレスも!私みたいに賢い方じゃなくて、なんで頭の悪い方がチヤホヤされるのかしら!

…でも、そうよ。きっとみんな将来気が付くわ。小さい頃の馬鹿はまだ可愛げがあるから貴方も可愛がってもらえたけど、貴方はもうそろそろそれが通用する歳じゃなくなるわ」


「…」


「アレスだってすぐに気が付くわ!こんなただ畑を耕すしか能がない子のどこがいいのかすぐに分からなくなるはずよ。何にも知らないし、何にもできない。精霊様の力だって宝の持ち腐れよ!」





…確かに、アレスはすぐにゼッタのどこがいいのかなんて分からなくなる。





知らないことが多すぎることは、ゼッタ自身も痛いほどわかっている。

記憶の存在がなければゼッタは文字も読めなかった。

記憶の存在がなければゼッタは世の中の職業は農夫か狩人しかないと思って過ごしていただろう。


…やっぱり、もっと強くならなきゃ。

せめてちょっとは賢くならなきゃ。


そりゃ、ちょっと賢くなったくらいでアレスの運命の人に勝てるなんて思わないけどさ。


強くなったら切り拓けるかもしれない。

賢くなったら見つけ出せるかもしれない。

未来を。

ラスボスにならずにアレスとずっと幼馴染でいられる未来を。

アレスに大切な人ができても、彼を祝福してあげられる未来を。







「私も、勉強するよ」


「無理よ。貴方のような馬鹿には勉強はできないわ」

ゼッタの宣言を、セリカが鋭く一蹴する。


「セリカ。悪意のこもった言葉を使うのはもうやめるのじゃ。その口で精霊様にお礼をお渡しする気かえ?」

先程からセリカをなだめていたおばばが今やっと、語気を強めた。




「フン…もういいわ。早く消えて」

グッと押し黙ったセリカは立ち上がって、後ろを振り返ることなくドアをバタンと閉めて家の奥に消えた。



本人はそんなつもり毛頭なかっただろうが、セリカの罵声はゼッタにカツを入れてくれた、気もする。

乱暴に、突き落とすように、だけれど。





「ゼッタよ。セリカのこと、許せよの。セリカもあれで、しっかり村のことを考えとるんじゃ。

その謝罪代わりと言ってはなんじゃが、おばばの秘蔵の本を貸してやろう。魔法陣の本じゃ。

魔法陣はの、極めれば魂の力の扱い方が良く分かるようになるんじゃ。その力の構造もな。ゼッタ、お前には高位精霊と契約できるだけの魂の力が秘められておるらしい。ならばその特技を伸ばして村の役に立ってみよ」



おばばは、部屋の引き出しを開けて中を見せてくれた。

おばばは数冊の本しか持っていないと思っていたが、あと何十冊かは隠し持っていたらしい。


みっちり詰まった引き出しの中の本から一つを引き抜いて、おばばはそれをゼッタに手渡した。






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