『神剣のカノン』
「ふううう…」
やっと終わって流れたエンドロールの画面の前で伸びをして、凝り固まった体をほぐすゲームプレイヤー。
ゲームプレイヤーは思う。
このRPG『神剣のカノン』はなかなかにおもしろかった。
王道である仲間集めと育成が楽しく、アイテムや武器の種類が豊富でバトルにおける職業変更の自由度も高い。
ストーリーは、ある一点を除いては満足だった。
その、一つ難があったストーリー。
あらすじとしてはこうだ。
混沌の闇に次第に蝕まれていく世界が舞台で、主人公アレスは王国の端にある小さな狩人の村に生まれる。
チュートリアルを進行してくれるヒロイン然とした幼馴染のキャラクターや、村の人と共に村人らしい生活を送っていたが、成長した彼はある日王家の遣いが持ってきた神剣の鞘に勇者として選ばれる。
そして混沌の闇を討ち果たすべく旅に出る。
その旅先で仲間を見つけ、その仲間の専用武器を回収すべく各地に赴きイベントをこなし、鞘の導きに従い神剣の封印を解くため冒険する。
その途中で竜の踊り子という特殊なクラスについた状態で加入してくる本物のヒロインと真実の愛を育み、二人の愛を神剣に証明して闇を討つための剣を手に入れ、最後に混沌の王を討つ。
が。
しかし、だ。
それまでのストーリーはよくある勇者もので、ここでおわれていたのならばめでたしめでたしだった。
なのに混沌の王のステージはまだラストステージではなく、混沌の王はラスボスではなかった。
本当のラスボスは他にいたのだ。
ラスボスの混沌の闇の王がいるステージをクリアした時、エンドロールにならないからおかしいなと思っていたら、もうひとつエピソードが始まった。
そしてそのラストストーリーの後に真のラスボス戦。
真のラストステージ。
そしてそのラスボスと言うのは意外な、人物だった。
それは序盤にだけしか登場しなかった、あの例のヒロイン然とした主人公の幼馴染のキャラクターだ。
パッケージに描かれている本物のヒロインのイラストがなければヒロインと認知されるであろう完成度だった彼女だ。
しかし今思えば序盤にしか出てこないくせに妙に気合の入ったキャラデザで、何かありそうではあった。
この子も仲間にできるのだろうかとワクワクしながらプレイしたプレイヤーはたくさんいたはずだ。
しかし結局彼女は序盤にしか出てこないチュートリアル用のキャラだったと分かったので、プレイヤーたちは非常にへこんだ。
モブまでこんなに魅力的に描くなんて、なんて罪なゲームだろうと思ったことを覚えている。
そしていざラストステージをプレイしてみたら、彼女から真のラスボスが生まれて、驚いた。
プレイヤーたちは激しく動揺した。
まさかこんなことになるなんて。
彼女は元々は普通の村人で、勇者の幼馴染だった。
魅力的なキャラクターで、チュートリアルでは全プレイヤーがお世話になった。
しかしラストエピソードでなぜかいきなりラスボスになったのだ。
とんだドンデン返しもあったもんだ。
ちなみにその非道なラスボスが生まれた経緯は、神剣の封印を解くカギと同じで愛だったっぽい。
彼女は主人公アレスを愛していて、『必ずここに帰ってくる、君に会いに帰ってくる』と思わせぶり発言を連発したアレスの帰りをずっと待っていたのに、彼女が待ち焦がれた勇者は何と女連れで村に帰って来た。
その女性は竜の踊り子だとか言う大層な肩書まで持った本物のヒロイン。
ナレーターによれば、幼馴染の彼女の打ちのめされようはそれはそれは凄かったらしい。
ラスボスになるくらい主人公のことが好きだったんだろう。
って、それってどれくらい好きなの?
と突っ込みたくなるがとりあえず。
そのラストエピソードで、絶望が深い彼女と勇者に倒された混沌の残滓が融合して破天荒に強いラスボスが生まれたのだ。
そしてそのラスボスの強い事なんのって。
勇者に倒された後の、息も絶え絶えの残滓と融合しただけでどうしてここまで強くなれるのかというくらいのチートボスだった。
今まで手塩にかけて育ててきたキャラクターたちは瞬く間にワンパンされていき、もはや攻撃を受けたら即死する戦場と化したラストバトル。
一ターンごとに誰かを肉壁犠牲にして進まないとクリアできない壮絶さだった。
何度リセットしたか。
何度攻略サイトを見て、何度攻撃力と防御力の計算をするために計算機を叩いたか。
プレイヤー泣かせの難所だった。
因みにそのラスボスのグラフィックにあの彼女のヒロイン然とした麗しい面影は全くなく、そのラスボスは生まれた瞬間自らの両親を捻り殺し、村長のおばあちゃんも村の優しい人たちも全員残らずすり潰して村を血だまりした。
全プレイヤーがまた泣いた。
こういう事を阻止するべく立ち上がった主人公たちがやっとのことで混沌に打ち勝ったのに、それを踏みにじるラストステージだった。
そのヒロイン然とした子は冒頭の話とチュートリアルにしか出てこなかったのに、最後にいきなりどす黒い醜い感情を爆発させてラスボスに…という突拍子もないストーリーにもたくさんのプレイヤーは混乱極まったことを再度強調する。
今まで全然ストーリにも絡んでこなかったこの子がラスボス?
この子のキャラデザは結構好きだったからこんなひどい目に遭って欲しくなかった…
というのがプレイヤーたちの本音だった。
ああ、辛いゲームだった。
だが、このラストステージ以外はとっても満足のいくゲームだった。
沢山のゲームをクリアしてきたが、10本の指に入るくらいの面白さだった。
3日間徹夜でプレイできるくらいの面白さ。
ああ、疲れた。
でも言い知れぬ充実感。
ああ、眠い。
瞼を閉じる。
落ちるように何も考えられない。
それから記憶が一つ、転がるように無くなっていく。
それこそ混沌の闇にコロンコロンと転がって、落ちて落ちて落ちていくみたいに。




