始まりの地
電気はなく、外とランタンだけで明るさを保っている校内。
煌びやかな宝石(っぽい石)が壁に埋め込まれていて、電気がなくても眩しいくらいに明るい。
所々に生けてある花は、校章にある花と同じだ。
「アナスタシアという名前の花です。女神の名前だと言われているのですよ。」
後ろからロゼ先生に声をかけられた。
「風の領域でトロールが出たと聞きました。大丈夫だとは思いますが、やはり心配で…。」
「ありがとうございます。リアンくんが魔法の使い方や戦い方を教えてくれたので、なんとかなりました。」
やっぱりこうして心配してくれる方が嬉しいな。ロゼ先生は教師の鏡だ。さっきの先生も見習って欲しいものだ。
そもそも、なんでLv.1なだけで教師にもあんな顔されなきゃならないんだ。
ともあれ、リアンの名前を出すとロゼ先生も安心したように頷く。信用されてるんだな、アイツ。
「彼は少し特殊な事情がありますが、心の優しい子です。どうか、仲良くしてあげてくださいね。」
まるでリアンの親かのようにそう言う。特殊な事情は気になる所だが、言いたくなれば本人から聞けるだろう。
それに、またパーティに誘って貰えるかどうかも分からないしな。
俺自身もリアンには助けられたし、優しい奴だとは思っている。まだ出会って日が浅いから、信用してるとまでは言えないが、信用したい人物ではあるのは確かだ。
「だけど実際、アイツに頼ってばっかもダメだよな。」
「帰ったら特訓しましょう。」
「それでしたら、ワタクシがとっておきの場所に案内します。」
ロゼ先生は俺達をまた講堂に連れて行った。
そして教員に説明した後、六つのエレメントの、丁度中央の辺りに俺達を立たせる。そして俺とティアの手を取ると、何か呪文を唱え始めた。
何を言っているのかは分からない。ただ、かなりの量の魔力が使われているという事だけは分かる。
呪文が終わると、エレメントが全て光り、六つの魔法陣が一つの巨大な魔法陣を作り出す。
目を閉じ一呼吸置くと、空気が変わった事に気付く。
「…ここは?」
クエストの時と同じように景色が変わり、俺達は荒野に佇んでいた。
「ここは“始まりの地”と呼ばれる場所。ワタクシの仲間は、ここで魔法や戦闘訓練を行なっておりました。」
なんでもこの場所は、神の力を使える者のみが道を作る事が出来る場所なのだとか。どうりで神々しい光に包まれたと思った。
しかしその割にはただの荒野で、神秘的な何かがある訳ではない。
勇者が一番始めに召喚される場所という意味では、始まりの地っぽいけどな。
よく見ると、地面には亀裂があり、岩の壁も粉砕された跡がある。ここなら本当に派手な魔法を使っても、問題なさそうだ。
自分に何が出来て、何が出来ないのか。己の力量を知るのも大事。バグについても、詳しく知りたかった所だ。
「レティシアさんのスキル“無限通路”で、ワタクシが居なくてもいつでもここに来られますよ。」
「先生は、どうしてここまで親切にしてくださるんですか?」
ティアが尋ねると、ロゼ先生は少しだけ険しい顔をする。
「貴方達は強い。ですが、決して完璧ではないという事を、忘れないでください。」
「先生?」
「この学園には、レベルを上げる事に必死な生徒が沢山います。ですが、レベルは戦って勝ち得た経験を言います。決して強さではない。」
本来の強さは、俺に見えているステータスという事か。
俺達のステータスを確認すると、レベルは上がっていないものの、HPとMPが少しだけ上がっていた。
だが、レベルこそ最強への近道だとリアンは言った。実際にレベルが上がるとHPとMPも上がるから、間違ってもいないんだろうが。
弱い者は強い者にすぐ殺される…でもそれだと、今もこの王都で戦争が起こっているはずだ。
「そもそも、なんでレベルがこんなに重要視されてんだ?」
「王がそれを望むからです。王の発言や行動が、人々の発言や行動となって現れます。それが、今の狂った現実です。」
親の背中を見て子は育つって事か。
立場が上の人間がした行動は、何も分からない部下が一番に真似をする事だ。間違いを間違いだと気付かずに、王がそれをするから正しい事だと、みんなが思い込んでいる訳だな。
間違った行動をする奴ほど、力や権限が強かったりする。正直者が馬鹿を見るそんな時代だからこそ、人は多数意見に合わせて行動してしまうのかもしれない。
「ワタクシは、貴方達には世界の理屈を変える力があると思っています。」
バグ。それこそが、世界の理屈に反した存在。だからこそ、俺達にはこの狂った世界を変えられる可能性がある。
女神が言っていたのは、この事か。
勇者になれとも、英雄になれとも言われなかったが、そうせざるを得ない状況という訳か。
「昔、“バグ体質”という不思議な体質の若者が居ました。」
「!?」
リアンが話していた、アナスタシアの先代の王様だ。その人の話はまるで冗談のように思われているようだったが、やはり事実なのか。
「彼もまた、レベルが存在しないという理屈に反した存在でした。」
「リアンから元国王がバグ体質だって聞いた。ソイツが王になって世界は変わらなかったのか?」
そう言うと、ロゼ先生は思い出すように遠くを見つめる。
バグ体質だった元国王は、力も頭も優れた人物だったが、優しすぎるのが欠点だった。
それこそ復讐なんて言葉も知らないくらいに、お人好しの善人。それが前国王、ユン・トゥーヴァ・ネクロンだという。
「国民のほとんどが、ユンの王交代の儀式を祝福し、他六人の王達も安心しておりました。」
しかし、前国王とその王を尊敬する一部の国民達が反逆を起こし、ユンは命を奪われた。
ユンが王として君臨したのは半年程で、あまりに短い。人々の心には、ユンはそもそもいなかったと認識された。彼を殺した国王は、今も王としてその玉座に居座り続けている。
「期待していますよ。お二人共。」
「……」
『オレは王になりたいんだ。』
そう言ったリアンは、ユンに期待した国民の一人なのだろう。誰もが認めたくなかったその事実に、リアンは抗っている。
レベルが全てと言ったのも、技と皮肉を言ったのかもしれないな。
「とにかく、今は特訓して強くなる。付き合ってくれるんですよね、ロゼ先生。」
そう言うと、ロゼ先生はニッコリ微笑んだ。
人間なんて、簡単に死ぬ。だからこそ、生きる知恵を持っている。
俺達は、死ぬ事の痛みも苦しみも知っている。
(だからこそ…。)
俺は熱意を拳に込めた。
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