王都へ
時の狭間で開かれた扉の先は、大草原だった。
見渡すと遠くに街が見える。しかし、元居た日本とは違う。
ここが女神の言っていた異界か。
「無限収納に説明書が入ってたな。」
俺はステータス画面を開き、無限収納の中から説明書をタップする。
空中に小さな魔法陣が描かれ、一冊の本が現れた。
不思議なもので、日本語でも英語でもないが、何が書かれているかはちゃんと理解出来る。
ティアが本を開いて説明してくれた。
“アリーヤ”…6つのエレメントで均衡を保っている世界。それぞれのエレメントを守る国の中央は“アナスタシア”と呼ばれ、アリーヤで1番大きな王都である。
「そういえば俺らのステータスプレート、エスポワール学園2年って書いてたな…もしかして、学園の生徒だってもう決まってんのか?」
王都アナスタシアを中心に、火の国“ファイラ”、水の国“ウォーリス“、風の国“ウィンディア、“土の国“アースィム“、光の国“ホーリア“、闇の国“ダークリオ“が各方面に存在する。
今俺達がいるのは、恐らく各国から王都に繋がる道の一つ、“ロイヤルロード”だ。
このアリーヤは、俺達の元居た世界に比べるとまだまだ発展途上。生活の水は川や井戸から汲み、火は一部の地域を除いて魔法でしか付ける事が出来ない。
電気が通っている国はあるが、テレビや携帯電話等の便利な道具は一切ない。
魔法と武術が発達しており、それを学ぶ学園が王都に存在する。それがエスポワール学園。三つの校舎に分けられた、この世界唯一学び舎。
武術に特化した武術クラス。魔法に特化した魔法クラス。そのどちらか、またはどちらもが特定以上と判断された場合は、Sクラスとなる。
「ポケットに学生証が入ってた。やっぱりSクラスみたい。」
「俺もだ。…マジか、学校かぁ…。」
思わず呟いた。
感覚で覚える派の俺は、勉強があまり好きではない。記憶力もイマイチで、前世ではよく学校をサボっていた。
「学ばないと何も始められないでしょ。」
せっかく生まれ変わったのに、戦争に巻き込まれてまた死ぬのはごめんだ。
幸せな未来を掴む為に、アリーヤの常識に触れるのは悪くない。
「けどなぁ…せめて冒険者ギルドとか、そっちが良かったなぁ。」
「冒険者ギルドに登録するには、四人以上のパーティを組む必要があるみたいよ。」
つまり、二人ではギルド登録が出来ないという事だ。仲間を探す意味でも、学園は良い場所だ。
Sクラスは得意分野がバラバラで、授業は実際パーティを組んで受ける事になるらしい。
「最低限のお金は女神様から貰ったし、家も見に行きましょう。」
「ティアは楽しそうだな。」
「ゼロは楽しくないの?せっかく生まれ変わって、夢の美少女になれたんだし、楽しまないとね。」
ティアはそう言って笑顔を向けた。彼女の容姿は、きっと誰の目から見ても美少女に見えるだろう。
自分が男だったら絶対に放っておかないだろうと思っていたが、実際男になっても親友の感覚は消えないものだな。
ドキドキはするが、それ以上の感情が湧かない自分に少しだけ安心した。
ロイヤルロードを真っ直ぐに進むと、王都らしい場所が見え、大きな門の前に鎧を纏った厳つい男が一人立っている。
男は気怠そうに欠伸をしながら、退屈そうにこちらを見た。
「おい、そこの者達。」
顔に見合った厳つい声で止められる。前世で言う所の、検問という感じだろうか。止められると、何か悪い事でもしているのかという不安が過ぎる。
「ステータスプレートを提示しろ。」
王都に入るには、ステータスを記載したプレートが必要だ。俺はポケットに手を伸ばし、取り出した。
渡されたレベルを目にして、警備の男が目を細める。まるで何かを疑っているようだ。
「Lv.1でエスポワール学園の生徒?しかもSクラスか…よく受かったものだな。…まぁいい、通れ。」
馬鹿にしたように笑われるが、なんとか通してもらえた。さすがに良い気分ではないので、ソイツのステータスを覗き見る。
[テート・ファオン・アンセクト 38歳
人間族 Lv.45 近衛兵
HP/9842 MP/3590]
俺達と門番では、HPとMPにかなりの差がある。実際はHPとMPは俺にしか見えないので、この世界の強さの基準は、レベルの高さなのか。
入ってすぐ、道行く人々のレベルとHP、MPを確認する。
さすがに子供のレベルは1が多いが1~10、男女で差もあるが、だいたい20~30が一般人のレベルの平均。冒険者のような出で立ちの人は30以上もいるようだ。
「私達みたいな人はいないの?」
ティアに言われて、もう少し遠くの方まで見てみる。とんでもなく豪邸から出て来た娘がLv.1という事はあっても、一般の人間がLv.1という事はないようだ。
「レベルは強さを表しているんだ。だから、ある程度魔物を狩れば誰でも2以上には上がる。低いのは世間知らずの奴らだけだよ。」
後ろから追い越した、赤い髪の男が言う。一見チャラ男にも見える彼は、シャツのポケットに怪しげな色の薬品を持っていた。
見た感じは学生。多分、エスポワール学園の生徒だろう。
「キミ達、ロイヤルロードから徒歩で来たみたいだけど、どこで育ったらLv.1のまま王都に来れるの?」
コイツ、スリやがったな。いつの間にか、その男は俺達のステータスプレートを持っていた。
全く気が付かなかったのが悔しい。
心の中ではだいぶ慌てているが、なんとかポーカーフェイスを貫いた。
随分手先が器用な奴だ。
[リアン・ミル・インフィニート 17歳
羽人族 Lv.78 エスポワール学園 2年 Sクラス
HP/25632 MP/25604
スキル:魅了、錬金術、調合]
当て付けに見たステータスに驚いた。
街の中では飛び抜けたステータスのこの男。同じエスポワール学園の2年にして、Lv.78とかなり高い。合わせて、近衛兵でも持っていなかったスキルを持っている。
もちろん、俺達との差は歴然。
しかし、俺達は戦い方を知らない。いきなり戦闘でも挑まれたら勝てる気がしない。敵だったら厄介な存在だ。
「辺境の地で育ったの。何かおかしい?」
「いや。キミみたいな可愛い子だったら、オレだって甘やかしちゃうから。分かるなって思っただけ。」
俺が怪しんでたからか、ティアが代弁してくれる。
ニコニコと語る彼のオーラから、“嬉しい”という感情が見える。何をそんなに喜んでいるのか分からないが、用心はしておいた方が良いだろう。
「だけど気を付けなよ。この世界では、レベルこそ最強への近道なんて言われる世界なんだから。“弱い者は強い者にすぐ殺される”。」
やはり、この世界の強さはレベルで測るようだ。
どんなゲームでもレベルは最低限あるが、戦闘能力や武器、魔法を使うタイミング、パーティメンバー等を考慮すると、上のレベルの魔物にも勝つ事が出来る。それを彼らは知らないのだ。まだそこまで大規模な戦争に発展していないからこそ、その事実が分からないのかもしれない。
「それより、早くしないと遅刻しちゃうよ。」
「何に?」
「何にって…キミ達が今日から学園に転校して来るっていうファース兄妹でしょ?」
まさかの発言に驚いて言葉にならなかった。このまま何も言われなければ、家を見て色々探索をしてから一日を終える所だった。生前の記憶でも、学生は大分昔に卒業しているので、自分達が学生だという事をすっかり忘れていた。
学校らしい建物は見えているが、まだまだ遠い。
「だったらお前も遅刻だろ。」
「オレは遅刻する予定だったから。キミ達はどうして私服なの?」
「…今から着替える。」
この世界に来たばかりにも関わらず、今日から学園生活だとは予想していなかった。確かに、無限収納に制服が男女二着分入っている。せめて身体を造築する際に制服も一緒に着せて欲しかった。
などと恨む事も出来ず、俺は制服をタップした。身体が魔法陣に包まれ、一瞬フワッとした感覚がして、すぐに制服に身を包まれる。そして遅刻を防ぐ為に、“転送石”なるものを取り出してみる。
[転送石:空間魔法の込められた石。額に当てて行きたい場所を唱えると、好きな場所まで移動出来る。
使用回数 1回 人数 4人]
「…キミ、本当に人間族?」
「さぁ、どうだろうな?」
“女神の力が使える”なんて、説明したところで信じてもらえないだろう。
確か説明書には、人間族、海人族、擬人族、羽人族、魔人族の五種族あると書かれていた。リアンは羽人族とあるが、羽は見当たらない。全ての種族が人間に近い姿になれるようだ。
「置いてくぞ。」
「え、オレも連れてってくれるの?」
「行きましょう。」
手を差し出すと、リアンは一瞬驚いた顔をした。何か間違っただろうか。と内心ドキドキしている。
しかし返事を待たずに、ティアが俺とリアンの手を取った。笑顔で見つめるティアに、リアンは少し顔を赤らめた気がした。
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