あぁ、死んだんだ。
暑い。40度近くにもなる気温が、アスファルトで跳ね返り身体の芯から溶けてしまいそうだ。
小鳥遊蒼空。小鳥のような可憐さもなく、蒼空のような爽やかさもない。良くも悪くも普通の女である私は、いつだって特別に憧れていた。
自分にはとてつもない才能があって、今流行りの異世界に召喚されて、チート的な魔法や召喚をして、みんなに愛されて、最終的には超絶イケメンと結婚して幸せに暮らす。
そんな夢を描き続けて早20年程の時が流れた。
「蒼空、何惚けてんの?」
暑さにやられた思考回路で信号を見つめていると、明るい顔が覗き込む。
彼女は後藤幸香。私の幼馴染で、成績も優秀。大学を卒業をして仕事に就き、今はやり手のOLだ。
顔も良くて、頭も良くて、性格も良い天使のような子。
「ほら、誕生日祝いになんでも買ってあげるから。」
そう。今日は私の誕生日だ。早いもので、33歳。もう召喚される歳ではない事くらい身に染みている。女は30過ぎたら廃れると言うが、過ぎる前から廃れていた自分は、これからどうして生きていくのだろう。
そう思った時、急に虚しくなってくる。
結婚もせず、フリーターをしながら趣味に没頭していたので、誕生日を祝ってくれるような友達は、昔から連んでいるこの幸香だけだ。
せめて、幸香には幸せになってもらいたい。いつしか、そんな風に思うようになっていた。
「あ、これ新作出たんだ。…面白そう。」
誕生日はゲームを買うのが定番。店頭に入り、ゲーム置き場に足を踏み入れる。
アクション、ロールプレイング、シミュレーション、パズル…いくつものジャンルはあるが、どれも終わらせた事がない。何をやっても長続きしないのが私の悪い所。だけど、いつかのめり込むものに出会えるはず。そう意気込んで買う。そして飽きる。そして辞める。また意気込んで買う。その繰り返しだ。
「またRPG?蒼空、そういうの好きだよねぇ。」
私が手に取ったのは、銀髪の超絶イケメンが主人公の冒険物。
口が悪く俺様だけど、優しくて最強のチート人間。見た目はやっぱり、女の子が一度は振り返る超絶イケメン。
私は女だけど、昔から男に好かれるより、女の子にチヤホヤされたいタイプだった。
「幸香はお姫様が好きだよね。」
「当たり前でしょ?女に生まれて来たんだから、誰もが羨む美しさは憧れるわ。」
幸香は美少女に憧れている。今でも充分可愛いと思うのだが、もっと誰もが好きな美しい人間になりたいのだそうだ。
理想が高いとこうも差がつくのだろうか。
「はぁ、チートになりたい。」
「私も、美少女になりたいわー。」
思わず呟いた。今更どれだけ足掻いたって、現実は変わらない。
しかし、そんな私を馬鹿にもせずに賛同してくれる幸香は、やはり良い子だ。
ーーなれますよ。ーー
「は?」
「え?」
声が聞こえて振り返るが、ゲームの棚があるだけだ。お互い疲れているだけだと言い聞かせて、気を取り直してゲームを見る。
「……」
「アリーヤ?」
振り返った先にあったゲームに目が行く。タイトルと天使の羽のみ描かれたそのゲームは、惹きつけられる何かがあった。
[“アリーヤ”…6つのエレメントで均衡を保っている世界。それぞれのエレメントを守る国の中央に、“アナスタシア”と呼ばれる王都が存在する。これは、アナスタシア中央に聳え立つエスポワール学園に在籍する、貴方のお話。]
「異世界ファンタジー?」
そう聞いただけで好奇心が擽られ、買わない訳にはいかない。主人公が何故か“貴方”とされている所も良い。
そのゲームを握り締め、レジへ並ぶ。
お金を払う幸香を眺めて、次は私が幸香に何かをしてあげたいと考える。
彼女は私と居るせいか彼氏が出来ず、恋人は出来ても結婚までは至らなかった。せめて彼女に最高の恋人でも紹介出来たら良いのに。
「はぁ…。」
現実を見つめなおして溜め息を吐く。紹介出来るようなまともな人間とは知り合っていない。考えただけでも、実に詰まらない人生を送っていた気がする。
外へ出ると、うだるような暑さが身に染みた。どこで鳴いているのか、蝉の声が耳から離れない。
「溜息ばっかり吐いてると良い事ないよ。ほら、早く帰ってゲームしよう。」
信号が青に変わり、幸香が笑顔で横断歩道へ出た。彼女のその笑顔にずっと救われて来た。
「危ないっ!!」
「「!?」」
誰かが幸香に声をかけた。いや、叫んだ。と言う方が正しい。
私の身体は、後先考えず動いた。目に入ったのは、運転手が眠っているトラック。
パァァァァァァッ
別の車が鳴らしたクラクションが、頭に響く。
驚いて動けないでいる親友。暑さで溶けた思考。閃光。衝撃。
あぁ、死んだんだ。
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