Episode03 二人の魔法少女
終鈴のチャイムが鳴り、井吹佳奈からは溜息が漏れる。それとほぼ同時に何者かが佳奈の元へと駆け寄って行く。そして背後から飛びつくと熱い抱擁。さらに追撃のキスは右頬へ。
佳奈は流れるようにヘッドロックを極める。ここまで実に0.6秒。その手の者が見ても唸るほどの見事な手際である。
「このままへし折ってやろうか?」
「ギブ、ギブ。お許し下さい。グヘヘかなっちのほっぺた柔らかかったぁマシュマロ越えとか最高かよもう死んでもいい……」
「そうか、なら思い残す事はないな」
さらに圧を高め、軋ませていく。
「ぐぎぎぎぎ、取れる! 首取れぢゃう!」
周囲のざわめきを感じ取り、佳奈は仕方なく腕を放してやる。
『愛華ちゃん、寝違えて首が痛いっていうからぁ、マッサージしてたのぉ。ねー?』
「そうなの! お陰さまで治ったかも! ありがとう……嬉しくてなんだか泣けてきたよ」
佳奈が愛華と呼んだキス魔、名は愛華・ローレンといい、一応佳奈の友人ということになっている。その名前や外見からしてハーフなのであるが、佳奈が別段知りたいとも思っていない為、どこの国とのそれなのかは未だに謎のままである。そんな愛華もまた魔法少女である。ただそれ以外では至って語るべきことのない彼女。もっとも、佳奈が好きすぎることを除いては。
そして二人は星蘭東高等学校に通っている。この学校は公立高であり、佳奈としては家から最も近くその上学費を抑えるためだけに入った。正直金さえかからなければどこでも良かった、とは合格後の彼女の言である。
「さて、そろそろ帰ろうか!」
「それじゃ」
佳奈がこの場をさっさと離脱しようとする。
「えっえー……今のって一緒に帰る流れじゃないの?」
「はあ……。変な事しないなら帰ってやってもいいけど?」
「しないー。しないよー! 私の目を見てごらん? そんなことするはずが、ないよね!」
目が一切笑っていないこいつをそのまま放っておいていいのだろうか。そんなことを考えてはいたのだが途中で面倒臭くなり佳奈は思考を停止した。
「ぐぎゃあ! 肩の間接が通常ではありえない方向に!!」
ただし手と足と間接技は出る。
いつものファストフード店、メックドナレバーガー。その味はまさに現代のザ・ジャンクフードと呼ぶに相応しい。なのだが無性に食べたくなってしまう、中毒性のある不思議な店なのである。
ここで二人は事ある毎に魔法少女としての情報交換などをしている。
「そうそう、情報によるとね。魔法少女って私達だけじゃないみたいなんだよね」
「どこ情報だよそれ」
「魔法少女ネットワーク」
「いや、それ知らんし……」
「おっくれてるねー佳奈ちゃんは! ひいっ!」
佳奈の髪を掻き揚げる仕草に、過剰な反応を見せる愛華。
「何もしてないし……なんでびびってんの? バカじゃない? そろそろ死ねば?」
「あぁもっと……罵って! 今の感じ、すごくいいよ。新たな道がもうすぐ拓けそう!」
「その道の隅っこで誰にも見つからないように、確実に仕留めてやるわ」
「最近本当キレがいいよね……佳奈ちゃんGoodjobだよ」
「なんでそこだけ流暢な英語でてくるんだよ」
「それでね、魔法少女はこの辺りだと他に三人くらいいるみたい」
「へー、そうなんだ」
「あんまり興味ないみたいだね」
「そもそも他人が何してようがうちとは関係ないし。ああ、そういえば悪のアイツ、取り逃したわ。本当腹立つ……」
不機嫌そうにバキバキと良い音を指の骨で鳴らす佳奈。
「へえ、佳奈ちゃんが珍しいね。そんなに手ごわい感じ?」
「というか、ちょろちょろ動き回って当たらないんだよね。ネズミみたいな男でさ」
「ネズミ男かー」
「まあ、次会ったら今度こそはぶちのめすけどね」
「ふあああぁん! 佳奈ちゃん格好いいよ。素敵、今すぐ抱いて!」
「お望みどおり抱いてやるよ。首をな」
「ごめんなさいごめんなさい」
佳奈は学校やアルバイト先での面倒臭い、良い子ちゃんアピールにいい加減うんざりしていた。このまま素の自分でいっても構わないのではないかと近頃は思い始めてもいる。
そういった意味で愛華といる時間というのは、――恐らく佳奈は全力で否定するだろうが――案外居心地が良いものなのかも知れない。