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7話 突然の雨、突然の再会。

「お帰り、爺」


 昼食を済ませてホールに行くと、制服姿の大舎卿(だいしゃきょう)が入口に背を向けて正座していた。

 肩越しに「おぅ」と返事し、足をあぐらに組み変える。


 京子は綾斗(あやと)とその前に腰を下ろすと、いつもひんやりと冷たいホールが少しだけ温められていることに気付く。


「とんだ目に遭ったな」

「私、狙われたんだよね」

「そうじゃの。偶然そこにバスクが居合わせて攻撃してきたとは考えにくいじゃろうな」


 京子は膝を抱いて、溜息混じりに呟く。


大晦日(おおみそか)白雪(しらゆき)以降、大した事件はなかったのに、ここ数年はバスクも大分うるさくなったよね。昨日のは明らかに私が狙われた気がする。キーダーに恨みでもあるのかな」

「いつでも戦えるようにしておくんじゃぞ。そんな足ではどうすることもできんじゃろう? 体力的にも精神的にもな」


 「お主もじゃぞ」と大舎卿は綾斗を一瞥する。

 「はい」と歯切れ良く返事する綾斗の顔に笑みが浮かぶ。綾斗は大舎卿をずっと英雄と焦がれてきたらしく、一緒に仕事できるのが誇りだと初めての挨拶で言っていた。


「ワシたちの相手は、宇宙人でも怪獣でもなく、人間じゃ。そんなのはアルガス解放以前からの話じゃからの」


 大舎卿は両腕を組み、低く唸った。予想したことがないわけじゃない。『大晦日の白雪』が隕石でないことを知った時から、ずっと考えていた。


「バスクはどれだけ居るんだろうね」


 キーダーの素質を持ちながら、銀環をはめない生活をしているバスク。いつ暴走したり悪用されたりするか分からないその力を探し出し、導くこともキーダーの仕事だ。京子がキーダーになって、そこに辿り着いたのは四人。全員がキーダーになることを拒否し、力を縛ることで力を失っていった。

 そんな、力を消した人間は『トール』と呼ばれる。


「今、現存するキーダーは十二人。少なく見積もっても倍は居るじゃろうのう。そうじゃ、お主ら二人ともマサのやつが呼んでいたぞ」

「マサさんが?」


 何だろうと立ち上がると、大舎卿がふんと鼻を鳴らす。


「久しぶりに、アレが飲みたい」

「アレ……? って。そういうこと?」


 ハッとして京子が顔を上げるが、状況が掴めない綾斗は二人を交互に見つめ首を傾げた。


   ☆

 アルガス二階。京子の部屋から三つ隣がマサの『自室』だ。

 扉をノックすると、「おぅ入れ」と声がして中に入る。

 窓辺に仁王立ちで二人を待ち構えるマサに、京子は唇を噛んだ。


「何シケた顔してんだよ。待ってたぞ」


 マサの部屋は、相変わらず散らかっていた。ゴミはきちんと捨てられていて汚い印象は余りないのだが、昔吸っていたタバコが原因で白いはずの壁が少し黄ばんでいる。

 机やテーブル、本棚の空いたスペースの至る所には本や書類が乱雑に積み重なっていた。周囲の非難にマサは「全部位置を把握しているからいいんだ」と逆に胸を張る始末だ。


「珍しいですね、マサさんが制服なんて」


 綾斗は眉を上げ、マサを足元から見上げていく。いつものジャージはソファに脱ぎ捨てられていた。

 マサは見慣れぬ制服姿で「どうだ」と腰に手を当てポーズをとった。キーダーである京子たちと違い、桜の章もなく、セナと同じ山吹色のネクタイを締めている。


「綾斗と二人? 場所と期間は?」


 マサが制服を着るのは、式典の時か管轄外への仕事依頼を伝える時だけだ。


「まぁ、焦るな。俺に仕事させてくれよ」


 綾斗を促し、京子はマサの前に並んだ。

 マサはテーブルに高く積まれた本の頂上に置かれた白い紙を取り、「よし」と頷く。


「大した長さじゃない。一週間もあれば終わるさ。東北に行ってもらうからな」


 一人ずつ紙の束を渡され、京子はさっと目を通した。バスクと思われる男の調査依頼だ。力の確定はキーダーにしかできず、不在の東北支部は関東が足を伸ばす形を取っている。


「実家にでも寄って、少し息抜きしてきて良いぞ」


 京子は東北出身だが、『大晦日の白雪』の件もあり、頻繁に帰省ができずにいた。新幹線で一時間強の距離だが、もう一年以上戻っていない気がする。


「一週間か」


 たったの七日間がやたら長く感じられた。マサは腕を組んでニヤリと笑う。


「桃也に会えなくなるのが寂しいのか?」

「そんなことないです!」


 面食らった顔で京子が言い返すと、マサは「ならいいだろ」と頷いた。


「昨日のことは置いといて、とりあえず行ってこい。綾斗の先輩としても、任務を果たして来るんだぞ」


 マサは、京子と綾斗のトレーナーだ。いわゆる教育係。それに加えて、スケジュールや体調などキーダーの管理をしている。


 十一年前、京子がアルガスに入るする三年前まで彼はキーダーだった。キーダーとして、今の京子や綾斗のように大舎卿と並んで仕事をしていた。


 しかし、突然力を失ったのだ。


 キーダーとして讃えられた幼少時代を経てアルガスに入り、たった六年でその力が途絶えた。力が自然に消えるのは極稀(ごくまれ)な現象だと言うが、現実を目の当たりにし、しかしマサはトールとしてアルガスに残る選択をした。書類にまみれた机の引き出しには、今でも彼の蝶馬刀(ちょうばとう)がしまわれていることを京子は知っている。柄の根元には彼が自分で彫ったという星印が刻まれていた。

 キーダーの力は不安定で確実なものなど何もないと言うが、マサが再びその柄に刃を付ける事はできるのだろうか。


 一見楽天家に見えるマサだが、どんな思いで自分たちに接しているのか、たまに不思議に思うことがある。桜の章が消えた制服を着て、マサは「行ってこい」と親指を立てた。


   ☆

 いつもの駅。待ち合わせの十五分前に着いた。

 翌日からの出張に備え、京子は送るというセナの申し出を丁重に断り、学校帰りの桃也を呼び出した。足の腫れは引いていて、一人で歩ける程に回復している。


 黄昏時。生憎雨が降り出し、改札の軒下で傘を手に彼を待っていると、ポケットの携帯電話が軽やかなメロディを流す。モニターに出た名前は、幼馴染の知恵だ。


「ごめんね、突然メールして」


 出張先である宮城に入るのは明後日だが、一日早く出発し、明日は実家に泊まって彼女に会う提案をした次第だ。


「久しぶりなんだし、気にしなくていいよ。夜は暇だから」


 小、中学校が一緒だった彼女は、この歳まで交流のある唯一の幼馴染だ。たまに会っても普段通りで居られる彼女が京子は好きだった。


「ありがとう。夜、駅前でいいかな?」

「いつものトコかな。オッケー。ところで仕事って一人で来るの?」

「あ、いや……。もしかしたらもう一人連れて行くかも」


 綾斗とは仙台で待ち合わせの予定だったが、彼が前日からの同行を希望した。

 初出張の綾斗を無下にすることもできず、結局二人で京子の実家に泊まることになったのは、年始でどこもホテルが満員だったせいだ。


「まさか仕事場のオッサンとか? それはやめてよ」

「オッサンじゃないよ。もっと若い子」

「なら大歓迎。楽しみにしてる。こっちはもう雪だから、あったかくして来るんだよ」


 あっさりと快諾した知恵は、「そういえば」と突然声を弾ませた。


「今ね、彰人が東京に行ってるんだって!」


 その名前を聞いただけで、全身がざわめいた。


「この間、彰人のパパに会ってさ、仕事でそっち行ってるって言ってたの。会って来たら?」


 朝夢に見た、初恋の彼だ。京子が知恵と小学校で出会う以前から、知恵と彰人は家が近所のせいもあり仲が良かった。


「会ってどうするの? 連絡先も知らないし」

「教えてあげるよ。こんにちは、とかでいいんじゃない?」

「ムリムリ。そんな度胸ないよ。もう昔のことだし、私一応恋人いるって言ったでしょ?」


 動揺した声が周囲の視線を集めて、京子は慌てて声を抑えた。


「あはは。そうだったね。年下くんだったね。じゃあ、そのことも明日色々聞かせて」


 それじゃあね、と知恵は電話を切った。京子は胸に手を当ててゆっくりと息を吐く。

 夢を見たせいだろうか。心臓の鼓動がなかなか納まらない。

 東京に来ているとはいえ、偶然会うことなんてない。地元より面積は狭いが、東京は広いのだ。


 偶然なんて万が一の確率もないだろうと自分に言い聞かせ、京子は「えっ」と息を呑んだ。

 視線が一人の人物へと吸い寄せられる。

 初詣客が多く行き交う中、道の向こうから緑色の傘を手に歩いてくる男だ。スーツの上にコートを羽織り、改札へと向かってくる。


 万が一の確立なんて、ないに等しいのに。

 十年の時間が刻んだ表情も、昔を思い起こさせるには十分だった。

 彼がそうだと確信する。


 京子の視線に気付いた男が、「あれ」と声を漏らし、目の前に立ち止まる。


「京子ちゃん?」


 呼ばれて全身が硬直する。うまく出ない声を絞り出すように音にした。


「あき、ひと、くん? どうして……」

「やっぱり京子ちゃんだ。偶然だね。中学以来?」


 ずっと片思いしていた相手。遠山彰人は記憶のままの穏やかな表情でにっこりと目を細める。


「今、仕事でこの近くの会社に来てるから。正月だってのに忙しくてさ」


 京子は衝動を押さえつけるように傘を強く握り締めた。

 知恵の電話を切ってから五分も経っていない。タイミングが良すぎないだろうか。しかし、京子が今この駅にいるのも偶然だ。出張命令が出なければ、桃也との待ち合わせもなかった。


「そうなんだ。えっと、私……」


 どうして良いのか分からなかった。包帯を巻いた右足が鉛のように重く感じ、動くことができない。初恋相手との再会に、嬉しさよりも逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。

 たじろぐ京子を覗き込んで、彰人は「大丈夫?」と優しく微笑み掛けて来る。


 頭の中が混乱し、気付くと涙が出ていた。

 溢れ出す涙に目を閉じると、後ろからいきなり「京子」と腕を捕まれる。桃也だった。


「何泣いてんだよ」


 すぐに答えない京子に、桃也は「誰だ?」と目の前の彰人を睨んだ。


「恐い顔しないでよ。京子ちゃんの同級生の遠山です」

「あぁ――夢の男か」


 察した桃也が庇うように前に出ると、彰人は「ごめんね」と京子に謝る。そして、


「そうだ。もう過ぎちゃったけど、誕生日おめでとう」

「覚えてて……ううん、知ってたの?」

「知恵が良く話してたからね。元旦なんて分かりやすい誕生日、一度聞いたら忘れないよ」


 意外で、素直に嬉しいと思った。うつむいたまま「ありがとう」と呟くと、彰人は「また会えたらいいね」と残して二人に手を振る。けれど、


「面白い彼だね」


 すれ違い様に囁かれた彰人の言葉。桃也には届いていない。京子は彰人を一瞥するが、既にその姿は改札の奥へと消えていた。


「何かされたのか?」


 桃也は彰人から視線を返し、手の甲で京子の涙をそっと拭う。


「何もされてないよ。偶然会ったの」

「涙(もろ)いのは分かってるつもりだけど、他の男の前で泣くのはやめろよ」


 不機嫌そうに叱る桃也に、京子はこくりと頷いた。


「で、どうだった? 初恋の王子に会って。まだ好きなのか?」

「よくわかんない。けど、桃也に会いたくなった」


 見上げた桃也の顔が、少しだけ赤らむ。


「馬鹿だな、お前は。もう足は平気か? 明日から出張なんだから大事にしろよ」


 いつもより遠い桃也の顔。繋いだ手に引かれながら、京子はゆっくりと駅の中へ歩いた。


   ☆

 普段より少し遅めの朝食を取り、玄関でもう一度荷物を確認する。一週間分の着替えやその他諸々を昨夜バタバタと詰め込んだ。

 キャリーバッグとは別に、制服の入ったハンガー付きの袋が一つ。どうにか収めることができたが、外套(がいとう)まで入れられた袋はパンパンだった。


「冬の出張は、荷物が多くて嫌い」

「忘れ物ないか? 切符もあるか?」


 以前切符を忘れて大騒ぎしながら家に戻ったことがあり、桃也は遠足に送り出す母親のごとく、チェックを怠らない。


「うん。切符は入ってるし、他も多分」


 ファスナーを閉めてバッグを立ち上げ、京子は玄関脇の立ち鏡で自分のコートを整えた。


「無事に帰って来いよ」

「うん。桃也も風邪ひいたりしないようにね。一週間で絶対帰ってくるから」


 そう意気込んで、京子は桃也の顔を引き寄せるように首に手を回す。名残惜しくぎゅっと力を込めると、桃也は「よしよし」と頭を撫で、軽く唇にキスをする。


「ちょっと寂しいね」

「一週間なんてすぐだろ。俺もちゃんと待ってるからな」

「終わらせなきゃいけない仕事を考えると、七日後がすごく遠く感じるよ」


 昨日マサに追加でもらった資料が、バッグの中で一番重い荷物だ。


「でも、早く終わればその分早く帰ってこれるから。全力で行ってくるね」

「とりあえず、飲み過ぎには気をつけろよ? 潰れて後輩に迷惑かけるんじゃないぞ」


 早速今晩、知恵との飲みの予定が入っているが、「大丈夫だよ」と気合を入れ、京子はもう一度桃也にしがみつき、静かに身体を引いた。


 ふと、誕生日の夜のことを思い出す。


「そういえば桃也、この間話があるって言ってたよね」


 爆発騒ぎの騒動で、すっかり忘れていた。


「あぁ、大したことじゃねぇよ。帰って来たら話す」

「大したことないなら、今話してよ。落ち着かないから」


 言い難そうに視線を外す桃也だが、不安がる京子に向き直った。


「悪い。嘘ついた。大したことだから、帰ってからちゃんと話す」

「桃也……うん、分かった。じゃ、帰って来たら教えてね」


 気になる気持ちを抑えて、「いってきます」と家を出る。


 不安そうな灰色の空に、京子は大きく深呼吸した。



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