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5話 「予告だった」と彼は後にそう言うのだ

 すっかり辺りが暗くなり、駅前のからくり時計が八時のメロディを流している。


 店を出て数百メートル離れた海までの道を歩く。

 夕方待ち合わせした駅で会い、桃也(とうや)の叔父が勧めてくれたというイタリアンの店で夕飯を食べた。

 少し飲んだだけのアルコールが回って、京子は弾むように桃也の前を歩く。寒いはずの風も、あまり気にはならない。


「まだツリー光ってるよ。キレイ。ご飯も美味しかったし。ありがとう、桃也」


 海に面した公園に、正月だと言うのに青のライトを付けたツリーが光っている。観光名所ではないが、まだ早い時間という事もありカップルの姿があちこちに見えた。そんな間をすり抜けて、京子は一番奥の柵まで走る。


「おい待てよ。そんな靴で走ったら転ぶだろ」


 浮き足立つ京子を追い掛け、桃也はフラつくその腕を取る。


「酔ってるんだし、一人で行くなよ」


 「はぁぃ」と小さく頷いて、京子は桃也の(てのひら)をぎゅっと握り締めた。

 いつもより五センチ高くした、履き慣れないハイヒール。少しだけ桃也の顔が近くなる。アルコールも手伝って、心臓がいつもの何倍も早く動いている。

 目が合ってはにかむ桃也に、京子は息を呑んで必死に衝動を(こら)えた。


「何緊張した顔してんだよ。寒くないか?」


 ぎこちなく笑うと、桃也の胸に引き寄せられる。静かに重ねた唇に目を閉じて、京子はそのまま彼の胸に頬を当てた。冷えたコートの感触が、少しずつ温かくなる。

 抱きしめられる腕の強さを(しばら)堪能(たんのう)していると、桃也が改まって京子を呼んだ。


「京子……話がある」


 見上げた桃也の顔に、躊躇(ためら)いの色が浮かぶ。それが京子にとって嬉しい話でない事は、何となく分かった。


 「どうしたの?」と尋ねると、桃也は少しだけ哀しそうな表情を浮かべた。


 「俺……」と切り出そうとした唇が音を発しようと動いたその時、桃也がハッと京子から顔を()らした。

 公園の中央。京子の肩に乗せた手に力が籠る。


「桃也? え……?」


 呟いた声と同時に、熱を感じた。桃也の視線を追って、飛び込んだ視界に目を剥く。


「あぶねぇ!」


 叫ぶ桃也の手を振り払い、咄嗟に京子は彼の前に飛び出た。丸く熱い光が現れ、二人を目掛けて飛んでくる。


「京子!」

「桃也は下がって!」


 精一杯の声を張り上げ、京子は光に身体を構えた。顔の前でコートの袖を捲り上げ手首の銀環に触れると、白い光が溢れ出す。息つく暇なく膨れ上がった熱の塊は、こちらを目掛けて、どんと正面からぶつかってきた。


「ちょっ!」


 衝撃に弾かれた京子が後方の鉄柵に衝突し地面へずり落ちると、光は霧散して闇の中へと吸い込まれた。

 一呼吸の間を置いて、辺りが悲鳴に包まれる。ついさっきまで正月の夜を過ごしていた人々が駅を目掛けて走り出したのとは逆に、桃也は光の現れた方向へ駆け出した。けれど辺りを確認すると再び京子の元へ戻ってくる。


「何なの、これ。バスクの仕業?」


 差し出された手を握り、京子はよろりと立ち上がった。右の足首に鈍い痛みを覚える。


(くじ)いちゃったかな……でも、このくらい平気」

「歩けるか? 無理するなよ」


 京子は桃也に支えられながら、辺りを見張って目を閉じた。もう気配は感じない。本当に一瞬の熱を感じただけだ。

 目を開けて、呆然(ぼうぜん)と立ちつくす。相手の気配はないが、背後の柵が熱を帯び、シュウと立つ煙が『現実だ』と物語る。

 光が飛んできて、力を込めてそれを受け止めた。全てを吸収する事はできなかったが、柵を少し曲げる程度の被害で済んだのが幸いだ。


 「ここに居て」と桃也を残し、痛む足を(かば)いながら最初に光を見た方向へ歩く。


 京子は腰から蝶馬刀(ちょうばとう)を抜いた。制服を脱いだ時間も肌身離さず持っているが、まさか外で使う時が来るとは思っていなかった。けれど一瞬の轟音(ごうおん)に集まり出した野次馬に、刃を出すことを躊躇(ためら)ってしまう。


「誰……なの?」


 実戦なんてしたことがなかった。大舎卿(だいしゃきょう)は大阪に行っている。まさか、綾斗ではないだろう。

 ただ、自分と同じ力が放つ気配だということは分かる。キーダーかバスクかは分からないけれど。

 キーダーになって、初めて恐怖を感じた。相手の気配を追おうとするが、感じることを恐れてしまう。そう思っていると、追って来た桃也に空の手を取られた。


「落ち着け。もう誰もいねぇだろ?」


 暗く静まり返ったその場所から、敵を感じ取る事はできなかった。


「そう、だね。逃げられちゃったかな」


 警戒しすぎて掌の汗が止まらない。相手を捕らえなければと思うのに、既に居ないことに安堵する自分がいる。それでも刃のない柄を握り締めた手に、必要以上に力が入った。

 野次馬たちの騒ぎにパトカーのサイレンが混じる。桃也は「とりあえず」と京子に背を向けて、低く腰を落とした。


「乗れ。その足じゃ辛いだろ。身体だって痛いんじゃねぇのか?」


 言われて急に痛み出す身体は、大分正直者だ。恥ずかしさが先に立って乗る事を拒むが、


「悪化させたら、仕事に支障が出るんじゃねぇのか?」


 半ば強引に背負われ、京子は桃也の背中に顔を埋めた。

 ゆっくりと歩きながら、桃也が溜息交じりに口を開く。


「お前の仕事、理解してない訳じゃないけどさ、自分のことは大事にしろよ? もし死ぬか生きるかの瀬戸際に追い込まれても、命を放棄するんじゃねぇぞ」

「大袈裟だなぁ。でも、心配してくれるんだ」

「当たり前だ。真面目に言ってるんだからな」


 桃也はピシリと声を強めた。京子は桃也の肩に乗せていた手をそっと彼の首へ伸ばす。


「ありがとう、桃也」

「お前は色々背負いすぎだ」


 素直に嬉しいと思って、京子は緩んだ顔を桃也の背中に押し付けた。

 次第に空が騒がしくなる。

 コージのヘリが近付いてくる。機体の数字は確認できていないが、胴体の下に五番機のトレードマークである紫色のライトが光っている。

 ヘリコプターは上空で止まり、寒空に弱めのサーチライトを落として胴体の腹からロープを垂らした。二つの影が慎重にロープを伝って地面に下り、すぐさま京子の元に駆け寄ってくる。


「ごめん、下ろして」


 慌てて京子は地面に下りる。よろめく身体を支えられ、桃也の腕を強く握り締めた。


「京子さん! 無事ですか!」


 バタバタと先に来た綾斗が桃也に会釈し、人だかりの現場を一瞥する。


「警察への通報がこっちにも流れて来て、コージさんに飛ばしてもらったんです」


 綾斗はアルガス本部の敷地に建てられた宿舎に住んでいた。慌てていたのか、いつもきっちり結ばれている制服のタイが外れている。

 上空にいたコージのヘリは、既にアルガスの方向へと小さくなっていた。


「あんまり大丈夫じゃないけど、平気だよ。一般人の被害もないと思う」

「そうですか。一体何があったんですか?」

「何……って。それが突然光が現れて、こうなったのよ。相手も確認できなかった」

「バスクなんですか?」

「……多分」


 視線を落とすように頷いた京子に、綾斗は目を細める。


「無事か、京子」


 綾斗の後を追って現れたのはマサだ。いつものジャージ姿に、紺の外套(がいとう)を羽織っている。


「私はどうにか。でも、相手を捕らえられなかった。ごめんなさい」

「無事ならいいさ、気にするな」


 マサは京子を確認し、傍らの桃也に視線を止めた。


「……桃也か?」

「久しぶりだな、マサさん」

「何で、お前ら……って、まさか。年下と同棲してるのは聞いてたけど」


 ぶっきらぼうに挨拶する桃也に、マサは驚きを通り越して困惑の色を見せた。

 隠していたことが、こんな時に明るみになってしまった事を京子は後悔した。

 『大晦日の白雪』から数年間マサは桃也と暮らしていたが、同居解消後の交流はなかったらしい。

 息を呑むマサに、桃也は改まった表情で浅く頭を下げた。


「今度、部屋に行ってもいいか?」


 マサは「おぅ」と短く答えて、綾斗を現場へと(うなが)した。



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