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33話 もう一人のキーダー

「逃げないで、現実を見るんだ。京子ちゃんの師匠と恋人なんでしょ?」


 彰人の声にハッと目を開くと、足元の芝が風に揺れた。そろそろと視線をずらしながら顔を起こし、飛び込んできた光景に表情を歪める。


 結果は一目瞭然だった。

 倒れた鉄塔の残骸が散らばり、戦闘により土が隆起する中で、刃を手にする浩一郎の足元に大舎卿と桃也が伏していた。

 うろたえる間もなく京子は立ち上がり二人へ向けて走ろうとするが、足がもつれて芝の上に倒れ込む。


 足はもう殆ど動かなかった。

 二人まで僅か数十メートルの距離を詰められないことが悔しくてたまらない。

 浩一郎はそんな京子を悠長に眺めている。


「爺……桃也」


 仰向けに寝返った桃也の胸が大きく上下している。大舎卿は立ち上がろうと背中を丸め、片足を立てた姿勢で浩一郎と対峙する。

 二人とも生きているが、無事だとは言い難い。


「さぁ、どうする?」


 二人の前で穏やかに笑う浩一郎。彰人の言う通り、賭けの結果は出ている。


「じゃあ、僕は下に戻ろうかな」

「待って!」


 キーダーとして、踵を返す彰人を行かせるわけにはいかなかった。

 決死の力を込めて京子は蝶罵刀を抜き、両手で柄を握り締めた。


「あきひと、くん……行かせ、ない、から」


 ありったけの力を込めると、シュッと軽い音と共に光が走る。

 体力でこんなにも威力に差が出るのかと実感させられる、槍のような細い刃だった。


 立ち上がることが出来ず、地面に腰を落としたままの状態で剣先を彰人に向けた。

 戦うことが出来ないのは重々承知だ。剣先が死の恐怖に脅え小刻みに震えている。

 自分でも笑ってしまいそうなほどの必死の抵抗だった。


「京子!」


 光に気付いた桃也が、身体を捻らせ京子を呼んだ。


「もう。諦めてよ。別に核を壊したところで、誰かが死ぬわけじゃないんだから。少し苦しんでバスクになるだけだよ? 穏便に行こうよ。このまま抵抗したら、彼や仲間が死んでしまうかもしれないんだよ?」


 自分の抵抗は無防なことかもしれない。けれど彼等の意思を飲み込むことはキーダーの命を守ることにしかならない。アルガスや国を敵に回すということだ。


「僕等は戦わないって言ったのに、反則だよ?」


 往生際が悪いんだからと言わんばかりに苦笑する彰人に、桃也は「やめろ」とよろめきながら立ち上がり蝶罵刀を構えた。


「そんなに戦いたいなら、最後までやってみようか?」


 手中に刃を生成し、彰人が桃也に身体を向けたその時だった。

 ストロボを焚いた様な強く白い光が一瞬で視界を覆い、京子は咄嗟に腕を額へかざした。

 大舎卿か、それとも浩一郎の力か。突然膨れた気配の量と地面を揺らす衝撃に、京子は慌てて地面に伏せる。


 パアンと。またどこかで窓の弾ける音がした。

 警戒しつつ視線を上げると、熱を帯びた強い光の中に一人の影が立っている。

 浩一郎に向いたその背中が誰であるかすぐに分からなかったが、次第に光が闇に溶け、左腕の桜紋とともに当人の声が耳に届いた。


「あちゃあ、やりすぎちまったか?」


 彼が誰であるか確信して、京子は驚愕する。

 きっとこの場において彼を知るのは自分しかいないだろう。


「平野さん!」


 振り返った男が「おぉ」と歓声を上げ、にやりと笑む。


「姉ちゃん、居たのか。カレシには会えたのか?」


 唐突に尋ねられ、京子は桃也を一瞥し、こくりと頷く。


「は、はい。でも、どうして……」


 キーダー姿の平野。

 浩一郎が各支部に送った偽りの予告状のせいで、キーダーは関東入りできなかったのではないのか。

 平野はぐるりと顔ぶれを見渡し、「この間の兄ちゃんは、もうリタイアしちまったのか」とケラケラ笑う。


「最後に俺が来るとは思ってなかっただろ。予告状だか何だか知らねぇが、俺はまだどこにも着任してねぇんだよ。仙台で待機する理由がなくてな。本当のヒーローは最後に遅れてやって来るもんだ。アイツを倒せばいいんだろう? 俺に任せときな」


 衝撃に膝をついた浩一郎がよろりと立ち上がる様を、余裕の表情で指差す平野。


「その人はバスクなの。気をつけないと」

「そんなのは分かってるぜ。だから、こっちも対等に行かねぇとな」


 平野は左の袖を捲り上げ、京子に向けて手を横に真っ直ぐ伸ばした。


「俺が外したところで問題ねぇだろ? 終わったらまた付けてやるからよ」


 ずっとバスクで力を操っていた彼なら、銀環を外した拒絶反応もないだろう。

 そうかと京子は身体を起こすが、先に大舎卿が立ち上がり平野の手首を掴み取った。


「わしの方が速い」

「何だ、爺さんかよ」

「お主に爺さん呼ばわりされるほど歳とってないわ!」


 早口に怒鳴って、大舎卿は力を込める。


「アンタ、俺をここに連れて来たそこの姉ちゃんに感謝するんだな。今キーダーが勝ちを取りに行けるのは、姉ちゃんのお陰だからな」


 なぁ、と平野は立てた親指を京子にキメて見せた。


「隠し玉が居たんですか」


 浩一郎の声に焦りが混じる。彼もまた、大舎卿や平野と同じ頃の年齢なのだ。目に見える傷はないが、体力へのダメージは大舎卿より大きいのかもしれない。


 ものの一分で銀環が平野の手首を離れる。自分の時とは比べ物にならない処理の速さに、京子は「すごい」と感嘆の息を漏らす。


「ほら、モタモタしてる場合じゃないぞ。小僧は京子を連れて避難! お主は……」

「平野だよ。よろしくな、爺さん」


 開放された手をぶんぶんと振り、平野は力の感触を確かめるように拳を握り締めた。


「爺さん言うな。平野はわしと来い。アイツを一瞬でも止められれば、決着が付く!」

「止めるだけ? そんなんでいいのか?」

「アイツを舐めるなよ」


 大舎卿は蝶罵刀を腰に差し、格闘技でもするような構えを浩一郎に向けた。


「分かったぜ。俺は自分の能力には自信があるんだ、任しときな」


 平野も同じ様に構える。彼の蝶罵刀はずっと腰に提げられたままだ。東北の山で力を放ったあの時と同じ、みるみると力を増幅させていく様子に、大舎卿は横目に彼を見る瞳を嬉しそうに細めた。


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