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27話 戦闘中

「ジジイになったな、(かん)ちゃん」


 聞き覚えのある、少し高めの良く通る声。

 浩一郎の言葉に、ふと京子は綾斗と顔を見合わせる。


「勘ちゃんって誰?」


 緊迫する中、京子がボソリと問い掛けると、綾斗は「大舎卿のことですか?」と口元に手を寄せて更に小さな声で囁く。

 そんなやり取りが気に障ったのか、大舎卿は二人を見やり、不機嫌そうに「わしの名じゃよ」と告げた。


「君たち知らなかったのかい? 大舎卿なんて変な名前で呼ばれているけど、本名は成澤勘爾(なりさわかんじ)っていうんだよ」


 丁寧に説明してくれたのは浩一郎だ。

 大舎卿の怒り顔が少しだけ恥ずかしそうに歪む。

 本名があることは知っていたが、唐突に聞かされて京子は激しく動揺した。沈み込んだ記憶が浮上できない程、綺麗さっぱり忘れている。

 けれど「そんなことで騒ぐな」と本人に一喝され、背中をピンと伸ばした。


「そんなことより、浩一郎。また派手にやってくれたな」

「まだまだ。こんなんじゃ済まないよ」


 浩一郎はまだ無傷の壁を一瞥(いちべつ)し、「ね」と楽しそうに笑んだ。


「ふざけおって。これが三十年前の予告通りだというのは分かった。じゃが、どうして今のお前に力がある? トールになったんじゃないのか。お前のその変な記憶操作で悪さをしたのか?」


 トールとして力を縛り、アルガスを出たはずの浩一郎は「そうだねぇ」と相槌を打つ。


「記憶操作なんて大層な事言わないで。俺の力じゃ消すことしかできないんだから。けど、あの時言ったこと覚えてたんだね」

「まだ痴呆には早いんでな」

「そうか。俺に力があるのは不思議だと思うだろうね。確かに俺はあの時一度トールになったけど、消した直後なら取り消す事ができるって知ってたんだよ。だから外した後に気が変わったって言ったら、そのキーダーは喜んで戻してくれたよ。あれが勘ちゃんじゃなくて、単純な男で良かった。勘ちゃんを騙せる自信はないからね。全部終わった後に、戻した記憶だけ抜いたんだよ」


 心当たりがあるのか、勘ちゃん()()()大舎卿は「あいつか」と吐く。


「まぁ今となっては、それもどうでもいい話じゃな」

「そうだね。寒くなってきたし、そろそろ始めようか」


 スポーツでもするかのように言って、浩一郎が力を高めた右手を前に突き出すと、彰人が続いた。

 先に京子たちキーダー三人が蝶罵刀に刃を付けたが、バスクがやってみせたその光景に目を疑う。


「バスクは鞘なしで剣を生成するの?」


 二人の手に現れたのは(つば)のない青白く光る長い刃だった。

 どこからが刃なのか分からないが、しっかりと手に握り締められている。

 能力者は蝶罵刀を持つ事で刃を作り出すことが出来ると教えられてきたが、根本から間違っているというのか。


「要らないんだよ、そんなもの。所詮ノーマルが作った道具だろう?」


 浩一郎の余裕に京子は身をすくめる。

 勝てる気がしない。人数が一人多いというだけでは、力の差を埋めることが出来ない。

 敵を見据えながら、綾斗がこっそり京子を呼んだ。


「死んだら、桃也さんに会えなくなりますよ」


 帰ってくると言った桃也を笑顔で迎えてあげたい。京子は親指で指輪を確認し、その手を剣に添えた。


「ありがとう、綾斗」


 息を吐くように呟いたその言葉が本人に届いたかどうかは分からないが、視界の片隅で綾斗が少しだけ笑んだ気がした。


 「やらないのか?」とスタートを切り出そうとする浩一郎を大舎卿が呼ぶ。


「浩一郎、お前ハナが死ぬのを待っていたのか?」

「あぁ、そうだよ」


 即答する浩一郎に、京子は眉を上げた。ハナは去年亡くなった大舎卿の奥さんで、隕石事件の前後に、アルガスで働いていた人だ。


 「そうか」と呟いた大舎卿の背が小さく見える。

 三人の間に激しい恋物語が垣間見え、京子はじりじりと前に出て大舎卿の表情を伺った。


「勘ちゃんといて、ハナは幸せだったかい?」

「……わからん」


 大舎卿の答えに京子は顔を潜める。彼と一緒に居たハナはいつも笑顔で幸せそうだった。


「最後くらい来てくれても、わしは構わんかった。けれど、約束は守ったぞ」

「それならいいんだ。ありがとう、勘ちゃん」


 何があったのだろうか。浩一郎は目を伏せ、口角をそっと持ち上げた。


「もう、思い残すことはない」


 大舎卿の気配が膨れるのが分かった。

 青白く光っていた蝶罵刀が白い煙を上げ、刃に絡みつく。彼の強さが成す技なのだろうか。

 京子にとって初めて見る光景だった。


「行くぞ」


 大舎卿の合図。

 振り上げた剣に集中するも、彰人が剣を手にしたまま後方に走り出す。


「彰人くん?」


 激しくぶつかり合う大舎卿と浩一郎を横目に、京子は暗闇に消えようとする彰人の背を追って駆け出した。


「気をつけて下さいよ!」


 綾斗の声が背中に響き、剣の交える音が増えた。


「死ぬなよ、お前等」


 マサの声が聞こえる。スイッチを入れて返事を返す余裕はなかった。

 京子は足の速さに余り自信がなかった。

 履き慣れているとはいえ、ヒール付きの靴は更に動きを鈍くする。


 目を凝らした先で殺気がした。

 強い気配を感じる。


「何する気?」


 前方から飛び上がった細い光の筋が闇を斜め上に横切る。

 アルガスの高い塀を越える遥か上空まで伸びた光は、闇に溶けるように消え、短い闇が訪れた。

 すぐに状況を把握できなかったが、地面が唸り、ゴゴゴと怒号を鳴らす。


 闇に慣れた視界の隅で、敷地の一番端にあるレーダーを備えた鉄塔がグラリと傾いだ。

 アルガスの建物をゆうに超える、太く長いものだ。それが塀の少し下から二つに分かれ、倒れようとしている。

 ぞっとして足がすくみ、京子は思わず動きを止めた。


 アルガスの敷地外へ。

 どんどん加速するスピードに、京子は蝶罵刀を腰に差し、銀環を撫でる手を高く掲げた。


「外はダメっ!」


 放つ力に、落ちる速度が少しだけ緩む。

 しかし人の重さとの比ではない。

 鉄塔一つに集中しても、京子一人で抑えられるものではない。

 スローモーションで鉄塔が地面を叩きつけようとする様を目の当たりにし、京子は悲痛に歯を食いしばった。


 ――「俺の家に何かさせたら許さねぇからな」


 駅で会った男の言葉が脳裏に突き刺さる。

 せめて最後まで重力を最小限に抑えることに尽くし、逃げ遅れがいないことを祈る。

 けれど次に闇から現れた光に京子は目を剥いた。


 身体より遥かに大きな光の玉が自分と鉄塔の間を遮るように飛んできた。

 京子は僅かの力で自分を防御するが、それで抑えられるような力ではなかった。

 跳ね飛ばされた身体が数メートル先に叩きつけられ、轟音を立てた地面にドンと突き上げられる。


 痛みと鉄塔の砕ける音に京子は瞼を強く閉じ、声にならない悲鳴を上げた。


「無駄だよ」


 すぐ側で聞こえた声に目を開けると、まさに今真上から剣を振り下ろそうとしている彰人の姿があった。

 京子は表情を強張らせて身体を捻り、かろうじて第一打をかわす。

 全身が震えだすのを堪えて立ち上がり、蝶罵刀で第二打を受け止めた。

 恐がっている暇さえない。

 立ち止まったら次に待ち構えているのは死ぬということだ。


「口から血が出てるよ。可愛いのに台無しだ」


 言われて初めて口の中を切っている事に気付いた。

 鉄臭いどろりとした感触を腕で拭い、京子は押し出すように彼の剣を弾いた。

 どうしても気になって敷地の端を一瞥すると、鉄塔が倒れた位置の壁が抉れ、その奥が良く見えた。

 隣接する工場の屋根を潰すように倒れ、硝煙に似た匂いを漂わせている。工場主の顔が浮かび、京子は「ごめんなさい」と小さく詫びた。


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