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26話 彼に初めて会った日の記憶

 京子の蝶馬刀(ちょうばとう)が青白い炎を吹き出すのと、彰人の視線が京子の背後へと外れたのはほぼ同時だった。彼が見据えた先でパンパンと無数の乾いた銃声が鳴り響く。


 床に跳ねるビー玉のように、耳の後ろで弾がカンカンと高い音を鳴らして芝生へと散らばった。

 実弾だと認識した途端急に足がすくみ、一度出た蝶罵刀の刃はみるみるしぼんで光を失った。京子が居るその場所は、彰人の気配でいっぱいだ。


「駄目だよ、ノーマルが無理しちゃ」


 彰人の声に背後を振り返ると、彼の正面に透明な壁が生成されていた。(きわ)がほんのりと白い光で被われ、円形であることがわかる。


 足元に転がったのは、金属の長い弾だ。

 彰人の視線の先には、破壊された三階の窓があった。仄暗く光った照明の手前で、いくつもの黒い影が揺れている。


「あそこから撃ってきたの?」


 距離はおよそ七十メートル。アルガスきってのスナイパーは、兵士と呼ばれる護兵(ごへい)達だ。

 けれど彼らの力は対人用で、バスク戦である今回は銃部隊への出動は出ていないはずだ。


「相当腕が立つみたいだね。きちんと僕だけに向けてきたよ。当たったら死んでたかも」


 「どうした」とイヤホンに届いたマサからの声に、京子はマイクのスイッチを入れた。


「彰人が現れたの。三階から銃撃があったけど、マサさんの指示?」

「銃撃? 護兵か? 俺じゃねぇぞ……」

「でも、跳ね返されてダメージはゼロだよ。ノーマルは危ないから引かせて!」


 彼の前で、こんな話をしても良いのだろうか。

 彰人は躊躇(ためら)いながら報告する京子を横目に、再び高く掲げた右手でここだと言わんばかりにその位置を示した。

 彼の手がぼんやりと光って、京子はまさかと叫ぶ。


「駄目っ、彰人くん!」


 窓から幾つもの悲鳴。幾つもの黒い影が闇へと引きずり出される。


「やられた分くらいは返さないとね」


 低く響いた彰人の声。

 重力に引かれて降下する影に、京子は慌てて蝶罵刀を握った手を伸ばす。

 影は四つ。落下速度を予測して力を込めるが、二階の窓辺で一度静止した影はよろよろと重力を含んでいく。


 ビー玉とは違い、想像以上に重かった。軽く見積もっても二百キロ以上あるのだ。

 全部の影を捉えることは出来たが、気を抜けば力の軸を外し落下させてしまう。

 スピーカーから聞こえるマサの声が、煩わしくてたまらない。


「頑張るね、京子ちゃん」


 のんびり見守る彰人に怒りを覚えるが、声にして吐き出す余裕はない。


「悠長なこと言わないでよ」


 ここで彰人がもう一度力を放てば、彼は四人の命を奪うことができるだろう。しかし彰人は何もせず、面白がっているのか笑顔さえ見せる。

 徐々に落ちた四つの影は、地面すれすれの所からドスリと音を立てて転げた。


 開放された手を払い呼吸を整えると、彰人の姿が消えていることに気付く。

 浩一郎の起こした爆発と彰人の力のせいで、気配が広域に混在して京子にはもう読み取れなくなっていた。


「ごめん、マサさん。見失った。建物の方へ向かったと思う」


 報告して、京子はまず四人の落下地点へ走った。

 飛び散ったガラスが足元でバリバリと音を立てる。四人全員が護兵だった。

 さっき正門にいた二人と、三つ編みの少女も居る。京子の姿に慌てて立ち上がり、先に落ちた銃を拾い上げて横一列に並んで敬礼をした。


「ありがとうございます!」

「ありがとうじゃないでしょ。命令なしでやったの?」

「申し訳ありません」


 一番大柄の男に続いて、三人も頭を下げる。

 白く光る三階の窓は、真下から見るとやたら遠くに感じた。暗がりの中全員が無事だったことは奇跡に近いかもしれない。


「罰則を覚悟すれば何やってもいいわけないんだからね? みんなはもういいから、地下へ行って。ノーマルには危険すぎるよ」


 声高に言って、四人一人一人に視線を合わせる。毅然(きぜん)と構える男子三人の横で、少女が慄然(りつぜん)として斜めに抱いた銃を震わせていた。


「ほら、早く! 命令だよ!」


 京子が四人に背を向けると、イヤホンから大舎卿(だいしゃきょう)の声が聞こえた。


「来たぞ、浩一郎じゃ」


 京子は息を呑み、指示を待つ足をアルガスの裏へ向ける。

 いつの間に門を抜けられてしまったのだろう。全く気付くことが出来なかった。

 続いたのは、息を切らせた綾斗の声。


「彰人も来ました。二人です。マサさん、指示をお願いします」

「逃がすなよ、三人で絶対阻止だ」


 声を張り上げたマサの言葉を最後まで待たずに、京子は地面を蹴った。

 再び手にした蝶罵刀に掌が汗ばむ。

 感覚を研ぎ澄ませながら、京子はふと浩一郎のことを思い出した。


 彼は目元が彰人と似ているとも、知恵から良く聞かされていた。

 家族ぐるみで交流のある彼女を昔は良く妬んだものだが、実際「一緒に」と誘われると京子は恥ずかしさから毎回断ってしまっていた。


 あの日一度だけ行った彼の家。

 迷子になったあの出来事からすぐのことだ。外で彰人に声を掛けられた。

 彼を意識して間もない京子は、その機会に心臓を高鳴らしながら誘いを受けて家に行った。


「浮かれてたんだなぁ」


 ぼそりと呟いて先を急ぐと、壁の奥に強い気配を感じた。

 門に向いた正面とは違い、鉄塔の明かりだけで照らされただけの薄暗い闇に、四人の姿を確認する。

 視界に入った浩一郎に、「あぁこの人だ」と納得した。

 十年前の記憶と一致する、彰人をそのまま老けさせたような温厚な笑顔。とてもアルガスを潰そうとしているようには見えない、知恵が言う通りのダンディな男だ。


 非常階段の下に地下への入口がある。

 裏扉の前に四人が円陣を組むように対峙し、京子は大舎卿と綾斗の少し後ろに構えた。

 険しい表情のキーダーに対し、余裕を見せるバスクの二人。駆け付けた京子に彰人は「いらっしゃい」と言わんばかりに無言で笑顔を向けた。


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