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25話 そして戦いが始まる

 「いたいた」と小走りに駆けて来て、セナは両手に握り締めていたものを京子と綾斗に渡す。

 耳に引っ掛けるタイプのイヤホンだ。


「通信機よ。横のボタンでマイクのスイッチが入るの。発信機も兼ねているから付けておいてね。地下シェルターの通信室で私と雅敏さんが待機してるわ」


 一通り使用方法を説明し、セナは「でもね」と整った眉をしかめる。


「古い機械だから心配なのよね。一応動作確認はしたけど、ずっと倉庫に置いてあったものなの。バッテリーがどれだけもつか分からないから、マイクは使う時だけオンにしてね」


 試しにボタンを押した綾斗の声が「アー」と響き、京子はOKと合図する。今の所問題はないようだが、建物の装甲といい、解放後のアルガスは大分平和だったんだと実感してしまう。

 京子は高い位置で髪の毛を束ね、イヤホンを付けた。普段イヤリングやピアスをしないせいで違和感を感じてしまうが、メガネ仕様の綾斗は更に邪魔そうに位置を何度も調整している。


「ごめんね、これしかなくて。二人とも気を付けて」


 「任せて下さい」と綾斗はイヤホンに掛かる髪を耳に掛けた。


「セナさんは、早く下に」


 にっこりと笑んだセナが二人に背を向けた時だ。綾斗が海の方向を振り向き、早口に叫んだ。


「来た! セナさん伏せて下さい!」


 一瞬遅れて京子にもその気配が分かる。咄嗟(とっさ)に腕を上げ、左の袖口に右手を刺し込んだ。

 ゴオッという風の揺らぐ音を合図に突然空が赤く染まり、突如として現れた球体の炎が一瞬で膨れ上がる。

 数百メートル先からアルガスに向けて加速し、躊躇なく建物の上部へ飛び込んできた。


 敵は見えないが、元旦の時より格段に威力を増している。


 気合を込めて対抗する、キーダー二人分の防御。

 建物の手前で隔てられた炎は一瞬動きを止めるが、すぐにその壁を突き破り、威力を半分も抑えられないまま屋上の角に衝突する。足元から突き上げる衝撃と吹き付ける熱風に、京子は悲鳴を上げた。


 倒れるセナの横に跳ね飛ばされた二人は、早々に立ち上がり蝶罵刀(ちょうばとう)を構える。

 四階と屋上の角が衝撃でえぐられるが、壁の装甲が功を奏してか被害は最小限に見えた。

 下階の状態は見えないが、建物は無事だ。遅れて響いたレーダーからの高い警鐘が、空しく先細りに消えていった。


「セナさん、早く地下へ」


 綾斗が叫んで、伸ばした腕で階段を示した。

 顔を起こしたセナは、驚愕と恐怖の入り混じる表情のままゆっくり身体を立て直し、階段を駆け下りていく。


 扉に入るセナを確認したところで、イヤホンからマサの声が聞こえた。


「みんな無事か? セナさんも居るだろう? 敵の位置は?」

「無事です。セナさんは今地下に向かっています。敵はまだ確認できませんが、おそらく……はい、南の方角のビル。高い緑のビルです。父親のほうかと」

「緑の……あぁ、あそこか」

「けど、もう一人の気配はまだ気配を感じられません」


 暗闇に目を凝らし、綾斗は唇を噛んだ。高い緑のビルは、確か小さな印刷所だ。その屋上に京子も気配をぼんやり感じ取ることが出来た。

 記憶を戻したことで、少しずつ感覚が戻っているのかもしれない。


「俺、ビルに向かいます。気配を辿れば見つけられると思います」


 勇む綾斗を、マサは「いや」と止めた。その声にセナの声が重なる。


「綾斗くん、京子ちゃん、さっきはごめんなさい。三人ともアルガスを離れないで。三人しか居ないんだから、一人でもここを離れられたら困るの。いい? 迎撃体制を取ります」

「いいか、爺さんは非常階段の下。地下への階段に一番近い裏口扉の前。京子は正門。綾斗は北側の壁を警戒してくれ」


 マイクを入れて京子が「了解」と返事すると、「承知した」と大舎卿の声が聞こえた。


「空など飛べるとは思わんが、奴等が何をするかわからん。頭上の警戒も怠るなよ」


 見上げる空は晴れているのに、所々雲が邪魔して十六夜の明かりが届かない。まるで町が彰人たちを隠しているようだ。


「うん。みんな気をつけて」


 京子はそう言うとマイクを切り、緑色のビルを一瞥する。闇に隠れたその色は見えないが、背高ノッポのシルエットは、すぐに見つけることが出来た。綾斗を促して屋上を北側まで移動し、外に突き出た暗い非常階段を足早に下りる。

 下に着くと二人を大舎卿が迎えた。

 「気を抜くなよ」と伝えて、「行け」と合図する大舎卿に、京子と綾斗はそれぞれの場所へと散った。


 冷たい風が吹いていたが、暑いとさえ思う。茶色の壁伝いに正面へ出て、鼻をつく()げ臭さに手を覆った。恐る恐る見上げると、炎が衝突した東側四階部分の装甲が大きく抉れていた。


「ひどい」


 三階の補修中だった箇所は、衝撃で板が飛び、中の窓が割れている。白く煌々と漏れた明かりは位置を指し示す灯台のように光っていた。

 静まり返った芝生の広場に人気はない。京子は彰人達の気配がないことを確認し、正門へ走った。


 美和の所から戻ってきた時とは別の護兵が立っている。流石に女子ではなく、どちらも大柄の若い男子だ。

 二人は京子に気付いて敬礼する。


「ご苦労様。二人とも、ここはもう危ないから地下へ入って」

「え。しかし我々は、ここを守るのが仕事です」

「いいからお願い。私も初陣で、もしもの時に貴方たちを守る余裕なんてないと思うから」


 戸惑う二人に京子は頭を下げた。爆発の中でさえ持ち場を離れない護兵には感服してしまうが、いくら訓練を積んだ彼等でも、バスク相手に戦うのは無謀としか言いようがない。


「俺たちに出来ることがあれば、何でもさせて下さい」

「ありがとう。でも、これはバスクとキーダーの戦いだから。あとは私たちに任せて」


 戦いの被害は、アルガスの敷地内に収めなければならない。門を開けるように指示し、京子が「行きなさい」と急かすと、二人は顔を見合わせ「御武運を」ともう一度強く敬礼して、建物へと走った。その背を見送り、京子は「よし」と門の外を見やる。


 少し前から気付いていた。

 やはり大舎卿の言う通り、今までは気配を感じることに怯えて無意識に壁を作っていただけかもしれない。

 ずっと忘れていたことなのに、彼が今そこに居ることが分かった。


「こんばんは、京子ちゃん。ちょっと遅くなっちゃったね。待っててくれたの?」


 夕方会ったままの格好で彰人は薄暗い闇から顔を出した。浩一郎の気配はないが、その背後を警戒すると「ここにはいないよ」と彰人ははにかみ、アルガスをゆっくり見上げた。


「なんだ、大分頑丈じゃない。これは賞賛モノだね」


 他人事のように感心する彰人に憤りを覚え、京子は腰の蝶罵刀に手を掛ける。


「これは、彰人くんのお父さんがやったの?」

「正解。良く分かったね。あの人もう歳なのに、力が有り余ってるんだよ」

「彰人くんも、アルガスを潰しに来たんだよね」

「人聞きが悪いな。僕はキーダーを救いに来たんだよ。国に使われるままの力なんて、力の価値が半減するだけだ。僕たちはもっと前に出た方がいい。その為の力なんだから」

「確かに私は国の下で働いているけど、これは自分で選んだことなの。能力者である私は、ここに居ることが最善だと思ってる。もっと前に出ようなんて思ってないよ」

「僕だって別に国を動かす権力が欲しいわけじゃないよ。キーダーの扱われ方がおかしいって言ってるんだ。神様が僕らを選んで力をくれたのに、銀環をすることはその意思に反してることだと思わない? もっと自由になったほうがいいよ」


 彰人の言葉に京子は口をつぐむ。彼がキーダーの存在を否定することに心が痛んだ。


 ――「力があればアルガスを掌握して国を制することだってできるんじゃねぇのか」


 平野の意見は分かりやすい。力で国を牛耳りたいなら、答えは簡単だ。


「銀環をすることは間違っているのかもしれないけど、でも、キーダーとして認められているなら、それでいいと思う」

「お利口さんな答えだね。居場所なら僕の隣だってあるんだよ?」


 京子は腰から蝶罵刀を外し、柄を構えた。


「そっちには行けないよ。話し合いに来たんじゃないなら、私は全力で行くよ?」

「洗脳されすぎ。京子ちゃんがキーダーでなければ良かったのに」


 本当にそうなのだろうか。自分の方が間違っているのだろうか。

 けれど十五歳で自分が決めたのは、キーダーとしてここで戦う事だ。

 目の前に居るのは、自分が一番好きだった人。彼と戦うなんて、今こうしていても信じられないという思いがある。


 ――「戦いたくないなら、トールになればいい」


 彰人に賛同などできなかった。崩れたアルガスを前に、迷いが消えていく。


 ――「京子さんは――アイツに寝返るような人じゃないですよ」


 「大丈夫だよ」と呟いて、京子は蝶罵刀に力を込めた。


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