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22話 戦いの準備を

 アルガスの最寄駅。

 京子たちが着いた時には、既に町へ規制線が張られていた。

 電車から携帯電話でアルガスへ報告してから二時間経っていない。予想以上に対応が速いのは、上の人間も前々から事態を予測していたからかもしれない。


 いつもならまだ賑わっている駅ビルは既にシャッターで閉ざされ、構内はまるで深夜かと見紛う程にひっそりと二人の足音を響かせていた。

 出口には警備会社の制服を着た警備員が三人立っている。彼等に「町へ入れろ」と盾突いているのは、サラリーマン風の男だった。


 一番大柄の警備員が憮然(ぶぜん)として壁となり、両サイドの二人が彼を駅の中へ戻るよう説得している。その横を、証明書を提示した京子と綾斗が制服姿ですり抜けていくと、「お前ら」と男が喚くように声を上げた。


「爆破予告だかなんだか知らねぇが、俺の家に傷でもつけたら許さねぇからな」


 工場が多い町だが、民家ももちろん存在する。

 京子は警備員に羽交い絞めにされる彼に(きびす)を返し、深く頭を下げた。


「いいか、俺たちはお前等を信用してここに住んでるんだぞ。裏切ったら承知しねぇ」

「最善を尽くします! ですから、避難をお願いします!」


 頭を垂れたまま京子が叫び、綾斗も横で頭を下げた。

 慣れ親しんだ町とはいえ、皆もしもの事態を恐れている。だからせめて命だけは守りたい。

 京子が頭を上げると、男は警備員への抵抗を止め、キーダーの二人へ叫んだ。


「行け!」


 ありったけの声で「はいっ!」と返事して、二人はアルガスへ走り出す。

 暗い夜だ。

 普段なら煌々と灯る工場の明かりも消え、道に並ぶ街灯がぽつりぽつりと物悲しい色を落としている。

 その奥で、アルガスが一層強い光を放っていた。立方体の建物が下からのライトに照らし付けられ、起こるであろう戦闘を待ち構えている。


 門の前に立つ護兵の女が、二人を見るなり顔いっぱいに安堵の色を広げた。


「お疲れ様です、京子さん、綾斗くん! 間に合って良かったぁ」


 敬礼しながら護兵の女は涙を光らせる。彼女はまだ若く、ここへ来て間もなかった。

 いつも被っている防寒用の帽子が鉄製のヘルメットに変わっている。


「まだ何もない?」

「はいっ。今はみんなマサさんの指揮で動いていて、大舎卿はまだ戻られてません」

「そう。不安かもしれないけど、ここは頼んだよ」


 女と一緒に立つ護兵の男に「よろしくね」と残し、二人は開かれた扉を潜って中へ入る。

 敷地の隅には消防車と救急車が配備されていたが人影はなく、周りを見渡しても最小限の施設員が慌しく行き来しているだけだ。


 ふと見上げたアルガスの建物がいつもと違うことに気付く。

 外壁が黒い金属の幕で被われ、窓は硬い板で塞がれていた。隙間からぼんやりと漏れる明かりが物々しさを漂わせる。

 二人は足を止め、その姿に見入った。


「何だ、これ……」


 息を呑む綾斗に返事したのは、制服姿のマサだった。


「アルガスの要塞バージョンてトコだな」


 彼と一緒に居た施設員の男が、二人に敬礼して建物の中へ入っていく。


「お前の電話から総動員でここまで間に合わせた。三十年前の開放で、対バスク用として国が作らせた防御壁だ。すごいだろ」


 アルガスにこんな仕様があるなんて知らなかった。


「ボタン一つでこんなになっちまうんだぜ。初めて見ただろ。多分一度も整備されてないけどな」

「えっ、それって……大丈夫なの?」


 見た目には十分期待できるが、そんなことを聞いてしまうと少々不安だ。三階右端の窓の板が上半分開いていて、数人掛かりで中から補修しているのが見える。


「やられる時はやられるだろうし。大昔の技術でも、少しは時間稼ぎしてもらわねぇとな」

「そうだね」

「町の住人はマニュアル通りに三箇所のシェルターに避難させた。敵本人の口から聞いたって攻撃予告だけじゃ、この町の避難が精一杯だ。もう少しエリアを広げたかったんだけどな。国は、ど派手にノーマルを混乱させたのに、結局何もなかったって事実は金の無駄だと思ってるんだぜ。この装甲のボロさを見れば分かるだろ? 何か言い返せば、二言目にはその為のキーダーだろって吠えやがる。お前らにばっか負担かけちまって悪ぃが、頼んだぞ」

「……わかってるよ。キーダーは人類の盾なんだから」


 そんなことは百も承知なのに、ハッキリ言われると心が少しだけ痛んだ。


「全く、こんな時に長官は新春ツアーで鹿児島だとよ。ふざけてるよなぁ」

「また? 戻ってこないの?」


 ふざけている、と京子は憤怒し、歯を剥き出しにして彼の胸像を睨み付けた。

 長官が居た所で大して役には立たないと思うが、上がそんなにのんびりしていては士気が下がる。


「鹿児島じゃ無理だろうな。まぁ、いないほうがいいだろ」

「……帰ってきたら、絶対に一言言ってやるんだから!」


 治まらない怒りを拳に込め、京子は眉間に皺を寄せた。


「雅敏、頼んだぞ」


 建物から出てきた男が、マサに声を掛けてアルガスを出て行く。


「おぅ。ノブさんも早く下に潜ってくれよ」


 近所の工場の若社長で、武田信治(のぶはる)という男だ。

 マサがアルガスに来た頃からの馴染みで、飲み友達らしい。前期から連続でこの地区の町内会長を務めていた。


「助かるぜ、ノブさん。ノブさんのお陰で予定より早く避難できた」

「勝ち目はあるのか?」


 そんな問いかけにマサは「どうだろうな」と答えを濁した。冗談でも「大丈夫」とは言わない。

 単純で前向きに突っ走るタイプだと思っていたのに、この間の桃也の話を聞いてから、彼を見る目が少し変わった。マサはいつだって冷静だ。


「他の支部からも応援が来るんですよね?」


 電話で彰人のことを連絡した時に、応援要請を提案した。全国に数少ないキーダーだが、二人や三人居る支部から一人ずつでも来てもらえれば、こちらの戦力が大きくプラスになる。

 しかしマサの表情は険しかった。


「そのことなんだが。少し前に全支部へ爆破予告がファックスされてな。キーダーは管轄支部の護りに徹底するようにって支持が回っちまったんだ」

「爆破予告って! 彰人くんのお父さんから? じゃあ、応援は来ないってこと?」

「あぁ。送り主は不明だが、そういう事なんだろう。一応、敵からの宣戦布告っつうことで避難の拡大を要請したが、それも全く取り合ってもらえんかった」

「そんな……本当に? 彰人くんは他に仲間はいないって言ったんだよ。だから……」

「相手が上手だってことだ。キーダーと国の関係が良く分かってるじゃねぇか。上の命令は絶対だ。だから、ここは爺さんとお前らの三人でやるしかない」


 相手は二人だと言うのに、負ける予感しかしない。

 マサの背後に(そび)えるアルガスを見上げる。

 四階建ての巨大な立方体の建物が、硬い防御壁に包まれている。自分なら全て破壊するのにどれだけ時間がかかるだろうか。

 雪原で見た平野の力が脳裏に蘇り、京子は手に滲んだ汗を握り締めた。


「バスクの力は大きすぎる。一発でドンと終わってしまうなんて事はないの?」


 あれだけの力なら数発でこの建物が消えてしまうかもしれない。


「そうだな。二人も居ると想像より遥かにでかいぞ。でも、どうだろうな。破壊だけが目的なら、それもアリかもしれねぇが、力を使うことはそれなりに体力もいるだろ。目的は復讐だっつったんだろ? アルガスの核を狙うのかもしれないな」

「核って、核施設があるんですか?」


 細い目を丸くして驚いた綾斗に、マサが慌てて「違う違う」と手を振った。


「ここの地下に銀環をコントロールする機械があるんだよ」

「日本に居るキーダーが付けてる銀環は全部ここで管理されてるの」

「ここで、ですか」


 綾斗は眉を上げてアルガスの底へと視線を落とした。


「そこがやられたら、銀環は力を失う。キーダーは生まれた時から銀環に頼りっぱなしだからな、そうなったら力の制御ができなくなって、巨大な力に自滅するかもしれん」

「まさか……そんな」

「自滅ってのは大袈裟だけどな。本来お前達はバスクと同じ力があるんだ。戦闘が始まれば俺達も地下のシェルターに入る。だから自分等の命と核を守るためなら、思い切りやっていいからな?」


 「了解」と頷いて、京子は綾斗と目を見合わせる。レンズの奥が少しだけ不安そうに瞬いた。

 マサはふぅと溜息を漏らし、右手を腰に当てる。


「俺にも力があれば良かったんだけど、こればっかりはな。だから、できることを全力でやらせてもらうぜ」

「ありがとう、マサさん」

「いつ来るかわからねぇが、索敵はレーダーに任せて今は休めるだけ休んどけよ」


 敷地の二箇所に立つ鉄塔に、巨大なラッパ型のレーダーが取り付けられている。普段から起動しているが、一度も非常時を知らせたことはない。


「京子。お前は損な恋愛ばっかだな」

「そんなことないよ。桃也も彰人くんも好きになって良かったと思ってる」


 心からそう思う。過去があるから、今の自分がいる。そして全てが終われば桃也に会えると信じて。

 だから、死ぬわけにはいかない。


「そうか。なら、お前の好きなように戦ってこい」


 静まり返った町に八時のメロディが響く中、京子はマサの激励に力強く敬礼を返し、アルガスの中へと走った。



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