表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/36

16話 その指輪に込められた過去

 六日ぶりの東京は冬の太陽が照りつけ、雲一つない清々(すがすが)しい青空に包まれていた。


 宿泊先のホテルで朝食をとり、十時過ぎには東京に着いた。一週間前なら寒いだろうと思う気温も、東北帰りの京子には春の陽気に感じられ、新幹線を下りるとマフラーを土産の入った紙袋に押し込む。

 体調はまだ万全ではないが、もうすぐ桃也に会えると思うと少々の熱も辛くはなかった。


 私鉄に乗り換え、マンションのある駅に下りたい気持ちを抑えて、綾斗(あやと)と二駅向こうのアルガスを目指す。

 手に抱えた制服と外套(がいとう)が思った以上に重かった。やはり制服を着て来れば良かったと後悔しながら駅からの道を歩く。


 護兵(ごへい)に歓迎されてアルガスへ戻り、京子と綾斗は帰還の報告と土産を渡しに大舎卿(だいしゃきょう)の部屋を訪ねた。しかし本人の姿はなく、入口のランプも赤のままだ。

 忠雄(ただお)から預かった地酒と菓子の入った紙袋に『戻りました』のメモを貼り付け、ドア前に置く。


「あ、今日会議の日かな。もしかして」


 そんな行事があったことを思い出す。新春に毎年行われるそれは全国の支部から代表が集まり、会議と言う名の宴会が昼間から夜に掛けて都内のホテルで行われるのだ。人員不足を理由にキーダーは(ほとん)ど出席しないが、本部からは毎回大舎卿が出ていた。


「そんなこと言ってましたね。今回の出張も最初大舎卿と俺だったみたいですけど、会議のために京子さんになったらしいですよ」

「え。それ本当?」


 初耳だ。終わった後だからいいが、あまり聞きたくなかった情報である。

 しかし今回は寒い状況が多く、倒れた身分の京子としてはホッとしてしまう。


「爺はもう長い出張とかは行かなくていいと思うんだよね。綾斗と私で十分でしょ?」


 「そうですね」と、綾斗がもう一つの紙袋を手に二つ隣にあるマサの部屋の扉を叩こうとした時だった。

 激昂(げきこう)する女の声に、綾斗の手がビクリと止まった。


雅敏(まさとし)さん! 黙ってないでちゃんと答えて!」


 部屋から激しく()れる声に、京子は綾斗と顔を見合わせた。

 ドア越しで姿は見えないが、呼び方と声で彼女がセナであることは明確だ。京子の行動にぷんすかと説教することはよくあるが、マサ相手に感情的になる彼女は見たことがない。


「セナさんですよね、これ」


 綾斗が(ささや)くように呟いて、二人は扉の向こうへ耳をそばだてた。


「どうしてこれがここにあるのよ。本当なの? 偽物なんでしょ? はっきり答えてよ」

「……本当だ」

「そんな! 京子ちゃんはこのこと知らないんでしょう?」


 低く返事するマサにセナが声を荒げる。

 「私?」と京子は綾斗を振り向き、自分を指した。


「ひどい、雅敏さん! 京子ちゃんの気持ち知っててそんなことするの? 彼女がどれだけ苦しんだか分かるの? それに……」


 取り乱すセナを相手に、マサはいつもの偉そうな自信は微塵(みじん)たりとも出さない。


「やめて下さい。アイツの気持ちを知っても話せなかった。まさか桃也とくっついてるなんて」


 京子は眉をしかめ、扉から一歩後退する。自分の知らない話だ。これ以上聞いても自分に都合の悪い内容だということは分かった。

 桃也の名前が出ることにも違和感を覚える。


「京子さん、行きましょう」


 察して綾斗が京子の腕を掴み、廊下の向こうへと促すが、京子はそれを払い首を振る。

 聞かなければならない話だと覚悟するが、セナの言葉は想像を超越(ちょうえつ)していた。


「桃也くんの家族の死因が刺殺(しさつ)だったなんて」


 京子と綾斗は「は?」と同時に呟き、白い扉を見やった。

 頭が白くなると言うことは、こういうことだろうか。

 声を理解できても、二人が何を言っているのか京子にはさっぱり分からなかった。


「しさつ……って? 綾斗?」  


 ぽつりぽつりと口にして答えを求める京子に、綾斗は低く唸って強く扉を引っ張った。

 顔を見合わせた衝撃にマサがきつく目を閉じ、長い息を吐き出した。

 一瞬静まり返る空気を打ち破るように京子が声を上げる。


「マサさん!」


 テーブルの上に、()じられた紙の束が置かれている。表紙は、報告書のテンプレートから抜いたものだ。

 相変わらず整理されていない部屋で、棚の書類が無残に床にばら()かれている。


「京子ちゃん……」

「『大晦日の白雪』の話なの? 被害者はみんなバスクの力で死んだんだよね?」


 バスクが放った力で町の一角に穴が空き、被害者が出たのだと思っていた。あの日何もできなかった自分を恨み、京子は(とむら)いを込めて犯人を捜していた。


 それなのに。

 自分の解釈とは別の所に真実があるなど考えたこともなかった。

 口を開かないマサに、京子は憤りを手に込める。ガクガクと震え出す拳に唇を噛み締め、一番聞きたくない質問を投げる。


「桃也は知っているの?」


 マサは伏せていた視線を上げて戸惑う表情を浮かべるが、やがて静かに(あご)を引いた。


「もういい!」


 (わめ)くように叫び、京子は部屋から走り出た。


「京子さん、待って下さい!」


 追い掛ける綾斗を離し、京子は一人自宅マンションまでの道を全速力で走り抜けた。


   ☆

 マンションに戻ると、部屋に桃也の姿はなかった。

 陽が届かない暗い玄関に胸が苦しくなる。

 汗ばんだ身体にコートを脱ぎ、力なくリビングの椅子に座ると、取り出した携帯電話が着信音を鳴らす。

 綾斗だ。けれど京子はそれを取らずにテーブルに顔を伏せた。


「とうや……」


 本人に届くことのない声。

 綾斗からのコールもやみ、ひっそりと静まり返った部屋に電車の走る音が小さく流れて行く。


 感情的になってマサの所を飛び出してきたが、話は全然理解できていなかった。

 頭の中を整理しようとするが、情報の線が繋がらない。いや、答えに怯えて繋がることを拒絶している。


 あの日の自分の記憶に間違いはない。

 現場に二時間遅れで駆けつけた京子。焼け跡に漂っていたのは、確かにバスクやキーダーが出す能力者の気配だった。


 間違っているのは教えられた情報。

 バスクの力で焼かれた土地に、四人の死者と八人の負傷者。三人の家族を失った桃也は、現場の近くでマサに発見されたが、被害はなかった。


「マサさんと、桃也……」


 何があった? どうして真実を隠さなければならなかったのか。

 『大晦日の白雪』を起こしたのがマサだったとしたら――ふと、そんな考察が浮かぶ。キーダーだったマサに、もしその時まだ力が残っていたとしたら。


 この力は不安定だ。確実なルールなど何もない。

 けれど、もし本当にマサだったとしても、刺殺だという桃也の家族の死因には繋がらない。


「何で、隠したの?」


 不安から逃れるように目を伏せると、玄関の鍵が開く音がして、京子は緊張を走らせた。


「京子?」


 リビングに入ってきた桃也に京子は駆け寄った。

 唇をぎゅっと閉じたままだ。何を言っていいのか分からなかった。


「お帰り。悪いな、ちょっと叔父さんに呼ばれて行って来た。まだ風邪辛いのか?」


 表情を伺う桃也に、京子は首を振る。長距離を走って汗をかいたせいか、身体は大分スッキリしていた。

 けれど、彼を求める気持ちとマサの言葉がぐしゃぐしゃに絡み合って、頭の中は混乱している。


「何不安そうな顔してんだよ。何でも聞くぜ」


 押し黙るように(うつむ)く京子。桃也は肩に掛けていた鞄をソファに下ろし、脱いだコートをその上に掛けた。


「話し(にく)い事なのか?」


 マサたちに聞いた事を隠すつもりはないし、聞かなかったことにする器用さもない。

 真実を知りたいという思いはハッキリしているのに、それを切り出す勇気がない。


 迷って迷って。けれど進むことを選ぶ。京子はゆっくり彼を仰いで、彼の左手をそっと握り締めた。


「この間言ってた大事な話って、もしかして『大晦日の白雪』のことなの?」

「マサさんに聞いたのか? やっぱり行く前に話しておけば良かったな」


 肯定。桃也は寂しそうに笑い浅く頷くと、そっと京子を抱きしめた。


「マサさんとセナさんが話してるのを偶然聞いちゃったの。桃也の両親の最期について。でも、それだけじゃ全然分からなくて」


 いつもの腕の中。声も、ふわりと漂う煙草の匂いも、この数日自分がずっと求めていたものだ。

 髪を()でる手の温もりに溢れそうになる涙を必死に(こら)える。


「京子と一緒になって、きちんと話さなきゃいけないと思ってた。けど、なかなか言い出せなくて。今になって、ごめんな」


 京子は小さく首を振る。

 桃也の心臓の鼓動が速くなるのが分かった。


 そして彼は大きく深呼吸をすると、両手を京子の肩に乗せて緩く笑んだ。しかしそれもすぐに陰る。


「俺は、お前に二つ嘘をついてた」


 彼の手が肩から離れる。

 京子の目の前に、桃也は左の(てのひら)を広げた。

 姉の形見だという銀色の指輪が小指に光る。片時も外される事のないそれに、京子はいつも嫉妬していた。


「お姉さんの形見の指輪……?」


 不安を覚えて尋ねると、桃也は静かに指輪を外す。


「本当は、そうじゃない。これを俺にくれたのはマサさんだ。お前になら分かるだろ?」


 身に覚えのある感覚に、京子は全身を凍らせる。

 ずっと一緒に居て、どうして今まで気付けなかったのだろう。

 指輪が彼を離れた途端に溢れ出した気配は、自分と同じものだと分かった。


 京子は恐る恐る桃也を見上げる。

 そういえばこの間公園で襲われた時、先に光に気付いたのは彼だった。


「なん……で?」

「形は違うけど、キーダーの銀環みたいに力を押さえられるらしい」


 外すことのできる銀環は、キーダーによって結ばれていないものだ。

 つまり、


「バスクなの? 桃也」


 桃也は悲痛に顔を歪ませ、言葉を躊躇(ためら)い、しかし迷いを振り払うように声を吐き出した。


「俺は、人を殺したことがある」

「いや……やめて」


 聞きたくない。

 彼の言おうとしていることが分かった。

 頭の中の混乱の糸が真っ直ぐに繋がってしまう。

 間違いであって欲しいと願うが、桃也はその答えをはっきりと告げた。


「『大晦日の白雪』を起こしたのは、俺なんだ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ