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12話 ホテルでの宴

「ねぇ綾斗(あやと)。綾斗はどうしてキーダーになることを選んだの?」


 仙台での宿はビジネスホテルのシングルルームだ。

 平野の店を後にしてそれぞれの部屋に別れたが、京子がコンビニの大袋を持参してシャワー中の綾斗の部屋に押しかけた。


 綾斗は慌てて羽織ったホテルの部屋着姿で濡れた髪を拭きながら、渡された牛乳パックを手にベッドに座る。京子は家から持ってきた薄緑色のシャツとショートパンツ姿で早速レモン味の缶チューハイを開けた。


 綾斗は袋の中に何本かのアルコールを見つけ眉間に皺を寄せるが、「飲み過ぎないで下さいよ」とだけ注意して、壁に背をもたれ掛ける。


「俺は小さい頃からずっと大舎卿(だいしゃきょう)に憧れてて、親から「大きくなったら同じ仕事ができる」って言われて育ってきたんで、断ろうなんて考えたこともなかったんです」

「そうだよね。私に銀環(ぎんかん)を結んでくれたのも爺で、当時は隕石騒動からそんなに経ってなかったから、英雄の登場に地元がお祭り騒ぎだったみたいだし。凄い凄いって持ち上げられてきたから、断る理由なんて考えたこともなかったよ。実家を出る時はちょっと寂しかったけど、あの頃は自分の力に自惚(うぬぼ)れてたから、毎日楽しかったなぁ」


 出生時の検査で力が認められると、最寄の支部のキーダーが(おもむ)いて銀環を結ぶ。


「へぇ。自惚れてたなんて意外ですね」


 あっという間に空となった缶をテーブルに置き、京子はよいしょと二本目を取り出す。安定の五百ミリリットル缶チューハイで、すだち味をチョイスする。


「京子さんってビールは飲まないんですか?」


 ふとした疑問を口にする綾斗に、京子は「だって苦いんだもん」と顔をしかめて見せる。


「そうなんですか。大人って、とりあえずビールだと思っていました」

「それは偏見だよ。あ、これ食べて。コンビニのだけど。いつもお世話になってるからね」


 横に入っていたプラスチックケースのモンブランを渡すと、綾斗はぱっと目を輝かせる。


「ありがとうございます!」


 いつものしかめっ面がスイーツ一つで緩む様が、見ていておかしかった。


「私ね、平野さんの気持ちはなんとなく分かる気がする。力はやっぱり自信に繋がるもん。『大晦日の白雪(おおみそかのしらゆき)』の後、力なんてなくなればいいって思ったことがあるけど、結局捨てられなかった。マサさんには悪いけど、勝手に消えてくれればどんなに楽かって思ったよ」


 蘇る記憶に目を塞いで、京子はソファの上に両足を乗せ腕で抱えた。右の足首にはまだ大きい湿布が貼られている。


「京子さんはキーダーを選んだことを後悔しているんですか?」

「後悔はしてないよ。キーダーとして、世の中の為に力を生かせて大満足しています! なんて思ったことは一度もないけど、望んでも得られない力を神様が与えてくれたなら、少し頑張らなきゃって思ってる。平野さんも力を取るならキーダーになればって思うけど、歳がなぁ。出生時に力が見つかって、十五で道を選べるのは幸せなことなんだね。せめて彼もあと十年早ければ良かったんだろうけど。爺でさえそろそろ引退すればって思うのに」

「大舎卿は引退するんですか?」

「言っても全然聞かないけどね。爺、何か心残りがあるみたい」

「心残り?」


 最後に残した栗を味わい、綾斗は「ご馳走様でした」と手を合わせ、五百ミリリットルの牛乳パックの口を開けた。一緒に渡したストローは使わず、豪快に直接口をつけて飲む。


「人一倍訓練して、何かを待ってるような気がするんだよね」

「戦いに備えてるってことですか?」

「詳しくは教えてくれないから分からないけど、大分昔に何かあったみたい。隕石の衝突を防いで爺は英雄になったけど、その時アルガスにいたキーダーはみんな爺から離れてしまったの。開放でトールを選んだ人もいるし、関東の本部しかない時代だから、支部の新設でそっちに移ったって言うのが理由みたいだけど」

「寂しい話ですね」

「うん。マサさんの入官まで本部はずっと爺一人だったみたいだし。訓練してるとはいっても、もうご老体だから。何かあった時のために、私たちもフォローできるようにしとかなきゃね」


「そういえば少し気になってたんですけど、大舎卿って本名なんですか?」

「まさか。それはないよ。『大晦日の白雪』の時、新聞社の人が勝手に付けた名前らしいよ。ほら、当時はまだキーダーが影の存在だったでしょ? 本名出すのを本人が拒んだみたい。それで記者が適当にそう書いたら、定着したってことらしいよ。本名は……何だったっけなぁ。ハナさんも「アナタ」って呼んでたし」


 新聞記者の話も人伝いに聞いたもので、実際は京子にも良く分からない話だった。


「面白いよね。その新聞をきっかけに、爺はどんどん英雄として(たてまつ)られて、一時はビールのテレビコマーシャルにも出てたんだよ」

「そうなんですか。でも、ビールってイメージではないですよね」

「三十年前だから若かったんだよ。今じゃ流石に、ねぇ。せいぜい焼酎とか日本酒だよね」


 凄い、と目を輝かせる綾斗。コマーシャルは京子も見た事がなかったが、スポンサーであるメーカーからは毎年夏と冬にはビールの詰め合わせがいまだに送られてきている。

 再び空いた缶をポンと一本目の隣に並べ、京子が三本目へとうつろな視線を向けると、綾斗がすかさず手を伸ばして袋の口を握り締めた。


「ここ俺の部屋ですからね? ちゃんと自分の部屋に帰って寝れますか? 自分の足でですよ?」


 綾斗は袋を持ち上げ、残りの酒を確認する。缶チューハイ二本と細長い瓶の日本酒が一本に、ノンアルコールのサイダーが二本入っている。


「まだ頭ハッキリしてるし、部屋は隣だから大丈夫だよ」

「昨日も同じ事言ってましたよ!」


 ベッドから足を下ろし、綾斗は袋から取り出したサイダーを京子に渡した。


「やっぱり、次はこれにして下さい」


 京子は両手で受け取り素直に「うん」と頷きつつも、不服そうに唇を(とが)らせる。


「綾斗もはやく飲めるようになってよ」

「俺の事より、もう十一時回ってますけど、桃也さんに電話とかしないんですか?」

「しないよ。出張の時は、仕事終わるまでしないって決めてるの」


 これは自分で決めた、自分への約束だ。


「声聞くと会いたくなるから。仕事に集中しなきゃね」

「へぇ。真面目なんですね」

「真面目だもん。こんなんでも一応、キーダーの仕事を最優先させる覚悟はできてるつもりなんだから」

「信念ってやつですか?」

「まぁ、そんな所かな。けど桃也と一緒になって、意識が強くなった気がする。私ね、最初桃也に告白されて付き合い出した時、彼のこと特別好きじゃなかったの。桃也がマサさんを離れてからずっと会ってなかったんだけど、二年前に偶然会って。それで、ごはん食べに行ったりするようになって」


 綾斗に話すつもりはなかった。聞いて欲しいわけじゃない。ただ名前が出た途端、桃也に無性に会いたくなる衝動を掻き消すように言葉を吐き出した。

 綾斗は何も言わず、ベッドに座ったまま相槌だけ打ちながらそれを聞いている。


「私の方が年上だし、彼の言葉を始めは冗談かとも思ったり、彼の気持ちに答えることで、少しは過去が償えるかなとか……ううん、それ以上に突き放すことができなくて、断れなかった。でもね、二ヶ月くらい経って桃也に言われたの。「もういいよ」って」


 京子はサイダーの蓋を開け、少しだけ飲んで苦笑する。


「馬鹿だよね。気持ちをごまかせるほど器用じゃないから、覚悟はしてたんだけど。言われて凄く辛かったの。彼から離れることを想像しただけで、この世の終わりみたいに哀しくて。フラれてやっと自分の気持ちに気付いたんだよ。そして初めて彼に好きって言った」


 ――「やだ。行かないで!」


 必死に握り締めたシャツの感触が、いまだに離れない。

 言い切ったことと蘇る記憶に恥ずかしくなって、上目遣いに綾斗を伺うと、彼は少しだけ笑顔を見せた。


「だから余計に『大晦日の白雪』で何もできなかったことを後悔してる。私なら彼の家族を救えた筈なのにって自惚れてる。これからどうしていいのか、答えは全然出ないよ」


 償おうと言う思い自体、気にすることないと言ってくれる桃也。納得しようと努力するのに、心はずっと晴れないままだ。ただ、彼を好きだという想いだけで一年半を過ごした。


「ここに来る前、桃也に帰ったら話があるって言われたの」

「いよいよプロポーズってことですか?」


 意表を突く発言に、「そんなことないよ」と京子は溜息を漏らす。

 薬指の指輪を一瞥(いちべつ)して、京子は横にフルフルと顔を震わせた。多分そんな浮かれる内容ではない。別れ話を予感して、桃也に会いたい反面、その日が来るのが恐くてたまらない。

 そんな京子を察して、綾斗は呆れたように腕を組んだ。


「プロポーズは大袈裟ですけど、普通別れようとする女の子に指輪なんて渡しませんよ」

「綾斗……」

「早く終わらせて帰りましょうね」


 (なだ)める綾斗に唇を噛んで、京子はもう一度大きく頷いた。



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