一章 七話 フォルタナ ①
シュトラウスの群れから逃げ切った後。何事もなく、無事にクルシュの屋敷がある街──【フォルタナ】に辿り着いたボロボロの悠斗とユリ。
悠斗は直でクルシュの待つ屋敷に行こうとしたが、ユリがそれを強く反対し、仕方なく宿に一泊しようと宿を探している最中、路地裏で破壊音が聞こえた。
「……何だ? さっきの音は」
「分かりません。何かが暴れてるんでしょか?」
「行ってみるか?」
「そう……ですね。行ってみましょうか」
街の市民は路地裏がある方角から、逃げるように散らばっていく中、かすり傷や切り傷でボロボロの悠斗と魔力が少し回復し、動くことが出来るようになったユリは市民達の逆で破壊音が響いて来た路地裏がある方角へと向かう。
悠斗とユリが路地裏に向かっている時も、破壊音は鳴り止まないどころか、むしろ数十秒に一度のペースから数秒に一度のペースになっていった。
悠斗とユリがその路地裏に着き、路地裏を覗き込もうとしたその瞬間、彼の肩を誰かが叩く。
悠斗は破壊音を鳴らす主の仲間に見つかったかと冷や汗をかきつつも、後ろに振り返った。
そこには、悠斗と同じ歳くらいの赤髪の少年──バルド・ソナタが銀髪碧眼の少女──ナタリー・ソルシエを連れて立っていた。
「危ねぇぞ。お前が今覗き込もうとしたところに──」
そうバルドが話している最中に、刃の如き爪を持つ魔物──ザイシュヒタンがユリの前に現れた。
「キャッ──」
──一閃。ザイシュヒタンがユリの首目掛けて、己の腕を水平に振った。彼女は死を覚悟するが、その死はやって来ない。
それは何故か。
「……ふぅ。危機一髪だな」
バルドがユリの首が刎ねる前に、ザイシュヒタンの核である魔石を体ごとぶった斬り、絶命させたからだ。
その理由に、バルドの右手には紅色の大剣が握られている。
バルドの剣撃を間近で見た悠斗は息を呑んだ。バルドの身長ほどある大剣を、何も巻き込まず、ザイシュヒタンだけを斬っていたからだ。
「……すげー」
悠斗は素直に称賛する。その傍、ユリは彼の服の裾を震えながら掴んでいた。よほど、怖かったのだろう。
悠斗はユリの手を握りながら、バルドの方に向き、「ありがとう。ユリを助けてくれて」と頭を下げた。
「気にするな」
バルドは本当に気にしてなさそうに言った。
「俺は悠斗。こっちはユリ。お前は?」
「バルドだ。こいつはナタリーだ。よろしくな」
「あぁ、よろしく」
悠斗達は軽く自己紹介をしてから、悠斗は聞いた。さっきの白い長身の魔物が何だったのかを。
「バルド、さっきのは一体何だ? 何故、ユリの前にいた俺を狙わず、ユリを狙った?」
「あいつはザイシュヒタン。普段は何もして来ないが、自分の顔が見られたら、その見た相手を必ず殺す。逃げることは出来ない」
「つまりは、何だ?俺はバルドに呼び止められ、ザイシュヒタンの顔を見ずに済み、標的にはならなかったということか?」
「あぁ。そうなるな」
悠斗はバルドの話を聞いている中で、ふと疑問に思ったことを口にした。
「なぁ、バルド。ザイシュヒタンは、魔物だよな?」
「あぁ」
「なら、何でこんな街中にいるんだよ」
悠斗の疑問は確かに的を得ている。本来、街というものは、ここ、【フォルタナ】に限らず、魔力で構築された結界が張られている。
相当強力な魔物で無い限り、容易には侵入出来ず、万が一侵入されても、街全体に鐘が鳴り響く。
だが、今回はさほど能力的には強くないはずのザイシュヒタンが街の中に現れるだけでなく、鐘は鳴り響かなかった。
つまり、魔力結界に何らかの異常が発生しているのか、もしくは──
「誰かがこの街に魔物を放ったんだ」
「魔物を放つ? そんなことする奴がいんのか?」
「あぁ、いる。この魔物を放ったのは──」
「──クルシュ様ですよね?」
ユリがバルドの言葉を引き継いで言った人の名前が、明日にでも会おうとしていた人の名前だったことに驚きを露わにする悠斗。
だが、話は止まらず進んでいき、悠斗はついて行けなくなる。
「クルシュ様? お前、まさか」
「はい……私はクルシュ様の奴隷です」
途端、バルドの目付きがうって変わり、ユリを見る目が冷たくなった。悠斗は自分に向けられているわけではないのに、変な冷や汗をかいてしまう。
「それは……本当なのか?」
「本当です」
そして、悠斗は変なことを考え出した。ユリと一緒にいた自分もバルドに冷たい目を向けられる。
──ユリを置いて逃げないと。
そう、本能が悠斗に訴えた。彼は一瞬揺らめいたが、頭を横に振り、ユリの前に立った。
「ユート、どういうつもりだ?」
「お前こそ、どういうつもりだ? まさか、俺のものに手を出そうなんて考えてないよな?」
悠斗は内心なんて馬鹿なことをしてるんだと思っている。だが、彼の中にある、ほんの一握りのプライドと二度と一人になりたくないという想いが、ユリを捨てるという選択を拒んだのだ。
だから、悠斗はどうにでもなれと思い、言葉巧みにバルドに嘘をつくことにした。
「こいつは俺のもんだ。クルシュとか言うクソな奴のもんじゃねぇ。俺はこいつとともに歩くと決めたんだ。もし、それでもユリに手を出すなんて言い出したら、どうなるか分かるよな?」
悠斗の中で奈々子との記憶を灰とし、殺意を芽生えさせ、育てた黒い炎が息を吹き返したように今、燃え上がろうとしている。
だが、その黒い炎はすぐに消えた。バルドがわびたからだ。
「……悪かった。そこまで言うなら、手を出しはしないよ。それに、ユート。お前は勘違いしてるかもしれないが、俺はそもそもお前の考えてることをしようなんて思ってない」
「そうなのか? ならいいんだが」
バルドの目付きが元に戻り、自分が思っていることをしないと言ったバルドを信じて、悠斗は密かにあった殺意を分散させる。
「ユート。そんなにその子を想ってるなら、強くなって守ってやれよ。今のお前じゃ、その子どころか、自分すらも守れない。……言わなくても分かってると思うがな」
「あぁ、分かってる」
自分が弱いことを、バルドに断言され、改めて思い知った悠斗。悠斗は絶対に強くなると心に秘めて、バルドに別れを告げる。
「じゃあな、バルド。また、どこかで会えたら、今度は一緒にデカイ何かをぶっ倒そうぜ」
「あぁ、そうだな。またどこかで会えたらな。……行くぞ、ナタリー」
「……ん」
バルドとナタリーのコンビの背中を見送り、見えなくなった後、悠斗とユリのコンビはまたユリの案内で宿を探す為、歩き始めた。
「俺らも行くか、ユリ」
「はい!」
己の弱さを知った悠斗と彼の存在が自分の中で既に大きくなっていることを知ったユリ。
バルドとの出会いで、改めて知ったこと、新たに知ったことを胸に秘めて、悠斗達は進んで行く。
この先に何があろうと、
「こいつと一緒なら」
「この人と一緒なら」
「「なんだって出来る気がする」」
そう二人は思い、悠斗は表情を柔らかくし、ユリは頰を赤らめた。
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一方、悠斗達と別れた後、バルドは立ち止まっていた。
「……あいつ。一体何者なんだ? あの殺気は……魔王軍の幹部と同質。いや、それよりもっと……」
「大丈夫……?」
「あぁ、大丈夫だ。心配かけてすまねぇな、ナタリー」
一級冒険者であるバルドとナタリーは、悠斗の殺気が異常だということを共有した。
二人は思う。決して、悠斗と敵対してはならないと。もし、敵対してしまったら、死を意味すると。
これは、悠斗の殺気を目の当たりにした者だけが、共有出来ること。もし、彼の殺気を目の当たりにしていなければ、共有出来ないどころか馬鹿にされ、彼は“ステータス”一桁の雑魚だと思われるだろう。
バルドとナタリーは、悠斗ともう二度と出会いたくないと思いながら、歩みを再開する。
だが、彼等はまだ知らない。この先、悠斗達とある強敵と対敵し、勝利を分かち合い、互いを認め合う仲になることを。