一章 四話 無能
「な、何だ貴様は!」
「……」
目の前にいる中年の男性──バルタ=ティトス=ファトラの問いには応えず、地面に衝突した際に打ちつけたお尻をさすりながら、立ち上がる悠斗。
悠斗は辺りを見回し、本当にここがアルトリアの言った通り、異世界なのだと悟った。
何故なら、今悠斗がいる広間は、床に赤い毛の立っているカーペットが敷かれており、それが一番奥に置かれている二つの王座まで続いていた。天井にはシャンデリアのような眩い光を放つ物が吊り下げられていて、まさしくここは、世界史の教科書に取り上げられていそうな王室そのものだったからだ。
そして、王室に相応しい格好をしている、バルタとその隣に立つ、美しく麗しい女性──マリア=ティトス=ファトラ。
マリアの外見は、バルタと全く見合っておらず、何故彼女が彼と結婚したのか、誰もが理解出来ないだろう。
バルタ達が今、悠斗がいる国の王様と女王だ。その他にも王室の壁際に佇む礼儀正しい兵士が右側にも左側にも等間隔に並んでいる。
そして、後ろには悠斗をいじめていたクラスメイト達がいた。彼らは彼がここに突如現れたことに驚いていたが、誰一人として喜びを感じている人はいなかった。
「お、おい。聞いているのか!」
「……聞いてますよ」
「なら、名前を名乗れ」
「名前……何だっけ。……あ、そうそう、轟悠斗です」
「トドロキ・ユートだあ〜? 変な名前だな、おい」
「僕の名前が変なら、後ろにいる奴らも変でしょう?」
「後ろの方達を知っているのか?」
「当たり前です」
「……ということは、あなたももしかして……」
「もしかしなくても、そうですよ」
そう言った瞬間、顔を青ざめるバルタ。バルタを見て悠斗は、「何でそんな顔するんだ?」と、首を傾げた。が、すぐに察した悠斗は「なるほど」と納得した。
その反面、顔を青ざめさせ、体を震わせているバルタは、懐から金属の板のような物を取り出し、おそるおそる悠斗に渡した。
「何これ」
「これは、“ステータスプレート”と呼ばれる物で、“アーティファクト”の一種です。ユート様」
「“ステータスプレート”ねぇ〜。……それで、僕にこんなの渡して何しろと言うんです?」
悠斗はめんどくさそうなことを言われそうな気がして、肩を竦め聞いた。
「それはですね──」
バルタの話を要約するとこうだ。今、この世界は二つの勢力が戦争をしており、一方が魔王率いる魔族、もう一方が我々人間族。しかし、戦力差は歴然で、魔王軍に人間の領土が一方的に占領されているらしい。このままいくと、半年もしないうちに全ての領土が魔王軍に占領され、人間の住める場所が無くなる。そこで、唯一の神──シュトラがそれを止める勇者として、地球人を召喚した。
そして、彼らに“ステータスプレート”を渡し、戦闘職の“天職”を与えられている者は魔族と戦い、非戦闘職の“天職”を与えられている者には戦闘職のサポートにあたってもらうらしい。
「……話は分かった。それで、その“天職”というのはどうすれば分かるんだ?」
「“ステータスプレート”に自分の血を付けてくだされば大丈夫です。……どうぞ」
“天職”の調べ方を教えた男は、血を出すための針を悠斗に渡した。彼は男の言う通りに、自分の左手の人差し指に針を刺し、血が十分な量出ると、“ステータスプレート”に擦り付けた。
悠斗の血に反応した“ステータスプレート”は、黒い光を放つ。光が収束すると、“ステータスプレート”に文字が浮かび上がっていた。
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トドロキ・ユート 15歳 男
天職:
レベル:1
筋力:3
体力:6
耐性:5
敏捷:8
器用:7
魔力:4
魔耐:5
技能:言語理解
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悠斗の“ステータスプレート”には、“天職”という欄があっても、それが何なのかは書かれていなかった。
彼は直感的に見せてはダメだと思い、制服の胸ポケットにしまおうと思ったが、時既に遅し。
悠斗の“ステータス”を傍で見ていたバルタは顔に付いている贅肉をプルプル揺らし、起こり始めたのだ。
「……何だこの“ステータス”は! 全部一桁ではないか! 技能も一つしかない。……貴様。嘘をついたな! おい! そこのお前! この“無能”を王都から追い出せ!」
悠斗は、右側の一番前で佇んでいた兵士に拘束され、無理矢理歩かされる。そんな悠斗を見て、クラスメイトの一人、小木沼勇気が嘲笑交じりに言った。
「おいおい、轟。お前、自殺したんじゃねぇのかよ。お前がここに来て少し驚いたが、やっぱりお前はここに来ても弱いな。王様の言う通り、お前は“無能”だ」
勇気の言葉を聞いた他のクラスメイトはゲラゲラと嗤い始めたが、悠斗は何も感じなかった。怒りも呆れも悲しみも。
悠斗は王室から出て、高価そうな絵が飾られている廊下を歩き、王宮から出た。そして、そのまま歩かされるまま歩き、知らぬ間に東西南北の四つあるうちの南の門まで到着していた。
拘束を外された悠斗は、門の外まで追い出され、門を閉じられた。彼はこそばゆい草の上でペタリと座り込み、今に至る。