一章 一話 死ぬ前の話
閲覧注意かな?
「……マジで……どうしよう」
そう呟くのは、月明かりに照らされる轟悠斗だ。
彼は昼間なら大層気持ちの良いであろう草原に座り込み、先程の言葉を幾度も呟いている。
従来の異世界転生なら、このようなことにはならかっただろう。しかし、悠斗はなってしまったのだ。
──自分が無能だったから。
悠斗は異世界に転生する前の事、そして転生してからのことを、走馬灯のように思い出していた。
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轟悠斗は今年で十六歳の高校一年生だ。彼は小、中学校と何らかのクラブや部活に入ることは無く、内気で臆病な性格だったが、友達に恵まれたのか、いじめからは遠い存在であった。
だから、高校に入学する際も、どうにかなるだろうと思っていたが、その考えはいとも簡単に破られてしまう。
悠斗の性格から、友達作りは難しく、話しかけようと試みても、勇気が出ず、結局一週間、一ヶ月と刻々と時間は過ぎて行き、友達は出来ずじまい。
だが、幸いにも悠斗のクラスには幼稚園から縁がある幼馴染がいた。
名前は、笹井奈々子。悠斗の性格とは真反対の性格で、嫌なことは嫌だと主張出来る。彼の憧れであった。
奈々子も悠斗と同じく、自分から進んで友達を作るタイプではなく、どちらかと言えば、一人を好む一匹狼のような女性だった。
しかし、文武両道で先生からの人望は厚いだけでなく、容姿端麗で男子からは勿論、女子人気も高かった。それもあってか、奈々子の周りにはいつも人が溢れていた。
羨ましいと内心思っていた悠斗。自分もそうなりたいと思ったが、すぐに無理だと悟り、勉学に励むことにした。
そして、高校初めての定期テストである、中間テストでは、クラス一番、学年でも十番以内に入るという悠斗自身、ありえない結果だった。
それは嬉しくもあったが、不安でもあった。自分みたいな暗い人が、人気者である奈々子よりも成績が良かったなんてことを、みんなが知ったら、どう思われるのかが怖かったのだ。
それからしばらくして、悠斗の不安は的中した。彼はいじめられ始めたのだ。初めは、クラス内でのいじめであったが、徐々にエスカレートしていって、一ヶ月後には高校全体からいじめられるようになった。
しかし、そこまで発展しても教師は気付かなかった。それは何故かと聞かれると、いじめっ子達の計画が凄すぎると言う他ないだろう。
既に実行された計画の一部分だけあげるとするならば、一学期の中間テスト後に一回だけある唯一教師に体を見せる機会がある身体測定。
その日の一ヶ月ほど前から、殴る蹴る、高いところから突き飛ばしたりといった暴力はしない。だから、痣などの外傷は消えてしまい、見つからないのだ。
そして、身体測定が終わると、再び暴力を振るわれる。だから、悠斗の体は外傷が癒えたとしても、再び負わされるから、ボロボロだった。
その体の外傷とともに、悠斗の精神も磨り減っていき、彼は人間不信に陥いりそうになった。もう、自分自身ではどうする事も出来ず、自殺を図ろうとさえしていた。
だが、悠斗はそれを実行に移す勇気が無かった。それに、彼にはまだ自分を愛してくれている両親、姉、妹、祖父母、そしていつも味方をしてくれていた奈々子がいたから、生きることが出来た。
それからも毎日毎日、ボロボロになりながらも日々を過ごしていた。しかし、ある時、いじめはふと終わりを迎えた。
いや、終わりを迎えたのではなく、いじめの標的が移っただけだった。悠斗から奈々子へ。
その事を知らない悠斗は喜んだ。しかし、神はどれほど残酷なのか、経ったの数日で再び彼にいじめの影が忍び寄った。
前回のいじめとは姿形を変えて。
今回の方が、悠斗にとっては耐え難いものだった。何故なら、いじめの主犯格が奈々子だったからだ。
彼女は幼馴染に向けるには不相応な瞳を悠斗に向けて、こう言い放った。
「……轟死んで」
悠斗は理解出来なかった。
奈々子が何でこんな事を言ったのか。
何でみんな嗤っているのか。
何でいつも自分なんだろうか。
どうして彼女は辛そうにしているのだろうか。
「ど……どうして? 僕、何か悪いことしたかな? もし、そうなら僕、頑張って変わるから! だから……だから……その手に持つナイフを離してくれないかな?」
無意識に口を開いていた悠斗。その言葉を聞いて、動揺を隠しきれない奈々子の黒瞳は揺れ動いていた。
しかし、その揺れはすぐに収まり、彼女は言った。
「……私、犯罪者になるの嫌だから、自分で死んで?」
奈々子は手に持っていたナイフを投げ、悠斗の目の前に落ちた。彼は彼女とナイフを交互に数度見てから、再び口を開く。
「どうして……」
「死んで」
「何でだよ……」
「死ねよ」
「だから、何で死ななきゃいけないのか、聞いてるんだ……」
「死ねって言ってるの! ……私の為に……私の為に死んでよ!」
最後の言葉だけは、脅迫というより、お願いだった。奈々子のお願いでも、流石に死ぬことは出来ない悠斗。
「無理だ。僕にはまだ死ぬ勇気が足りないんだ。たとえ、僕が死ななきゃ、君が地獄に行かなければならなかったとしても。……僕はそこまでお人好しじゃない」
「……そう。なら、死んで?」
「……は?」
奈々子の言葉に、悠斗の口から間抜けな声が出た。
「……何で? 奈々子は僕のこと嫌いになったの?」
「……今。嫌いになった」
教室の中心にいる悠斗と奈々子を囲むように立つクラスメイト達は、この先どうなるのか見守る者、嗤う者、見下す者。様々いたが、どの視線も彼にとっては痛く、苦しく、辛いものだった。
早くこの場から逃げ出したいと思った。だけど、逃げれない。この場から逃げるためには、もう──
「……分かった。死ぬよ。家族には悪いけど、先に逝かせてもらうよ。好きな人に振られたしね。でも……最後に言ってもいいかな?」
「何」
「僕といままで一緒に居てくれてありがとう。ずっと、僕の憧れで……その、大好きでした。じゃあ……ね、なーちゃん」
悠斗はナイフを手に取り、奈々子に笑いかけてから、自分の首筋に刺し、最後の力を振り絞ってナイフ抜いた。彼の身体は倒れて、刺した場所から血液が噴き出し、それに伴い体温が奪われていく。
その中で、虚行く悠斗の瞳には、奈々子の言い表しようのない表情が最後まで映っていた。
そして──────────轟悠斗は、経った十六歳という若さで人生の幕を閉じた。
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「おお! 素晴らしい、素晴らしいぞ!」
そう称賛するのは、顎肉を揺らしながら、唾を飛ばす豪奢な衣装を身に纏った中年の男性だ。
その男性の目の前には三十人ほどの男女が転がっていた。