アイスクリームが見せた夢
あー、彼女がほしい!
と、町田犬は吠えていた。
今年、高校1年生になった町田、彼は片思いをしている。同じクラスの望月愛羅に、である。
今度、男女のグループでプールに行く事になって、夏休みに久しぶりに見た望月はますます大人っぽく見えて、綺麗で、可愛いかった。
でも相手とは接点が無く、メアドとかも知らなく、望みなんかなさそう……。
そんな事を思っていた折、ある蒸し暑い夏の夜。どうしてもアイスが食べたくなって、家の近くのコンビニに町田は買いに行った。
その帰り、公園で食べようと入ったら、ブランコに、まさかの彼女が居た。望月である。「何してるの?」
驚いた様子で顔を上げた彼女は、町田を凝視すると、安心した様で「なーんだ」と細い声を出した。
「家のエアコンが壊れちゃってて。暑いからって、出て来ちゃった。ええと、町田くん……近所に住んでたんだね。知らなかった」
「そうなんだ、エアコンが。大変だなー、そりゃ。暑すぎて飛び出したクチ、俺も。だなー、行きも帰りもすれ違う事も無かったな、今まで」
さりげなく、隣のブランコに腰かけた。かなり緊張していたが、相手もそうなんじゃないかと思い、話しかける。
「あのさ」「え?」「……町田くんて、何で……"犬"なの?」
と、聞かれた。突然の事で、町田の頭では混乱してマチダ祭りが開かれる。
どうやらずっと疑問に思っていた事らしく、満を持して聞いた、らしい。と、いう事は入学してから関心があったという事だろうか、町田は嬉しかった。
「えーっとね……」
だが関心が犬。名前だった。それに答えねばならないが。
「話せば、長くなるんだけど」
それを1分でまとめた。親が犬好きだったらしい。「ええ~、それでぇ?」と、おかしく笑っていた。町田にしてみれば名前のせいで同級生にはからかわれ、犬扱いされ、はた迷惑でしかないと嘆いている。
愛羅。愛羅、ていいよな。親からはいっぱい愛されてるーって感じで。
町田がそう言うと、望月愛羅は「そんな事ないよ」とうすら笑った。
「あのね、ウチだって大変なの。弟が病気になったせいで、両親が別れちゃうかもしれないんだ……」
俯いて伏せた。泣きそうなのを堪えている様にも見える。戸惑い、どう返事をしていいのかが分からず、「きっと、何とかなるよ」と、そんなつまらない事しか言えなかった。「うん……」
せっかく縁あって会えた2人だったが、すぐに別れてそれぞれ帰路に着いた。
アイスクリームは、家に帰ってから見ると溶けてしまっていた。冷凍庫に入れる。
*
友達の沢田に誘われて、沢田の伯父が経営しているというペンションに宿泊で遊びに行く事になった。廃園になった遊園地に黙って行って警察呼んで騒ぎを起こしたせいで外出禁止だと怒られてしまったけれど、夜にキャンプをする予定に変わりは無かったから、用意をするために、近場のスーパーへ伯父さんと買い出しに出かけた。
町田だけでなく沢田や一緒に遊びに来ていた小学生の子らが居たが、それぞれ思い思いに別れてしまっていて、町田はひとりになった。アイスを買い、近くになんか無いかなと周囲を見回すと、山ばかりがあり田畑や民家がちらほらとあるだけで、のどかだった。
猫も数匹居る様で、その中でも白い猫が目についた。「……」と、猫は表情もなく、町田を見つめている。
暑いのか店の日蔭でウロウロとさ迷っていたが、アイスを食べだした町田の足元をすり抜けて、どこかへと走り出してしまった。
(何処へ行くんだろーな……)
買い物が終わるにはまだ時間がかかりそうだし、と町田は猫を追ってみる事にした。暑いが、風が気持ちよく吹いてくる。まるで町田を何処かへと歓迎している様で、足が自然と進んで行った。
猫を追って山の方だと思ったら、神社を見つけた。階段があり鳥居へと続いていて、小さいが全体的に木陰で涼しく休憩などにはもってこいの場所だと言える。
(あれ……?)
不思議な顔をしたのには、訳があった。
思いがけない出会いがあったからである。
「望月さん」
「え? 嘘」
食べかけのアイスを落としそうになった。鳥居をくぐって進む方向に誰か居るなと思ったら。長めの髪を束ねて白いワンピースを着ていた女性は、望月愛羅だった。
何でこんな所に、とお互いがそう言い合う。「すごい偶然だね~」感激だった。
どうやら近くに遊びには来ているらしく、これ以上に突っ込む話でも無かった。
望月は明るく、気丈にも大声で発表した。
「ついに、お別れとなりました!」
一瞬、何の事かと心配した。「ああ……」そうか、と思い出す。「親が……?」おそるおそる聞いてみる。先日、会った時に打ち明けられた事。両親が別れて――おそらく離婚か別居だろう、その事を言っているのかと確かめた。
「離婚するって?」「うん」
「そっか……」
それはそれで悲しい事柄だが、それで愛羅はどうなるのかが気になった。即ち、学校は? 引っ越しは? 転校は?
「迷ってる」
頼りない、不安そうな顔で佇んでいる。聞けば、転校せずに残る事はできるという。母親と弟が残り、父親が北海道に出て行くらしい。「北海道……」随分と遠いな、と町田は感想をもらした。「もともと、漁師だったみたいなんだよね」と深く溜息をついている。町に馴染めなかったみたいだとも言った。
家事もろくにできない父をひとりにするのが心配でたまらない、ついて行こうかな、と考えているらしかった。
「きっと、迷惑がられるんじゃないかと思うけどね」
自分には自分の将来があるだろ、とか言われそうだと、かすかに笑っていた。
自分には無い境遇に同情した。彼女の心は揺れている。将来をどう考えているのかは知らないけれど、引きとめるものが彼女には無いようだった。行かないでほしい、転校しないでほしいと言えば従うのだろうか。それは違う気がする。父親について行きたいと思う事は、彼女の意思である。
ならばどう決断すれば納得いくのだろう。分からずに迷っている。町田も迷っている。
「あ」
「ん?」
「当たりだ」
町田が食べていたアイスだが、食べ切る頃になると"あたり"と書いた文字が棒に出てきた。
「よかったね」
にこ、っと望月は微笑んだ。それを見た時に、町田はつい口を開いた。「あのさ!」と、声を張り上げてしまったために望月はびっくりした顔で町田を見ている。
「望月の、その、"芯"がさ、変わらなかったら、いいね」
「え?」
「なんちゅうかその、あ、アイスは溶けちゃってもさ、望月のその、お父さんを支えてあげたいっていう、"芯"が、ブレないってんなら」
たどたどしく、棒を見つめながら、町田は言い続けた。「いいかな、って……」一体何が言いたいんだ俺は、と恥ずかしい思いをしながら汗が止まらなく背中が濡れていた。
持っていたアイスの棒を目で指しながら、望月は悟った様で、「そっか……」と目を伏せた。
周りからたとえ反対されようとも。
君は変わらないでほしい。そのままで居てほしい。
こうしたいという意思があるなら、貫いてと、
きっと町田はそう言いたかったのだろう。
別れたくはないけれど、でも、と。
当たりの棒を見つめて。
夏休みが、明ける。
*
望月は、居なかった。
転校してしまったらしい。二度と学校に来る事は、なく。
空っぽになった席は、クラス替えが行われる来年まで、空っぽのままだった。
*
何年か経って――
東京の、とあるカフェで再会する事にはなるのだけれど、
彼女は、望月は、雰囲気は全然変わってはいないのだけれど、
……太ってた。
「食べ物が美味しくてー」
何なんだそれ、北海道って、魚って、太るっけ? と即座な疑問をぶつけてみると、「北海道? 転校したのは、福岡だけど」と、どうも話がかみ合わない事が発覚した。
彼女は九州男児に憧れて旅立ったそうだが、酒を飲みまくったり食べまくったりで太ってしまって現在は病活中だという。何て事だ。
アイスクリームが見せた夢。
あれは全部、嘘だったのか? 何て恐ろしいホラーだ、アイスの棒より心が折れる。ぼき。
彼女と別れた後、アイスを買った。レモン味のかき氷をクリームで包んだアイス、甘酸っぱい思い出の味がした。
次は、どんな夢を見るのだろう。いい夢を見させてくれよ。
《END》