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3.恐怖が始まる

 園内に入ると、真っ先に目についたのが出入口ゲートと案内看板、地図だった。端にチケット売り場があり、ここで買ってゲートをくぐるのだろうと分かる。ウサギやリス、ゾウといった動物のキャラクターや風船が看板などに描かれていて、とても遊園地らしい明るく楽しい演出である。だが……言わずもがな、所詮しょせんは過去のもの。通ってきた門と同じく、びて欠け、傷みはこの上なく激しく、笑っている動物達の表情が、ただ、さびしい。誰か居ませんか。聞こえるのは風や遠くで鳴く鳥の音、カランコロン、転がっていく空き缶やペットボトルの音。取れかけた屋根が壁にぶつかっている音、紙くずが飛んでいく音……。

 蝉の声、チリリーン。「わっ」蝉ではなく鈴の音だった。「猫だ」気配があった。

「何でこんな所に猫が?」

「分かんない」

 発見したのはアリサ、優衣だった。今は無人でさびれたチケット売り場のカウンターの下から、駆けて何処かへと行ってしまった、白の猫。だが、耳や手足は黒っぽかった気がする、とアリサは首を傾げた。

「クマじゃないね」

 隣に藤川が立つ。ドキン、と心臓が反応した様だが平静をよそおった。「だねー。パンダみたいだった」と冷や汗を隠す。「パンダの尻尾は白いらしいよ」藤川が笑った。

(猫、好きなのかな……)

 チラッと、藤川のスマホの画面を見た時に待ち受けの画面が猫であるのを知っていた。飼っているのかは知らないが、好きでなければ待ち受けにはしないだろう。アリサも猫は好きだった、ショルダーのカバンにもキーホルダーを付けている。家では2匹飼っていた。

「おーい、これ見とけよ、お前らー」

 背後で呼んでいたのは高校生チーム、沢田(兄)達だった。園内地図の大きく描かれた看板の前に立っている。所々に剥げてはいるが、だいたいの場所はちゃんと見れた。

「現在地がここで、南ゲート? ああそうか、奥に北ゲート、ってとこもあるんだ。駐車場があるみたいだな」

「結構広いから、迷わない様に気をつけようぜ。こんな所で遭難そうなんしたくない」「だな」

「絶対に、勝手に行かない事。相談する事。何があるか分からないから慎重しんちょうにな。全員、固まって行こうぜ!」「おう!」

 円陣を組もうか迷ったが、それはナシになった。「でもさ」「ンあ?」「俺達って……」

 ふいに、目立たなかった新井が、皆が盛り上がっていたさなか、口をはさむ。

「何の目的で来たんだっけ?」

 がびーぬ。

 全員、動きが止まっていた。目的って、あったっけ? 慌てて、過去をさかのぼる。「言い出しっぺは、そこの女子」皆の目線は一点に集中した。「はい、わたしです……」アリサは、おずおずと手を挙げる。「クマ探してたんだっけ?」と、沢田(兄)が聞いてきた。「そうです……」悪い事をして説教されている子どもの姿に見えた、汗が引かない。

「いやいや、君は何も悪くはないから。ここへ行こーと言い出したのはウチの弟だし」

「そうそう。親に黙ってきて、ややこしくはなったけど。それって俺達のせいだから。気にすんな」

 そう沢田兄弟は主張する。親に黙って、という所が引っかかったが、彼らに悪気は無い。アリサにはありがたかった。

「夢の話なんだよね。観覧車、花畑、得体のしれないクマ。どう? 見比べて……」

 アリサは落ち着いて答えた。「観覧車だけは間違いありません」それは自信があった。花畑は見つけていないが、園内の何処かにはあるのかもしれない。クマも、何処かにヒントが隠されているのかも。

「深野女子が見た夢の謎を解く。果たしてここが、彼女の見た夢の遊園地だったのか。特派員は、真実に迫る」

 片手でマイクを持った格好をして、沢田はその場を走り回った。もーいいんじゃない、とアリサが言いかけた時。藤川が、これ、と、青ざめた顔をして指さした。

「藤川くん……?」

 不吉な予感がして、藤川が指す看板を全員が見上げた。さっきまで見ていた園内の案内地図だったが、横に主なアトラクションが名前で表記されている。『たのしい! ジェットコースター!』『すごいぞ! アクアツアー みずのたび』『ケンちゃんの! ミラーハウス』……などなど。

 これが一体どうしたんだろうと藤川を見た。ケンちゃんに何か問題が? 『レイコもうれしい! かんらんしゃ』などと書いてある。どういうネーミングセンスなんだろうと当時の園長の趣味を疑ってしまうだろう。

 やがて藤川は頭をかかえた。話すべきかどうか、さん々と迷っているらしい。

「あのー、もー、気になってしょーがないんですけど。言っちゃってくれます?」

 ごうを煮やしてマチダが言った。ウンウン、と他も頷いて同意している。「この、頭文字なんだけど……」と、藤川は黙っているのを諦めて、説明した。

「頭の文字だけを、読んで下さい」

 うながされて全員が一斉いっせいに着目した。看板に書かれた、アトラクションの名前を改めて見る。


 たのしい! ジェットコースター!

 すごいぞ! アクアツアー みずのたび

 ケンちゃんの! ミラーハウス

 てくてくおさんぽ! ドリームキャッスル

 くるくるまわるよ メリーゴーラウンド

 レイコもうれしい! かんらんしゃ


 アリサは悲鳴をあげそうになって口を押さえた。「ひっ」と、声に出したのは優衣である、後ろに後ずさりアリサの服を引っ張った。


 たすケてくレ


 頭文字だけを読むと、たすけてくれ、助けてくれ。

 偶然とは考えられない事実がある。「誰がこんな――」意図したものであろう。

「ある特定の順にアトラクションを巡ると、"子ども"が現れる」

 藤川は無表情になって知っていた情報をもらした。ネットで読んできた内容を、そのまま覚えて伝えているのだろう。皆は黙ってそれを聞いた。

「ジェットコースターの落下事故は、誰かが落ちて死んだというのが一番有力な説だけど、原因どころか本当に何が起こったのかが不明なんだ。誰に聞いてもあやふやで、まるで事実を隠そうとしているかにも思えるよ。そして珍獣らしい【スノーバキア】はアクアツアー中に行方不明になっている。正体不明の生物に食べられたんじゃないかって噂だ。ケンちゃんはともかくとしてミラーハウス。火事になったらしいんだけど、入った女性客がひとり出てこれなくて救助された時には顔に大きなヤケドをしたそう。それは治ったらしいけど、あまりの恐怖で精神的におかしくなってしまったんだって」

 アトラクションのひとつひとつに、不幸がある様だ。

明瞭めいりょうに死亡者が出たって分かっているのは、ドリームキャッスルの事件。スタッフの点検ミスによる、地下室の冷凍庫にお客さんを閉じ込めた事件だ。朝方に凍死死体で見つかった。ついに死亡者が出てしまった事で、廃園が決定したそうだよ。ここでさらに気に病んだ経営者――園長だろうけど、死亡している。はじめは自殺かと報道されてたらしいけど、死因は心不全。妻と、子どもが2人いたが、子どものうちの1人は謎の失踪。現在も見つかってはいない」

 不幸が不幸を呼ぶ、不幸の連続。聞いてて、皆はどす黒いものに押しつぶされそうになっていた。「もーいいわ」と、高校生チームは手を振って離れた。

「ジュース買ってくる」

「あ、俺も」「俺はこいつらと残っとくわ、行ってきて」

「あ、僕は行きます」

 結果、ムライとマチダは沢田を連れて兄の方は残り、藤川、アリサ、優衣、新井も待つ事にした。

 別れてから、何処で待とうか? という話になり、ゲートをくぐるとすぐにジェットコースターの入り口や他のアトラクションが見えてきて、間にあるベンチで座っていようと決着した。

(大丈夫かな……)

 ベンチの隅に腰かけて、アリサは不安でいっぱいになっていた。気のせいだろうか、藤川の話から何となくギクシャクしている感じがする。知らなければよかったのかなと、アリサは考えた。

「優衣」

「ん?」

「怖くない?」

「んー、っていうか、怖いけど、まだ昼間だし、みんなが居てくれているし……」

 そうは言いながら、やはり不安そうな表情をした。「ちょっぴり、怖いかな……」明るい話を探そうかとかすかに笑う。

「言わなきゃよかったな」

 同じベンチに座ってスマホを手に持っていた藤川は後悔しているらしく、表情はかたく、暗い。そんな事ないよとアリサは言ってあげたかったが、黙っていた。

「事実や噂、全部言う必要なんか無いんだよな。俺も怖い。見えないものが」

 ……もしかして泣いてる? アリサはつい、「わたし、来てよかったよ!」と興奮気味になって言った。

「藤川くんが調べてくれなかったら、夢の事がモヤモヤで収まらなかったと思うの。沢田くんが連れてきてくれなかったら、わたし、自分の気持ちに気づかなかったと思う!」

 アリサは鼻息荒く空を見た。見て、空はこんなにも明るいのよと教えてあげたいくらいにテンションが上がっていた。お馬鹿に見える。

「自分の気持ち?」

 藤川が何の事かと目で訴えている。「ああいやその」アリサは運動でごまかした。えいやあ。立って手を伸ばす運動を。

「あれ、変だな」

 新井が言い出した。「え?」

「あの観覧車、回ってない?」

 新井の視線の方向に、山を背景に観覧車があった。白いので色がえて目立つが、じーっと目を凝らして様子をうかがっていると、確かに、新井の言った通りに動いている。

 ここからあそこまで行くには、数々のアトラクションの間を抜けて、山の方へとやや坂になった道を行かねばならない。観覧車は園内では一番奥にある。北ゲートから行けば近いのだが。

「どうして動いているの? おかしい!」

「変だな2」

「まだあるの新井くん?」

「お兄さんが居ません」

 半分と手を挙げて新井は告げた……蒼白そうはくに顔を染めながら。はじめ団体で行動せよと誓っていたはずなのに。その沢田の兄が、さっきまではベンチの横で外灯の柱にもたれて目を閉じて瞑想めいそうをしていた兄が、忽然こつぜんと姿を消していた。

「今頃になって気づいた変だな3」

「新井くんてば、あるのまだ」

 一呼吸おいた。

「あの人達は…………何処にジュースを買いに行ったのでせう」

 笑いをとろうとして失敗した様だ、シーンと、静まりかえっている。「笑えんわ!」ツッコミの神の声が聞こえた。

「全部変だよフォー!!」

 アリサもおかしくなって吠えている。

 閉園しているのに、店や自販機なんて稼働かどうしているわけがない。何故気がつかないのか、混乱しているのか。

 風向きが変わってきていた。くすくす、くすくす。葉の摩擦まさつの勢力が上がる。


 がさがさ……


 森の繁みから、白いものが飛び出してきた。


 ほら、始まるよ。始めよう……。


 変だな5、


 こんな時なのに、全員、睡魔すいまに襲われたのだった。



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後書き あゆまんじゅう。こちら
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