働きたくない凡人錬金術師がスラムの子供をさらって仕込み、養ってもらうはず……だった話
17/7/2 21:18追記:
なんだか思いつきで書いた割にはPVとか評価して下さった方いたみたいなんで、弟子視点をこっそりごっそり後半に追加しておきました(・∀・)
そういやあんな話あったな、とでも思って再度開いてくれた方、或いは新たに琴線に触れたなって方にお楽しみいただければ~。
……今更だがタイトルめっちゃ適当だなこれ。もはや手遅れだけど。
俺の名前は『グランニート・レインジー』。
今年で三十五になるナイスガイで、仕事はいわゆる錬金術師というやつをやっている。
いや、やっていたというべきか。
なぜなら俺はいま現在、かつては憧れてやまなかった”ヒモ生活”を送っているからだ。
え、どうして”かつては”なんて前置きを付けるのかって?
それはいま現在俺を養っている人物が。
俺の想定をはるかに超えた”天才”であったことにすべての発端がある。
「お師匠様、ただ今戻りました! ……あれ? なにを考え込んでいるんですか? あ、さては新薬のレシピを考えていたんですね! 私にも教えてください!」
かつては到底買える代物ではなかった、幼竜の羽毛を使ったふわふわの高級椅子。
それに深々と腰掛けて頭をぐりぐりとやっていると、扉がバタンと開き、元気いっぱいの声が耳に飛び込んできた。
びくりと身体が震えるのを感じる。
しまった、しばらく帰ってこないと思って油断してしまった。
くそ、今の俺は”新薬のレシピを考えている”のか……!
落ち着け、落ち着け。
俺は、齢十三にして王室付き錬金術師となった『シャルティア・レインジー』の師匠なのだ。
どうしてこんな目に合っているのかさっぱりわからないが、それっぽいことを言わなければ……!
俺は不意を突かれた焦りを完璧に封じ込めながら顔を上げる。
そして俺の目の前までパタパタと駆け足でやってきて、興奮で真っ赤になった顔で俺を覗き込もうとしていた少女と目を合わせた。
そんな彼女の緑の瞳には、一体誰だよお前と言いたくなるような厳しい顔をした人物が映り込んでいる。
というか俺である。
「おほん。シャル、早かったな。国王陛下の病状は如何であった?」
まずは時間稼ぎだ……。
その間に、その『レシピ』とやらの材料となる素材名をいくつかでっち上げなければ。
物覚えがさほどいい方ではない俺は、すぐにぱっと名前が浮かばないのである。
しかしそれにしても。
まさかしがない市井の錬金術師であったこの俺が『国王陛下の病状は如何であった?』などと言う日が来るとは、人生って本当に何が起こるかわかんねえなあ……。
「あ、そうですね……。実はそのことでお師匠様に相談したいことがあったのです」
……え???
な、な、なんだって!?!?!??
ちょっと待てやおい。
ただでさえ忙しいのに、問題増やすなや!! 国王陛下もこいつが悩むような病気にかかるんじゃない!!
小さな額にシワを寄せて、心底困っていますというようにぐりぐりと明るいオレンジの髪をいじっているシャルに戦々恐々とする。
もちろん顔に出しはしない。
「シャル、それは良くない。良くないぞ。お前はもはや一人前の錬金術師なのだ。いつまでも師に頼っていてはいけない。お前自らの手で解決しなさい。さすればお前は更なる錬金術の深奥に辿り着くことができるだろう」
錬金術の深奥ってなんだよと思いながらも、なんとか相談相手から逃れるために適当に言葉を並べる。
するとシャルはハッとしたように顔を上げて、目の端に僅かに涙を滲ませる。
というか既にもう半泣きである。
……は?
「! ぐすっ。ごめんなさい、お師匠様……。私、またお師匠様に頼ってしまって……。五年前にスラムの片隅で飢えて死にかけてた私を助けてもらって……。ぐすっ。それに『シャルティア・レインジー』という名前まで私にくれて、家族になってくれたお師匠様……。私、また知らないうちにお師匠様に甘えちゃったんですね……。ぐすっ。不出来な弟子で……っ! ちっとも恩を返せない弟子で……っ! 本当にごめんなさいっ……!」
……くっ、心が痛い。
いきなり重い、重すぎるぞ!!
俺は彼女の言葉を聞いて、『どうして彼女を拾ったのか』その経緯を思わず回想してしまう。
そう、実は彼女を拾ったのは別に慈愛の心に満ち溢れていたからでも、飢えて死にかけていた彼女に同情したからでもなんでもなく、ただ俺のためだったのだ。
それも徹頭徹尾、自分が楽をするために。
もっと正確に言えば、俺は『適当にさらって……、いやスカウトしても問題ないガキに錬金術を仕込んで一生俺を養わせるために』シャルティアを拾ったのだ。
はっきりいえば、別に誰でも良かったのである。
ただたまたま、最初に目についたのがこの少女(ぶっちゃけ性別はわからなかったが)だっただけ。
しかもそのシャルティアという名前だって、役所に届けるには遠い親戚の子供ってことにしたほうが都合がいいからであって、別に家族になろうとか心を癒やしてやろうとかそんなことはこれっぽっちも思ってはいなかった。
我ながらドン引きされても仕方ないくらいクズだが、俺はそれくらい働きたくなかったのだ。
なにせ当時の俺は日に三十回は、
『働きたくねえなあ。どうしてこの世は働かないと金が手に入らねえんだよ。誰だよこんな仕組み作ったやつ……。俺も働かないで酒池肉林の生活送れる王侯貴族に生まれたかったよ』
みたいなことをぶつぶつ呟いていたことだし。
まあもっとも、そうやってスカウトしたスラムの子供は俺が思いもしないほどの”大当たり”で、そしてそれは、根っこを掘り起こせば小市民でしかない俺にとってはまるで天地をひっくり返されたかのような、分不相応な生活の幕開けだったわけだが。
そんなことを思い返しつつ、俺は半泣きからガン泣きに移行しつつあるシャルをどうにかしなくてはと、頭より先に口が動く系の俺はまた適当なことを喋り始めた。
「シャルよ……、そう泣くでない。お前はまだまだ未熟だ、しかし! この『グランニート・レインジー』のゆいいつの弟子であり、ただひとりの娘なのだ! お前の側には常に師であり父である私がいる……。それをゆめゆめ忘れるな……」
なにが”しかし”なのか俺にもよく分からないが、俺の口は勝手に良い話風に仕上げようとしていた。
というか錬金術の腕で言えば、シャルの方が既に数十段くらい上なので未熟なのはむしろ俺の方だ。
そしてシャルは、俺の言葉に絶対にそんな価値はないと思うのだが、ポロポロと涙をこぼしながらも俺の言葉を一言一句聞き逃すまいと必死に耳を傾けていた。
彼女は俺がすべて言い切ると同時にふるふると小さな身体を震わせ始め、直後、凄まじい勢いで依然偉そうに腰掛けていた俺に飛びついてきた。
ぐふッ! し、死ぬ……!
実は身体能力も、その並外れた魔力循環のおかげか、かなりやばいシャル。
俺は絶対に肋骨何本か逝ったと思いながらも(折れてなかった)、”師”の威厳を保つため平然とした顔を維持する。
「お”じじょうざま”あ”あ”!! ぐすっ。わ”たし……、わたし……。本当におししょーさまの弟子になれてよかった……、よかったです……。おししょうさま、のためなら、なんだってします。なんだって、できます……。………………そうだ……、お師匠様の偉大なるお力を正当に評価しない国をまず手始めに……」
!?!!??
しばらくぽんぽんと背中を叩いていると、ふいに小声でボソボソと呟いたシャルが、暗い感情から発生する陰属性の魔素を身体から放出しはじめる。
今度は何だ!??!?
よくわからんが、国は俺を正当に評価しているぞ!
とは思うが、もはや”偉大なる師”の仮面を剥がすわけにはいかないわけで、俺は珍しく口より先に思考を回転させた。
「そ、そうだシャル。話は戻るが、先程、私が新レシピの考案をしているのではと尋ねたな。実はその通りなのだ。考えをまとめるためにも聞いてはくれないか」
俺がそういうと、シャルはハッとしたように身体を震わせると、俺に抱きついたまま下から俺のことを見上げてきた。
「は、はい! わ、私ごときがお役に立てるかはわかりませんが、聞かせて下さいっ!」
「うむ。良かろう。私が考えている新薬にはな、”サルマリア草の地下茎”と”ユーグレナ焔石”、それに”グレンドラギルの肝”を使う。この意味がわかるか?」
ちなみに俺は分からない。
だって適当に思いついたの並べただけだし。
「”サルマリア草の地下茎”と”ユーグレナ焔石”、”グレンドラギルの肝”……ですか? 珍しい組み合わせですね……」
僅かに俺に抱きつく力を強めながら思考する、シャルの言葉に思わずびくっとする。
あれ、だめか? もしかしてこれは絶対やっちゃダメな組み合わせだったりする?
背筋に冷たい汗が流れるのを感じる。
「”サルマリア草の地下茎”は土精の力を多く含み、錬金素材として成長の概念を高揚させるのに使われるほか、滋養強壮効果にも富む植物素材……。”ユーグレナ焔石”は火精と、焔石にしては珍しく水精の力を僅かに含むことで有名な魔鉱石……、確か最新の論文では、錬金釜の中に形成されている孤立界を安定化させ矛盾概念の融和純度を高めることができるとあったはず……。”グレンドラギルの肝”は確か、魔力循環の際に一時的に瘴気を留める停止の概念効果があり、そして食せば、血管を極端に拡張させ死に至らしめるという極めて危険な毒物……だったっけ……。その組み合わせでどう魔力を混合し、どのような手順で調合すれば、今までにない新しい効果が生まれるのか……。……はっ! わ、わかりました!」
お、本当かっ!?
俺は途中から何言ってるのかよくわからなかったが、それは本当に良かった。
何やら目を丸くして、俺のことをじっと見つめるシャルに俺は心の底から安堵する。
いやあ、弟子の優秀さを信じた俺の大勝利だな。
「まさか、お師匠様は”国王陛下の病”を最初から分かって……いらしたのですか!? 私が、どんな薬を使えばいいのか途方に暮れるだろうことまで見越して、考えていてくださったのですね!?」
「え!? あ、そうそう。そうなのだよ、ふっ、私もまだまだ……だな。口では自立を促しながらも、実際はついつい手助けをしてしまう。先程の叱責はむしろ私自らに向けるべきだったかもしれないな。師である私が弟子離れできないのだから、シャルが師離れできないのはむしろ当然というもの。すまなかったな」
「いえ……っ! そんなとんでもない……っ! でも私、すごくうれしいです……っ! どれだけ、お師匠様が私のことを想ってくれているのか、もちろんわかっているつもりだったけど……。それ以上だって、分かって、すごくうれしいです……っ! だ、だいす……。じゃなくって! えっと、そう、流石は私のお師匠様です!」
まだわずかに涙の残滓を残しながらも満面の笑みでそう言ったシャルに、俺は今回も危機を乗り越えることが出来たかと、ほっと心のなかで一息ついたのだった。
いや……、ほんとつかれる……。
これなら、適当なポーションをちまちまと作ってその日暮らしをやっていた昔の方がまだ楽だったかもしれないな……。
はあ……、マジで疲れた。
ちなみに、シャルが発明した新薬”エリキシール”は国王陛下が患っていた難病を見事完治させ、我が家は更に巨大な大貴族にも勝るとも劣らない屋敷となり、小市民な俺の心をますます不安定にするのだが、それはまた別のお話。
§
こっそりこっそり忍び足で。
私は今日も生きる活力を満タンにするために、二階にあるお師匠様の寝室まで辿り着くと、ドアをそ~っと開いて中の様子を確認する。
うんっ。
私は胸のうちからあふれてくる暖かな感情を抑えきれず、思わず笑みを浮かべてしまう。
薄暗い部屋の中でお師匠様が布団の中で丸くなって熟睡している姿にほっとする。
部屋の中にただようお師匠様の匂いに安堵する。
今日もお師匠様にはじめからご奉仕できそうなことに満足する。
――そして自分がもうひとりぼっちじゃないことを確かめて、今も私の身体に染み付いて離れない恐怖を振り払う。
一度、頬をつねって気分を入れ替えると、私は部屋の中に足を踏み入れた。
“王宮の天井裏なんかで時々息を殺している人たち”に負けないくらい注意をして、そ~っとそ~っと。
お師匠様の部屋は、私特性の分厚いカーテンで締め切られているにも関わらず、高くのぼった陽が差し込んで、あちこちの家具が深い陰影を部屋の中に刻んでいる。
この様子からも分かるように、実は今はもう、昼過ぎだ。
私もかつてはどうしてお師匠様がこんな時間まで寝ておられるのか、愚かにも分からず尋ねてしまったことがある。
すると当時のお師匠様は、まだ寝起きで目をこすっていたにも関わらず、無知蒙昧な私を新たに啓蒙する至言をご下賜下さった。
『シャルティアよ……。確かに人は通常、朝に起きて昼に仕事をし、そして夜は眠る生き物だ。そのように我らは神に定められ創られた存在であることは私も認めよう。……だが、それで本当にいいのか。ある時、私は気付いてしまったのだ。ただあるがままに生を歩む。それはたしかに美しい! しかし、真の叡智を探求する我ら錬金術師があるべき姿。それは自らの本能に根ざす行動すらも疑うことではないだろうか? そしてそうすることで、ただ自然に暮らす大勢の人間には決して得られない視点で世界を見定めることができるのではないか? この気付きを立証すべく、それからの私は早朝まで起きて昼過ぎまで眠るという生活を続けている。……お前も我が弟子として、師の取り組みを支えてはくれないだろうか』
私はハッとした。
たしかにそうだ。
私たち錬金術師は、究極的には、自然には存在し得ない可能性を新たに見つけ出す使命を担っている。
特に、錬金術の深奥に私なんかでは及びもつかないほど踏み込んだお師匠様が、私みたいな凡人には思いもつかない行動をとることは何ら不思議な事ではないはずだ。
そう考えてお師匠様に自らの不明を詫びた私は、それ以来お師匠様の“普通の人とは異なる”生活習慣を支える務めを新たに自身に課すことにした。
やっぱりお師匠様はささいなことから特別で、とってもすごーいお人なのだ。
そんなかつてのご指導を回想している間に、私はお師匠様のベッドの前にたどり着く。
扉のところからは隠れて見えなかったお師匠様の寝顔。
いかめしくてかっこいい顔ではあるけれど、普段よりちょっぴり柔らかくて気が抜けた様子の表情が視界に入る。
どんな夢を見ているのか、
『勘弁してくれぇ……、俺は……、俺はぁ……ッ!』
なんて寝言も言っていて、私は普段とのギャップに相好を崩していまう。
「えへへ……」
……はっ!
いけないいけない。私ごときがお師匠様にかわいいななんて思っちゃいけない。
それに私もお師匠様は私の師匠として、普段は私に意図して厳しくあらんとしていることくらい、私もわかっているのだ。
ほら、この部屋にだって『師匠が弟子に対して出来ること』とか『ゴブリンでもできる威厳の保ち方』とかそういう本が転がっていることだしねっ。
そんなことを思いながらも、お師匠様の顔をじーーっと見つめていると、やがてお師匠様が“ぶるっ”と身動ぎを始める。
お、そろそろ起きるのかな。
私は偉大なるお師匠様が目覚める瞬間を絶対に見逃さないよう、目を大きく見開いた。
私がそうこうしているうちに、お師匠様は眠りから覚める。
そして、私の顔を見て、寝起きにも関わらず何かムズカシイことでも考えているのか、顔をしかめていたが、やがて私に起床の挨拶をしてくれた。
「……おはよう。シャルは今日も……シャルだな」
「おはようございますっ! おししょうさまっ!」
はいっ、お師匠様の、お師匠様のためだけに存在するシャルですっ!
今日もご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いしますっ!
*
私の“朝”はいつもこんな風に始まる。
せーかくなところをいうと、お師匠様ほど悟りを開けていない私は、早朝に起きて使用人の男の人たち(女の人はダメ! お師匠様はとってもかっこよくて魅力的すぎるし、お師匠様のお仕事を絶対邪魔しちゃうだろうからねっ! ほんとは男の人もダメな気はするんだけど……、仕方ないからギリギリ許してあげるっ)にあれこれ指示を出したり、私自身が些末な世俗のお仕事の準備をしたりしてるけど、私の“朝”の始まりはやっぱりお師匠様にご挨拶するこの時だ。
さあ、今日も一日、がんばろうっ!
なんか思いついたんで勢いで書いてしまった(´・ω・`)