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迷宮娼婦と町泥棒  作者: 桜ジンタ
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朝っぱらから、何をシケたツラしてンのよ、お前等!

「朝っぱらから、何をシケたツラしてンのよ、お前等!」


 校舎の手前で、明るくハスキーな声をかけられ、三人の気まずい沈黙は打ち破られる。


 声をかけて来たのは、細身で背の高い、眼鏡をかけた細面の少年。


 鳥の巣の様な天然パーマの髪と、糸目を飾る縁無しの丸眼鏡が印象的で、制服のボタンをはめずに、ややだらしない感じに着崩している。


「何か嫌な目にでも遭ったのか? だったら教えろよ、面白おかしくネタにしてやるから!」


 三人に歩み寄りながら、にやけた表情で訊ねる眼鏡の少年に、女顔の少年は、半目で不愉快そうに答える。


「嫌な事? 登校早々……鳥の巣みたいな見苦しい髪型の奴を、見る羽目になった事かな」


「鳥の巣ゆーな! 好きでしてる髪型じゃねーんだよ! 天然モノなんだよ!」


 かなり癖の強い、天然パーマの髪を指差しながら、眼鏡の少年は女顔の少年に抗議する。


「短くすればいいんじゃない? 伸ばすから鳥の巣みたいになるんだし」


 勇気の言葉に、眼鏡の少年は言葉を返す。


「短くしたら……仏像の髪型みたいになるんだよ、天パは短くすると、縮れが余計に酷くなるから! あと、鳥の巣ゆーな!」


「鳥の巣より仏像の方が良いだろ」


 女顔の少年は、両掌を合わせ、眼鏡の少年を拝んでみせる。


「煙たがられずに、有り難がって貰えるぞ」


 そんな女顔の少年の、右手の甲に貼られた絆創膏を指差し、眼鏡の少年は問いかける。


「えらく可愛らしい、大きな絆創膏だな。何やったんだ?」


 女顔の少年は合掌を解くと、右手の甲の絆創膏を一瞥しつつ、問いに答える。


「――猫に引っ掻かれたんだ」


 会話を続けながら、四人は出入口から校舎に入り、昇降口の下駄箱の前に移動する。


「木の上から下りられなくなった猫を助けたら、その猫に引っ掻かれたの」


 少し離れた所で、如矢と共に上履きに履き替え始めた勇気が、兄の答を補足する。


 勇気と如矢は、兄や眼鏡の少年とは別のクラスなので、下駄箱が少し離れているのだ。


「成る程、お前のシケたツラの理由は、また恩を仇で返されたからか。お前もホント……懲りないねぇ」


 女顔の少年が、浮かない表情をしている理由は、勇気と如矢に覚えた違和感のせいであり、猫に引っ掻かれた事など、少しも気にしていない。


 だが、眼鏡の少年の勘違いを、女顔の少年は否定しなかった。


「――で、お二人さんがシケたツラしてた理由は?」


 眼鏡の少年は、上履きに履き替えながら、勇気と如矢に問いかける。


「さっきは、『月曜日のコスプレイヤー殺し』の話してたんだ。早く犯人が捕まらないかな……みたいな話をさ」


 口を開いたのは、如矢の方。


「うちの学校でも犠牲者出した、連続殺人事件の話してたんだから、そりゃ楽しそうに話せる訳が無いだろ」


 如矢の言葉に、勇気も頷いて同意を示す。


「何だよ、そんな理由か……つまんねぇな」


 残念そうな口調で、眼鏡の少年は言葉を続ける。


「お二人さんも、付き合い始めて半年になるし、そろそろ何か恋愛関連で、トラブり始めたんじゃないかと思ったんだが、違ったのか」


 その言葉を聞いて、女顔の少年は驚く。


 女顔の少年も、勇気と如矢が恋愛関連で、何かトラブルを抱えている様な気が、少し前からし始めていたからだ。


 春休みの終わり頃に、恋人関係になって以降、勇気と如矢の関係は、順調そのものだった。


 だが、ここ一週間程……そうではなくなっているのを、女顔の少年は察していた。


 女顔の少年は、勇気にとっては双子の兄であり、如矢にとっては幼馴染の親友である為、どちらとも関係が深い。


 故に、勇気と如矢の関係の変化には、鋭敏なのだ。


「――別に、何も無いけど……トラブルなんて。普通にラブラブ」


 勇気は如矢にしなだれかかり、関係の良好さをアピールして見せる。


「ゲスざわが喜ぶ様なトラブルは無いよ。他人の恋愛事情気にするより、自分の事を気にしとけ」


 そんな風に、勇気との関係が良好であるのを、如矢も言葉でアピールする。


「生憎と俺には、気にしなきゃならない様な、自分の恋愛事情なんてもんが無くてね、気にしようが無いのさ」


 如矢に「ゲス沢」と呼ばれた眼鏡の少年は、そう自嘲しながら肩を竦める。


 ゲス沢というのは、眼鏡の少年の名前……家洲沢顕達けすざわけんたつの、苗字をもじった仇名だ。


 ジャーナリズム研究部の部長で、下世話な話題を好む顕達は、スポーツ新聞紛いの学内新聞を発行していて、学内の下世話な話題を、一応は匿名で名を伏せながらも、記事にしてしまったりしている。


 そんな行動が下衆だと叩かれ、苗字に引っ掛けて「ゲス沢」という仇名が付いたのである。


 大抵は名前の顕達、もしくは髪型由来の仇名である、「鳥の巣」と呼ばれるのだが、下世話な話を好む言動をとった場合、「ゲス沢」呼ばわりされるのだ。


 学校の裏サイトを運営しているという噂もある、学内きっての情報通でもある。


 上履きに履き替え終えた四人は、昇降口を出て階段へと移動。


 二年生の教室が並ぶ二階へ向う為、四人は雑談を交わしながら、階段を上り始める。


「『月曜日のコスプレイヤー殺し』といえば、今朝は三人……犠牲者出たけど、うちの学校からは、一人も犠牲者出なくて良かったな」


 顕達の言葉を聞いて、女顔の少年は訝しげな表情を浮かべつつ、顕達に問いかける。


「今朝は一人じゃなかったか?」


 朝のニュース番組で、そういった報道がされていたのを、少年は目にしていたのだ。


「勇気も見てたろ、今朝のニュース?」


「あ、うん……確か戦士風のコスプレしてたっていう、サラリーマンの人だよね」


 問いに答えた勇気が、自分と違って特に驚いていないのを、少年は察する。


 まるで、今朝の犠牲者が三人だと、最初から知っていたかの様に。


「まだ警察発表がないけど、今朝はあと二人……犠牲者が出てるんだ。その二人は警察官なんで、発表が遅れてるらしい」


「警察官が?」


 少年の言葉に、顕達は頷く。


「犯人を逮捕しなくちゃならない側の警察官が、二人も犯人にやられちまったんじゃ、警察側としちゃ、立場が無いからな。発表し辛いとこなんだろ」


「どこからの情報なんだ、それ?」


「それはまぁ、取材源の秘匿はジャーナリズムの基本って奴で、秘密」


 如矢の問いへの答を、顕達ははぐらかす。


「その内、捕まるぞ……お前」


 女顔の少年は、半目で顕達を一瞥しつつ、呆れた風に言い放つ。


 どうやって情報を得ているのか、少年には大よそ見当がついているのだ。




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