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異世界行きたいなんて二度と口にしない!

作者: 琥珀ルイ

異世界のお話はとても多くあります。「また異世界かよ」と感じる方はたくさんいるでしょう。その中でも、あえて違う角度から書いてみようと思い書いた作品です。自分のいつもの作品とは少し違った世界観で、上手く書けている自身はありませんが、異世界が好きな人、異世界はちょっと、という人色々な方に是非読んで頂きたいです。

 『異世界』という単語を耳にすれば、目の色を変えて、子供の時ような無邪気な好奇心に胸を躍らせる人間は少なくないだろう。この世には異世界を題材にした小説や漫画など数多くの物が出回っていて、ネットを漁れば異世界に行く方法なんかも出てきたりするくらいだ。電車に乗っていたら謎の駅に着いて――だとか、エレベーターに乗っていると――のような話がオカルト掲示板には腐るほど載せられている。(ホントかウソかは別として)


 その中でもやはり異世界と言えば、群を抜いて人気があるのは『異世界転生』ではないだろうか。現実世界では冴えない人生を送っていた男が、不意に異世界に転生するとモテまくってハーレムに――なんてのはよくある話だ。こんな人生を夢見た男子は宇宙の塵ほど沢山いるはずだ。


 それほどまでに世の中に浸透している『異世界』というワード。異世界に行くことを夢見た人々が創作という形で己の願望を具現化させた物語を紡ぎ、それが読者の異世界への憧れを更に強めていく。まさにループの完成だ。作品を読む→憧れを抱き異世界に行きたくなる→でも無理だ→なら自分で作品を作ってしまおう→作品を世に出す→それを読んだ人はまた憧れを抱き――という延々とこの連鎖は続いていき、いずれ頭のおかしい人間を生んでしまうのだ。


 頭のおかしい人間とは、具体的にどういうことかって?それはつまり――俺だ。そう――俺なんだ。もう一度だけ言うぞ、俺だ。


 俺は異世界に憧れを抱いていた。ありとあらゆる異世界についての情報を集めまくり、日々異世界に行くための方法を探し続ける生活をしていた。もちろん学校には行っていたぞ。それ以外の時間はすべて異世界のために使った。今思い返しても、相当頭のイってるやつだったことは明確な事実だ。


 毎日そうやって異世界に行くことだけを考えているうちに、もしかするとここは既に異世界なんじゃないか?という仮説に行き当たった。


 胡蝶の夢のような話だ。今いるこの世界が実は異世界ではないのかと、そんな気がしてきたんだ。


 異世界があるかどうかを証明することはできないけれど、逆に今いる世界が異世界でないとも証明はできない。まさに悪魔の証明だ。


 そんなことを突き詰めて行く内に、俺は、自分自身に対して「この世界が既に異世界なんだ」という暗示をかけてしまっていたんだ。


 当時の俺はそんなことにも気が付かず、本気で歓喜していた。今までいたこの世界が異世界だった事に、そして自分が本来は異世界の住人であったという事に。


 この二つだけで俺の調子こきメーターが振り切れるには十分すぎた。俺はいつからか、自分をどこか特別な存在のように思い始め、常に上から物事を見るようになっていった。


 それからというもの、学校や家、どこにいても周りへの態度はみるみるうちに大きくなっていく。自分は元々異世界の人間だと信じ込んでいた俺は、いざとなれば異世界に戻ればいいんだと考えて、好き放題していたんだ。


 自分が異世界人だと自覚して、二週間が過ぎた頃だったか、異世界に戻るにはどうすればいいのか?という疑問にぶち当たった。好き放題しても元の世界に戻れなければ元も子も無い。保険のためにも、異世界へのゲートを探すことがまずは必要だろう。それから俺の、ゲートを探す旅が始まった。


 ***


 それにしても、今まで生活してきて17年間になるけれど、どうして異世界にいる事に気が付かずにいたのだろうか。一体いつこの世界に来たのだろうか。


 しかし、昔のことを振り返ってみると、一つだけ思い当たる事があった。


 あれはたしか、俺が三歳の頃だったと思う。俺は車にひかれた事がある。青信号を母と渡っていた時に、信号無視をしてきたトラックに追突されたのだ。信号無視の事故なんてよくある話だ。別に特別なことはなにもない。トラックは俺だけにぶつかり数メートル飛ばされたが、母はかすり傷ができただけで済んだらしい。


 俺の容態はというと、かなり危険な状態で、一ヶ月も意識が戻らなかったらしい。けれど奇跡的に一命は取り留め、幸い後遺症も無かった。それは本当に信じられない事だと医者に言われたらしい。


 しかし改めて考えてみると、大型トラックに三歳児が追突されて無事で済むだろうか……。いくら奇跡とはいえども、ありえるとは到底思えない。つまり何が言いたかというと、この時俺は転生したのだということ。


 これを思い出したきっかけは、ある異世界転生小説だ。車にひかれて死んだ主人公が異世界に転生するという話。これをトリガーにして俺の過去の記憶がサルベージされた。とっくに忘れていた過去だったが、まさかこんな異世界へのファクターだったなんて、大好きなエロ漫画家が女性だったと分かった時と同じくらいのインパクトだ。(エロ漫画家が女性だとなんかキュンとする)


 こんなこともあって、俺は更に深みにはまっていくのだった。


 ***


 ゲート探しを始めた俺は、とうとう学校にも行かなくなった。毎日あてもなく山や川や林や海に訪れては、周辺をうろうろしてゲートへの手がかりを探す。そんな生活を一ヶ月も続けた。

 自分でも一ヶ月は相当すごいと思う。


 親からは病気じゃないかと心配されて精神科に何度も連れていからそうになった。それを俺は拒んでは家を飛び出した。どうせ本当の親じゃないし、こんな最低な考えまでも俺は抱いてしまっていたんだ。


 この時に素直に病院に行っていれば、この後のあんな悲劇に出くわすこともなかったのかもしれない……。


 捜索を開始して一ヶ月が過ぎ、部屋に閉じこもって行き詰まっていたある日、気分転換にネットの中を波乗りしていると奇妙なスレッドを見つけた。「異世界に行きたい人募集する」という内容のスレッドで、書き込みは一つもなくなんだか無性に気になった。


 興味本位で行きたいですとコメントをしてみる。五分ほどたって主からメールアドレスと「あなたを待っていました」という返信が来た。これはもう運命だと思った。やはり自分の考えは間違っていなかったのだという喜びが胸の奥からじわじわと身体中に広がっていった。


 すぐにそのメールアドレスにメールを送った。またしても、五分ほどで返信が来る。明日の17時に○○公園に来て欲しいとのことだった。電車で一時間もあれば行ける距離の公園だ。ワクワクが抑えきれないか俺は家を飛び出し、十キロほど走った。(途中で足をつり、親切なお兄さんに家の近くまで肩を借りた)


 次の日、俺は時間通りに公園に着いた。そこには黒いスーツを着た青年が座っており、黒のグラサンもかけていてなにやら怪しい雰囲気を醸し出していてる。俺は待ち合わせの相手にメールを送り、どこにいるのか尋ねることにした。


 俺がメールを送ると、前の黒スーツの携帯が電子音を奏でた。それから黒スーツは俺の方を向くと、すたすたと近づいてきて「あなたがそうですか?」と訊いてきた。咄嗟にに「そうです」と俺は答えてぎこちない笑みを浮かべる。すると黒スーツはグラサンをはずして、「場所を変えましょう」と表情は変えずに言い、早足で歩き出した。


 黒スーツの高そうな外車に乗せられ、目的地もわからないまま車は動き出す。三十分ほど走っただろうか、ホテルの地下駐車場に車を入れた。


「この一室をリザーブしてあります」

 と黒スーツは冷淡な口調で言う。


 俺は黒スーツに圧倒されながらも、「はい」と言ってついていく。


 狭い空間に二人だけというのが気まずくて、エレベーターはずいぶんと長く感じたが、部屋は最上階で見晴らしは最高だった。


 俺が机の前のふかふかのソファに腰掛けると、黒スーツは「それでは本題に入ります」と書類と黒いカバンを机に置いた。


 なんだろうという期待が高まり、俺の中の興奮が鐘を打ち鳴らしていた。


「これがお約束のモノです。若が思っていたよりもお若くて驚きましたよ」

 と言って黒スーツは笑った。


「は、はあ」

 若?何のことだと思いながらも俺は話を聞く。


「それでは中身をご確認ください」


「わかりました」

 黒い革の鞄の中を開けてみると、そこには拳銃が四丁入っていた。あまりの驚きに声を上げそうになるが、必死にこらえる。まあまて、落ち着け俺。これはエアガンだよきっと。異世界に行くために何かしらの役割があるんだ。そんな風に、『ある一つの』可能性は考えないようにする。


「どうですか?いいのが入ったんですよ。やはり拳銃に厳しい日本で、ここまで良いのを手にいるのは大変でした。部下の一人が犠牲なってしまったのがとても惜しいですが……」


 黒スーツの言葉を聞きフリーズした。まさか、本当に、これはホンモノ――なのか。手に取ると、エアガンとは明らかに違う、ずっしりとした重さがあった。


 俺はパニックなり発狂しそうだった。異世界に行くための話し合いだと思い来てみたら、やばい取引に巻き込まれてしまったのだ。どんな手違いだ?俺のこと「若」とか言ってたし、意味がわからない。


「す、すごいですね。部下の方が悔やまれます」

 ここはなんとか話を合わせるしかない。黒スーツにも聞こえてしまいそうなほど高鳴る、心臓の鼓動を左手で押さえる。


「そうでしょ?ホントに手に入ったのは奇跡なんですよ。イタリアの有名な職人の作ったものなんですが、同じものは作らないというポリシーがあるらしくて、一丁の値段は普通の拳銃の何十倍もするんです。あ、部下の事はどうか、お気になさらずに。私のミスですので」

 

「そ、それはすごい。わかりました」


 これは本格的にやばいぞ。どうする、俺。


 そんな時、ブルブルとポケット中の携帯が振動した。「し、失礼」と黒スーツに言って俺は携帯を取り出す。どうやらメールのようだ。受信ボックスを開き、件名を見ると――昨日のスレッドの主からだった。「すみません。仕事で遅れました。今から向かいます」との事だった。


 これで俺は確信した。黒スーツは俺を別の誰かと勘違いしている!! お互いが、偶然にも同じ場所で待ち合わせをしてしまったがために、こんな状態に陥ってしまったのだ。もしも、黒スーツに本当の待ち合わせ相手から連絡が来たらどうする。俺はどうなるんだ?こんなやばい取引に関わってしまったのだから、無事に済むはずがない……。


 ここからどうやって逃げ出すかを考えなければならない。これは命に関わる。


「若、なにか用事ですか?」

 と黒スーツが訊いてくる。


「いや、すみません。アラームがなってしまいました」

 とっさに苦しい言い訳をする。


「そうでしたか。それでは続けてもよろしいですか?」


「あ、はい。お願いします」


「今日の若はなんだか丁寧ですね。昨日電話をかけた

時はなんだか、口も悪くて機嫌が悪い様子でしたので」


「そ、そうですか? ははっ。今日は寝起きが良いからかもしれませんね。ははっ」


 あー、あぶないあぶない。地雷は踏まないようにしないと。


「あはは。若おもしろいですね。でもわからなくもないです」


 どうやら不審には思われてないらしい。


「はははっ」


「それで、先程の続きなんですが。こちらのモノをいくらで買って頂けるのでしょうか?書類もご用意しておりますので、参考までに目を通してみてください」


「わかりました」


 書類を手に取り、目を向けるが何が何だかさっぱりだ。意味が分からない!


「うん。これを見る限り本物ですね」


 証明書的なのが見えたため、適当なことを言ってみる。


「はい。もちろんです」


 よし、地雷は踏んでない。


 しかし、値段と言われても普通はいくらで取引されてるのかなんて知らない。そんな状態でこの拳銃の値段を提示しろと言われても無理な話だ。


「僕が決めていいものなんでしょうか」

 困ったら逆に質問だ。


「何をおっしゃいますか。若が現状組のトップでしょう?お父上が亡くなって間もなく、不安なのは理解していますが、今は若が組を引っ張っていかないと」


 まじかよ、なんだよこの状況。組?トップ?これは笑ってりないぞ。ますますリアリティが増してきた。


 今までの事を整理すると、俺はヤクザの組の若頭的な存在ってこと!?漫画かよ!?何このヤバヤバな展開。


「まあ、そうなんですが参考までに質問をさせてください。そちらはどの程度なら喜んで取引して頂けますか?」


 こりゃもう、話を合わせていくしかないぞ。


「いや、それは私の口から言ってはおこがましいですよ。若の提示して頂ける値段ならばいくらでも大丈夫です」


 なんすかそれーーー!そんなにこの若頭買われてんの?でも、俺が別人だと気が付かないって事は、若頭の顔をコイツはしらないんじゃないのか?ここは攻めていくしかないな。


「そんなに信頼してもらっているとは光栄の至ですよ。けれど、私と会うのは初めてですよね?どうしてそこまでの信頼を私に抱いているのかお聞きしても?」


「ええ。確かにお会いするのは初めてなんですが、若の事は常常お父上から聞いていましたので」


「な、なるほど。父から何を聞いかわかりませんが、私はそこまでできた人間ではありませんよ?」


 なんとか値段を聞き出さないと、この取引は終わらない。今にも本当の若頭から連絡が来てもおかしくないのだ。一刻の猶予もないぞ。


「そんなご謙遜なさらずに。お父上もよくできた息子だと褒めていましたよ」


 ダメだ。これじゃ拉致があかない。

 勝負に出るしかないか。わざと高めに値段を言えばリスクは減らせるはずだ。ここでいくしかない。


「それは嬉しいですね。それで、値段の方なんですが、四丁で四千五百万でどうでしょうか?」


 一か八か値段を提示してみた。相場なんて知らないけれど、そこそこの額を言ったつもりだ。拳銃で何千万もするなのか正直疑問だが、これだけの額だ。なんとかなるはず。


 場内に沈黙が続く。汗が額から流れ出て、膝の上に作った握りこぶしに落ちる。黒スーツはサングラスをかけなおしていて、表情もうかがえない。


 緊張が最高潮に達したその時だった。


「ホントにその値段でいいのですか?」

 とやけに冷たい声音で黒スーツが言い放つ。


 動揺を見せたら負けだ。ここは強気にいこう。


「ああ。もちろんだ」

 って俺は何を言ってんの!?いきなりタメ語出ちゃったよ。


 そこからまた謎の沈黙が続く。どうすればいいのだろうか。緊張と恐怖で爆発しそうだ。


 すると黒スーツはいきなり立ち上がる。やばいっ!完全に怒らせてしまった!これは殺されるかもしれない……。どうする、どうやってドアに向えばいいんだ。瞬時に思考を働かせる。


 まずはソファの裏に飛び込んで、それからソファを持ち上げて投げつける。黒スーツがひるんだすきにドアに走りエレベーターには乗らず非常用階段を駆け下りる。よし、これでいこう。


 いや、でも待て。ソファを持ち上げられるのか?かなりデカイぞ。ここでミスったら終わりだ。ソファを投げたとしても黒スーツは避けるかもしれない。そうした場合もジ・エンドだ。くそぅ。下手したら撃たれる可能性もある。もう勝ち目はないのか……。どうせ諦めても死ぬんだ。ならば、行くしかない!!覚悟を決めて動き出そうとしたその刹那、


「素晴らしい!さすが若だ!」

 と手を叩いて黒スーツは立ち上がり俺を賞賛する。


 え?なんだなんだ。これは上手くいったこか??


 どうやら危機は免れたようだ。


「そんな、この値段は私の気持ちですよ」

 ちょっと調子の良い事を言ってみる。


「お父上だったならば最高でも四百万と言ったところだったでしょう。正直それくらいを覚悟していましたので、本当に感無量です。これで部下も報われるでしょう」


 まじかよ。なんか感動してんぞ黒スーツ。


「そうなんですか、四百万では利益がそちらには少なすぎるでしょう。父上も、もう少し情があればよかったんですがね。厳格な父でしたから。喜んで頂けて良かったです」


 もうこの際適当な事を言っておこう。相手のご機嫌を取ればこちらの勝ちだろう。


「はい。本当にこちらとしても良かった。ホッとしましたよ。この仕事をしていて初めて正当な評価を頂けたような気がします」


 そんなにかよ!となんだかおかしくなって、吹き出しそうになるが堪える。


「そんなにですか。では今手持ちはないので交換は後日に」


 よし、これでこの空間から抜け出せる。


「え?何を言ってるんです。今日中に取引する約束だったじゃないですか!」


 えーーーーー、そんなバナナ。お金なんて持ってないぞ。


 くそ、どうする。考えろ。


「わかりました。ではお金を用意しますので、一度解散してもう一度ここで取引ということでよろしいですか?」


 どうだ。これで無理ならもう逃げ出すのは不可能。


「ええ、そうですね。そうしましょう。公園までお送りしましょうか?」


 まじか、ラッキー。いや、違う!これ以上一緒にいるのは危険だ。


「お気持ちは嬉しいのですが、組の者を手配しますのでこちらでお待ちください」


「わかりました。焦らなくても良いので、万全に準備をしてきてください」


 黒スーツはニヤリと微笑む。


「はい。それでは一旦失礼します」


 俺は軽く会釈して部屋を出た。


 それからとにかく走って非常用階段に駆け込んだ。階段を二段飛ばしで降りながら、先程までの異常な空間を思い出す。後になってじわじわと恐怖が湧き出てきて、心臓の鼓動が収まらない。ついさっきまでヤクザの人間と一緒にいたなんて誰が信じられるだろうか。それでも紛れもない現実だ。


 不意に自分の格好を見てみると、黒のスキニーパンツに黒のシャツ。おまけに靴も黒だ。なるほど、この格好のせいで間違えられたのか。中二病も危険だな。そろそろ治療した方が良さそうだ。と俺は何故か冷静な分析をしたのだった。


 念のため追っ手がいる可能性を考えて、かく乱するために途中でエレベーターに乗り換えてホテルを出た。


 異世界に行くはずがこんな目にあうなんて……。異世界はやはり危険すぎる。「まあ、正確には俺の元いた世界だから、今いるこちらが異世界なんだけれど」なんて虚言も口から出てこないほどだ。


 とにかく走って走って走りまくった。それから近くの地下鉄に乗ってできる限り遠くまで行った。


 スレッドの主と会う約束をしていたが、そんな事はもうどうでもいい。今は自分の命を守る事が最優先事項だ。


 周りを常に気にしながら、途中でGUで服を買い、着替えてハットもかぶり変装して家に帰った。


 家に着くとすぐに布団に潜り込む。なんとか無事に帰ってこられた安心感と、黒スーツと一緒にいた時の恐怖感がこみ上げてきて涙がこぼれた。枕を濡らすなんてレベルじゃないほど涙が溢れてくる。枕を沈めるって例えがいいかもしれない。


 俺は一晩中泣いた。大好きなおもちゃを壊された子供のように、声を出しわんわん喚き散らして泣いた。


 ***


 そして今に至る。俺はあの日の出来事以来、命に感謝をして日々生活している。異世界がどうだとか言っていた自分が馬鹿らしい。単なる現実逃避ではないか。


 今いる世界が異世界とか、頭おかしすぎる発想だと思う。しかも、元いた世界へのゲートを探すなんて言って一ヶ月も学校に行かずに何をしていんだろう。よく考えればある間違いにも気付いた。そもそも、死んで転生したのなら元に戻るもクソもない。前の世界で死んだヤツが生き返ったら怖すぎるだろ。(まあ、異世界に転生する時点で常識は通用しないけれども)


昔の自分を思い出すと色々と恥ずかしすぎて死にたくなる。(つい先日の出来事ですけども)いや、命は大事にしましょう。


 しかし、本当にあんな命懸けの状態で上手いこと交渉したよな。俺。後になってものすごく恐怖が襲ってきたけど、取引中は案外落ち着いていたようにも思える。


 これはもしや俺の才能か?そうだ。そうだよな!きっとそうに違いない! よし、ならばまずは進学をして、それからこれを活かした仕事をしよう。そのために高校に普段通り行って勉強しないと!いくら才能に気づかせてくれたからといっても、異世界なんてのを夢見ている場合じゃないぞ! 大学行くために勉強した方が何倍もましだ!


そうと決まれば、燃やした教科書をもう一度買わないとな!


 ほんとにまったく、異世界なんてくだらないな。普通に考えて異世界なんてものがあるはずない!


 そうか!異世界なんてのに憧れたばっかりに、こんな目にあったんだ!くそ。なるほどな。きっと、異世界に憧れたらろくな事にならないんだな。異世界に行きたいなんて二度と思うか!!


 異世界なんてクソ喰らえ!!許さねー!!



異世界行きたいなんて二度と口にしない!



 ***


 あの日、あの時、あの公園で、例の組の若頭とスレッドの主が異世界に行っちゃったのはまた別の話。




最後までお読み頂きありがとうございます。

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