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冬 * 3

そわそわと落ち着かない気持ちで真白は何度も前髪をいじる。いじったところで顔の造作が変わるわけでもないのだが、少しでも良く見られたい。

はぁ、と白い息を吐いて空を見上げる。

『マシロ!』

慌てたように待ち合わせ場所に現れたルートヴィヒを見て、くすりと笑う。急いでいるルートヴィヒを見るのは初めてだ。

今日のルートヴィヒの服装はシンプルだった。

溢れ出る気品は隠しきれていないが、街に馴染むような格好をしている。真白も地味な服にしておいて良かったと思う。

『今日はよろしくお願いします。』

結弦に習った言葉を言ってぺこりとお辞儀する。

すると、ルートヴィヒはがばっと抱きついてきた。

『―――! ――――マシロ!』

なんとなく雰囲気で『偉いね』とか言われている気がして真白はくすぐったい気持ちになった。言葉が分からなくても、表情や行動で相手の気持ちがなんとなく分かる。

『―――。』

そっと耳元に囁かれて、真白の体温が急上昇した。

低くて甘い声は心臓に悪い。腰が砕けてしまいそうだ。

(何言ってるか分かんない!)

もう少し真白の頭が良ければ、と思わずにはいられない。

ありきたりで他人にとっては特別じゃなくても、真白にとって特別な言葉になっていたかもしれないのに。

悶々と考え込む真白の手をルートヴィヒはそっと触れた。びく、と思わず肩が跳ねる。意識をしすぎての動きだった。

恐る恐るルートヴィヒの顔を窺うと、申し訳なさそうな顔をしていた。しょぼくれた子犬のような表情に胸が締め付けられる。

『―――。』

その言葉は、ルートヴィヒに謝られたような気がする。

真白の手から離れていくルートヴィヒの手を慌てて掴む。

「嫌とかじゃないんです!」

両手でルートヴィヒの手を抱き締めるように持って、誤解を解こうとしてみる。多分、伝わっていると思う。思いたい。

『ありがとう。――――――――。』

ふわりとルートヴィヒは顔を綻ばせた。

(うわ。やっぱり美形は違う。格が。)

ルートヴィヒが微笑むと背景まで輝いて見える。

さっきから真白の心臓はばくばくとうるさい。

顔なんか茹でたタコみたいに真っ赤だろう。

その後、カチコチとぎこちない真白をルートヴィヒは完璧にエスコートしてくれた。異性と手を繋いで歩くというのはここまで緊張するものだったのか、と世のカップルはすごいなというずれた感動をしていた。

というか、どうして周りに誰もいないのだろう。

ルートヴィヒの身分は高いのに、誰もお付きの人がいないなんて変だ。ルートヴィヒは外に出るときはいつも人を連れている。

どうしてだろう、と悩んでいると歩みが鈍くなっていたらしく半歩前にいたルートヴィヒが振り返った。

その碧の瞳が気遣わしげな光を宿していることに気付いて、慌てて表情を取り繕う。今は、楽しくて幸せなのだと伝えなければ。

『――――。』

(また、聞き取れない。)

ルートヴィヒが寂しそうな顔をしているのはどうしてなのか聞くこともできない。

気まずくなった空気を払うように、真白の名前を呼んだルートヴィヒは真白の手を引いて車に乗せた。車の存在は知っていたが目にするのは初めてで、シートに座らされてからきょろきょろと車内を眺めた。

そんな真白の様子をルートヴィヒは温かく見つめていた。

車から眺める景色は流れるようで、あっという間に街に着く。

こんな便利なものがあれば家族みんなで逃げられたかな、と一瞬考えてしまう。一般人の真白の家の収入で買えるわけもないのに。

車から降りて、ルートヴィヒに連れられるまま色んなお店に入った。きらきらとしていて、何時間でも見ていられそうな貴金属や流行のものと思われる服。

煉瓦造りの建物が並んだ街並みは真白の心を踊らせた。

噴水も初めて見た。違う文化のものを見るのがこんなに楽しいなんて思わなかった。

『ありがとう! ルートヴィヒ。』

さっきからこれしか言えてないな、と苦く思いながら真白はルートヴィヒを見上げる。ルートヴィヒも碧の瞳を細めて優しい声音で返してくれる。

『マシロ―――――――。』

(なんとなく分かるかも……。)

真白が楽しそうで良かった、連れてきて良かった。

そんな風に言っていそうだと、柔らかな表情を浮かべるルートヴィヒを見て思った。本当のところは分からないのだが、そう思っていよう。自分ましろのために。

「私、ルートヴィヒさんに拾われて幸せです。すごく。」

本当だったら、雪に埋もれて死ぬだけだった真白がこうして生きていられるのはルートヴィヒのおかげだ。

助けてくれたのは、あの別荘の使用人だと思う。

そして冷えた真白を温めてくれていたのは何故かルートヴィヒだった。いつか、その理由を聞きたいと思っていた。結弦が帰ってきた今なら聞けるだろう。

助けてくれた誰かにもお礼を言いたい。

(そしたら、区切りがつけそう。)

あの雪深い森から今まで真白は日々を淡々とこなしていた。

これからは生き生きと過ごして、恩返しをしていきたい。

「頑張る。」

『マシロ?』

怪訝そうなルートヴィヒの声にはっとする。

完全に自分の世界に入ってしまっていた。

「ご、ごめんなさい!」

慌てて謝るが伝わらない言語だったことを思い出す。

『マシロ―――――――。』

あ、う、と意味をなさない声を上げる真白にルートヴィヒは吹き出した。外国人の笑いのツボがよくわからない。

小首を傾げる真白にふっと表情を緩めたルートヴィヒは、何を考えていたのか、ぐいっと真白の腕を引いて抱き寄せた。

ここで乙女らしくときめいても良いものか、それともこれは近所の子を可愛がっている感じだろうか。後者だったとしたら顔を赤らめている真白は自意識過剰すぎて恥ずか死ねる。

『ルートヴィヒ?』

『マシロ。 ――――――、―――。――――――!』

必死な顔をして何かを伝えてくれている。

だというのに、胸板に押し付けられたままだと表情が見えなくて感情が分からない。どくどくと忙しない心臓の音が聞こえる。

ルートヴィヒがもどかしそうにしているのは声で分かった。

「えっと……。」

(助けて通訳ゆづる様!)

やはり馬鹿な真白がルートヴィヒと二人でおでかけなんてハードルが高すぎたのだ。まだ結弦を介さないと会話ができない。

「結弦がいれば少しは私のこと知ってもらえたかな。」

このままでは、ただの厄介な拾い物だ。

少しは使えるんだぞ、というアピールをしてみたい。

そう、知ってもらって好きになって欲しいとか、恋愛を始めたいとか想像するのもおこがましい。

だから、と真白が決意を固めて顔をあげた瞬間、

真白の目の前には不機嫌そうに眉を寄せるルートヴィヒの顔があった。拗ねているなんて顔ではない。これは怒っている。

『ルートヴィヒ?』

名前を繰り返す事しか出来ない。

真白の何が気に障ったのだろう。どこか悪いところがあったのなら直さないと、ルートヴィヒに嫌われてしまう。

『――、―――。』

ぽつり、と落とされた呟きはいつも聞く響きだった。

こんなときに意味の分かる人がいればいいのに。

そう考えていた真白の顔にルートヴィヒの端正な顔が迫る。

「えあっ!」

驚いて変な声を上げた真白の唇に、少しかさついたルートヴィヒの唇が重なる。目を真ん丸に見開いた真白の視界には金色の睫毛が見える。

(へっ? なに、これ……。なにされて?)

全く状況が分からない。

急にルートヴィヒが不機嫌になったかと思うと、急にキス?された。何故、と真白の頭は混乱している。

三回ほど唇を合わせるくらいのキスを真白にしたルートヴィヒは、真っ赤になった真白の頬と額にもキスをして離れた。

(私のファーストキスが、ルートヴィヒさん……。)

ふっ、と意識が遠退いてよろめいた真白をルートヴィヒは難なく抱き留める。

『――――?』

やけに晴れやかな顔で言われても、びっくりした?とか勘違いしちゃった?にしか聞こえない。帰って結弦に確認しよう。そうしよう。

ふらふらと歩く真白を車までエスコートしてくれたルートヴィヒは、車までの間も隙あらば何度もキスをしてきた。本当にどういう意味なんだろう。

そして、ルートヴィヒが運転席に乗り込もうとした時だった。

『ルー』とルートヴィヒを愛称で呼ぶ女性の声が聞こえたのだ。乗り込みかけていたルートヴィヒは動きを止めて後ろを振り返る。

『―――? ―――――――?』

多分、最初の方で女性の名前を言ったのだと思う。真白には聞き取れなかったが。

『ルー――――。――――。』

親しげにルートヴィヒに近付くのは、金髪藍眼の美女だった。美女の後ろには控えるように二人ほど女性がいる。

話が長くなりそうなので、真白は二人の観察を始めた。

おそらく、ルートヴィヒのいる上流階級の家の人だと思う。

二人の距離は知り合いにしては近いし、友人だとしても親友くらいの距離感だ。美女とルートヴィヒはどんな繋がりだろうか。

色んな想像を膨らませながら二人を見つめていると、美女が真白を見て目を丸くした。そして、次ににっこりと笑った。

その笑みに嫌な感じを覚え、真白が眉を顰める。

真白の様子を美女は嬉しそうに見て、ルートヴィヒに視線を移した。美女の腕がルートヴィヒの首にまわる。そして、

「え……。」

言葉を失う真白の視界に口付けを交わす二人の姿があった。

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