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冬 * 2

熱が下がって暫く経ってから、真白は結弦に通訳してもらって、ルートヴィヒにこの別荘を出ていく旨を伝えた。

が、心優しい家主に行くところがないのならここで暫く働かないか? と実にありがたい話をいただいた。

金もなければ教養もない真白ではこれから先、まともに生きていけないということも分かってはいたが、現実は想像と違って甘くない。

ひとまず、ルートヴィヒの厚意に甘えることにした。

助けてもらった恩返しもしたかったし、何よりルートヴィヒと少しでいいから喋ったりしたいな、と思ったのだ。

二月くらい一緒にいたら言葉も少しは覚えられるのではないかと、甘い夢を見ていた。

現実の厳しさを知ったのは、結弦がどこかへ出かけてしまった日のことだ。まだ朝昼夜の挨拶しか分からなかったのに、日常会話ができない真白を置いてどこかへ行ってしまった。

最初は一日くらい帰らないこともあるだろう、と思っていた。しかし、一週間経っても一月経っても奴は帰らなかった。

こんちくしょう、と思いながら真白に出来る簡単な仕事をこなしていたが、簡単な仕事は野菜の皮むきや洗濯くらいなもので、人と関わることが無さすぎて一年経った今も挨拶と『にんじん』と『ありがとう』『好き』『嫌い』しか覚えられていない。思っていた以上に真白の頭は悪かった。

そんな頭の悪い異国人を構ってくれる勇者はルートヴィヒと(仮)老執事くらいなもので、その他の使用人には敬遠されていた。

しかも、構ってくれるルートヴィヒも夏場は別荘ではなく都の方へ帰るらしかった。この話も老執事が身振り手振りで教えてくれたもので、きちんと解釈できているかは不明だ。

今日も今日とて仕事をしているとルートヴィヒがやって来た。彼は忙しい合間を縫って真白の様子を見に来てくれる。

『マシロ――――――――。――――?』

ルートヴィヒは真白の手を取って、手のひらに可愛らしい模様の袋を置いた。

これは何だろうと首を傾げる真白に困ったように笑ったルートヴィヒは、袋のリボンをほどいてみせた。

「美味しそう……。」

袋から出てきたのは美味しそうな焼き菓子だった。

前に食べた時にはしゃいでしまったから、『クッキー』や『マドレーヌ』が真白の好物だと思ったのだろう。甘いお菓子はたまにしか食べられなかったから、すごく嬉しい。

『ありがとう!』

満面の笑みで答えた真白を満足そうに見て、ルートヴィヒは何かを呟いた。たまにこんな風にルートヴィヒが何かを言うのだが、何を言っているのか分からなくて真白は不安だった。

『大食い女』とか言われていたら泣く。

こんなときに結弦の力を借りたい。だが行方が分からないからどうしようもない。もうここには来ないのだろうか。

「久しぶり、真白。」

「結弦! ……さん。今までどこに?」

真白を放置して姿を消した憎きあんちきしょーがのこのこと姿を現すとは、今日の真白はついている。

危うく名前を呼び捨てにするところだった。いつも心の中で罵倒しているとはいえ気を付けないと。通訳してもらえなくなる。

「お仕事。真白みたいなお子ちゃまと違って忙しいから。」

「お子ちゃまって、私はもう十七歳だよ!」

一月前まで十六歳だった。という事は言わないでおく。

「やっぱりそんくらいだと思った。まあ、ルーは十歳とか言ってたけど。」

「なっ!」

三十路になって五歳若く見えると言われるのは嬉しいが、十六歳で十歳と言われるのは悲しい。真白はまだ背伸びをしたいお年頃だ。

「どこを見て十歳だって思ったのかな。」

ちらちらとルートヴィヒを横目で伺う。

彼は内緒話をする真白たちを怪訝そうに見ていた。

「さあ? 聞いてみれば?」

「無理だから聞いて!ください。」

「嫌だ。一年いたんだから大丈夫なはずだろ。」

「見て分かるでしょ。大丈夫じゃなかったから今こうなってるんだよ。あんたが居なくなってから怖かったんだからね。みんな何言ってるか全然わかんなくて……っ。」

ぎゃんぎゃんと八つ当たりをしている自覚はある。身勝手なことを言って困らせていることも。色んな感情がぐちゃぐちゃになって、真白の目に涙が滲んできた。

「泣くなよ……。それは悪かったって思ってる。緊急の呼び出しだったから伝える暇がなくて。だから、お詫びとまではいかないけど都で真白に似合いそうなの見てきた。」

ほらよ、と結弦は後ろ手で隠すように持っていた紙袋を真白に渡した。

「え……ありがとう。」

両手で受け取った紙袋の中には深紅色のワンピースや藍色のスカート、白色のブラウスが入っていた。そのすべてが一目で上等な布だと分かる。小娘の機嫌とりにしては値段が張りすぎだ。

「こんな、高そうなもの貰えない!」

「そう言われても、まだあるんだけど。」

そう言って、結弦がパチンと指を鳴らした瞬間、真白の真上から色とりどりの服や靴が降ってきた。ばさばさと降り注ぐそれらを呆然と見つめる。

「な、何で?」

「それは、俺が『魔法使い』だから。」

「魔法使い!?」

現実にそんな職種の人がいるなんて、真白は驚いた。

魔法使いなんて、おとぎ話に出てくるお姫様を助ける人、又はお姫様を傷付ける人という認識だ。本当にそんな存在がいるとは思わなかった。

「間抜け面。」

「痛っ! 何すんの!」

ぽかん、と結弦を見上げていた真白の額にデコピンをかましてから、真白の身体をルートヴィヒに向き直らせた。無理やり肩を組まれてイラッとする。

「あと、この服の大半はルーが選んだやつだから。ほら、ルーにありがとうは?」

「えっ、あ、えっと。『ありがとう』すごく嬉しいです。私なんかのために。こんなに綺麗な服。大事にします!」

もじもじと、俯いてしまいそうな顔を上げてルートヴィヒの碧色の瞳を真っ直ぐ見据える。お礼を言うときは人の目を見て言いなさいという母の教えだ。

そんな真白の様子を見て、結弦は目を丸くした。

「へぇ、ありがとうは覚えたんだ。『ルー、――――――真白――――――。』真白。俺との扱いの差、直さないと気付かれると思うけど。良いの?」

最後に言われた一言にぶわっと全身が熱くなる。

顔から火を吹いているんじゃないかってくらいだ。

「やっ! 違うから! そんな畏れ多いこと考えてないから!」

「自覚はあるんだ?」

ふぅん、と愉しそうにしている結弦をぽかぽか叩く。

「ないから! えっとね。優しくされると勘違いしちゃうでしょ? でも、私は勘違いしてないから。お願いだから変なことルートヴィヒさんに言わないで!」

土下座でも何でもするから!と必死に縋る真白を結弦はにやにやと眺める。が、突然真顔になったかと思うと何かを呟いた。

不思議に思う真白を見て、結弦はにやりと笑った。

誤魔化すような笑みを不審に思う。

「ねぇ、結弦……。」

『――ユヅル―マシロ――――。―――――――――。』

その時、今まで黙っていたルートヴィヒが不機嫌そうな顔で何かを言った。それを聞いた結弦は笑みを深めて真白を見る。

「俺らばっかり仲良くなってずるいってさ。一年一緒にいたのに俺の方がお前と仲良く見えるらしい。」

「…………。」

『マシロ――――。――。』

突然、ルートヴィヒに肩を抱きよせられる。

ふわりと何だか良い匂いがして、真白は顔を赤らめた。

(なんか、天国にいるみたい。)

淡い想いを抱いている相手は、真白を受け入れてくれている。何かを求めたりするつもりはなくても、この状態で暫く過ごしたいと思うのくらいは許されるだろうか。


*・*・*


ある晴れた日、真白はいつものように洗濯を干していた。

最近はジェスチャーの腕も上がって、同僚との意思の疎通が出来るようになってきた。いい加減、言葉もなんとかしたいのだが、言葉はどうにも上手くできない。

家主が優しいとその下で働く者も優しいのだろう。

真白のよく分からない動きを辛抱強く読み取ってくれる。

この家で唯一言葉の通じる結弦は『偉いひと』だからか、滅多に真白の前に姿を現さない。大人の人だし仕方ないと思う。しかし、少しくらい言葉を教えて欲しいとも思う。

(私って我が儘だよなあ。私の寿命ってあとどのくらいだろ。早く母さん達のとこ行きたい。このまま、ここにいたって迷惑なだけだもんね。)

「死にそうな顔するなよ真白。」

「げっ。結弦、さん。」

突然、目の前に現れた結弦の顔に驚いて仰け反る。

「取って付けたような『さん』はいらない。ちゃんと働いてる?」

「働いてるよ。働かざる者食うべからず、だもん。」

ふい、とそっぽを向いて言った。

一応保護者的な立場の結弦は、そっぽを向いた真白の頭をわしゃわしゃとかき回して、満足そうに笑った。結弦から見たら真白はまだまだ子供だ。

「よしよし、そんな働き者の真白に朗報があるよ。」

「なに?」

「ルーが真白を街に連れて行きたいってさ。初めてのおでかけがルーと一緒なんて、良かったね。」

街、おでかけ、ルートヴィヒと一緒。

その単語を聞いて真白の頭は真っ白になった。

真白がこの家に拾われてから今まで外に出たことはない。

「う、嘘!」

「嘘じゃないって。明日の昼前までに準備して玄関前に集合ね。ちなみに俺いないから頑張って。」

「結弦いないの? 無理だよ! ほら喋れないから!」

「息抜きだと思って楽しめば?」

楽しむ余裕はない、と思う。言葉で伝えられない分、勘違いされないようにジェスチャーしないといけない。

ルートヴィヒとのおでかけは楽しそうだと思う。

でも、それ以上に神経を削りそうだ。

どうしよう、と俯いた真白の目に洗濯物が映る。

「あっ、仕事……。無理だよ結弦。」

「ルーが連れて行きたいって言ったんだし気にしないでいいよ。」

気にするなと言われても気になる。

せっかく、同僚たちと馴染めてきた気がするのに、ここで仕事を投げ出して雇用主と出掛けるのはどうだろう。変な噂とか流れそうだ。

「大丈夫。ここではルーの意思が一番だから。」

「……うん。後でお休みもらうときの言葉教えてください。」

「偉いね真白は。」

また、よしよしと頭を撫でてもらって真白はひと心地ついた。

しかし、次はまた違う問題が頭を占める。

「……何着たらいいか分かんない。」

貰った服は丁重に保管してあるが、その中から選ぶとなると悩みすぎて朝になりそうだ。ここの大人のひとは真白に甘すぎる。同僚も上司も真白に色んな物をくれるのだ。

「服、一緒に考えてください!」

真白のセンスが微妙だったらどうしよう。

笑われるよりは結弦の力を借りた方が良さそうだと思った。この人すごい遊んでそうだからと。

喋り方は淡々としているように聞こえるが、顔が良いんだから女性が寄ってくるはずだ。人生の先輩に是非ともご教授願いたい。

「嫌だ。それも自力でやってこそだから。」

すげなく断られて、真白の心は崩れ落ちる。

「そんなあ……。」

「じゃ、伝えたから。頑張って。」

そう言ってさっさと去っていく。どれだけ服を選ぶのが嫌だったのだろう。

(どうしよう。どうしよう!)

助言してくれる者もおらず、同僚に事情を話したくても言葉が分からず、真白は一晩中頭を抱えることになる。

そして次の日の朝、真白は一睡もできなくて隈のできた自分の顔を見て肩を落とした。

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