田舎者冒険者になる
その後も筋肉による交信は続く。
こうなってくると辛いのはローガを包囲している駐屯騎士団たちだ。
自分たちの雇主ともいえる領主から手を出すなと言われ、そして当事者二人は筋肉の見せびらかし合いを始めてしまった。
包囲の陣形を保ちながらただただ、互いに筋肉を誇示しあう二人を見つめることしか出来ない。
時刻も昼はもう過ぎたが、まだ太陽が沈むような時間ではなくさんさんと降り注ぐ太陽の下で、重い鎧に剣と盾を構え暑苦しい二人を強制的に見せ続けられる。一種の地獄がそこには存在していた。
駐屯騎士団の隊長などはあまりの異様な事態と暑さ、そして暑苦しさに「この状況は新しいごうもn…いや、尋問の手段として使えるのでは?」と思考が暴走し始めていた。
しばらく、そんな状況が続き駐屯騎士団のほぼ全員の目が死んだ魚の目のようになったころ、ようやく事態は動いた。(一部、息をするのも忘れ興奮した様子で筋肉に見入っている者がいた。大丈夫か?こいつら)
おもむろにポージングを解いたガッデムがローガに歩み寄り握手を求めながら言い放つ。
「よくきたな。野生の…いや、大自然の筋肉を持つ者よ。アナンダは君を歓迎しよう。」
死んだ魚の目をしていても駐屯騎士団。その発言にすぐに正気を取り戻しガッデムを止めに入る。
「お待ち下さい。こいつは得体のしれない魔物です。不用意に近づいては危険です。」
「馬鹿ものどもお前達は今まで何を見ていた!」
ガッデムをの一喝に駐屯騎士団達は意味が分からず黙るしかない。
大半の騎士達が「何を見ていたってそりゃお前らの筋肉祭りだよ!」と言いたいのをグッとこらえていた。
「何を見ていたとはどういう意味ですか?」
騎士達を代表して騎士団の隊長が問いかける。
「まったく、お前らはもう少し観察眼を鍛えたほうがいいな。仕方ない説明してやろう。」
ガッデムはそこで一度言葉を切るとローガを振り返り説明を始める。
「いいかお前たち、まずこの者の筋肉は、確かに大自然の中で育まれた野性的で何処か危うい魅力を持つ筋肉だ。だが、それだけでこの者を魔物と決めつけるのは早計だ。その根拠は、まず魔物には知性がない。野生の本能のようなものはあるだろうがそれだけではこの様な筋肉は付かない。筋肉は正直だ。嘘が吐けない。筋肉を見ればその者が普段どのように体を動かしているかわかる。この者の筋肉の付き方は普段からちゃんと考えて理性的に行動し、合理的に鍛えなくては身に付かない筋肉だ。それは大自然の中を強く逞しくしたたかに生き抜いてきた証明に他ならない。
次にその目だ。本当に魔物ならわしのこのピチピチの筋肉を見れば我慢できず食らいついた来るだろう。しかし、彼の目は私の筋肉も見て食らいつくどころか、逆に闘志を燃やしはじめ己の筋肉をさらに誇示し始めたではないか。それは、彼もまた筋肉を追い求める者の一人であるという証明に他ならない。そして、一途に筋肉を追い求める同志が悪しき者のはずがない。だから歓迎したという訳だ。」
騎士達はガッデムの長ったらしい台詞に心の中で「筋肉に危うい魅力を感じたから魔物と判断した訳じゃねえよ」とか「筋肉を見てどんな生き方をしてきたか分かるのはアンタぐらいのもんだよ」とか「普通の魔物はアンタの筋肉を見て我慢できずに食らいつくなんてことはねえよ。むしろヘタしたら逃げ出すよ」とか「マッチョに悪い奴いないという理屈はどうなんだ?」とかツッコミを入れていたが、よく訓練された彼らは一人としてその事を洩らす者はいなかった。(一部、ガッデムの台詞に何の疑問も持たず感動しながらただ頷いている奴らがいた。頭大丈夫かこいつら)
騎士団達が黙り込む中ローガはようやく口を開く。
「歓迎感謝する俺の名はローガ。旅人だ、よろしくな。」
「おお、ローガと言うのか。わしはガッデム、この町の領主をしておる。ここでの立ち話もなんだからわしの屋敷に招待しよう。」
「ありがとう。」
「とこれでローガよおぬしは普段どのようにして筋肉を鍛えているのだ?」
「別に意識して筋肉を鍛えたてたわけじゃ無いよ。普段は狩りをして生計をたてていたからそれで付いたんだと思う。」
「なるほど、やはりわしが睨んだ通り大自然の中で自然と身に付いた筋肉なのじゃな。」
二人は騎士団達を完全スルーし筋肉談義に花をさかせながら町へと入っていった。
この日、この場にいた駐屯騎士団のほぼ全員が酒場に繰り出しいつもよりも深酒をした。
「それで、ローガはこの町に何をしに来たんだ?」
「住んでた村から独り立ちして冒険者にでもなろうかと思ってな。」
「ほう、冒険者か。少し遠回りになるがわしの屋敷には冒険者ギルドの前を通るルートからでもいけるから案内しよう。」
「おお、何から何までありがとう。」
「そうなると、居住区を抜けたほうが近道だな。こっちだ。」
町の門を抜けた所を歩きながら話しているととんとん拍子にギルドによることになった。
「ほ~、これが町か~。」
「何だ?そんなに町が珍しいのか、しかしこのあたりの区画は居住区だから民家しかないぞ。」
「そうだな、俺の村は獲物となる動物や魔物達の移動に合わせて頻繁に山の各地を移動しながら暮らしてたからな。家と言っても大きめのテントで暮らしてたんだ。だから、まともに壁がある家自体初めてみた。」
「それはまた、とんでもない村だな。っと、見えてきたな。あれが冒険者ギルドアナンダ支部だ。」
「これはまたでかい建物だな。ところで、どうすれば冒険者になれるんだ?」
「それはまず、冒険者登録をしてだな…いや、実際にやったほうが早いな。そういえば、俺もちょうどギルドに用があったしついで面倒をみてやろう。」
「本当にありがとう。しかし、なんで俺にここまでしてくれるんだ?」
「なに、水臭い事を言うな。俺たちはともに筋肉で語り合った友ではないか。ちなみに、今のは共にと友をかけたギャグでもあったんだ。遠慮せずに笑ってくれてかまわないぞ。」
「おお、そうだとは気づかなかったぞ。やるな。」
「まあな。」
ガッデムが非常にウザイ感じのドヤ顔をする。
二人してくだらない事を話しながらギルドに入っていった。
なんだかんだで相性がいい二人であった。
ローガとガッデム、異色の二人が連れ立ってギルドに入ってきたことでギルド内は一瞬静寂に包まれた。
無理もない。方やどう見ても狼男の魔物(しかも血まみれ)、方や今でこそこの町の領主として落ち着いているが、冒険者時代は輝かしい実績と色々とやらかしてきた実績を合わせもつガッデム。(ちなみに、前回脱いだ服は門前に放置してきているので上半身裸だが、ガッデムは何かにつけて筋肉を見せたがるのでこの姿は特に珍しいものでもない)
普通ならガッデムが珍しい魔物をテイムしてきたと考えるのが妥当であるが、二人は仲よさげに会話しながらギルドへと入ってきたのだ。
二人は自分たちが生み出した静寂にまったく気にすることなくなく真っ直ぐにカウンターに向かう。
「すまない、こちらの彼と冒険者登録と依頼を出したいのだが。」
「冒険者登録と依頼の申請ですね。かしこまりました。依頼の申請はお手数ですが先にこちらの容姿に依頼内容をご記入ください。」
ギルドの受付嬢が若干笑顔を引き攣らせながら応対する。
「それでは、冒険者登録を行います。そちらの方は冒険者登録は初めてですか?」
「ああ、田舎から出てきたばかりでな。」
「それではこちらのオーブに手をかざしながら私の質問にいくつかお答え下さい。」
そう言ってカウンターの上に水晶玉を置く。
「これは?」
「こちらは、『レッンナの瞳』と言う名の魔道具です。この魔道具は『手をかざした状態で嘘をつくとオーブの色が変わる』という効果がありますので、冒険者登録時の虚偽の申告を防止するために用います。」
「はあ~。魔道具か…初めて見た。やっぱ、都会の技術ってすごいんだな。」
ローガの田舎者丸出しの発言にギルドの受付嬢は苦笑する。どうやら早くもローガに慣れてきたらしい。
「と言ってもこちらの魔道具はレプリカなんですけどね。本物の『レッンナの瞳』は虚偽だけでなくその者の能力や身体能力を数値として見ることが出来るそうですよ。では、まずお名前の確認から…」
ローガが冒険者登録をしている間にガッデムは依頼用紙に記入を終えたようだ。
「すまないがこの内容で頼む。」
依頼用紙をカウンターに置くと別の受付嬢が出てきて対応し始めた。
「以前こちらから報告した南の森の異変の件ですね。」
「ああ、さすがギルドからの報告を無下には出来からな。それに、こういう事は早めに調査した方が色々対応しやすいしな。」
「迅速な対応に感謝します。」
「なに、これも領主の仕事だからな。」
「それでは依頼のランクと報酬について話を詰めていきましょうか。」
ガッデムと受付嬢が依頼の内容を詰めているところに冒険者登録を終えたローガが合流する。
「む、冒険者登録はできたのか?」
「ああ、おかげさまでな。ところでガッデムさんはどんな依頼をしに来たんだ?」
「うむ、実は南の森で通常は生息しない類の大型の魔物が生息している痕跡が発見されてな。領主としては放置するわけにもいかないから調査の依頼を出しにきたのだ。」
「調査か…それならその依頼俺が受けてもいいか?」
「ローガさんはたった今冒険者登録したばかりなのでまだランク1です。この依頼は最悪の場合大型魔物との戦闘が予想されるためランク4の依頼となります。残念ですがランク1のローガさんでは依頼を受けることが出来ません。まずはランク1の依頼をこなしてランクを上げてください。」
ローガの提案はギルド嬢にあっさりと却下された。ちなみに、冒険者ランク=受けられる依頼のランクである。
「まあそういう訳だ。まずは薬草集めや小型魔物の討伐をして実績を積むことだな。」
こうしてローガは無事に冒険者になった。