日常の瑣末2
私の頬に唇押し付けた後、私の顔を見るなり涙目真っ赤で立ち上がって、どこぞに出て行ってしまったカイト。
カイトの中で何かが起きた模様。
まあ、男の子の事情って感じだろう・・・なので、そっとしておこう。
本当に男の子の身体事情だったら、びっくりだけど。
でもさぁ、正直、溜まってるよねぇ?
基本ダンジョン潜るか私にべったりか・・・なわけで。
思う存分発散しようがない訳だし?
私と同室じゃ、絶対に都合が悪いと思うのだが、カイトは別にするのイヤだってゴネるし・・・・・・。
心配してくれているのは分かるのだ。
だけど、だからこそ!
誰かに、カイトを花街に連れて行ってもらうように言わないと、ダメかもしれない。
自分でも出来るだろうけど、1人より相手がいる方が、やっぱ・・・。
折角、私だっているのだ。
性病貰っても治し放題!
そこが問題なしだというのなら、男なら行かんと嘘だろ!!
「嘘も何も、それ、カイトに言っちゃだめだよ?」
なぜか、そこには呆れきった目をして、大き目の籠を抱えたその2がいた。
「いきなり、人の部屋入るとか、失礼な!」
「ノックもしたし、声も掛けた。それよりも、1人の純粋な少女を地獄の底に叩き込んどいて、ありえない独り言、大声で喋ってるメイには言われたくない」
いやあん。
恋愛ごっこなら、家族の反対もイベントで片付くけどさぁ。
こっちの世界、基本1対1の継続型じゃない?
肉体相性試すのもタブーとか、現代日本人の恋愛感からはかけ離れてる訳で・・・・・・。
さすがに、ルークの妹が初っ端は重いって。
カイトの逃げ道ないじゃん。
初っ端どころか、最低最悪な終身刑。
誰がどう考えても重過ぎる。
手始めにはもっと手頃な辺りからお願いしないと。
人妻とか、街で有名な淫乱お姉ちゃんとか、その他諸々?
「まあ、メイはメイなりに考えてたって事は、今なんとなく分かった。悪意だけじゃなかったんだね」
その2?
アンタは人のことをなんだと?
って言うか、私ったら、相変わらず、思ったこと垂れ流しなのね。
まあ、いつものコトかと思っていたら、目の前に置かれる籠。
「ん?」
「ソニアちゃんが持ってきてくれたモノ。どうせ、メイのなんでしょ?」
おばあちゃんからの託と言っていたので、多分。
そう思いながら籠の上の布を捲れば、黄色っぽい粉の入った袋と、目に鮮やかな赤いジャム。
「こ、これはもしや!!」
以前頼んでいたコンスターチ!?
大興奮で、夕方の明かりに輝く赤いジャムを・・・・・・蓋が開かん!!
そう思っていたら、戻ってきたカイトが蓋を開けてくれる。
漂う甘酸っぱい匂いに、やっぱりそうだよなぁと溜息が・・・・・・。
「よし! 今から食堂行くよ」
「え? もう晩御飯ですか?」
カイト、あなたは何を言ってるの?
「ふふっ、おばあちゃん、さすがのナイスタイミング! 後は食堂で材料調達して・・・・・・・って、その2。例の犯罪がけっぷち小僧に会えるように、隊長に話を付けといて。そのままギルマスの所に行ってくるって隊長にも宜しく」
「メイ? 今日はもう立派に警備隊騒がせたんだし、もう大人しくしていいんじゃないかなぁ?」
なんなのさ?
その、動く度に問題起こすみたいな言い方!
「今日は、私何もしてないじゃん!!」
私は一方的に巻き込まれただけ。
なのに、善良な一般市民として捕り物にまで参加したのだ!
褒められこそすれ、責められる覚えは一切ないわ!!
「自覚あるくせに、無視とか酷いよね?」
「メイが楽しそうなのが、一番なのでは?」
男2人の微妙に噛み合ってない感のする会話を無視して、私は廊下を駆け抜ける。
ここまでやってこそ、私の聖女ごっこ計画は完成するのだと、ウキウキしながら。
冒険者のFランクまでの無料治療サービスがある為か、『聖なる保健室』は開店すれば、ひっきりなしで忙しい。
ギルドや道具屋より安い「妙な回復薬」を買い求める者もいれば、天使達の治療を受けてニヤニヤしている馬鹿もいる。
最近では、「毒玉LV1」も安価で販売しているのも大きい。
「毒玉」はLV2以上だと、それだけで・・・弱い奴だと単体以上の瞬殺効果があるので、扱うだけで大変危険。
敵に使う前に自分が毒化して瞬殺とか、洒落にならないからと、ギルマスが販売自粛を要請してきたんで、それ以上を売ってないだけなんだけどね。
LV2以上はランクと財力がある者優先の予約限定で売るんだそうな。
そら、扱い間違って自分が毒化した時、どうしても「解毒薬」必要だもんねぇ。
お金のない新人は「毒玉」だけ持って、「解毒薬」持たないで突っ込みかねない。
何より「毒玉」シリーズは、今までの毒物より効果が強すぎるので、LVが上がると、今までの市販の「解毒薬」だと解毒出来ないこともあるのだ。
腕のイイ薬剤師の高品質でやっとって感じ?
基本としては、私の作る「毒玉」と「解毒薬」はセット。
まあ、ここの魔力組じゃ精々LV3までしか作れないので、出来たLV1だけ売って、LV3・4辺りは「解毒薬」の材料にしている。
材料に「毒玉」使うので、「解毒薬」は高くつくんだけど、それだけ効能は高い・・・・・ってことで、売ってるんだけどねぇ。
皆、やっぱり「毒玉」のみご購入らしい。
ドジって毒化して、泣けばいいのだ。
泣くだけで終われば、それこそ儲けなんだけど。
そんな感じで、作ったものの残りは日ごとギルドに卸してるので、結構実入りに余裕が出てきたこの頃。
ウチの天使達は優秀だからねぇ。
ちびーずなんかは、真面目に薬作らせたら、大抵高品質。
この辺りは魔力値の大きさの問題もあるみたい。
カイト引き連れて、今日もそんな忙しそうな『聖なる保健室』に向かえば、いち早く気付いたサーシャが手を振り、リゲルが会釈しつつ、お客を裁いている。
ビリーとゲイルは、中で会計かな?
時々聞こえる「ごめんなさい」は、間違いなくクラリスだろうけど。
「どうした? 今日は様子見か?」
用心棒コナーは、暇をもてあましているらしく、杖を突きながら寄って来る。
「そんな感じ。でもまた、今日は盛況だねぇ」
「ミアの話じゃ、他所の国からも着てるらしいぞ」
「難民で?」
「それもあるが・・・・・・・・・来たな」
コナーの顔が嫌そうに皺がより、私達に背を向け、並んでる列の横を駆け抜けてくる、身形の良さそうな男達。
「こ、こちらに、聖女様がいらっしゃると!」
縋るようにコナーを見る男に、コナーは深呼吸して男を見た。
「聖女というのが、我々にはなんだか分からない。ここで治療に当たるのは、養護院出身の、自分達の作った薬と技術で簡単な手当てをする、成人前の子供達だ。擦り傷斬り傷程度の怪我なら完治させるだろうが、それ以上を言われても対処できない。重病人なら神殿の治療院を当たってくれ」
「そ、そんなぁ!! ここが最後の望みだと、ここまで!!」
「すまねぇな。出来ねぇもんは出来ねぇんだ」
まぁだ、こんなこと言ってくる奴、いるんだねぇ。
初日の言いたい放題で、いい加、噂もいい感じに出回ってるはずなのに。
「この国ならば、神殿の「治癒」能力者をも超える、「回復」能力者がいると聞いて遥々きたのに!!」
なんか、泣き崩れてますねぇ。
家族に死にそうな重病患者でもいるのかね?
面倒臭そうな人だ。
そう思っていたら、列に並んでいたおっさんが、何かを語り始めた。
「確かに、警備隊の監視下に「回復」の能力を持った子供がいるらしいが」
「本当ですか!?」
あ、なんか期待してる?
でもおっさんはそれを悲しげに見て、ゆっくりと首を振る。
「最後まで話を聞けよ。そいつは悪魔だ。その能力を人の為に遣う気はないって、言い切った悪魔の糞ガキだ!」
その通りだが、他に言いようはないのか?
「そんなっ! お金なら幾らでもっ」
「そんなんじゃねぇんだよ! 何でも、そいつには腕利きの冒険者と、すっげーパトロンがついていて、金に不自由してないんだと。金でも物でも欲しいまま。今更人助けなんざしなくても、豪遊三昧で、人には興味がないって寸法さ。諦めた方がいいぜ?」
失礼な。
確かにこの『聖なる保健室』新建設とかでお強請りはしたけど、自分が欲しいものは基本、自分の稼ぎで買ってるし!!
・・・・・最近は。
ええ、自分で稼げるまでは、カイトにおんぶにだっこでしたが何か?
多少収入は出来たけど、カイトの稼ぎの足元にも及びませんが、何か?
ふざけんなよ?
1日1金とか、稼げるわけねぇだろ!!
ギルドのトップランカーだけだよ、そんなのはっ!!!
「ですが、噂に聞く「回復」能力に縋りでもしなければっ、私の妻は!!」
子供じゃなく、奥さんバージョンか。
どっちにしろ、魔法使う気ないけどさ。
「諦めなって。その悪魔みたいなガキも、親兄弟に売られて逃げ出して流れてきて、その能力が金になるって冒険者の奴らに誘拐されかかったところを、警備隊に助けられた。かと思ったら、今度は欲の皮突っ張った貴族に、警備隊長を権力で遠ざけられて、誘拐されかけた上に、性的虐待まで受けたんだとよ。それをどっかの師団長が助けたって話だが、今じゃ完全な人間不信。もう、自分の信じる奴以外とは、顔も合わせないんだって・・・噂だぜ」
「そんな! 私はただ、妻を!」
「諦めな。その噂の中でも飛びっきりなのが、王族が何人かパトロンについてるって話だ。そんな相手に、俺らが軽々しく会えるはずもねぇよ」
「ですが、この診療所にくればっとっっ!!」
「それこそが、王族のパトロン達の手回しなんじゃないかって、話だ。考えてみろよ。今までの俺らにとっちゃぁ、治療なんて、そこらの薬剤師の効いてるんだかどだかってシロモンだけだろ? 本物の「治療」魔法だって、確かな効能がある薬だって、一般市民には手の届かない幻みたいなもんだ。それをここでは、重症なのは手に終えないにしても、俺達でもちょっと無理すれば当たり前に受けられる金額で、治療だって手当てまでしてくれる。俺達の不満を逸らす為に、自分達は絶対のすっげえ力独占する為に、お偉いさんが惜しみなく金を出して、庶民用の特別な治療方法を施してるって寸法さ。ここで受けられるのは、市民が手が届く範囲の、それなりに有り難がる、軽微の怪我に病だけ。それこそ、お前らはそれで十分だろってぇ、上からのご親切が見え見えじゃねぇか? アンタの奥さんも、そんなに深刻って言うなら、こんなところで無駄な時間使ってねぇで、神殿に行くしかねぇよ。神殿でダメなら、それこそ諦めるしかねぇだろ? 俺達底辺の人間が、雲の彼方上の王族の皆さんと同じ待遇受けられる訳がねぇんだし。ましてやこの国は、亜人が当たり前に闊歩する国だぜ? 神殿の治療院のレベルは、タカが知れてる。そんなに悪いなら、さっさと家に戻って自分とこの神殿に行くのをお勧めするね。重病人はこの国にいても、なぁんもイイことはねぇしよ」
「そんな・・・・・・・・・・・」
泣き崩れる男を、暇を持て余していたらしいギルド応援組が、そっと立たせて敷地の外へと連れて行く。
それを見送って、戻ってきたコナー。
まるで人1人殺って来たような渋面だ。
「あれさぁ、仕込み?」
そう、なんか理路整然にスラスラ立て板に水で、色んなこと説明してたんだけど?
それも、かなりでっかい声で、皆に聞こえるように、とっても分かり易くべらべらと。
時々、事情説明の合間に、市民の不満を煽る貴族や王様批判を混ぜ込んでる辺りが、絶妙だ。
多分、こんなことを考えそうなのはエルおじ様。
「わかるか? 列の中に何人か紛れ込ませてる。聖女面会希望の追い払い要因なんで、治療受けずに帰るんだけどな」
さすがエルおじ様、やることが見事にエグイ。
王家の権威落としてまで言いたい放題とか、普通は考えないだろうし。
だけどそういうのが混ざるからこそ、噂も気持ちよく拡散していきやすい。
お綺麗なだけの話なんて、聞いてたって、なんも面白くもないもんねぇ。
やっぱ噂広げるには、批判だの否定だの不幸だのの、優越感刺激する要素がないと。
その辺りを、エルおじ様は良くわかっていらさる。
「あのやり方には、子供達もミアもイイ顔してないがな。キレて暴れる奴が減れば、子供達の安全も上がる」
コナーも、このやり方に納得はいってないけど、仕方ないってコトなのね。
「他に問題はないの?」
「客に住所氏名書かせるの、いつまで続ける気だって、文句も出てきてんな」
その気持ちはねぇ、よくわかる。
何しろ客だって面倒だし、書かせて管理するこっちも面倒。
何より羊皮紙は高いので、今は絶賛紙製作中。
破れやすくて羽ペンじゃ書きにくいのが難点なんだよね。
まだ実用には至らない。
いっそのこと、筆作るか?
筆があれば、最悪竹管でも・・・・・・アレ、書くのに技術いるもんなぁ。
現実的じゃないか・・・。
「あ! そういや・・・ちゃんと、その時の診断、治療処置結果も書き込んでる?」
「ああ。終わった後、ルナソルは、リゲルが次の日付き切りで修正させつつ書かせてるよ」
OKOK。
さすがリゲル。
そのときメモ書き程度に書き留めることは出来ても、次々患者が来る状態で書類作業は難しい。
だからって、メモ書き残してたって、本人以外はわかんないし。
「そのうち、それを個人ごとに分けてカルテ作ってく、予定」
一般市民なら持病の確認もできるし、冒険者ならどこを怪我しやすいかもよくわかる。
それは後で、薬剤師教会やギルマスに裏街道へと、横流しされるのだ。
みなさん良い物作って良い指導!
ふふっ、個人情報なんて知ったこっちゃありません!
これは善行です!
問題は問題になった時に考えるし。
「他には何か?」
意味が全く分かってないコナーの渋面を気にせず、確認再開。
少し考えた後、コナーは目を泳がせた。
「問題、つーかなぁ」
コナーの嫌そうな顔。
そして流れる視線の先に、なんだかきらびやかな、キンキラする馬車が止まる。
そう、『聖なる保健室』を目の前に止まり、そこから出てきたじーさんの頭には、やけに長い帽子とズルズル長いお洋服。
あんな感じの格好した人は、現代日本でも…テレビの中なら見たことあるね。
日本の町中歩いてるのは、さすがに見たことないけど。
「敬虔なる、神の子らよ! あなた方は、今並んでる、その治療院と名を謀るそこが、どういったものかご存知か? 何の経験も技術もない子供達が、悪魔の言葉に惑わされ働かされる、悪魔の所業! そのような場で治療など、出来るはずもない!!」
ああ・・・・・・今度は、神殿からの嫌がらせ、なのね。
分かり易い。
つーかこの国、チョロい奴多すぎないっすか?
「あれ、毎回来るの?」
「だな。もう少ししたら警備隊が来るんで、逃げるけど」
は?
思わずコナーを見れば、ニヤニヤ笑う。
「サーシャの奴がな。その時一番の重症患者をジュリから聞き出して、「自分達では救えません。敬虔なる皆さんがお救い下さい」って、患者を運んで差し出したんだよ」
うわぁ・・・・サーシャ、根性あるじゃん。
「あちらさんは大慌て。自分には治癒能力はないって逃げるのを、サーシャがにっこり笑って「結果的に逃げるんですね」って大声で見送りやがって、な。奴らも怒り心頭で神殿に帰っていってた。が、その後、ジュリとミアとで薬使いまくって、何とかそいつ治したんだよ。その所為で、客の大半を追い返すことになったが、その患者は完治。後日神殿は抗議に来たが、「神殿の皆さんが治してくれないので、私達が、頑張りました。これこそが、神の奇跡なんですね」ってやり込めやがって。面白かったぞ」
何?
私のいない間に随分面白いことしてんじゃん!
つーか、そら、サーシャとジュリとミアのお手柄じゃない。
確かに、追い返すことになった・・・治療を受けられなかった患者の不満は高まるけど、間違いなく、その不満は神殿へも向かうだろう。
ただでさえ、この国の神殿人気は低いのだから。
それが決定的な亀裂にだってなりかねない。
「それ以降、ああやって、お説教垂れては・・・・・・・・来たな」
見覚えのある警備隊の制服。
それが見え始めた途端、ご高説は中断で、馬車は暴走するかの如く走り出した。
「あれって、自分達の首絞めてるだけじゃん」
何の有り難味もない偉そうなご高説を、金ぴか馬車から騒音よろしくまき散らすだけ撒き散らし、公的警備隊からは逃げるとか、恥以外のナニモンでもないだろうに。
「何もせずにはいられないんだろ? 開店すると1回は必ず来る」
馬鹿な奴ら。
「じゃあ、大した問題は・・・・・・・」
起こってないんだねと言おうとした時、ガヤガヤとした人の声と駆けてくる複数の足音。
何事と見ていれば、安っぽい鎧で身を固めた数人が、何かを抱えて走りこんでくる。
「コナーさん! こいつ、大門のすぐ外で倒れてて!!」
カイトと同じくらいの少年達が倒れこむように地面に転がしたソレからは、むせ返るような生臭い血の臭い。
彼らより更に2・3歳は若い子供が、泥で汚れつつ、おびただしい血を流しているのだ
服全体が、赤黒く濡れて滴っている。
搾り取れそうなほどの血を流し、ハアハアと全身で息をする姿は、とても『聖なる保健室』で扱える患者には見えない。
普通に見れば、手遅れ。
だけど、少年達は泣きそうになりながら、コナーを見上げる。
「回復薬1本でイイ。かければ何とかならないかっ!?」
出血多量の場合、傷塞いでもどうにもなんないもんねぇ。
お薬の回復力には限界あるし。
「だけど、こいつは・・・・・」
このまま…ジュリはともかく、ちびーずに見せるのはちょっとエグイよねぇ?
顔も原型とどめないくらい膨れ上がってるし。
何より、ここで手に負える患者じゃないのは、診断治療担当じゃないコナーが見たって分かる。
だからって、そこらの薬剤師でだって治せない。
神殿ならもしかしたら・・・とは思うけれど、べら棒な金額を請求してくるだろうし、神殿まで持つかどうかも怪しい。
何より、見るから冒険者になりたての子供を、神殿が素直に治療するとは思えない。
どう見繕っても、支払い能力はないのだから。
このまま苦しませるぐらいなら・・・・・・そんな空気の流れに肩をすくめた。
「いいよ。私が治す」
「は?」
コナーの驚きの声に、溜息が出る。
なぜ、そんなに驚く?
いや、まあ、確かに、私がここで治療に参加したことは、一度だってないんだけど・・・・・・。
「なに? 回復かけちゃ、ダメなの?」
人が折角その気になってるのに・・・とコナーを睨めば、しどろもどろに慌ててる。
「いや、だって、お前・・・・・なら、さっきのだって……え? 金だって、ほら」
コナーって、本当に失礼だよね?
普段私をどう思ってるかがよく分かるよ。
「さっきのはお金持ちの無駄なあがきでしょ? こっちのは将来ある子供への良心。まあ正直、最近LV上がったんだけど、回復使ってないから、どんな感じなのかなーってゆー実験台?」
実験台の言葉に、コナーだけでなく周りからの非難の視線を感じたが、気にしない。
「いや、まあ、お前が治すっていうなら、うん・・・・・死ぬ前にやってやれ」
今にもコト切れそうな姿に、コナーは言い切った。
コナーは基本、イイ人だからねぇ。
「はいな」
怪訝そうな視線があっちこっちから集まるが、それも気にしない。
魔力を高め『診断』が起動したのがわかるが、無視しして『中回復』をかける。
結構持って行かれる魔力の感覚は、やっぱり慣れない。
だけど一瞬で、その子供の顔が、目と鼻とが判別できるようになり、その子は眩しそうに数度ゆっくりと瞬きをしたかと思ったら、バネでも入ってたかのように、急激に体を起こした。
「ブフォッ!」
口を押え、そして口を押さえる手から溢れる赤い液体。
辺りに一層、血生臭い、吐き気を及ぼすような赤が散る。
「おい! メイ!」
コナーの怒鳴り声に反応したかのように、その子供は、今度はお腹の辺りにおいていた左手で服だけでなく肌まで掴んで掻き毟る様にして前傾し、そして苦しそうに横に転がる。
その体から・・・腹を押さえる手までもが、血の池にでも突っ込んでいるように真っ赤に染まる。
どんどんとまた血液が溢れ、地面が真っ赤に染まっていく。
「メイ! これはっ」
コナーの顔が鬼みたいになって近づいてくる。
怒ってるのか困惑してるのか、私にも分からない。
ただ、言えることは・・・・・・。
「ああ……なんか、失敗しちゃったらしい」
「失敗って!」
「コナーさん!!」
薬を抱えて走り込んできたサーシャ。
コナーを押しのけるようにして前に出ると、転がる子供の肩を押さえつけて、サーシャは遠慮なく薬を2本ふりかける。
顔と腹の辺りに。
薬をかけられ、動かなくなった子供。
そこそこいた順番待ちの客が息を飲むように成り行きを見つめている。
「やっぱ、これじゃあ…」
くしゃくしゃのサーシャの顔から涙がこぼれた瞬間、その少年はまた、目を開けて、ゆっくりと体を起こした。
血まみれの腕を見てぎょっとしながらも、その手を裏表動かしながらぼんやりと口を動かす。
「俺、今、本当に死んだって………」
一斉に漏れる安堵の溜息。
全身血塗れの酷い格好であることは変わらない。
だが、確りと動く子供には、怪我を負って苦しんでる様子は一切ない。
助かったのだ・・・と、あっちこっちから聞こえる溜息。
顔をぐしゃぐしゃにしたサーシャが目を擦って立ち上がり、手を差し伸べる。
血に汚れた子供に構うことなく当たり前に。
「もう立てる? 一応規則として、患者として名前書いて」
差し出されるサーシャの手を取り、フラフラとしながらも立ち上がり、自分の腹や足を撫でまたぼんやりと喋り出した。
まるで夢でも見ているように。
「あ? ああ……なんか、そんな説明を、街を出る前にギルドで受けた。けど、俺・・・・街に戻る前に力尽きて、誰かが頑張れって運んでくれて、それで魔力…大きな魔力感じた途端、痛くて苦しくなって……死んだって・・・・・」
ぼんやり話す少年の言葉に溜息が出る。
「ごめん! 私が回復かけて失敗して、殺しかけたみたい」
その言葉に、少年はぼんやりと私を見た後、射殺しそうな目で私を睨む。
「は? 回復って、あの街で噂の御大層な魔法っていう……? 治療しないんだろ? ソレが偶々治療した? それがなんでっ! 治す魔法の癖にっ、俺が殺されかかんなきゃならないんだよっっ!?」
まあ、ごもっともな言い分だ。
言われても仕方がない。
「うん。私にもよくわかんない。そもそもが私の回復魔法って、制御とかそんなのあんま分かってないんだよね」
私のは神様仕様なので、普通とはかなり違うらしいし。
「わかってないって、ならなんで、そんなもん使うんだよっっ!?」
その通りだよね?
「いや、だって、使ってみなきゃ、どういう力か、尚更分かんないじゃん」
分からないから、使うしかないと言えば、少年の顔は一層険しくなる。
さっきまで死に掛けていたとはとても思えないほど元気に、がなりながら。
「それって、わけ分からないまま、どうなってもいいやって使ったってことかっ!? 治せるかどうかもわかんないまま? 俺みたいな街の屑は、死んでも構わないって!?」
「失礼な。治す気はあったよ。だけど、魔力、大き過ぎたのかなぁ? 「回復」って誰でも持ってるもんじゃないから、偉い人に聞いてもよくわかんないんだよねぇ。私もあんまり使ったことないし」
「よくわかんないって! それで俺は死にかけたのか!? おまえの気まぐれで!? 冗談じゃない!!」
「だからごめんって」
謝るが、激昂した少年は怒りのままこちらに向かってこようとし、周りの少年達に取り押さえられた。
それを見ていたコナーが低く唸る。
私の前、少年の進路を塞ぐかのように。
「メイ、今日はもう帰れ」
それと一緒に突き刺さる視線。
まあ、そうなるよね?
ここにこのまま私がいても、何もいいことはない。
「わかった。邪魔してごめん。カイト」
またカイトに抱きあげられ、『聖なる保健室』を後にして、そのまま食堂へと向かった。
それから1時間後。
すっかり身綺麗になった血塗れ少年こと、元誘拐詐欺の片棒担いだ生意気犯罪者小僧メッツが、不貞腐れた顔で、ギルド派遣少年組3人に引きずられて食堂に入ってきた。
すんごく嫌そうな顔で。
「お疲れ! さすが、元詐欺師! 立派な演技、ご苦労!」
まあ食べなさいとリンゴを出せば、メッツはリンゴをつかんでムシャムシャ一気に食べてしまう。
「お前の言う通り、思いっきりお前の悪口並べ立ててやったからな!!」
「おう!」
「メイ? ご機嫌だけど、そりゃあもう、こいつ言いたい放題で、メイのコト、悪魔だ殺人鬼だって大騒ぎだったんだけど?」
そりゃあ、そうだよね?
「回復」って立派な能力持ってるはずなのに、制御できず使いこなせず、人一人治療で殺しかけたのだから。
「いやあ、途中、メッツが棒読みになりかけたときは慌てたけど、これで、もう「回復」使えなんて言うお馬鹿さんはいないだろうし。成功成功!!」
「成功じゃねぇよ!! 俺がどんだけっっ!!」
可哀想にねぇ。
私にちょっかいかけるから、そんな目に遭うんだよ。
メッツは本日、用意していた獣の血で汚しまくった服を着てカイトに(勿論相当に手加減して)ボコられた後、正門の外に放り出される。
ソレをギルマス経由で適当に防具見立てた養護院出身のギルド3人組が拾って『聖なる保健室』まで運ぶ。
後は、私が適当に言って傷を治す。
傷を治した後、用意していた血糊を口から吐き出し、腹に仕込んでいた奴も割って、溢れる血糊に合わせて、悶えて見せたってだけ。
「上手い具合にサーシャが飛び出してくれて助かった。本当はジュリ呼ぼうかと思ったんだけどさぁ」
ジュリだと、基本クラリスと一緒に患者の診断担当してるから、薬ぶっ掛ける前にお芝居だって気付かれる可能性あったんだよねぇ。
まあ、えがったえがった、大成功!
「よくねぇよ!! あんなっ・・・・・・・・・・くそっ!!!」
並べておいているリンゴにまた齧り付くメッツ。
そらそうだ。
コンスターチと木苺のジャムじゃ、それっぽい色身と質感出せても、大変芳しい血糊にしかならないのだから。
だから仕方ナシに、食堂で処分するお肉の血を混ぜた。
それだけじゃ不安だったので、3人組には運ぶ際に、別に用意していた新鮮な獣の血もかけてもらってきたのだ。
臨場感ある生臭さだ。
コナーも綺麗に騙されてくれたし。
「お腹壊したら、回復かけてあげるからねぇ」
「いらねぇよ!!!」
さすがに、街中のお肉屋さんで血を集めるとか、血を集めるためだけに魔獣狩るってのはやりすぎだと思ったし、口に含みたくないよね?
口に含んだのは木苺多めの血糊だ。
まあ、結構混ぜたんで、似たようなものと言われれば似たようなもんだけど。
「メイの指示通り、あの辺りは水で流しておいたから」
そこはかとなく混じる木苺の匂いがばれると困るし?
作戦通り!
「これで皆大喜び! 私はしつこい奴らに追い掛け回されないで済むし、『聖なる保健室』の評判も上がる。メッツは犯罪者のまま町を出ないで済むし、冒険者を辞める子供達の言い訳にもなる。もぉぉっ、イイこと尽くめ!」
「あのぉさぁ。本当に、コナーさんに言わないの? リゲルとかサーシャにも?」
少年達は、仲間に嘘をついたままってのが気になるらしい。
「話したいなら話してもいいよ。ただし、メチルアルコール大量生産成功させた後ならね」
そう、彼らはメッツと仲良く一緒に、メチルアルコールを作ってる街に派遣されるのだ。
元々好きで冒険者をしてる子達じゃなかったので、迷ってはいたが、『聖なる保健室』の為にと立ち上がってくれたわけだ。
つーか、この1件の後ろめたさもあるし、今後はものすごく頑張ってくれるのも間違いない。
「メイ。ですが、本当にこれだけで、「回復」を皆が諦めるとは・・・・・・」
「その時は、治療失敗した振りして魔力だけ放出させて、飲み水に「毒」でも仕込んで犠牲者出せば、諦めるんじゃない? 一回失敗してるんだし、こっちは失敗する可能性前面に出してるんだから、ごり押しされた結果最悪お亡くなりになったとしても、お咎めなしって感じで」
ニンマリ言えば、なぜかリンゴの芯が飛んでくる。
勿論避けたけど。
「お前の方がよっぽど酷いだろうが!!」
「メッツ。今頃それ気付くあんただから、ダメなんじゃない」
その言葉にメッツがプルプル振るえ、少年達が押さえ込みに架かったのは言うまでもなかった。
本日も大団円。
そんな日常の1コマ?
これの前フリ覚えていたあなたを尊敬いたします。
私、ソニア出てきた時点でやっとこさ思い出したので。
相変わらずの無計画(笑)。