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キスはまだ駄目

作者: 瀬川潮

「へええ、『鑑賞者の満足度によって金額が変わる映画館』ねぇ」

「そ。だから、ね。行ってみよ?」

 彼女はそう言って手を合わせウインクする。

 もちろん、僕もその映画館は知っている。支払い体系を高速道路のETCと同じようにカード制にし、入場時にゲートをくぐることによって五百円が徴収され、映画を見た後の退場時に、同じくゲートをくぐったときに独自の技術による本人の満足度を感知するシステムにより百円から二千五百円課金されるという映画館だ。従来の「つまらない映画に高い金額を払いたくない」という声を反映した画期的なシステムだが、本人の満足度が自己申告ではなく機械判定であることなどを筆頭に当然苦情は多いのだが、沸騰する話題ともぎりなどの人件費削減効果により、例え機械に「とても面白く思った」と判定されて最高額を請求された場合でも、相対的な市場価格よりも安価であるなどの影響で目覚しい動員数を記録している。ゲーム好きや占い好きといった層によると、「どういった結果が出るのかどきどきわくわくする」など、本来の目的とは若干外れる愛好者がいるが、これはむしろ従来の「映画館に行く」派以外の来場者を招くという、新規顧客拡大という結果につながっているようだ。また、アイデンティティが確立していない若者層から、「自分が本当はこういう映画を面白いと感じているというのが分かった」などという感想が挙がるなど、社会問題を浮き彫りにする効果を挙げ青少年育成に関連する機関から一定の評価を得ている。

 ともかく、彼女はその映画館に行きたいという。

「ねえ。駄目?」

 ここまで頼まれれば、いくら気が乗らないといっても反対するわけにはいかないだろう。僕は押し切られる形で首を縦に振った。一応恋人同士だが、キスすらしてない仲で当然キス以上を激しく望んでいる……じゃなくて、もっと親密になりたい僕としては、首を縦に振らざるを得ないだろう。僕の悪友の一人は、「お前にはキスができるかできんか程度のお付き合いのほうが似合いだよ。まったくうらやましいね」と馬鹿にしたように言う。自分がもうキス以上を体験済みだからそんなことが言えるんだよ。お前が僕と彼女の何を知ってるってわけでもないのに。僕は、キス以上を望んでいるんだ!


 そんなわけで、デート当日。

 僕は彼女と映画館で並んで座る。上映を知らせるブザーが響き、館内がぐっと暗くなる。

 映画は、僕にとっては退屈な恋愛映画。

 ちらと横を盗み見ると、彼女は真剣なまなざしでスクリーンに見入っている。

 まずいよなぁ。

 おそらく、映画館を出るときの金額は、入場料込みで彼女が三千円で、僕が六百円だろう。日ごろ何かと「あ、陸ちゃんもそうなの。私も〜。やっぱり私と陸ちゃん、相性ぴったりなんだね」とか「一緒」感を強調する彼女だ。もしも「一緒」ではない結果が出ると僕から気持ちが離れてしまう可能性がある。明らかに、これはまずい。だからこの映画館には興味がないように振舞ってきたっていうのに。あの時やっぱり首を縦に振らなければよかったと後悔する。

 が、もう来てしまったのはしょうがない。キスよりもっともっと上を望んでいる身としても、ここは避けては通れない道で、彼女と「一緒」であることを見せ親密度を上げておく必要もある。よーし、頑張るぞ。

 必死に、映画を楽しく見ようとする。

 しかし、映画は「こんなところで君と会うなんて」とか「あなたの気持ちが分からない」とか「もしもそんなことがあれば、奇跡だよ」とか退屈に退屈に展開する。これを、どう面白がれと? これで退場時に合計三千円請求されたらそれこそ奇跡だよ。

 それでも彼女と別れるなんとことにはなりたくないから、必死に最高金額を請求される手を考える。

 というか、そもそもなんでこの僕がこんなところでこんなことを悩まなくちゃならないんだ。僕の本当の気持ちを機械なんかが分かるわけないだろ。

 と、ここでひらめいた。

 満足度判定は、退場時のゲートでのことだ。

 たとえば、映画が終わった後、人気ギャグ漫画を読みながら退出すれば、おそらく高い満足判定が出るに違いない。まあ、その当たりの穴は開発側も理解しているはずだから、ゲート直前の満足か、ゲート以前から長時間続く満足かを判別する機能ぐらいあるかもしれない。ただし、それはあくまで純粋な満足度で、その長時間続く満足度が映画によるものかそのほかによるものかは、判別できない可能性が高い。なぜなら、映画のジャンルによって「怖さ」や「爽快感」など満足の分類が必要になってくるからだ。いくらなんでも、そこまでの機能はないと考えられる。

 つまり、この窮地にある自分の状況を、僕の大好きなサスペンス映画の一場面だと考えれば、楽しめるはずだ。ゲート通過時の満足度も、間違いなく最高値をたたき出せる自信がある。

 グゥ。

 これ、グゥだよ。ナイスアイデア。

 よーし、楽しめ楽しめ。

 僕はこの映画館で、僕一人の映画の主人公。

 絶体絶命のこのピンチ。どうやって切り抜けるか。

 例えば、僕は某国の諜報員。こんなこともあろうかと、わざと敵国の諜報員の尾行を許していた。

 うん。グゥ。

 その諜報員は、斜め後ろに座る綺麗な女性。一人で入ってきて、少しクールで秘密めいている雰囲気がいかにも諜報員らしい。実はいつも僕を尾行していて、敵同士ながらお互い心の底では惹かれ合っていて、それが葛藤になっている。

 うん、素晴らしくグゥ。

 でもって、映画は終演。出口のゲートで僕が彼女に気付き、焦った彼女が拳銃を取りだす。その銃口を僕が抑えてゲートに向けて、ズドン。「今日の所はおとなしく引き上げな」とクールに言って諜報員を逃がす。そんでますます僕への思いが強くなる、と。もちろんゲートは壊れて料金判定不能。そこで駆けつけてきた映画館側の従業員には「映画、なかなか面白かったよ」と最高金額を当然のように渡す、と。でもって、彼女も僕にメロメロ。

 うん、グゥ。グゥだよ、これ。面白い。サスペンスがあってアクションもあってロマンスもあってと、もう最高。これを映画にしたら大ヒット間違いないんじゃない? グゥもグゥ。最高にグゥだね。

 そんなわけで、映画はともかく妄想で心の底まで楽しんだ。これでゲートでは最高金額間違いなし。彼女もご機嫌のままだ。さあ、準備は万端。いつ映画が終わってもいいよ。

 とかなんとか思ってると、映画は無事に終演。

 ゲートをくぐるとめでたく彼女と一緒の最高金額が出て、「映画、最高だったね。陸ちゃん」と僕の腕に抱きついて揺すり、はしゃいだ。グゥ。とてもグゥ。


「……陸ちゃん、陸ちゃんってば」

「ん、ああ」

「んもう。陸ちゃんてば映画の間中寝てたでしょう」

 気付けば映画はすっかり終わってた。

「グゥグゥいびきまでかいてさ。気分ぶち壊し。もう、サイッテー」

 ふい、と先に行ってしまう彼女。ちょっと待って、と追う。これじゃあ、せっかく苦労して楽しい気分になったのも台無しだよ。何とか彼女に追いついて、彼女の後にゲートをくぐった。

「二千円、デス」

 ゲートがアナウンスした。もちろん彼女の時も同じアナウンスだった。

 あれ。楽しかった気分はぶち壊しになったはずなのにどうしてだろう、と振り返ってゲートを見上げる。

「まったくもう。私がいないとだらしがないんだから」

 背後から彼女の声。顔を向けると、僕の腕を取った。

「ほら、一緒に歩こう」

 難しかった表情は一転。にっこりと言う。

 あれ? 彼女も気分がぶち壊れていたはずだけど。

 彼女も二千円を請求されたということは、満足していたということだ。

 一体、何に満足したんだろう。僕も二千円を請求されたから? いくら彼女でもそこまで単純じゃないだろう。

「ね。次は喫茶店でいいよね」

 楽しそうに続ける。

 腑に落ちないまま、居眠りする前のスクリーンでも主人公カップルがキス未満の仲で喜んだり悲しんだりしていたことを思い出した。


   おしまい

 ふらっと、瀬川です。


 思春期の少年の葛藤と過程を楽しむ彼女、そしてなによりなんだその発明は、な感じをお楽しみください。

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