プロローグ
「やあ、魔女さん」
「おや幸福の王子。珍しいじゃないかこんな所まで。何かあったのかい?」
森の奥にある魔女の家に、客が訪れるのは珍しい事では無い。
近所に住む森の住人は毎日の様に顔を出すし、遠方からはるばる海を越え、彼女の作る薬を買い求めにやって来る同胞もいるからだ。
しかし、それにしても幸福の王子とは珍しい。
普段は森の入口に大道芸よろしくシンボルとして立っているか、街に出てぶらぶらしている事が多い筈なのだが。
魔女は、ことりとテーブルに2人分のマグを置く。
目の前の幸福の王子は、いささか精彩に欠けている様子だった。
普段なら無駄にキンキラしている筈の王子だが、普段付けている豪奢な装飾が無いせいか、服装まで地味に見える。
それは恐らく今進行中のとある計画によるものだと魔女は思っていたが、どうやら彼の表情を見る限りそれだけでは無いらしい。
魔女は無言のまま話を先に進めさせる。
「あー、この前私の宝石を使いましたよね?」
「イミテの件だろ?」
「……その呼び方するの、魔女さんしかいませんよ」
森の至宝『イミテーション・ブルー』
その存在が外部に漏れたのはつい先日。
まあそれにも訳があるのだが、漏れたら漏れたで早速“相手”は確保しに来たらしい。何とも素早い仕事ぶりである。
そもそも確保と言えば聞こえがいいが実際には『勝手に持ち出す』や『強奪』などと分類されるべきであろう。
とはいえ向こうも、それがどんな形でどれくらい大きな物なのかまでは知らないだろうから、と対策として適当にダミーを用意したのだ。
それが彼、『幸福の王子』そのものだった訳なのだが。
森の入口に堂々と立っていたら、数人の男達がやって来て根こそぎ持って行ったのだと言う。
「まあ、宝石の行先は大体予想通りだったので良いのですが、どこか他所に持ち出されてしまったものがあるみたいで」
「そりゃ、まあ」
予想していなかった訳では無いのだが、まさか本当にやる人間がいるとは。
一応公的機関に回収された筈の『幸福の王子から剥ぎ取った素材』。
それを無断で着服しようとした輩がいたらしい。
「よりによってその内の1つが、『ホープ』だったみたいで」
「はァ!?」
ホープのダイヤ。
いわゆる、持っているだけで不幸をもたらすという呪いの宝石の類だ。
『幸福の王子』は、貴金属や宝石類を身につけている事で知られる。
彼はその身に纏う宝石を使って魔法を使う為、石そのものに自由に付加価値を付ける事も出来るのだ。
そう、『呪い』という形で。
「よりによってそれかい!?」
「それなんですよ。それで、どうやって取り戻そうかと思って……。下手に手を出すと呪いが暴走しそうですし……」
「まさかアンタ、イミテのダミーって……」
「嫌がらせのつもりだったんですけどねえ」
「阿呆かっ!」
魔女は慌てた。
そりゃあ不快な役をお願いしたのはこちらだが、だからってそれは無いだろう!?
一歩間違えれば、これから先ずっと引きずりかねない大問題だ。
ある意味ここで発覚して良かったと思うべきなのだろうか……?
とはいえ、いつ呪いが発動するかも分からないのに放置するというのは愚策。
かといって自分も幸福の王子も、お互いの事情により身動きが取れないと来ている。
「誰かに頼むしかないねえ。場所は分かっているのかい?」
「ええ、それはもうバッチリと」
幸福の王子に飾り付けられた、希少な宝石や貴金属による華美な装飾。
それは、彼の行使する魔法の媒介にして彼を構成する物……言ってしまえば彼自身でもある。
追跡する事など造作もなかった。
「で?どこだったんだい?」
「実は……」
聞けば、この森の北に位置する大きな湖。その近くの街だという。
「あのバカでかい領主館かい」
「ですね」
2人は揃って溜息を吐いた。
かの地の領主は典型的な成金趣味で知られていた。
人柄に関しては察しろと言う他ない。
「堂々と返して下さいと言って返してくれると思うかい?」
「まず無いでしょうね。そんなものは無いと突っぱねられるのが落ちですよ。それに呪いが進行していれば、間違い無く手元に置きたがる筈ですから」
「……やれやれ、それじゃあ方法は1つしかないわな」
「……ですね」
魔女と王子は顔を見合せ、ややうんざりとしながらも、こくりと頷き合った。