オープニング
キラキラと輝く湖面には、大勢の白鳥達がいた。
そう、ここは『白鳥の湖』
ここには、白鳥になる呪いをかけられた美しい姫と、姫に付き従う白鳥の侍女達が住んでいるという――――――
そこに現れたのは白鳥の――――13羽いる中でも一番末の王子。
彼は白鳥の姫―――オデットを見染め――――――この湖にやって来た。
やがて話を聞き付けた兄弟達もこの湖に居を移し、それぞれに相手を見付け、幸せに暮らしたという事だ。
一方呪いをかけた当の魔法使いは、娘とも相棒とも言われた、あの黒鳥となさぬ仲に。
1人残ったジークフリード王子は――――――何故か物言わぬ白鳥を追いかけ回していたそうな。
鬱蒼とした森の中を流れる、小さな川のせせらぎ。
そこに住みついたのは、一人ぼっちを気取る魔女ガエルの息子。
でも何故か小さな“彼女”は、そんな醜い彼のそばにずっと居たがったのだ。
げこげこ、あっちへいけ!
いやなのです!お外は何もかも大きくて、とっても怖いのです!そばにいてください、カエルさん!
げーっ、うっとおしいんだよ!何もありゃしねえから、とっとと妖精郷に帰りやがれ!
そこまでの道のりは遠くて怖いから嫌なのです!それに、私がいなくなっちゃったら、カエルさん一人ぼっちなのです!一人ぼっちは寂しいのです!悲しいのです!!
うるせえ!ぼっちぼっちって連呼すんな!!げこげこ!
今日もまた、醜いカエルと迷子の妖精の問答は続く――――――
ボロをまとい、寒さに震え、売れないマッチを抱えて街頭に立っていた、あの小さな少女はもういない。
背負った丈夫な袋の中には旅立ちの準備。そして、相棒とも言えるマッチがたくさん。
世話になった宿屋の入り口をくぐると、丁度見知った顔にぶつかった。
けれど――――――気付かなかった。
“彼”は気付かなかったのだ。
すれ違う様に表に出る。
彼女はもう、振り向かなかった。
そのまま歩を進める。そして一寸立ち止まって軽く頭を振った。
何か重くて暗い物を振り払う様に。
そうして―――改めて前を見たその表情は、明るく輝いていた。
ここから新たな生活が始まるのだと、心を切り替えたかの様に――――――
「ナァ頼むよ~、このとおりっ!!」
「馬鹿な事言ってないでとっとと帰りな、この駄犬」
黒い服に黒い帽子と黒ずくめの女は、話しかけて来る珍客には目もくれず、手元にある怪しげな釜をぐるぐるとかき混ぜる。
女は目の前にいる異形―――背中までふさふさとした毛で覆われ、今は情けなく前後にピコピコ彷徨う大きな耳を持った、オオカミの顔の偉丈夫―――をすげなく追い払おうとして――――失敗していた。
「ひっでーなー。馬鹿な事じゃねえの、俺にとっては切実なの!」
「それこそ魔法ジャンキー共に頼めば済む事じゃないか。変身の魔法教えて下さいってな」
彼女の脳裏をよぎる、数人の魔法使いの顔。
話を聞けば、それなりに相手してくれるだろう。
面白がって弄られるかどうかは彼次第だが。
「そこをあえての薬に頼ろうってんじゃねーか、なあ、なあ」
「まったく、ロマンの一言で“ラ○ブルボール”作らされるこっちの身にもなって欲しいもんだね。ただでさえ『塔』の結界担ってた“ラプンツェル”が“ジャック”とデキちまって『塔』を降りたもんだから、こっちに余計な負担がかかってるってのに」
ぶつくさ言う女に、オオカミ男はなおも縋り付き拝み倒す。
「そう言わずにさあ~」
「拝むな気色悪い」
大男にぺこぺこされても正直気持ち悪いだけだった。
「しゅーん、取りつく島もありませんか……」
「…………そうやって“耳”で示すのは卑怯だと思うんだがね。大体何だ「しゅーん」て。……分かった分かった、考えてやるからもう今日は帰りな。あんまり遅いと“美女”が心配するだろ?」
一向に進まない問答と手元に嫌気がさしたのか、ついに黒ずくめの女が折れた。
火にかけていた釜を上げ、別の場所に移して冷ます。
一方異形の大男は、本来分かりにくい表情に、はっきりと喜びの感情をのせていた。
「マジか!?やったあああ!!ありがとな、魔女さん!!」
「……良いからとっとと帰れ、オオカミ」
ものすごく、嫌そうな顔で言った。
五月蠅い来客の相手をしたせいで進まなかった作業を諦め、魔女はいつもの日課を済ませる事にした。
カタリと小さな音を立て扉を開けると、そのまま静かに真っ暗な部屋に入る。
目の前には大きな姿見。
そして、お決まりの呪文。
「鏡よ鏡―――世界で一番美しいのはだあれ?」
その言葉に応じる様に、姿見は光を放ち―――やがて一人の人物を映し出す―――
「…………毎度毎度思うんだけどね」
いささか脱力したような声で彼女は言う。
「“この世界”で一番美しいのが“この国の2番目の王子”ってのは、あれだ、もっと世の女性達は頑張るべきって事なんじゃないのかね」
たとえ独り言だったとしても、そう呟かずにはいられない魔女であった。
「さて、茶番はこれ位にして、と」
気を取り直して魔女は次の画像を鏡に映し出す。
「“眠り姫”の様子を」
ジジッと鏡にノイズが走った後、そこに映ったのは豪奢なベッドに横たわる、14,5歳の美しい少女。
よく見ればその胸は小さく上下し、安らかに眠っている様に見えた。
魔女は溜息を1つ吐き、天を仰いだ。
「神は天にいまし――― 全て世は事もなし、か」